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第五十一話

第五十一話、投稿しました。第五十話の記念云々の話はもう少々お時間いただければと思います、すみません。

次回からようやく、イギリス編の後日談的内容から完全に抜け出して、本格的に千夜川編を展開していけると思います。

 夕平が救急車で搬送されたという病院の玄関口に、俺といのりはたどり着いた。時刻は夜七時を回っているが、これでも歩いたり電車を使うよりもかなり早い方だろう。

 タクシーではない。マクシミリアンが車で送ってくれたのだ。


「……送ってくださって、本当にありがとうございました」

「はは、いいよいいよそれくらい。おじさんにはこれくらいしかできないから」


 恭しい態度で頭を下げるいのりに、彼は宥めるように片手をあげる。


「……お友達、大した怪我じゃないといいね」


 逆に、その心中を気遣うような優しい声を返すマクシミリアン。はい、と目を伏せて、いのりが頷いた。


 俺達は、この時まだあまり詳しいことは分かっていなかった。

 いのりも、電話から聞いた話では、夕平が帰宅中交通事故にあったとだけしか聞かされなかったようで、ここに来るまでの間、かなり憔悴しているようだった。

 曖昧な情報は、想像を掻き立てる余裕を作る。今まで見たことないほどに、彼女は不安がっていた。


「こんなお友達の一大事に申し訳ないんだけど、僕はこれでお暇させてもらうよ。お役に立てずにごめんね」

「いえ、そんな……」

「はいハグしてー、ぎゅーって」

「……訴えますよ?」

「え、これだけで!? 日本きびしっ!」


 マクシミリアンは、ここで別れることにするようだった。

 明日には予定があるらしく、その準備のためだという。

 まあ会ったこともない夕平の見舞いに行くのも、変な話だろうしな。

 

「じゃあ、もういのりちゃんは行っていいよ。様子、気になるんだろう?」

「え、ですが……」

「少し、二人で話したいことがあるんだ。ね、タクジ?」

「あ?」


 と、何故かマクシミリアンは俺に笑いかけてきた。

 何やら意味ありげだが……。


「ちょっと借りるだけだから、ね?」

「えと、私は……」

「……いいんじゃないか」


 どうしたものかと、躊躇っている様子で視線をさ迷わせるいのりに、そう言ってやる。

 少し驚いた様子で俺を見た。


「拓二さん……」

「先に様子見に行ってこい。俺のことはいいから」

「…………」


 俺が急いで夕平の元へ向かったところで、あいつが良くなるわけでもない。急く気持ちも無くはないが、いのりに行かせてしまえばそれで問題が起こるわけでもない。

 逡巡する素振りを挟んだ後、いのりはぺこりと一礼してから、早足で病院の中へと駆けていった。


「……ごめんね、すぐ終わる話だから」


 その後ろ姿に手を振りながら、マクシミリアンはそう言った。


「手短に頼む。俺だってこう見えてそわそわしてんだ」

「うん」


 言いつつ、おそらく今の俺は、いのりよりも落ち着いていたりしている。

 理由は簡単で、〝ムゲンループの中で死なない人間は、必ず死なないからだ〟。

 この一年の間の人の生き死には確定されている。死ぬ人間は死ぬし、死なない人間は死なない。一部の例外を除いては。

 今までの繰り返しの中で、夕平は死んでいなかった。つまり、今夕平はそれほどの怪我を負っているわけではないということだ。

 

「……色々な思いこそあれ、君の目的は、詰まるところ誰かへの復讐と思っていいんだよね」


 まず、マクシミリアンは、車にもたれ掛かりながら、そう尋ねてきた。


「……だったら?」

「別に。人の事情にとやかく言う趣味はないさ。僕も少し前まではそんな感じだったし」


 肩をすくめ、マクシミリアンは話し始める。

 そうだな。俺もちょうど、こいつにだけは何か言われたくないと思っていたところだ。


「ただ、確認だけしておきたくてね。僕らの────『契約』について」


 契約。

 それは、書類上のものではない。血の掟を結んだ時以前に取り決めた、俺と『セリオ』の一つの約束。

 至ってシンプルな、ワンリスク・ワンリターンの取引だった。


 人差し指を立て、彼は続けた。


「君には一つ、大きな借りがある。大きな大きな借りが。受けた恩は、無理やりにでも返すのがネブリナの鉄則だ。君には、一度だけネブリナを使う権利がある。そう、例えばの話だけど────」


 その俺を見る目は鋭く細まり、背筋が凍る程の冷たい視線が俺を突き刺した。


「例えば────人を一人消せと言われれば、ネブリナの持つ力をもってして、誠実にそれに取り組まさせてもらうよ?」


 しん、と場が静まり返った。

 ここには俺とマクシミリアンしかいないのだから、二人が黙れば当然静かなのだが、そうじゃない。 空気ごと様々な動きが一瞬だけ掻き消えたような感覚があった。


「……くっ、くく。はははっ……」


 その静寂を切り裂くように、俺の笑い声が響いた。

 雨が止んだばかりの夜空に、遠くまで澄み渡っていくかのように。


「────論外だ、クソ兄貴(マクシミリアン)


 マクシミリアンは、それを聞いて浅く頷いた。

 そう言うだろうと思っていたとでも言うように。


「お前らに頼むことは、バックアップと後片付け(あとしまつ)。それだけでいいし、むしろそれだけしかやらせない」

「…………」

「これは、俺のやるべきことだ。俺の手で終わらせるべきことだ。他の誰にも譲らねえよ」


 視線と視線がぶつかる。

 マクシミリアンの瞳の奥に、わずかながら俺を推し量ろうとする色が見える。が、決して俺に自分の内なる心情を悟らせない深い色を湛えている、不思議な瞳だった。

 負けじと、俺はそれを見返した。


 そのままの状態で、どれくらい経ったろうか。

 ずっと無言のまま、やがてマクシミリアンが車に乗り込んだ。


 次にその顔を見た時は、既にいつもの柔和な笑みを浮かべてみせていた。


「……じゃあ、タクジ。今日はありがとう。会えてよかったよ」

「ああ」

「今度は向かい合ってチェスをやろう。次は負けないよ」

「アンタの手口は分かった。次やっても俺が勝つに決まってんだろ」


 手を差し出され、俺達は握手した。

 

「君も、そのお友達もどうかお大事に。それと、また娘達にも会ってやってね。……次のループが訪れる前にさ」

「……ああ、そうだな」


 それだけ言葉を交わして、マクシミリアンは車を走らせ去っていった。

 夜の帳に溶け行くバックライトを、俺はしばらく見送っていた。



◆◆◆



 左足筋挫傷と、頭部打撲。合わせて全治三週間というのが、夕平の怪我だった。

 いわゆる、肉離れと頭への強打。これでも、かなり運が良かった方らしい。


 事の顛末はこうだ。

 事故現場は、学校からほんの数百メートル離れた小道。その十字路でのことだったらしい。

 夕平と暁が並んで帰っていた時、後方からバン車が近付いていた。本来なら、そのまま通りすぎることは容易に出来るはずだった。


 が、車は二人めがけて突っ込んだ。

 夕平は暁を突き飛ばした。次の瞬間スチール音が響き、暁の目の前でその事故は起こった。

 夕平は、身を挺して暁を守ったのだ。そして、暁自体に大きな怪我は無かった。


 夕平にとって救いであったのは、その時強い雨が降っており、ブレーキが掛かった時水溜まりを踏んでスリップしたことだった。その結果、夕平に加わった衝撃は、普通にぶつかるよりもかなり軽減され、生死に関わる事故は免れた。

 左足の怪我は、松葉杖こそしばらく必要になるだろうが、まだ軽い。

 むしろ、頭を打った時脳震盪を起こした他、深く切ったらしく、出血が激しかった。下手をすれば失血死もあり得たという。

 結果的に頭に残ったのは、十数鍼縫う程の大きな傷。これは後の話だが、学校などで傷痕が走るその部分だけ禿げ上がっているのを見ると、かなり痛々しかった。


「あ……拓二さん」


 その病室に着いた時、部屋には不安そうに顔を曇らせるいのりと、そばの椅子に腰かけじっと横たわる夕平を見守る暁の姿があった。

 夕平は、眠っていた。寝息が聞こえる程度には容体は落ち着いているようで、その顔色からもとりわけ心配することは無いように見えた。

 

 いのりにつられるように、ゆったりと顔を持ち上げ暁が俺を見た。


「相川くん……来てくれたんだ。ごめんね、風邪引いてるみたいなのに」

「……まあな。とりあえず、大丈夫そうでほっとした」


 俺がそう言うと、彼女は力なく首を横に振った。

 

「大丈夫なんかじゃないよ……大丈夫なわけない……」

「…………」


 今にも泣き出しそうな震える声で応える。

 暁からしたら、その反応が当たり前か。

 目の前で庇われた上に代わりに事故られるなんて堪ったもんじゃない。

 だが……。


 すっとベッドのそば、暁の横に並ぶ。

 近付いてみると、暁は、制服のスカートの裾を両手で握りしめていた。少しだけ唇を噛んで震えている。


「……さっきまで、夕平のお母さんが来てたの」


 ポツリと言葉を落とす暁。


「お母さんは『相変わらず馬鹿よね』……って笑ってたんだけど、私は……申し訳なくて。顔、見れなかった。気にしないでって言われたけど……ね」


 どうやら、酷く落ち込んでいるようだった。まるで自分のせいで夕平が事故に遭ったかのような言い草だ。

 感受性が強いのも困ったもんだ。


「……これは、俺みたいな男からの意見だけどな」


 言葉を選び、暁に言ってやる。


「お前みたいな女がそばにいて、そういう時に守れない男ってのは、終わってから死ぬほど後悔しちまうもんなんだよ」

「そんな! そんなの、大馬鹿のすることじゃない……!」


 暁の声は荒々しかった。

 珍しく激しい語気でありながら、怒りではなく、強い悲しみがその節々から伝わってきた。


「命捨てる真似なんて、私だいっきらい! 助けてくれたって、夕平が怪我してたら……もし、もし死んじゃったらそれまでなんだよ!? そんなの、私、耐えられない……」

「……別に命捨てることを推奨する気も、義務づける気もないさ。逆に、とっさに人を庇えなかったからって恥ずべきことでもないとは思う。どっちが偉いとか情けないかとか、そういう話じゃねえんだ」


 結局、こういう話はどうとでも捉えられてしまうのだ。

 夕平を命を賭けて他人を助けた勇気のある少年とも、自分の命を省みない馬鹿だとも人によっては言うだろう。

 それと同じで、夕平の姿がどう映るかは、当人である暁の考え方次第なのだ。俺やいのりが決めることじゃない。


「でも……そういう時に命張って、ちゃんとお前を守れてるっていうこと自体は、本当にすげえことだと俺は思う」

「…………」

「それはきっと、俺には出来ないことだと思うから」


 暁は、納得しないだろう。他人の痛みを、自分のこと以上に辛く感じる少女だ。

 だからこそ、暁はいずれ自分で自分を殺すはめになる。近い未来、他人(おれたち)のために、自分が怖いのも理不尽に遭っているのも堪えて、この少女は微笑みながら落ちて逝く。


 立花暁は、あまりにも優しすぎた。今もそうだし、これからもそうだ。

 これから起こることを知っている俺からすれば、お前が言うなと叱ってやりたいくらいだ。自分のことを軽く見るのは、夕平も暁も変わらない。変なところで似た者同士なのだ、こいつらは。


「まあ結果的にだけど、二人とも死ななかった。だからそれでいい────って起きたらこいつは言うだろうよ。こいつはとびっきりの考えなしだからな」

「……そう、かもね。ほんと、馬鹿なことしか言わないんだから」

 

 ふっ、と暁は息を漏らす。

 少し、肩に入っていた力が抜けたようだった。


「……相川くんは、大人だね。私、自分のことばっかりだった」

「俺はこういう性分なだけだよ。気にすんな」

「少し楽になったよ。ありがとね……」


 そう言って立ち上がった暁は、いつものような柔らかい笑みを浮かべていた。


「ちょっと、お手洗い行ってくるね」

「おう」


 そう言い残して、彼女はいのりの横を通り過ぎて、病室を後にした。

 静かになったこの場に、まず響いたのは俺の声だった。


「────いのり、行ってやれよ」

「え……?」


 それまで暁が座っていた椅子に腰を下ろす。


「どうせ多分、泣いてんだろうからな……」

「……でも、私、どうすればいいのか」

「はっ、お前もまだまだだな。……ただいてやるだけでいいんだよ。お前、二人の友達だろ?」

「とも、だち……?」


 そこで何故か、いのりは静かに驚いたような声を上げる。

 本当に、何をさっきから遠慮してんだか。


 この世界ループで一番こいつらのそばにいてやっていたのは、お前だろうに。


「……そう、なのですか?」

「違うのか?」

「……いえ」


 しばらく迷うような素振りを背後から感じた。

 しかしやがて、小さく息を呑んだ音に続いて、扉が音を立てて開いた。


「────行ってきます……!」


 そして、暁に続いていのりも外に出て行った。


「ふぅー……」 


 そしてこの部屋には、いい気にも静かに寝息を立てる夕平と、俺の二人だけになった。

 言葉を交わすやり取りも相手もなく、ずっと動かずそこにいた。十分、二十分、三十分……まるで、夕平を護衛するかのように。

 

 夕平の側頭部に残る傷痕に視線を落とす。

 恐らくは、一生ものだろう。もっとも、次の『四月一日』になれば消える痕だが。それを見やった。

 怪我のないその額を指で軽く弾いてやると、夕平の口の端から、うへへと声が漏れた。

 

「…………」


 ────事故のあらましについて、まだ一つ、語っていないことがある。


 というのも、事故を起こしたその車の運転手は、混乱した口振りで、ある奇妙なことを話しているのだ。

 それは、車が夕平にぶつかるその数秒前。自分は突然現れた光に目を眩まされたのだと。


〝チカリ、と目を奪われたせいで、ハンドル操作を誤り事故を起こしてしまったのだと言うのだ〟。


 警察は、あまりその言葉を信用はしなかった。見苦しい言い訳か、ミラーに反射した前照灯を見たのだろうと推断したに違いない。

 

 ――――なるほど、それは確かに正しい。

 正直俺も、普通に聞いていたらそう思っていたはずだ。往生際の悪い運転手の男を見下し、それで終わっていただろう。

 あるいは、事故に遭ったのが夕平達とは別で、例えば俺やいのりであったとしても、それはただの事故として見過ごしていたはずだ。


 だが、しかし。

 もし『彼ら』を現場とは違う別々の場所で確認されていなければ、これほどまでに確信を持ててはいなかっただろう。


 事故の被害者、桧作夕平と立花暁。

 そして────


「……アンタがやったんだろ? なあ────〝千夜川さん〟?」


 扉はいつしか開いていた。

 そこに佇むは、〝事故の第一目撃者であり、通報者────千夜川桜季だった〟。






初作品です。誤字脱字報告、または感想・批評等あればぜひお願いします。最低週一投稿を目指していますが、都合で出来ない際は逐一報告いたします。

【追記:六月三日】加筆修正しました。

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