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第三十話

とうとうここまで来ました、 第三十話です(本編のみ)! ここまで見てくださって、本当にありがとうございます。とはいえ、記念して何かをやるというわけでもないのですが(笑)

さて、長かったイギリス編も、この話で折り返し地点を越えたといった感じです。もう少しだけ、このお話にお付き合いくださいませ。

これからも『ムゲンループのカシコイ生き方』をよろしくお願いいたしますm(__)m

 死ぬかもしれない、と思ったことは人生で何度かある。

 

 ナイフで刺された時、車に轢かれた時、かなりアレな連中に囲まれた時……様々な場所で、多くの状況で死線に触れかけた。

 

 全部とは言わないが、それらを命からがら潜り抜けられた要因は、多くが運だった。そう実感出来るのも、全てが終わってからのことだったが。


 そして、その度に味わったのは。

 予感的に背筋を走る強烈な緊張と、



 ――――濃厚でまとわりつくような、重々とした死の臭い――――



『――――坊っちゃんっ!!』


 その一瞬、銃声と混ざるように、多くの音が聞こえた。


 急稼働するエンジン音。

 小さい悲鳴。

 盛大な舌打ち。

 慟哭。

 

 ピシャッ、という水音。

 頬に、とても生温かいものが降りかかったかと思えば、視界から飛び込んできた『ある物』が、勢いよく俺にのし掛かった。


『――――皆様、敵襲です!! 車二台、追ってきています!』

『そんなの言われなくても分かるわよん! 今応戦するわ、武器は!?』

『荷台に積んであります!』

『オーケイ! それよりも、相川ちゃんは無事!?』

『っ、アイカワさん!』


 怒号が飛び交い、混乱する車内の中、俺は何も言えずに呆けていた。

 それどころじゃ、なかった。


「あ……」

『いったたた……ちょっと、いきなり何すん――――ひっ!』


 突き飛ばされたメリーが姿勢を整え、文句を飛ばそうと『彼』に視線を飛ばし――――途中で悲鳴を上げた。


 『彼』のどてっ腹には、既に赤い染みが広がっていた。

 だらしなく口を開け、白目を向いている。

 そして、圧倒的な力で吹き飛ばされたように俺の元へのけ反る、ジャッカルの変わり果てた姿が、そこにはあった。


『っ、きゃあああああ!!』


 メリーが、今度こそ思い切り叫んだ。彼女は、逃げるようにして飛びのき後ずさる。

 俺はそうしたくても、出来なかった。


『ジャッ、ジャッカル!』


 揺さぶっても、返事がない。


 くそ、なんてこった。

 これでは、俺を庇って撃たれたかのようじゃないか。


『くっ、申し訳ありません! アイカワさん、お怪我はありませんでしたか!?』


 グレイシーが、このワゴンの運転で前方向とバックミラーを確認しながら声を上げる。


『俺はいい! それより、ジャッカルがやられた! 酷い傷だ、何か手当て出来るモンは!?』


 いや、『庇ったかのよう』ではない。間違いなくそうなのだろう。

 一体何故、とてもこんなことする性格には見えなかったのに。どうして俺を庇ったのだろう。


 混乱したい気持ちを堪えながら、ジャッカルの容態を見る。

 脈を測り、呼吸を見ようとした。すると、


『……あぁ~あ、いってぇえええ。糞が……これで二度目だ、今日は厄日かよぉ……』

『ジャッカル!? おい、大丈夫か!』

『叫ぶなようっせえ……うえー、吐きそう……』


 なんと、深手を負っているはずのジャッカルが、意識を取り戻したのだ。


『あっ、おはようジャッカルちゃん。ちなみにウチで撃たれてから日は跨いでるわよん?』

『冗談止めてくれやオカマちゃん。……流石の「不死鳥(フェニックス)」様でも血ィ足んねえんだわ』


 カマタリがにこやかに笑いかけ、ジャッカルも応えるように口角を持ち上げる。それは人の笑顔というより、人の手が加えられていない岩盤がそれっぽく裂けたかのような笑みだった。


 ――――しかし、おかしい。

 実際に撃たれたというのに、不自然なくらい彼には余裕がある。意識が戻っただけても奇跡のようなものだと思う。普通なら腹をくり貫かれた激痛で、ショック状態に陥るはずだ。それなのに。


『ちょ……っとアンタら、そんな言ってる場合じゃないじゃないのよ! マスターも、人が撃たれてんのよ!?』


 メリーも、俺と近い気持ちだったのか、そんな風に震えながらに叫ぶ。ただ、俺とは違いジャッカルの傷の程度を見た違和感というよりも、撃たれてなお平然とした二人の一種の『能天気さ』を責める意味合いが、そこには込められていた。


 その言葉を受けて、返したのはグレイシーだった。


『心配いらないわ、メリー』

『な、何でよ!?』

『大丈夫、「不揃いのジャッカル」……別名「ゾンビのジャッカル」なら。そうでしょう?』

『その呼び方止めろボケ、俺は「不死鳥(フェニックス)」だ! ……う、おえっ』


 気分悪そうにしながらも、やはりジャッカルの意識はハッキリしている。


『ど、どういうことだ? どうして……』

『あぁ、坊っちゃんよお。世の中には「撃たれ屋」っつー人間が稀にいるんだぜ』


 身体を起こし、彼は得意そうに続ける。

 流石に、一見顔色は悪く息も絶え絶えといった様子だったが、彼は多くを語った。


『そん中でも俺は特別でなあ、〝身体の痛覚がほぼ存在しねぇのよ〟。腹ぶっ刺されようが歯ァ引っこ抜かれようが全く何も感じない。生まれつきの障害持ちなんだわ』

『な、そんなことが……いやでも、それじゃ、どうしてアンタは起きていられるんだ?』

『ひひひ、察しが早くて助かるねぇ。そうさ、それだけじゃねえ。〝ちゃんとタネがある〟』


 知りてえか? と言うかのような視線をこっちに向けてくる。

 興味はある。が、それどころじゃないだろうと思う前に、ジャッカルは言う。


『そう難しいこっちゃねえやな、俺は人より脳内物質をどばどば出せる体質ってなだけよ。鎮痛物質(モルヒネ)やら覚醒物質(ドーパミン)っつーの? 即死しなけりゃ、一発二発撃たれたくれぇなら簡単に起きられるんだよなあ』


 ――――脳内麻薬、か。

 エンドルフィンなどとも呼ばれ、麻酔のように内在性鎮痛系にかかわり、名の通り麻薬のように多幸感をもたらす効能があると考えられている。麻薬という言葉に釣られがちだが、これは薬物を摂取していようがしていまいが、人間なら誰しもが生きる上で、少なからず頭の中で生成している物質だ。

 ベタな例えで、ランナーズハイが挙げられる。マラソンで長時間走ると、途中でその苦しさや辛さが消え、逆に気分が高揚してくる作用のことだ。これは決して勘違いの類などではなく、エンドルフィンが関わっているという話がある。

 またスポーツ中に急に今までにない集中力を発揮し、身体が軽くなるような感覚である『ゾーン』や瞑想中にでも、意識の有無問わず生み出すことは出来る。言わば、脳の感覚を補助する潤滑油なのだ。


『……いやいや、まさか。ジョークだろ?』


 そう言いながらも、ならどうしてジャッカルがまだ動けているのかと問われれば、何も言い返せない。

 

 驚きは隠し得ない。いっそ、今思いついたこいつなりの冗談かと思いたいくらいだ。

 何故なら、〝ジャッカルの言う彼自身の体質は、これらの比ではない〟……ということになってしまうからだ。今の話を聞く限りでは。


 言うなら、独力で(それこそ、針麻酔も低体温法も一切無しで)局所麻酔分程度のモルヒネを生成出来るということだ。人間業じゃない。

 手術するのにも麻酔要らず。撃たれようが某ゲームキャラの配管工よろしく、死ななければ形だけのダメージというだけで済んでしまう。

 もはや自己暗示をはるかに超えた催眠術と言い変えるならば、それはもう途方もない。イン・アウトドアのあらゆる方面において重宝されるべき、百年に一人レベルの傑物だ。いっそ、彼の存在そのものがギネス記録ではないだろうか。


 ……多重人格もそうだが、フリークチームというのは世界ビックリ人間の宝庫なのかと。


『ジョークで結構。だが実際、今だってあんま痛くねえし、〝多分死ぬまでずっと痛くねえ〟。まあ、おかげでこうして――――』


 そして、懐に手を忍ばせ……ゆっくりと一丁の黒い拳銃を取り出した。


 それはそれは愉快そうに、より一層笑みを深くその顔に刻んだ。 



『――――この乱痴気騒ぎカーニバルにも駆けつけられるっつーわけさあ、ひっひひ! オイテメェらぁ! ちゃんと獲物は残してんだろうな!? 奴らがドードーってんなら、最後の一匹は俺んだ!!』

『構図的にはむしろあたし達がドードーだけどねん』

『しかしいけませんわ、ジャッカル様。最後の一人は生かして残しておかねば。せっかくあちらから貴重な情報プレゼントを持ってきてくださっているのですから』

『はい。拷問、私やる。ペンチも串もハンマーも、忘れないでちゃんと持ってるもの』



 撃たれたばかりとは思えないくらいの上機嫌で叫び散らし、後方に向けて窓から身を乗り出して発砲を始めた。

 一発二発三発四発、と数えきれないくらいに豪勢に撃ちまくっている。カマタリもそれに続き、いつの間にか手にしていたごつい銃を何発か撃っていく。

 マキュリーはどこから取り出したのやら、どでかいアタッシュケースを開き、何かを漁っている。武器を探しているのだろうか。その目は、どこか輝いている気がする。そして、それを興味ありげに眺めているベッキーがいた。


 彼らフリークチームは、まるでダンスでもしているかのように、〝明らかにこの銃撃戦を楽しんでいた〟。

 とち狂ったかのように銃弾を撃ち合う。そして、殺し合う。

 その様は、俺でさえ異質なもののように見えていた。


「…………」


 ――――多重人格の女に、脳内麻薬によって倒れない男。

 ここにきて、そんな彼らを見て、分かったことがある。


〝フリークチームは、あまりにも常人離れしている〟。


『あ、ああっ……うあ……』


 だからなおさら、一般人として生きてきたメリーには、目の前の人間達は分からないのだろう。

 あるいは、今のこの抗争だけならまだ精神が耐えられたのかもしれない。だが、彼らを取り巻く異様な空気に、彼女も心のどこかで察し、すっかり呑まれているようだった。

 既にいつもの覇気はすっかり鳴りを潜め、耳を塞ぎ目を閉じて丸くなっていた。


 銃声は、ひっきりなしに鳴り響いていた。


 こちらも、攻撃はもちろん浴びている。まさに潮流と言うべき数の銃弾が、襲いかかっている。


『――――ひっ!』


 その一発が、ついに後ろのガラスを突き抜けた。

 乾いた破壊音が響く。


『メリー、隠れてなさい! 危険よ!』

『あ、でも腰、抜けて……動けなっ……』

『――――ほら、こっち来い!』


 へたりこんだまま動かないメリーの腕を掴み、思い切り引っ張った。 

 きゃっ、という悲鳴を上げ、助手席までその身体を持ち上げた。しなだれかかる彼女に、パソコンを抱えたまま上から覆い被さる形になる。


『ちょっ……!』

『いいから、大人しくしてろ……!』


 こんな時でもじたばたするメリーを、力の差で押さえ込んだ。

 今暴れられるのは具合が悪い。殴られるのは、せめてこれが終わってからだ。



『――――Yeah! 準備かんりょー、装填かんりょーでい!』



 その時、後ろの方で一つの嬉しそうな声が上がった。

 それは、今俺が知るこの場にいる誰の声とも一致しない。方言的な訛りの強い英語だった。

 その女の物でありながらも、ゾッとする程ドスの利いた声の主を、俺は視線を巡らせて確かめた。


 俺が見たものは、あまりに形容しがたい光景だった。


『しっかしM203たあ、優等生の持ち物だねえ。あたしゃレッドスコルピオンを思い出しちまったよ』


 ツインテールのように、その長い赤毛を二つの束にくくり、犬歯を露にした獰猛な笑顔を浮かべる女性。狼が笑顔を浮かべたとしたら、それはこんな顔だろうと感じさせる。


 そして、その腕の中にあるもの。――――あたかもどっかの軍隊の兵士が担ぎそうな、彼女のような女が持つには不釣り合いな、重厚で大きな銃身を掲げていた。


『メディスン、一発お見舞いしちゃって頂戴な!』

『Yah! 任せなよカマの字、おっきな花火ぶちかましてやんべ――――おーい運転手、とっととドア開けろい!』


 多重人格の彼女――――間違いなく、俺が今まで見たことの無い新たな人格が吠える。カマタリ達は、まるでその声で避難するかのように、追跡車との銃撃戦から引き下がる。


『了解です。お気をつけて』

『なあに、数秒持たせな。それで全部終わっちまうべよ』


 一体何をする気だ、と思っていると、ピッという機械音と一緒に、左側のドアが開く。

 突っ切る風の音が、いっぺんに喧しくなる。


 勿論、今も運転中だ。それも時速にして百数十キロ。

 うっかり転げ落ちでもしたら、即ミンチだろう。


『ようし、誰か脚持ってろ』

『私、持つ』

『こらこら待てちび助(ベッキー)、お前じゃ無理に決まってんだろ。あ、カマの字、持ってくんろ』

『えー、「アレ」やるの……? 私だって乙女なのよん? 重い物なんか持ちたく――――』

『ええい、いいからとっとと持てやブルーボーイ!』


 失礼しちゃうわねん、とぶつくさ言いながらも、カマタリはその女の足を抱えるようにして持った。

 女はもう一度口角を吊り上げ、凄惨に笑う。



『よっし、そんじゃあ始めっか。このメディスン姉さん渾身の見せモンだ。目ん玉ひっくり返ること請け合いだべ?』



 そう言うと彼女は――――〝何を思ったか、時速数百キロの速度ある車から、その身を外に投げ出した〟。



「むっ! ――――よぉいしょっとぶるぁああ!」

『うおおっと!? うっひょっおおおおほほほおお、あっぶねえええええい!!』


 が、彼女は死んでない。

 風音にまみれて、外から楽しんでいるような怒鳴っているような叫び声が聞こえる。

 カマタリがしっかりとその脚を掴んで離していないおかげで、頭スレスレを地面が走っているといった状態で、宙に胴体を浮かせているのだろう。支えられているというよりは、ぶら下がっていると言った方が正しい有様だ。それはまさに、バンジージャンプの如く。

 

 彼女――――メディスンの腰から上半分以上は、全部車から外にはみ出ている。一歩間違えれば、死ぬことになるかもしれないというのに。自分の死を前にして、まるで動じない。むしろ愉快ささえ感じている。

 ぶっ飛んだ神経してなけりゃ、こんなこと出来やしない。 


『カマの字、そのままそのまま! フリでも何でもなく絶対離すなよ! 流石にアタイも、キスするなら地面より人間の方がいいからねえ! ――――運転手、もう四……いや五マイル右に!!』


 なに、なに!? と今の状況が分からず喚くメリー。

 そんな彼女の狼狽をよそに、席の隙間からメディスンの方を見た。


『距離、約二十ヤード、よし、よし……いい塩梅さね……!』

 

 メディスンは、そんな安定しない宙ぶらりんな状態で――――持っていた銃を構えた。それも、器用に銃身を肩に乗せ、狙いを定めている。

 百キロ越えの風圧を一身に受けているにも関わらず、まるでちゃんとした足場にいるかのように、姿勢を安定させているのだ。


 ……いや、しかし、マジかこれは? いくらなんでも、無茶が過ぎるだろう。そんな芸当が、出来るわけが、


『さぁさ、奴等を月までぶっ飛ばすよ!! その辺のもんに掴まりな! 反動でどうなってもあたしゃ知らないからねえ!』


 ――――マジだ。

 こいつ、本気でこれで追手を始末しようとしていやがる。


「な、まさか……!」


 しかも、俺は『ある事』に気付くのが遅すぎた。

 今になって、メディスンの持つ得物に心当たりを得たのだった。


 そう。俺の見覚えが正しければ、〝メディスンが持っているその銃は〟――――


「〝ま、さか――――グレネード〟……!?」


 例えるなら、ワインのコルク栓を開けた時。 

 例えるなら、パソコンがルーターの信号を見つけ、ネットとの接続を完了した時。



『――――Fat lady sings(これで終いだよ)!!』



 そんな、気の抜けたというか、玩具の鉄砲のような銃声が弾けた。

 信じられないくらいに、それは軽い音だった。

 

 そのほんのわずか数秒後、まるで世界の終わりを想起させる地響きが轟く。

 爆発音そのものが熱を持っているかのように、俺の頭の中を容易く真っ白に燃やした。






初作品です。誤字脱字報告、または感想・批評等あればぜひお願いします。最低週一投稿を目指していますが、都合で出来ない際は逐一報告いたします。

【追記:二月九日】加筆修正しました。

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