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第四十七話

第四十七話、更新しました。内容的には次話である第四十八話と合わせて一話といった感じでお読みいただければ。しかし連続投稿ではありません、お察しください。

「……あのねえ、相川くん」


 大人しい音調のBGMが漂うように流れる喫茶店。

 店内の一席に、二人の男女が腰かけていた。


 グラスのストローを回し、カラン、と溶け残った氷が小気味良い音を立てる。

 その女の方────桜季は、深くため息を吐いた。

 呆れたと言わんばかりに、額には手を当てている。実際、その口からは何度も呆れたと、繰り返しこぼしていた。


「君、本気で友達を作りたいと思ってるの?」

「……何か、文句でもあるんですか」

「いや、文句というかね……はあ、やれやれ」


 その彼女の対面には、いじけた子供のようにそっぽを向いている拓二と、そして、その机の上に数枚のルーズリーフが散らばっている。 

 

「……一般論から言わせてもらうとね。普通、他人を値踏みして、自分本位で利用するために友達になろうとする人は嫌われちゃうんだよ」


 そこには、拓二が授業中に内職して作った、クラスメイト全員の名前、そして彼らと友達になった時のメリットデメリットが、彼の主観でそれぞれ綴られていた。


「? 友達って、助けてもらうためにあるんじゃないんですか?」


 しかし、その拓二はというと、きょとんとしていた。

 何かおかしなことでも? とでも言うかのように。


「ううん……間違ってはないんだけど、それだけじゃないというか」

「間違いじゃないなら、どうしていけないんですか」

「……考え方の違い、なのかなあ」


 しばらく桜季は、困りきったようにうんうんとうなり声を上げた。

 拓二は、本気で言っている。本気で、自分が利用できる人間のことを友達なのだと思っているのだ。


 あまりにも、寂しい考え方だと桜季は思う。

『世界に自分が一人だけ』と思っている者の考え方だ。


 そして同時に、とても純粋な考えだとも思った。

 理屈っぽいともいうが、それでも無下に出来ないところがあると、桜季は考えた。


「……助けられることが先行してちゃ駄目よ。人間っていうのはね、もっと感情的な生き物だから。そういうのは嫌がるものなの。例え心の奥底で、世界中の人間がそう思っているとしても、それは誤魔化されているべき感情なんだよ」


 言葉を選び、出来の悪い生徒を前にした教師のように、丁寧になだめ透かす。


「だからせめて、それを露骨に表に出すのは止めた方がいいよ。建前と本心は別にして、そういうものだから、ね?」

「……分からない、です」

「分からなくていいんだよ。きっと、分かってしまうとちょっと苦しくなるから」


 拓二はというと、やはり不思議そうな顔をして首をかしげている。


「例えばね、私と君の関係は何かな?」

「えっ……ぼ、僕と千夜川先輩は、えと、とも、だち……?」


 自分から言うのは照れがあったのか、それともその自信が無かったのか、顔を赤らめて、視線を俯かせた。


「で、です、よね……?」

「うん、そうだね」


 それを、安心させるように頷いてみせる桜季。

 その彼女の返答を聞くと、拓二は嬉しそうに顔を明るくした。


「私達は良いお友達だよね。じゃあもし友達の私が、君を利用するために君に近づいたんだとしたら?」

「……そうなんですか?」

「例えばの話よ。でもそうだったら、君は良い思いはしないでしょ?」

「……なるほど」


 聞いて、納得したかのような声をあげた。

 意外に素直ではある。


「うん、そういうこと。友達が欲しいんなら、もっと心を開かなきゃ」

「心を……」

「相川くんならきっと出来るよ。君は、根はとっても良い子だから」


 机の上のルーズリーフの束を纏め、折り畳んで片付けていった。

 少し残念そうにする拓二だったが、桜季はこれを華麗にスルーした。


「じゃあまずは、その格好を何とかしないとね。不潔とは言わないけど……そのもさもさ髪とか、色み

の無い服装にも清潔感がないとね」

「どうしても、ですか……?」

「人間見た目じゃないって言うけど、物事の第一印象を決めるのは五感からの情報だからね。見えるところから変えていけば、人も寄ってくるかも?」

「は、はあ……千夜川先輩、そんな上手いこといくんですか?」


 その様子は、傍から見れば姉弟のようだったかもしれない。

 が、実際は二人はまだ、出会って間もないのである。


「さあ、それは分からないけど」

「え、ええー……」


 しかし、それでも。


「私も人間だしね、きっと出来ない事の一つや二つはあるよ。でもまあ、物は試しってね。あ、眼鏡も無いほうがいいね、コンタクトにしよっか」

「……なんか、楽しんでない?」

「気のせいだよ、ふふっ」


 仲睦まじくお互いの時間を過ごす彼女ら二人は、確かに友達だった。



◇◇◇



「さて皆々様方、本日はお集まりいただき恐縮のいたり。私、司会をさせていただく桧作夕平でございます」


 何故かそう仰々しい物言いで口火をきったのは、夕平だった。

 キリッと顔をそれっぽく作り、荘厳な雰囲気で言葉を紡ぐ。


「実は、今日こうして集まってもらったのは他でもない。ある重大ごとについてお互いの意見を出し合い、徹底的に議論を尽くしてもらいたいと考えた次第。そのテーマについては特A級の最重要機密事項である、他言無用極秘情報死人に口なし、よろしいか!?」


 朗々とそう言い切った後で、彼はぐるりと視線を回した。


 ファミレスのテーブル席に座っている、俺、暁、いのり、そして桜季を順々に見やる。


「あ、これおいしそう~」

「いっぱいあって迷ってしまいます。ファミレス……侮れませんね」

「これおいしかったよ。ちょっと前に、学園長に食べさせてもらってね」


 ……そのかしまし三人娘は、まるで夕平の話に関心がない様子だが。


「おいこら三人とも、人の話を聞けい!」


 そこでようやくいつもの調子に戻った夕平が怒号を飛ばすと、彼女達はメニューから目を離した。

 暁が、ジト目で夕平を睨む。 


「えー……だって夕平じゃん」

「なんだよその反応は!! 結構大事な話なんだぞ!」


 夕平がそう言うと、ツインテールの少女、柳月祈(りゅうげついのり)が静かにこう答えた。


「桧作先輩の話は基本無視しろと、拓二さんが」

「相川あああ!!」 


 公共の場で夕平がやかましく吠える。


「お前いのりちゃんに何教えてんだよ!?」

「ん? ああ、俺そんなこと言ったっけ」

「はい、桧作先輩達と初めてお会いしたその後に」

「もうずっと前じゃん!!」


 いのりがそう言うのならそうなのだろう。

 もう一ヶ月は前の話になるようなことを一々覚えているのがこいつらしい。


「相川ぁ……お前裏切ったなこのやろう……」

「知らんな」


 本当に知らないから困るよな、こういう時って。

 そんな覚えてもないこと今言われても。俺それからしばらく死に際にいたし。


「んで? 相談したいことがあんだろ? 早く話さねえとお前の小遣い全部食いとられちまうぞ」

「はあ?」


 顎でその方向をしゃくってやる。

 すると、


「私、この十勝あずきクリームあんみつね」

「じゃあ私はどれにしようかなあ、うーん、モンブランティラミス一つで。いのりちゃんは?」

「あ、えっと……この、ふぉっとふぁっじさんでー? ください」


 三人の少女達は、いつの間にか呼んでいたウェイトレスにそれぞれ注文していた。

 そして、向き直る。

 ────全員、夕平に。


「「「ゴチになります!」」」

「お前らぁーっ!!」



 完全に財布と化した夕平が、哀れで悲痛な叫び声をあげた。



◆◆◆



 時間は、夕平達と再会した今から少し遡る。

 それは、イギリスから帰ったその翌日のことだった。


「よお相川くん、元気してたか?」 


 とある喫茶で、俺はコーヒーをあおりながら人を待っていた。

 その一人は、電話でここに来るよう指定していた。

 細波享介(さざなみきょうすけ)。探偵をしている二十代の若い男だ。ムゲンループの住人ではないが、ムゲンループの存在を認知(信じているとも言う)している数少ない協力者の一人だ。


 イギリスにいた時にも、実はお世話になっているのだが、その話はこれから。


「まあまあ。アンタは忙しそうだな 」

「どこかの誰かが仕事をくれたからな。容赦なくこき使ってくるそれはそれは酷い雇用主でよ。ここ一週間寝てねえんだ」

「悪かったな。アンタには感謝してるよ」


 その言葉は嘘ではないのだろう、細波がしんどそうにしながら俺の対面に腰かけた。

 ウェイトレスにアイスコーヒーを頼み、一服していた。


「やっぱ大変なもんなのか、素行調査ってやつは」

「そりゃお前、楽な仕事じゃねえよ。というか、きつい時はとにかくきついんだこれが。ウチは特に人も実入りも少ないから、負担が多すぎてよ」

「ふうん……いのりに依頼された時も大変だったか? 俺を尾行してたんだろ?」

「いや、あれは楽しくやれた方だぜ。片手までいいって話だったしな。いのりちゃんもたまに一緒だったから飽きなかった」

「通報」

「や、やめろよ……冗談にもならねえ」


 テキトー言ったつもりだったのだが、割りと細波は動揺し、その目が泳いでいた。探偵にも色々あるのかもしれない。


「そ、それよりも」


 こほんと咳を一つしてから、細波がぎらりと眼光を光らせた。

 真剣味が籠った色の光。人間が仕事をする時の目だった。それはどこか、ジェウロやマクシミリアンがしていた目と似通うところがある。


「これがお前の目当ての代物だよ。この一週間の『彼女』の動向、そして洗い出した素性、経歴の資料だ……が」


 そう言って、カバンからたくさんの書類や写真入りのファイル、分厚く束になったレジュメを取りだし、差し出した。


「分かってるな? いのりちゃんが来る前に大人の話をしようや」

「あー……いくら?」

「え? お前、知らないのか?」


 驚いたように片眉を持ちあげ、こう答えた。


「いのりちゃんが俺にこう言ってきたのさ、『お金に糸目はつけない』ってよ。まさかあれ、お前の指示じゃなかったのか?」

「……いや、俺の意をあいつが汲み取ったんだ」


 確かに以前、俺は桜季が危険だと言い、細波を使ってでも監視しろと言った。

 正直、今思い返すと言葉足らずだったと思う。が、それでも俺の言うことを忠実にこなしてくれていたのだ。


 桜季の監視の他に、その情報まで俺にもたらした。

 細波を利用出来たことは、俺にとって偶然の産物だった。しかしこれは、大きな進歩だ。

 桜季を知ること。これは決して無駄にはならない。


「それはなんとも賢いこって」

「あいつは俺よりずっと賢いよ。……で、金だったか」

「ああ。でも言っとくが、友達料金は働かないぜ。俺だって、生活があるんだからよ」

「分かってる」


 もちろん、タダでもらおうだなんて思ってもない。そんな仲でもないし。

 金で済むのなら、それで一向に構わない。


「ざっと……まあこんなもんだ」


 いつの間にか、手に持っていた電卓に数字を打ち込み、差し出して見せた。


 思っていたより多額だった。

 しかしまあ、実費も込みで一週間分だとこれぐらいにはなるか。


「よし、その五倍……いや、十倍払う」

「……は?」

「それだけの情報だからな。好きなだけ持ってけ」

 

 言葉の意味が分からないというように呆気に取られている細波に、用意していた通帳をテーブルの上に放った。


「十万ドルポンとくれたぜ……なんつって」

「は、はあ!? おまっ、これ……はああ!?」


 それを見た細波が大きなリアクションをとり、他の客がじろりとうるさい彼を睨む。細波は肩を縮こませながら、無意識に立ち上がっていたのに気付き、着席した。


「うるさいな、少し落ち着けよ二十七歳」

「年齢を言うな虚しくなる……でもこれ、マジかよ……? ひいふうみい……おい、おい……は、はっけた、だと……?」


 俺の口座に入っている額を見て、細波は口をパクパクさせながら、


「……これ、嘘吐いてないだろうな」

「真っ当な金だよ。『やり方』は真っ当もクソもないけどな」

「で、でもこんな大金……」

「いいよそれくらい。くれてやる」


 何をそんな訝しげな視線を向けることがあるのか知らないが、やってることはおそらくいのりと変わらないだろう。

 結果の知っている株と競馬なんて、所詮ただのドル箱に過ぎない。やればやるほど、金は貯まっていく一方なのだから。


「『四月一日』が来た時、過去にあったこととか覚えてることはすぐにメモに起こすようにしてんだ。特に金になるようなことは大事さ。金よりも大事なものはあるのかもしれないけど、金で出来ないこともごく限られてると俺は思ってるから」

「……お前らがやっぱ規格外だってこと、今思い出したぜ」

「そりゃどーも」


 規格外か。

 そうなのかもしれないな。俺がこの世において出来ないことは、本当に少なくなった。

 世界を何巡も繰り返し、手にいれた知恵は本来あり得ないもの。俺にはもはやこの方が当たり前になってきて、忘れがちになるが。


 基本的に何でも手にはいるし、何でも出来る。

 人生ベリーイージーモード。俺はカシコイ生き方をしているのだ。


「……何だよ、その顔。まさかまだ足りないってことはないだろ?」

「いや、そうじゃなくて……なんつーかよ」


 その時、気まずそうに視線をあちこち行き来させ、躊躇いがちに口をもごもごさせているのは細波だった。


 やがて、しばらく経った後、濁した言葉を彼は発した。


「その生き方さあ……お前は、それで楽しいわけ?」

「……楽しいとか楽しくないとか、もうそういう問題じゃないから」

「そう、か……」


 彼は曖昧に頷いたのかどうなのか煮え切らない返事をした。


「いや、すまねえ。……何でもない」

「…………」


 そんな細波をよそに、俺は資料の方に視線を落とした。

 履歴書のような紙と、隠し撮りしたのであろう写真が何枚もクリップされている。休日の私服であったり、学校の登校中であったりと、ざっと見た感じでもその内容は豊富だった。

 完全に全て理解するには数日は掛かるだろう。


「しっかし、流石本業。よく出来てる」 

「ああ、当たり前だろ。他の誰にやらしてもこれ以上は出来ねえよ。まあ、モチベーションが上がってたのは否定しないけどな」

「モチベーション?」

 

 意外な言葉を聞いた気がして、思わず尋ねていた。


「ああ、この千夜川桜季だが……はっきり言って、ありゃ同じ人間とは思えないね」


 すると細波は、注文したコーヒーを一口飲み、肘をついて目線で机の資料の数々を示す。


「知れば知るほど、この子は『恵まれ過ぎてる』。そこにも書いてある通りだが……まあ見返して自分でも信じられないと思うくらいさ」


 そう言う細波の様子は、桜季に対し羨望や憧憬の意に傾注しているようだった。

 彼女のことを語る言葉つきは、熱が入ったかのように非常に流暢なものだったから。


「いやあ、あれほど完全無欠とか、才色兼備とかいう言葉が体を表してる子もいないな。しかもな? 調べても調べても、欠点が何一つ無いんだわ。おまけにそんなに恵まれてるのに、交遊関係も幅広い。誰からも好かれてる。あそこまでだと、そりゃ妬む気もなくなるってもんだ。一体何すりゃあんなんになるんだか……」

「分かった、分かったから落ち着けよ」


 俺がそう指摘すると、そこで細波がばつが悪そうに口をつぐんだ。


「あ、ああ。つい……」

「まあ、いいけどよ。それは俺がよく知ってるしな」


 飲み干したカップを弄りながら、俺は言ってやる。


「……この世に特別な人間がいるとすれば、それは他の誰からも諦観され敬服されている人間だ」

「……それ、誰かの格言とかか?」

「ロドリゲス師匠が昔言ってた」

「はあ? 何だそりゃ……」


 まあとにかく。


「……俺も、その口だったんだ。俺は、あの人を信じてた」

「もしかしてお前……彼女を元々知ってたのか?」

「遠い昔のことだけどな」


 意味ありげに、細波に向けて笑いかけた。

 実際、そう大げさな話でもなんでもないのだが。 

 ただ、あの頃の幻想は今はもうとうに消え失せた。それだけのことだ。


「お前、一体……」


 細波が、何かを言いかけて口を開いたまさにその時だった。



「拓二、さん……」



 とてもか細く、こんな静かな喫茶店じゃないと聞こえないような薄い声。

 囁きかけるようなそれに誘われ、ふと視線を移した。


 そこにいるのは────俺が、今日待っていたもう一人の少女だった。

 電話はイギリスで捨てていたせいで、細波を経由して連絡せざるをえなかった。

 

「よお、いのり……元気してたか────」

「拓二さん……っ」

「うおっ!?」


 少女――――いのりは、俺の姿を認めるやいなや、まるで飛び込んでくるかのように駆け寄った。


 そして、俺の懐へ迷いなく抱きついてきた。


「ちょっ、おま……!」


 突然で避けられるわけもなく、自然と俺はその身体を受け止める形となった。

 チクリと包帯の下で治癒しきってない弾痕が、その存在を主張する。


「お前、何を」

「拓二さん、拓二さん拓二さん……」


 猫のごとく、俺の胸に頭をぐりぐりと擦り付け、背中に回ったその両手に力を籠める。

 もう離さないというように。

 

「よかった、です……」


 その様子を見て────俺は、何も言えなくなって。


 そう、いのりは知っているのだ。

 俺がどこで何をしていたか、この天才だけは気付いていてもおかしくなかった。


 なにせこいつは────ボルドマンやジェウロ、エレンとのハロッズでのお茶会に、電話越しでも参加していたのだから。


 俺はあの時、自分が置かれていた状況を直接的には彼女に話してなかったはずだ。俺が経験した出来事の、ほんの一端しか知らない。

 はずだった。

 しかし、他でもないいのりである。イギリス発の世界恐慌の可能性について意見を求めたこと、ボルドマンやジェウロとのやり取り、その後の電話料金など、あの電話一つで多くのことを見抜いていたに違いない。


 おそらく俺が、下手をすれば死んでいたかもしれないことも。


 いのりが頭を回せば回すほど、俺の状況は危機的なものだと想像が頭を過らざるを得なかっただろう。

 それ以降電話が繋がらないのも、さらに嫌な考えを助長したはずだ。

 こいつは、本当に頭が回るから。余計に悪い想像が膨らんでいたはずだ。


 しかし今。そして今。こうして俺が帰ってきたことで、一安心した、ということだろうか。


「……聞いた。一週間、色々してくれてたみたいだな」

「…………」


 不思議なことに、俺も。

 ムゲンループにとっては邪魔者であるはずのいのりに会えて、どこかほっとしている自分がいた。


「訊きたいこと、いっぱいあっただろ? ありがとうな」

「……いいえ。私は────」

「……あのさ、お二人さん」


 その時、細波がいのりの言葉を遮って口を挟んだ。

 疲れたような、呆れ返ったと言わんばかりの複雑な表情で。


「二人きりで仲良くするんなら、ここよりいいとこ紹介してやろうか? え?」


 細波のおどけた言葉に、くすくすと他のお客さんやら近所のマダムの方々が笑い、俺達を見ている中、それでもいのりはしばらく、そのままの状態で身体を離そうとしなかった。


 大事に大事に、そこに俺がいるのを確かめるように。


 納得や理解はしていたものの、どこかまだ浮き足立っていた俺は────この日ようやく、『元のところ』へ帰ってきたことを芯から実感していた。






初作品です。誤字脱字報告、または感想・批評等あればぜひお願いします。最低週一投稿を目指していますが、都合で出来ない際は逐一報告いたします。

【追記:六月三日】加筆修正しました。

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