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第四十三話

第四十三話、更新しました。

次回、イギリス編最終話です。

『――――……ああ、そうだ。至急、足を用意しろ。ヒースローまでのハイヤーと、香港への搭乗便を出せ。私はここを立つ。十分以内にだ、いいな?』


 とある高層ホテルの一室。

 男の神経質そうな声が部屋の中に響いていた。


 男は電話越しの相手に声を荒げ、余裕の無さそうな様子で行き来している。

 

『クソッ、グレイシーめ、しくじるとは……! 使えん女だ!』


 乱雑に転がったキャリーケースを蹴飛ばし、膨大な量の書類とレジュメの束、高級ブランドものの財布数個とパスポートといった、手近なものをカバンに詰めていく。


 ネブリナ家を侮っていた。

 この現状を言ってしまえば、その一言に尽きる。


 マクシミリアン不在のネブリナ家は混乱し、その動向はグレイシー一人で簡単に掌握されてしまうほどだった。 

 所詮ネブリナ家も、マフィアと言えどマクシミリアンありきの烏合の衆、統括要員の不足を露呈していた。

 注意すべき点はマクシミリアンだけであると、計画が始まったばかりの時はますます確信を得ていたところだった。


 しかし、グレイシーはフリークチームなどというほぼ非公式の二次組織に飛ばされた。

 マクシミリアンがわざわざ呼び寄せたという、一人の日本人の少年。その補助を名目に。


 これこそが、死に際のマクシミリアンが残した、グレイシーの情報に無い部外者かくしだまだと、信じて疑わなかった。

 しかし、何もかもが食い違い始めたのは、グレイシーの裏切りが白日の下となったことだった。

 そこからとんとん拍子に、もう一人のスパイだったはずのジェウロは二重スパイであったこと、そしてなにより、マクシミリアンが生きていたこと。衝撃の真相が連続した挙句、グレイシーはまんまと泳がされていたということが判明してしまった。


 裏切り者グレイシーというが砦が破られた途端、全てが狂ってしまった。


 マクシミリアンと、たった一人の日本の高校生によって。


『私の……私の計画が……! クソッ、クソクソッ!』


 エレン=ランスロットの誘拐失敗。

 これで、彼の『計画』は数年の遅れを作ってしまうことは確実だった。

 それが分かってしまうから、こうして一時的に高飛びをしなくてはならないという苦々しい『敗北』の二文字が、胸中に焦げ付くように燻っていた。


 しかし、それでも納得しきれてはいない。一つの疑問点と言ってもいい不自然があった。

 この一連の出来事のあらまし――――マクシミリアンの方略には、ある前提が成立していなければおかしい。


 そもそも本来なら、こうなるはずの計画では無かった。

 マクシミリアンの死亡にネブリナ家は混乱、ろくに対処もしきれないままお互い足を引っ張り合い、グレイシーの力で内部からガタガタに体制を崩していくはずだった。

 結果として、マクシミリアンは死ななかったし、エレン誘拐にも対処されたし、グレイシーが裏切っていることも見通されていた。

 これら全て、マクシミリアン一人の采配によってうまく行っていると思わせられていた。


 この現状に至る前提……それはとどのつまり、『最初から全てを知っていた』ということだ。


 ――――前もって招いていたという日本の少年がいい例だ。

 ――――マクシミリアンスティーブ襲撃の際の替え玉がいい例だ。

 ――――グレイシーが裏切り者であると気付かれていたのがいい例だ。


〝まるで、全ての流れを前もって知っていたかのように、入念に準備されていたのだ〟。


 どれか一つでも判然としていなかったら、こんなことは出来ない。

 どれか一つの要素でも満たしていない限り、こんなことはあり得なかった。


『マクシミリアン……一体どうやって……!』

『呼んだかな?』


 声が、した。

 振り返る。心臓が跳ねた。


 今ここに、自分以外の人間はいないはずなのに。


『――――こんばんは、トミー』


 ぶらりと人影が姿を現した。

 ゆったりと微笑んでいるのがこの暗い部屋でも分かる。まるで道端で知人に会ったかのような気軽さで、強い違和感を引っ提げて男を呼ぶ。


『なっ……!?』

『君が、今回の事件の首謀者だ。トムソン=チャベス……〝いや、コーサス=オルコットと呼んだ方がいいかな〟?』


 当たり前のように、マクシミリアンはそこにいた。


『……その名は捨てた』


 ぽつりと呟いてから、トムソンと呼ばれた男は歯を剥いた。


『貴様、スティーブ……どうしてここに……っ!!』

『どうしてって……顔を拝みに来たんだよ。イギリスから世界を破滅させようとした男の顔をね』


 剣呑な空気が立ち込める中、あっけからんとそんなことを言い放った。

 図星を刺されながら、トムソンはしらを切ろうとする。


『な、何を――――!』


 馬鹿なことを、と吐き捨てる前に、それを遮るようにマクシミリアンが手を突き出した。

 そしてその威勢を削ぐように、マクシミリアンは、ちちちとリズミカルに舌を弾きながら、人差し指を右、左、そして右と振った。


『今更誤魔化すのはナンセンスだ。それじゃ映画の小悪党と同等……〝僕をここまで苦しめた君は、もっと巨悪的にどっしりとしてないと張り合いがない〟』

『何の話だ! くっ、せ、セキュリティは一体何を……!』

『無駄だよ』


 部屋の内線からホテルに報せようとするトムソンに対し、マクシミリアンは呆れたように息を一つ吐いた。


『僕がここにいることの意味くらい、すぐ分かるだろう。勘の悪い君に念のため言っておくと、支配人の彼は悪くない。〝少しお話をして、見て見ぬふりをしてもらった〟。つまり、そういうことだ』

『クソッ……!』


 悪態の次に飛び出したのは――――拳銃だった。

 おもちゃのモデルガンでもしないような、粗野なごてごてした金の装飾が、この薄闇でも目に付いた。

 距離を置き、後ずさりながら、その銃口をマクシミリアンに向けた。


『……いい趣味してるね』

『……撃たないとでも思っているのか? 私さえいれば、計画は崩れてはいない。キングス・ウィリスのような代わりの起爆剤を作り、代わりの人員を補充すれば――――』

『娘の代わりも、かい?』


 数秒、しんと場が静まった。

 そっと目を細めるマクシミリアンに、トムソン=チャベスという男は、へらりと笑って相対した。


『娘だろうと息子だろうと、金さえ積めば手に入る。あいつはいわば失敗作だった。〝今度はもっと良い手駒を貰い受けることにするよ〟』


 口元は笑っていても、目は本気だった。

 本気で、娘の代わりが金で利くと思っている目をしていた。


『富豪のみが生き残る世界……それが君の目的だったね』

『……貴様、本当にどこまで知っている?』


 マクシミリアンの言葉に目を丸くしながらも、余裕を表すかのように突き出した銃身を軽く揺らした。


『そうだ。人間は増えすぎた。もうこの先必要なのは優秀な人間のみ。能力の低いもの、社会的適応力の無い無駄なゴミは死滅すべきだ。真に有能な人間の邪魔にしかならん』


 世界的大富豪、トムソン=チャベスは、堰を切ったかのように多くを語り出し始める。

 自分が抱く、世界への見解と、その懐疑心を。

 

『有能無能を決める決定的な物差し。何だか分かるか? ……金だよ。金を持つ者は強者であり、持たざる者は敗北者。貧民に生きる価値などない、そうは思わんか』

『全然』


 マクシミリアンの即答に鼻を鳴らす。


『……貴様もトップファイブの端くれだろう、スティーブ。思ったことはあるはずだ。貧困に飢える民は、常に富める者に与えられ、恵みを乞う。まるで親鳥の庇護下にいる雛鳥のように、ピーチクパーチク馬鹿面下げてな』

『…………』

『例えば、募金などというシステムが最たる例だ。貧乏人をつけあげさせ、募金者は金を捨てて自己満足に浸る。自分は慈愛ある人間だと、自己愛を振りかざす。あんなもの、趣味の悪いままごとだ。そんな下らんものが蔓延り――――強者が敗者に手を差し伸べることを美とするこの現代世界は、いびつに歪んでいる』


 悦に浸ったように、トムソンはペラペラと口を回している。

 その目の前にいるマクシミリアンが睨んでいるのも、気にも留めない。


『本当にそんなことで、世界恐慌を……』

『そんなことだと!? 貴様、本当に分かっていないのか!? 私の世界恐慌は「振り分け」だ! 富豪が生き残り、生き残れない弱者は足元の塵となって屠られる! 世界は、私の手で、元のあるべき姿に返るのだ……!』


 演技がかった身ぶり手振りと、大仰な言葉遣いで話し続けていた彼だったが――――ふと我に返るように、言葉を途切れさせる。


『――――ふっ、くく。あはは……!』


 何故なら、目の前で敵とばかりに対峙していたマクシミリアンが、突然可笑しそうに笑い出したからだ。


『……貴様、何が可笑しい』

『何が可笑しいって? くくく、ああ可笑しいさ。ちゃんちゃら可笑しい』


 そう言ってからまた、クッ、と口の端から抑えきれない笑いが溢れた。


『今更君の思想についてとやかくは言わない。言ったところで聞きやしないだろうし。でもね、一つだけ――――君、グレイシーのことをどう説明する』


 トムソンの眉が訝しげに下がった。

 彼は、続けた。


『彼女は言っていたよ。あの日――――〝かつて僕が、グレイシーを殺す一歩手前まで追い詰めたあの時の事だった〟。何故こんなことに加担したのか、その理由を』

『……待て、なんだそれは。〝貴様、何時の話を言っている〟?』


 トムソンの問いを、マクシミリアンは聞こえなかったかのように流した。


『君とグレイシーの利害は一致していたんだろう。君はキングス・ウィリス銀行を発火剤に、世界恐慌を引き起こし、いわゆる「選定」を行うこと。一方グレイシーは、メリーとエレンにここより遠い平和な不可侵の世界へ連れて行くこと。そのために必要な前提は二つ。「噺好きの嬢王エレンの強奪」と「ネブリナ家の解体」』

 

 そこで一旦、言葉は途切れる。


 三日ほど前、とある少女がこう言った。

 経済を動かしてきたのは常に、世界中の人々の動きである、と。

 ――――『群集心理』。世俗の揺らぎや噂は、世界経済を覆す大きな力になり得る、と。


 そして、トムソン側にとってそれを操る鍵こそが、都市伝説にも上がるほどのエレンという存在だったのだろう。

 エレンの人の内側を見抜く才――――つまりは、人を心理的に操ることが出来る才を、彼は世界恐慌という大きな『仕分け』をするために必要と踏んだのだった。


『――――けどね』


 しかしマクシミリアンはそう前置きし、焦らすように一呼吸置いてから、簡潔にこう告げた。

 その一言には、トムソン――――いや、グレイシーの養父であるコーサスも狼狽せざるを得なかった。



『グレイシーは、こうも言っていた。――――「他でもない、父の命だから」と。「例え利害は一致していても、父の頼みでなければこんなことはしてなかっただろう」、とね』



『ばっ、馬鹿な!! あいつは私の金に釣られて――――!』

『君の勘違いさ。あるいは、彼女はそう振る舞って見せていたのかもね、哀れな君のために。相当な板挟みだったろう……彼女に残されていたのは、ネブリナ家を裏切るか、実の父親を裏切るかの二択だったのだから』


 そして、グレイシーはネブリナ家を裏切る道を選んだ。

 一人、自分の命も捨てて、大きな組織に立ち向かうことに決めた。

 エレンのために、メリーのために、そして――――父親のために。


 それを、愛と呼ばずして、何と呼ぶ。

 ただ間違いないのは、それがトムソンが何よりも重きを置いた金という形ある物ではないということだ。


『金でしか物事を見ない男の手管は、金ではなく他人のために生きた人間だった。愛する君のために動いた彼女がいなければ、この計画はご破算だった。――――つまり君は、自分で自分を否定していたのさ。実に滑稽なことにね』


 マクシミリアンの言葉は、痛烈にトムソンという哀れな男を刺した。

 彼は、ここまで言っても理解を示さない。歯ぎしりして、自分に尽くして召された娘を無下に罵る。


『――――く、くく……ぅっ、あのドラ娘め……! どこまでっ! どこまで私を愚弄すれば――――!!』

『強いて言えば、お互いがお互いをコケにしていたんだろうね。君達はとてもよく似ているよ。自己の優秀さ故に、自分の考えだけで突っ走り、周りの人間の気持ちに目もくれない』


 例えばほんの少しだけでも、誰かの目線に沿ってやれば。

 例えばほんの少しだけでも 、誰かの傍に寄り添ってやれば。


『――――でも僕は、グレイシーのコケの仕方の方が人間的で好きだけどね』


 こんな結末は、起こらなかったのかもしれない――――。


『黙れ! 黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れえええええええ!』


 トムソンの指が、引き金(トリガー)に触れた。

 両者の距離は、二十一フィート(約六・五メートル)、銃を持つトムソンが圧倒的に優位に立っている。


『貴様、貴様さえいなければ……貴様さえ』

『そうだろうね。僕が生きていたから、今こうなった。僕さえいなければ君の計画は成功していただろう。……でも残念。僕がいる限り、君に勝ちはないよ』


 しかし、マクシミリアンは薄闇の中でくすりと笑う。


『――――僕が事の成り行きの全貌を知っているのも当然さ。〝何故なら僕は一度だけ、君が成功した後の世界を見てきたんだからね〟』


 一歩、トムソンの方に音もなく近寄った。

 ゾワリ、と空気が浮き足立つ。トムソンが、銃を構え直した。


『く、来るなあ!!』

『ここまで、本当に長かった……本当に』


 制止の声も聞かず、また一歩、距離をつめる。


『はっきり言うと、僕は君を恨んでいる。いくら繰り返しても、どうしても君にたどり着けなかった。自分の力不足を呪い、その「境遇」を神が自分に課せた罰かなにかかと本気で思った。何度も、何度も』


 囁きかけるような、静かな口調は途絶えない。


『何度も何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も、僕はやり直してきた。世界恐慌とネブリナ家の危機を救ってきた。だがその全てで、元凶である君を逃してきた。だから延々と終わりが見えなかった。「貴様さえいなければ」? ――――それはこっちの台詞だ金の亡者イカレクズが。〝何が悲しくて、繰り返し死んでいく娘達を見なくちゃならない〟?』


 暗がりから聞こえてくるドスの利いた声は、悪魔からの誘いのようだった。


 まさにその時。不意にぼやけた闇から青白い手が伸びた。

 持っていた銃身を掴み、易々とその腕を捻られる。


 汗が吹き出す。警戒はしていたはずなのに、いつの間にか接近を許してしまっていた。トムソンにとっては信じられない心地だった。


 しかしマクシミリアンは、暗闇による錯視によって、会話しながらも摺り足でトムソンに僅かずつにじりよっていたのだ。

 だから彼は、距離を計り損ねた。言葉にすると簡単であるが、相手の警戒距離と、動き出す限界を正確に見極めるという離れ業がそうさせているのだ。


 だがそんなことを知らないトムソンには、痛みよりも先に、目の前に急に現れたことから来る恐怖の度合いがはるかに強かったはずだ。


『あひっ、ひぃ!?』

『――――〝僕は、かれこれ二十一回、この世界をループしてきた〟。君が起こそうとしてきた世界恐慌を、幾度となく止めてきたんだ。だから、全てを知っていた』


 そして、目にも止まらぬ早さで、銃を絡め取り、奪った。

 まるで当然のことのように、形勢は逆転し、撃つ者と撃たれる者に分かれた。


『そして今回、やっと、元凶(きみ)を倒す機会が訪れた。この長い茶番劇に、ようやく終止符を打てる……!!』


 その時だった。


『まっ、待てっ!』


 トムソンが、慌てた様子で震える声をあげた。

 マクシミリアンは、最後の言葉を聞くつもりで、引き金を引く指を止める。


『……一度、私が成功した、と……確かにそう言ったな』

『……だったら?』


 銃を突きつけられ、もう数秒後には額を撃ち抜かれるその間近。

 今まさに、自分の命の灯火が消えるその最後の最後に。


『……ふ、ふふ、ふ』


 ――――トムソンが浮かべた表情は、怯え震えての恐怖でも慈悲を求める見苦しい命乞いの表情でもなく、愉悦と恍惚のそれだった。


『――――なあ、どんな世界だった!? 私が作り上げた世界は! それはそれは素晴らしかっただろう!? 私が考え出し、世界のあるべき秩序が再興した、美しい完全な世界は――――!!』


 その声は、恐怖とはまるで無縁の感情でうち震えていた。


〝それは、憧憬〟。


 世界がやり直されているという、マクシミリアンの世迷い言を完全に信じた訳ではないだろう。

 しかしそれよりも何よりも、自分が求めた世界への悲願が、あらゆる感情を上塗りしたのだった。


『……救えないな』


 見下げ果てたと言わんばかりの冷たい眼差しで、マクシミリアンは目の前の男を睨める。



『だけど安心していい、もう二度とそんな世界はあり得ない。――――だから、テメエは永遠に死に続けてろ』



 一発の銃声が、響いた。


 そして、何か重いものが倒れ込むような鈍い音が続く。


『――――』


 マクシミリアンは、奪った銃をトムソンの死体のそばに放り捨てるように落とした。


『……ああ』


 それで全てが――――幕を下ろした。

 


『……終わったよ、メリー、エレン……』


 

 拓二、祈に次ぐ、三人目のムゲンループの住人――――そしてそのループの中、繰り返し繰り返し、世界恐慌という世界をも巻き込む波に一人立ち向かい続けた男の声が、その場に溶け入った。



⋯⋯⋯⋯⋯



「…………」


 木漏れ日から射し込む日光で、俺は目を覚ました。

 眩しい。思わず目をしかめた。


「……ここは」


 横たわっていた身体を起こした。

 どうやら今までベンチに身体を預けていたらしく、身体の節々が痛む。


 子供が数人、砂場で賑やかに遊んでいた。その脇にブランコがあり、シーソーも目の端に映っている。

 ここは公園、だろうか……。


「とう!」

「――――っ痛!」


 その時、はたかれたような軽い衝撃が、頭に響いた。少し目眩を覚える。

 緩慢な動きで、声のした方を振り返った。


「わー、カ○ゴンが起きたぞー! 逃げろー、潰されるー!」


 俺の頭を叩いたらしいいたずらっ子の幼げな声に続いて、一斉に他の子供達が蜘蛛の子を散らしたように逃げ去っていった。


 そのたくさんの後ろ姿を見て、俺は呆然としていた。

 一瞬、その子供達がいったい何を話しているのか分からなかったのだ。

 しかしすぐに、頭に血が巡り、もう遠くへ駆けていった少年達に答えるように呟いた。


「……カ◯ゴンってなあ」


 ――――日本語で。

 彼らは皆、イギリス英語でなく日本語を話していたのだ。

 

 今は正午前と言ったところか、太陽が空高く照らし、イギリスと比べ、雨上がりのような湿っぽい(ような気がする)空気が肌を撫でた。


「……そうか、俺は」


 ベンチの背もたれに寄っ掛かり、頭を後ろに反らした。つきんと脇腹が痛んで、すぐに姿勢を直す。

 宙に視線を持ち上げ、口を尖らせて細長い息を吐いた。


 まだ夢心地のように、現実感がない。腹の中に、何かがすとんと落ちるような感覚があって、ようやく納得した。



「――――俺は、帰ってきたのか」



 あの終局の時から三日後。

 イギリスでの長い一週間を経て、俺は日本に帰ってきた。






初作品です。誤字脱字報告、または感想・批評等あればぜひお願いします。最低週一投稿を目指していますが、都合で出来ない際は逐一報告いたします。

【追記:四月二日】加筆修正しました。

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