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第四十四話

大変ながらくお待たせしました。イギリス編フィナーレ、第四十四話の前編です。

連続投稿となっておりますので、まずはこちらの方からお読みください。

「…………」


 景色が、ゆったりと後ろに流れていく。

 車の窓枠に肘を乗せ、ぼうっとその様を眺めていた。

 

 ――――確かに守った、イギリス・ロンドンの街並み。 

 いつかの世界で見た、ネブリナ家が敗北し、第三次世界恐慌が勃発した直後の地獄絵図とは雲泥の差だ。

 伝統的な歴史に包まれている中に、現世代の活気を感じさせる。

 今日もこの街は、いつも通りの日常を送るのだろう。


『……良かったのか』

『ん?』


 この車を運転していたジェウロが、今まで閉ざしていた口を開いた。

 車内には俺達の他に誰もいない。振り向きもせずに彼は続ける。


『こそこそ逃げるように帰ってしまって。お嬢様方にもろくに挨拶していないのではないのか?』

「…………」


 俺も街角を眺めながら、ジェウロの問いに静かに答える。


『……いいんだよ。俺は目立たず消えた方が。アンタ達にとっても、俺にとっても』

『……そうか』

『何だジェウロさん、もしかして気遣ってくれてんの?』

『メリーお嬢様とエレンお嬢様のことはな』

『……あっそ』


 まあ、いいか。


『まあ、メリーとエレンにはよろしく言っといてくれ。……今度日本に来たら案内してやるってな』


 もしそうなったらまた騒がしくなるんだろうなと想像を膨らませ、口角が自然と持ち上がったのが分かった。



⋯⋯⋯⋯⋯



『おはよう、親愛なる弟くん』

『……起き抜けに何だよアンタは』


 ふと目を覚まし辺りを見回すと、見慣れないベッドのそばで、マクシミリアンが佇んでいた。何がおかしいのか、いつものように無駄に爽やかで胡散臭い笑顔を浮かべ、俺を見ている。

 

『随分とよく眠ってたね。もうあれから大体二日経ってるよ』

『……二日、二日ねえ……え、マジで二日?』

『うん二日。正確には、三十八時間十一分』

『マジで?』

『ごめん最後は適当。タクジが倒れた時間なんて知るわけないしね』


 まだ意識が半分まどろんでいるせいか、マクシミリアンのその言葉にもまともに返せそうにない。


『アンタなあ……痛ッ』


 上体を起こそうとすると、鋭い痛みが襲った。腹は穴が開いたかのように頼りなさげで、ふくらはぎを含む足の筋肉はもれなく突っ張っている。

 ぼんやりとした眩暈が断続的に続いている。視界がゆらぐ。頭はずっしりと重く、酒を飲んで酩酊しているかのようだった。

 そんな満身創痍の状態で、それでもなんとか起き上がった。これ以上眠る気も無かった。

 色々、聞きたいことがあったから。いわゆる、何もかも終わった『その後』について。


 俺がいるのは、明るい個室だった。窓は開け放たれ、風が優しくそよぐ。この部屋にいるのも、俺とマクシミリアンの二人だけだ。

 俺の身体には、手当てが施されていた。胴と右足の弾痕には包帯が巻き付けられ、顔の腫れた部分に絆創膏やら湿布やら、あらゆる処置が施されている。それだけで、ここはもう安全なのだと分かる。

 

 終わったのだ。イギリスをめぐった何もかもが。


「…………」


 あれから……グレイシーとの死闘から、二日か。

 耳で聞いても、その意味を呑み込めない。あんな大変なことがあってから、もう二日が過ぎたのか。


 ――――本当に、よく死ななかったものだと思う。

 何度も何度も死に目に遭いながら、俺は今こうして生きている。


 今こうして緩慢な時間を過ごしているのが夢であるかのようで、何だか落ち着かない。

 まるで現実味が無いというか。この数日は間違いなく、今まで俺の生涯でかなり濃い密度で過ごした数日だった。


『俺、何時から寝てたんだ……?』


 口から滑り出たように、気付けばそう尋ねかけていた。

 マクシミリアンが、その質問を笑って拾う。

 

『本当にあれからすぐだよ。疲労が祟ったんだろうね。いやはや、オーバーワークは日本人の悪徳だよ? ははは』

「…………」

『ははは……。ごめん、ジョークだよ。悪かったからそんな顔で睨まないで』


 別に睨んだつもりはなかったが、彼は眉を下げて苦笑した。

 そういえば、俺がこのざまになっているのも、元をたどればこいつのせいと言えなくもない。まあ、これを一つの『貸し』として、いつか返してくれれば別に構わないのだが。


『ジェウロ達の話によると、大変だったそうだよ。メリーはそれはもう泣きじゃくってるし、エレンは今までみたこともないくらい慌ててるしで』


 それこそメリーは、子供のようにわんわん泣き叫び、そんな姉を見たエレンは目に涙を溜めながら必死で堪えながらも動かない俺のそばでおろおろと狼狽えている

 とりあえず今、ぱっとこんな図が思い浮かんだ。

 同時に、悪い事をしたとも思った。

 負った傷が傷だから、俺が死んだかもしれないと二人とも心細かったはずだ。


 それに、メリーに関しては、それだけじゃない。かなりショッキングかつ、辛い思いをさせてしまっているのだ。


『……グレイシーは、死んだんだよな?』


 何よりも聞きたいことだった。マクシミリアンも、わずかに目を伏せる。


『……自殺だった。脳幹を一発で、突入した時には既に手の施しようもなく即死だったそうだよ』


 マクシミリアンは、銃の形を作った手の人差し指と中指を口元まで持っていく仕草をした。

 俺も記憶はおぼろげだが、グレイシーが銃口を自分に向けたということだけは覚えている。

 あそこまでやった彼女が、一体何を思ってあの時諦めようと思ったのか。

 果たして、彼女は満足したのだろうか……。


 マクシミリアンは、そんな俺の思考に入り込むようにこう続けた。


『――――〝そして、それは一番正しい選択だった〟。少なくとも、彼女にとっては』

『え……?』


 自殺が、正しい選択……?

 一体どういうことかという疑問が顔に出ていたのか、マクシミリアンが何か言う前に答えてくれた。


『〝生きてたらただでは済まなかったということだよ〟。おそらく、一番後腐れの無い、綺麗な死に方だった。……まあ脳漿飛び出てたけど』

『ああ、そういう……ご丁寧な回答どうも』

『かと言う僕も、内心ほっとしてる。仮にも女性が嬲られるのを見るのは、僕の趣味じゃないから……』


 と、そこまで言って、彼は頭をかき、申し訳なさそうに肩をすくめた。


『……ごめんね、今起きたばかりなのに色々話しちゃって。今はまだ休むかい? また後で出直しても――――』

『いい。聞きたいことは今のうちに聞いておきたい。……もうここに長居する気もないしな』

『そうなのかい? せっかくなんだしイギリス観光とか、もっとゆっくりしたらいいのに。遊ぶくらいのお金はこっちが出すよ?』

『……アンタ、結構呑気っつーか、マイペースなんだな』


 こうしてこいつと話していると、自分が余裕のない人間なんじゃないかと感覚を忘れてしまいそうになる。


『……俺には、やらないといけないことがある。俺は、イギリスのこともネブリナ家のこともどうでもいい薄情な人間だもんでね』

『それ、まだ根に持ってたんだね……』

『まあやることやったし、すぐにでもここを発たせてもらうぜ。それに、〝その方が、アンタも都合がいいんだろ„?』

『……君は本当に聡いね。気にしいとも言い換えられるけど』


 俺の存在が今ネブリナ家にとってどう映るか、という点で考えればすぐに分かる。


 何でもない一般人に、一作戦の最前線での大きな地位を与えたことは、いわば諸刃の剣だ。

 出自は関係なく働きに応じた栄進の存在を示した一方、俺という贔屓的な存在を疎ましく思う者もいるだろう。

 それに、血の掟のこともある。今はまだ表面化しなくとも、俺がこれ以上ネブリナ家に関わって、お互いに良い事は無い。俺は人知れずいなかったことになった方が、何かと都合がいいのだ。


『今日中に帰る。怪我の処置は向こうでやるから心配はいらん』


 俺のその意を言外に受け取ったのか、マクシミリアンは少し考える素振りを見せて浅く首肯した。


『……うん、分かったよ。君がそう言うなら』

『でも、だからさっさと全部話せ。ちゃんと終わったか確かめてから、帰るとするさ』

『そうだね……ありがとう。君にはすべて知る権利がある。帰りの便を用意させよう。それまで、聞きたいことは全部話すよ』


 さて、と一息つくようにして言い置いてから、彼は尋ねかけてきた。


『それじゃ、紅茶でも飲むかい? ハロッズで買ってきた良いお茶があるんだ』



⋯⋯⋯⋯⋯



 しばらくして持ってきた紅茶を啜りながら、俺達は会話を続けていた。


 まるで、旧知の友人のような気軽さで。


『……あれから、メリーはまだ落ち込んでるよ。色々なことがあったから、頭もショート寸前、整理するのでいっぱいいっぱいなんだろう』

『……ああ。メリーは頑張ってた。それは俺がよく知ってる』


 まずは、メリーとエレンの今の状況

 俺の呟くような言葉に、マクシミリアンが神妙に頷く。


『特に、エイシア……僕の妻の死に方について、よっぽど堪えたらしい。グレイシーから聞いたらしいね。思い出したかのように詰め寄られて、つい正直に答えちゃったら僕を殴ってそのまま部屋に閉じこもっちゃったよ』


 殴られた時のことを思い出したのか、右頬を指で掻いて困り顔で笑った。

 それが可笑しくて、小さく吹き出した。


『ははっ、そりゃ自業自得だろ。最初から黙ってるから……』


 そしてその時、あることに気付き、思わず言葉尻を切った。


 ――――知ってたわよ、そんくらい……母さんが本当は病気で死んだんじゃないことくらい、知ってた。


 確かにあの時、そう言っていたのを聞いた。いくら瀕死だったとはいえ、あれは幻聴ではないはず。

 しかし、だとすると、今のマクシミリアンの言い分と話が合わなくなってしまう。


『……おい、待てよ。話が違う。〝メリーは母親が病死じゃないって知ってたって言って〟――――……』


 そこまで言って、はっとした。

 マクシミリアンが、わずかに目を伏せている。


『……僕達の守秘能力は完璧だった。それだけだよ』


 それが答えだった。

〝メリーは本当は、母親の死の真相なんて知らなかったのだ〟。


 それでも、あたかも気付いてたというような素振りを見せて。


『……ちっ、つまらん嘘吐きやがって』

『まあまあ。心配させたくなかったんだろう。君を含め、エレンにも……グレイシーにも、ね』


 ちなみにエレンもメリーを慰めてるよ、少し姉妹仲が良くなったのかな、とどこからか取り出したシガレットを口にくわえた。


『メリーには、これからはちゃんと教えるよ。ネブリナのこと。色々秘密にし過ぎだって、もう既に本人に怒られちゃったし』

『そうか……そうだな』


 例えそれが、どれだけ辛い現実でも。

 きっとあいつはそう言うだろう。

 そういう奴だ。


『もう少し、僕の娘達を信じてみようと思う。ここにきて初めて知った二人の強さを、よく見てあげるつもりだよ』

『……ああ。それがいい。きっと、あいつらなら挫けないさ』


 一応聞きはしたが、どうやら心配するようなことはなかったようだ。

 今はまだ苦しくても、エレンがいる。もう姉妹がお互い一人で抱え込まなくていいのだ。


 一人だけでは無理でも、二人でなら、必ず。

 母親の事も、ネブリナ家のことも、呑み込める日がきっと来るだろう。


「…………」

『タクジ? どうかしたかな?』

『……いや、じゃあ次。エトーはどうした? ちゃんと捕らえたのか?』


 少しぼんやりしていたところを我に返り、別の話し口で話題を振った。


『エトーは捕らえたよ。今は頑丈な手枷足枷をして絶対監視の下、主導権が他の人格に移るまで待ってる状態だ。今はもう無害だよ』

『それで、大丈夫なのか? その……』


 多重人格の治療やら処置やらは良く知らないが、エトーという元人格が、再び眠りにつくのを待つまで果たしてどれだけの時間が掛かるのか。


『多分ね。レッジの時は、これでうまく行ってた』

『今回だけじゃなく、過去にエトーが現れたことがあるのか!?』


 あんな化物、一度だけでなく二度までも表に出たことがあるなんてとんでもない話だ。

 しかもここにきて、思いもしないレッジの名前を聞くことになるとは。


 一体何故、と訊く前に、マクシミリアンがこう続けた


『そもそも、昔暴れてたエトーを抑えてネブリナ家に引き込んだのは、他でもないレッジだよ』

『……そうだったのか……』

 

 あんなのを相手に、一体何をどうやって押さえつけて説き伏せたんだ。


『今でもあれはネブリナ家の語り草でねー。それからレッジはエトー達「the billy」の監視役として、フリークチームの幹部に任命したんだよ。他に彼らを抑えることが出来る人間がいなかったからね』

『なるほどな……』


 そんな経緯があったのか。

 何故マクシミリアンの旧知の仲とも言える彼が、出世街道から外れたようなところにいたのか疑問だったのだが、あれもマクシミリアンの信用あってのものだったということか。


『……ああそうだ。抑えたと言えば』


 そこで、ふと思い浮かんだことがあった。

 何の気なしに、本当に何となく、その事を口にした。


『カマタリとジャッカルも、今俺達がこうしてるってことは何とかエトーを止めてくれてたんだな。大変だっただろうし、せめてあいつらにはちゃんと礼が言いたいくらいなんだが……』

『……残念だけど』


 しかし、俺の言葉を受けたマクシミリアンの表情は暗かった。口に含んでいたシガレットを指に挟んで一服していた。

 そして、意を決したように告げたその一言は――――端的な訃報だった。


『――――死んだよ。二人とも』

『……嘘だろ』


 死んだ。あの二人が。


 殴られたかのような強い衝撃が頭蓋を走った。

 マクシミリアンが、淀みない口調で詳しく話を続けた。


『いくら不死身のジャッカルといえど、首を切り離されれば死ぬ。いくら力自慢のカマタリでも、四肢をもがれれば無意味。本隊の人間が象をも沈める特殊麻酔弾を七発打ち込んでようやく倒した。もはや個人の人間の限界とはかけ離れた力が、エトーにはある』

『そう、か……』


 正直、一番ショックかもしれない。

 あの後ろ姿が、最後の姿だなんて。嘘だと思いたくても、マクシミリアンの重みある口調がそうさせてくれない。


 ――――……あたしねぇ、これで後腐れなくなったら日本に帰ろうと思うの。

 ――――テメエ見くびんなよ。俺様はなぁ、天下の「フェニックス」様だぜ、ヒヒヒッ。俺ァこんなとこで死ぬ気なんざさらさらねーよ!


 ……まさか本当にあの二人が死ぬなんて思いもしてなかった。寂寥感と喪失感が押し寄せる。


 ただただ、残念という言葉しか浮かんでこなかった。


『……君には責任はない。君の役目はグレイシーを討つことだ。彼らの死は、総責任者(アンダーボス)である僕の責任だ。それに……』


 しかし、俺がそんな寂莫に浸っていたその時だった。



『"また一年経てば、まるでなかったかのように二人もグレイシーもレッジも、みんな生き返るんだろう„? そしたらまた元通りさ』



 突然のカミングアウトだった。

 まるでありきたりな世間話のようにあっさりと。

 しかし、今までの会話の流れをぶった切る、俺にとっては聞き逃せない一言だった。 

 いっぺんに、カマタリやジャッカルに対する寂寥感も頭からすっぽ抜けてしまった。


『……なんのことだか』

『誤魔化さなくてもいい。これは罠であったりだとかの他意は決してない。世界でも数の限られた、同類としての純粋な挨拶さ、警戒を解いてくれ』


 気付けば、自分でも無意識のうちに身体に力が入り、全身が強ばっていた。


 いのりの時もそうだが、俺は俺と同じムゲンループの住人に、一種の危機感を覚えている。

 この世界において、一年を何度も繰り返して生きている俺の優位性は絶対だった。ムゲンループの住人というだけで、他者とは同じ土俵に立つことはないのだ。

 だから、同じムゲンループの住人の存在は、俺の精神的支柱であり、アイデンティティーの動揺にそのまま繋がってしまう。同じ条件ということに、俺は慣れてないのだ。


『……というか、今までずっと話したくて話したくてうずうずしてたのに、何時になってもこの話にならないから、気付いてなかったのかと思ったよ』

「…………」


 三人目の住人――――。

 いや、推定三人目の桜季も合わせれば、これで四人目か。

 俺達と、同じ存在。

 まさか、こんなイギリスくんだりまで来て、顔を合わせることになるとは思いもしなかった。


『……〝そうかもしれない、とは前から思ってた〟』


 そう、この事件に関するマクシミリアンの情報量は、明らかに常軌を逸していた。世界恐慌のことをあたかも最初から知ってるような素振りも見られた。

 例え俺の助言で準備していたとはいえ、いくらなんでも準備が良すぎた。


『最初から、俺が自分と同じムゲンループの住人だって知ってたんだな。だから、俺をここに招いて、俺を軸とした策まで練って……』

『君は最初、僕が死ぬこと、そして世界恐慌のことを教えてくれたね。あの時から、信じがたい心地だったけど、君は僕と同じだと分かっていた。だから、ここに招いて、君を試した』

『試した? どういうことだ?』


 俺の問いを、マクシミリアンは受ける。


『エレンだよ。あの子をジェウロや君と同乗させたのはたまたまじゃない。あの子には人を見る才能があるんだ』


 そして、と言い置いて、マクシミリアンは語る。

 俺の身に起きた何もかもを紐解いていく。


『それだけじゃない。他にも君は事件が起こる前に何度も命の危機に遭ってきたはずだ。飛行機内でのジェウロ、僕の義父ボルドマンの説得、メリーに手紙とスタンガンを持たせたのも、僕だ。全ては、僕の本懐を果たすためだけに、慎重に慎重を重ねる必要があった』

「…………」


 それが本当なら、途方もない話だ。

 世界恐慌を阻止するために、一体どれだけの時間を過ごしたのか。

 今のこの結果に至るまで、一体世界を何巡したのか。


 俺とこいつは、本当に同じだ。

 胸のうちに抱えた目的を果たすためだけに、ずっと一人で世界を繰り返してきたのだ。


『結果は上々だった。そして、僕の期待以上の結果を見せ、今に至る。……これが事のあらましだよ』


 話が逸れたね、とマクシミリアンは照れたように微笑んだ。

 指に挟んだシガレットを弄びながら、朗々とした喋り口で話し続けた。


『つまり言いたいのは……僕は何度も世界をやり直してきた。メリーもエレンも、数えきれないくらい殺された。目の前でグレイシーが死ぬ瞬間も見た。僕は、色んな人を犠牲にしてきた。……だから言えることがある。この世界で死ぬも生きるも変わらない。死んでもやり直せる世界なんだ、ジャッカルとカマタリのことも気に病む必要なんてないんだよ』

「…………」


 マクシミリアンの言いたいことは、よく分かる。

 誰もが、自分の死んだ瞬間を忘れ、また次の世界では当たり前のようにリセットされているのであれば。それは果たして死と言えるのか。

 言わないだろう。


 俺も、マクシミリアンの言うことを否定できる立場にない。もし彼を糾弾すれば、俺のやっていることはどうなる?

 そうだ、夕平や暁は、仕方ない犠牲だ。俺がこんなに頑張ってるんだから、"何十回と死ぬことくらい我慢してもらわないと困る"。


 今回で助けてやるんだから、例え俺に文句を言えたとしても、それはお門違いというものだろう?


『……ごめんね、少し個人的な意見を押し付け過ぎたかもしれない。でも、君は何だかそのことにひっかかっているようだったから』

『……そうかも、しれないな』


 ジャッカルとカマタリも、そしてレッジも、次の世界で生き返る。

 なら、俺も切り替えるべきだ。本人達が知らないことを、俺が抱える必要はない。その方がこの世界を生きる上でよっぽど健全なはずだ。


 ……その、はずだ。

 そのはずなのに、何か大事なことを忘れているような、喉の奥が突っ掛かったような感覚は残っていた。


 しばらくの間、思索に耽っていたようで、マクシミリアンが所在なさげに視線を宙にさまよわせていた。

 そこに、ある質問をぶつけた。

 色々と話を聞いて、多くの疑問が一つ一つ解かれていき、最後に残った些末な疑問。

 こうして振り返った時に初めて気になるような、小さなしこりの如き問いだった。


『……アンタは、これからどうするつもりなんだ?』

『…………』


 返事がないマクシミリアンに、より具体的な尋ね方で被せていく。


『……例えば今回は俺の動きもあって世界恐慌は阻止出来ただろうけど、次のループに入ったら、またお前は同じことを繰り返すのか?』

 

 ムゲンループは、一年間で起きたことをそっくりそのまま繰り返す現象だ。

 俺達のような『例外』はあるが、前の世界で起こったことは、次の世界でも同じことが起こる。


 ということは、マクシミリアンはこれからも、世界恐慌と相対し、何度も打ち勝たないといけないということになる。この融通の効かなさが、ムゲンループの一番の欠点だった。

 もちろん、リアル『強くてニューゲーム』が出来るわけだから、この世界の経験を生かしてかなりマクシミリアンに有利に事を進めることが出来るとは思うが。

 今までやってきた苦労が一旦水泡に帰すことを思うと、やりきれない。


 と思って訊いてみると、返ってきたのは、意図不明の問いだった。

 しかしその瞳は――――静かに俺を射抜くように見据えていた。



『なら逆に訊こう――――君は今まで、人を殺したことはあるかい?』






初作品です。誤字脱字報告、または感想・批評等あればぜひお願いします。

【追記:九月二十一日】加筆修正しました。

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