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第二十四話

第二十四話を投稿しました。私は、気に入ったキャラにこそ扱いが酷いというか、容赦ない性質のようですね。もっとも、嫌いなキャラなんて滅多にいないので、どのキャラに何が起こるか分からないということなのですが(笑)。

 ――――君は本当に出来る奴だね、レッジ。



『彼』はいつも、口癖のようにそう言っていた。

 両手を組んで顎を乗せ、ゆったりと遠くを眺めるように見据える。それが『彼』のいつもの仕草だった。

 古くから――――それこそ十にも満たない子供の頃から『彼』と兄弟のような付き合いがあるレッジに(ネブリナ家の人間にすらほとんど知られていないが)、一番『彼』の事で印象に残っていることを問えば、このポーズだった。

 

 目はじっと自分を捉えていながらも、一体何を考えているのか決して気取らせない。瞳の奥にさえ、そうした思考の一端を微塵も感じさせなかった。


 だが、『彼』もまた、嘘を一度も吐かない人間だった。少なくとも、レッジの前では。

 それが自分への敬意なのか打算なのかは最後までレッジには測れなかったが、『彼』はどんな言いにくいことでも、いつもにこりと笑って告げてきた。

 それがレッジにはとても心地よかった。人が簡単に死ぬこの世界で、嘘の無い唯一の関係だった。


 さて、いつものように、レッジが先の言葉に対し、さらりと固持した時だった。

『彼』はそこからさらに言い重ねる。

 

 ――――いや本当に、君は出来た子だ。僕にはもったいないくらいの部下だよ。

 

 レッジは、いぶかしんだ。

 これまでこういうやり取りは時々、思い出したかのように生まれていたが、すぐに別の会話に流されてしまうくらいの、軽い挨拶のようなものだった。

 だから、話題としてこれを掘り下げた事は、今までなかったのだ。


 一体どうしたのです、とレッジは訊いた。

 

『彼』は、何も言わずに微笑み返した。

 それは、人間に共通する愛しい者を見る時の顔であり、そして哀しい者に同情する時の顔でもあった。


 ――――……ねえ、レッジ。


 レッジは、頷いた。

 力強く、しっかりと顎を引き、これまでの人生の中でずっと敬ってきた『彼』を見つめ返した。


 ――――君は、僕のために色んなことをしてくれた。やれと言ったことは何でもやってくれた。一人の英国紳士である前に、誠実な義を愛するネブリナ家のお手本だ。物語の円卓の騎士に出てきても不思議じゃない。――――そんな君が、僕はずっと羨ましかったんだ。


 そんなことは、と慌てるように返そうとした。

 自分ごときに、『彼』ほどの人間が羨ましかったなどと。光栄を通り越して、畏れ多かった。

 一方で、こうして明け透けなく、おくびなく自身の心情を告げる『彼』の姿勢を、レッジは嬉しく思っていた。

 『彼』は、手でレッジを制した。口を衝く言葉を呑み込む。

 両者の視線が交錯した。


 ――――これから、大きな『波』が来る。僕らネブリナ家を揺るがす波が。それは、今となっては避けられない物になっている。最悪の場合、僕らやその周りの人間はみんな飲み込まれてしまうだろう。イギリス中の人間が貧苦に喘ぐことになるかもしれない。


 信じがたい話だったが、レッジはその言葉を肯定的に呑み込んだ。


 では、どうなさるので? と、むしろ鵜呑みにしたかのように訊き返した。


 ――――手は打ってある。もうまもなく、一人の少年を、日本から呼びつけるつもりだ。


 日本の、少年……?

 予想だにしない答えに、やや困惑するレッジ。結果、それに対し、珍しく息巻く『彼』に気の抜けた返事を返すしかなかった。


 ――――僕が直々にスカウトしたんだ。面白い子だよ。ポーンはポーンでも、昇格(プロモーション)一歩手前のそれだ。クイーンに成るか、はたまた別の駒になるか……。


 はあ……。


 ――――その子は、僕の切り札だ。早々に彼を無くしたくない。……ねえ、レッジ? 有能で、僕の旧知の友人よ。


 ……一つ言っておくと、レッジにも、この時点で『彼』が自分にとって良くないことを告げようとしていることに気付いていた。

 優秀だったから、『彼』の長い口上は、覚悟を決めるのに十分過ぎるほどの時間だった。



 ――――その子を僕だと思って、彼のために――――死んでくれないか?



 その目は、ふてぶてしいくらいに真っ直ぐで。

 その口調は、実の弟に話しかけるかのように柔らかい。

 そして、その表情は、気兼ね無い友人と会話しているかのように優しげだった。


 とても、人に死ねと言っている人間とは思えない。


 …………。


 だから。


 だからレッジは、恭しく頭を垂れる。


 決して嘘を吐かず、誤魔化さず、信頼に背くことのない我が主に向けて。


 

『――――仰せのままに、マクシミリアン』

 


⋯⋯⋯⋯⋯



 場所も時も変わり、キングス・ウィリス銀行支社、『マーケティング・クイーン』ビル四十階。

 

『はあっ……はぁっ……はっ……』


 荒く、短い息遣いが響く。 


 薄れゆく意識の中で、レッジはドーナツのような形をした円卓にもたれかかるように手をかけ、かろうじて立っていた。

 撃たれた腹はそこだけが燃えるように熱く、それ以外の全身は真冬の雪空に佇んでいるかのようにうすら寒かった。

 息をするにも辛い。足が震える。

 

 ――――瞼が、重い。


『……き、さまら……うぅっ』


 それでも狭まる視界の中、その射手――――自らの敵を何とか認識していた。


『……色々、積もる話もありましょう。バナード様。何故なのか、何があったのかと、さぞ混乱しておいででしょう』


 その老人の口調は、どこか同情めいたものだった。

 部屋の中には、いつのまにやら大勢のスーツ姿の男達が押し寄せており、無感情のままにケールのそばに控えてこの部屋唯一の出口を固めている。

 もう、逃げられない。


『ですが、残念ながらこちらから申し開く事はありません。ありきたりな台詞ですが――――貴方にはここで消えてもらいます。一人で、ひっそりとね』


 楽に死ねる分、むしろ有情でしょう? と彼は続けて言う。

 それは確かに、とレッジも思った。

 彼は見てきた。殺される寸前の敵が、無理やり命を引き延ばされ、生かさず殺さずの状態で苦痛を与えられていたところを。とある噺好きの少女に拘束され、長い時間恐怖に晒されたりしたところを。


 死ぬことはままあっても、楽に死ねることがなかなか無いのがこの世界だ。レッジは、死ぬことに対しては遠い昔から抵抗はなかったが、叶うならば即死を常々望んでいた。

 もっと言うと、どこか知人のいない場所での垂れ死ぬことこそが悲願であり、俗に言う大勢に看取られての緩やかな死を求めなかった。そんなことをしてもらうような価値もないと思っていた。


 だから、ここで今こうして自分が騙された上で死んでいくのは良いとして、一つ分からないことがある。


 この部屋に今いるのは、自分達だけだ。トップファイブの人間はいなかった。この部屋は、自分を誘い込むためのものだ。


 つまりこの連中は、最初からこうする予定だったのだ。自分の死は、前もって計画されたもの。

 それがあまりにも――――筋が通りすぎている。


 一体何時から? スティーブ(マクシミリアン)が重傷を負った時から?

 それとも、この株主総会の日取りが決まった時から?



 ……いや、違うのか?


 もっと前、あの日に、マクシミリアンが言ったことの意味とは――――。



 その事に思い至った瞬間、レッジに天啓が降りた。身体に一本の筋が突き抜けたかのような衝撃が訪れた。


 理解したのだ。今のこの状況を。

 恐らくは誰よりも先に、この一連の事件の真相にたどり着いていた。

 優秀がゆえに、この事件の全てを、恐らくこの目で見ることのないこの『お話』の結末を、彼は知ってしまったのだ。


 そして、その結末を迎えるためには――――自分が死ぬことが自明の理であることを。


『く、くく』


 笑いが込み上げてくる。堪えようとしても、堪えきれない。


 SP達が一斉に銃を構える。が、レッジは意に介さず、笑い続けていた。


『……気が違えましたかな。この状況、その方がバナード様には楽なのであれば、それもさもありなん。せめて私は、それを見届けましょう』

『気が……違えた? く、ふふ、そうかも……しれません』

『……!?』


 ゆらり、とレッジがもたれかかっていた身体を起こし、二つの足で完全に立ち上がった。

 今もその腹に受けた銃弾の穴からは夥しい量の血が流れているというのに。


『一つ、言っておきましょう……』


 それでもダメージは深刻なのだろう、息も絶え絶えに言葉を紡ぐ。落ちくぼんだ眼でレッジは彼らを真っ向から捉える。

 間違いなく、もう死ぬ寸前の人間の姿だ。それは、本人が一番よく分かっているはず。

 

 それでも、彼は笑みを絶やさない。


『私は……貴方がたとは違う。ハイエナのように血に飢え、自己的に他人を騙し、裏切り蹴落とす貴方達とは絶対的に、違っている事が……ある。それが何だか、分かり……ますか』


 喋っている途中で、レッジが血を吐き捨てた。

 

『それは……嘘を、吐かないということです。私は、絶対に嘘を吐かない。そう、絶対に……〝嘘、だけは〟……』


 うわ言の様に、ぶつぶつと呟くように彼は語る。もちろん、ケール達にレッジが何を言っているのか、分かる由はない。

 彼らに分かることは、レッジの意識は途切れつつあるということだけだった。

 その口からこぼれる言葉は、自分に言い聞かせているものなのか、それとも。


『……そう、貴方がたのような嘘つきとは違うのだから。だから、言う。――――〝私は、ただの囮なのだと〟』

『……何ですって?』


 だが、その次のレッジの言葉は、ケールにとって聞き捨てならない言葉だった。



『分かり、ませんか――――〝私は、ただの捨て駒……本命は別にいるのですよ〟』



 その言葉に、ここにいる全員が色めき立つ。

 特に、聞くや否や、ケールの行動は迅速だった。

 

『全員、今すぐ地下駐車場に――――!』


 だが、それ以上に早く。

 

 いつの間にか手にしていたレッジの銃が、数度、火を噴いた。


『がっ……!』

『ぐおっ……!』


 一瞬のうちに、黒服達の数人が倒れ伏した。

 その射撃は正確無比に頭を撃ち抜いており、銃弾はいとも簡単に脳をえぐり、彼らは即死した。


『なっ……!?』

『……私の役目は、彼を……そして、「あの方」を……』


 あり得ない。ケールはそう思った。

 もう床を濡らすレッジの失血は致命的なところにまで来ている。意識混濁、脳は半分麻痺したも同然。視界はもう霞んで見えていない、肉袋状態のはずだ。


 そんな中、二丁の拳銃を片手に一つずつ構え、狙い通りに撃つ事が出来るというのか。


『……正直を尊び、嘘を挫く。正直を、尊び……う、そを……』

『こ、殺せ! 今すぐこいつを殺せえええ!』

 

 ケールが吠えると、すぐさま数多の銃声がそれに応える。


 十もの弾丸を全身に浴びた。弾がその身を貫く度に、跳ねるように痙攣する。

 血で塗れ、どこをとっても真っ赤に染まってしまった彼の身体は、再び体重を預けるようにして、後ろの机に座り込んだ。

 無論、座ろうとして座ったわけではない。たまたま、机の高さがレッジの股下の高さと釣り合っていて、奇跡的なバランスで座ることが出来ただけだ。

 

 そして――――それを奇跡と呼ぶのなら。


 更なる奇跡が、この場に起こる。

 ――――ケール達にしてみれば、悪夢のそれと何ら変わりないだろうが。


『がああっ!?』

『ぐげぇっ!?』


 また二人、暗殺者達が後ろのめりに絶命した。

 それは紛れもなく――――レッジの銃弾で。


〝明らかに死んだはずのレッジが、その二人を銃弾で射ぬいたのだ〟。


『ばっ、馬鹿な!?』

 

 もはや持ち上げられないというように頭を垂れ、座ったまま動かないレッジが、それでも前に両腕を伸ばし、引き金を引いているのだ。

 信じられない光景だった。


 全身に銃弾を受け、死んだに違いないくらいの血を流しているというのに、レッジはさらに銃を撃つ。

 その全てが、男達に直撃していたのだから。


『し、死ね! 化物が――――げぶぁっ!?』


 それまで冷静を保っていた(というより呆気にとられていた)アサシンの内の一人が、取り乱したかのように吠え――――すぐさま撃たれる。 


『うっ……!』


 そして、ケールまでもが撃たれる。

 腹のど真ん中、着飾ったスーツが血で滲み、その小さい身体をあっさりと倒した。


『ひっ、ひぃいいいいいいい!?』

『に、逃げろおおおお!? 化物っ、化物だああああっ!』


 雇い主ケールが倒れ、彼らをこの場にとどめていた最後の一線が断ち切れたのだろうか――――否、彼らもプロである。その矜持はある。

 ただ、それ以上に――――レッジの姿に恐怖したというだけのことだ。いくら撃たれても死なずに撃ち返してくるという異様さに、プロである前の、人間としての恐怖の琴線に触れてしまったのだろう。

 彼らは人間臭い恐怖心のままに、逃げ出した。


 そして、この場に生きた人間は誰もいなくなった。辺りには血生臭さと目に焼き付くような紅だけが残った。


 訪れた静寂の中で、ガチッ、ガチッという金属音だけが響く。

 その出所は、レッジの銃の引き金。弾が尽きてもなお、その彼の手は引き金を絞っているのだ。

 

 先程、何度撃たれても死なずに撃ち返してくると前述したが、それは正確な描写ではない。

 無意識だった。あたかも死してなお二本の足で立ち続けた武蔵坊弁慶のように、ほとんど反射的に引き金を引いていたに過ぎない。


 彼はもう、十数秒の命もない。死に体に限りなく近い状態であり、意識はとうに消え失せている。謂わば、仮死状態のようなものだった。


 当然のごとく、レッジに敵達の姿が見えていたわけではなく、そんな『流れ弾』が全弾当たったのは、たまたま構図として、彼らがレッジの目の前で並んでいただけなのだ。

 

『…………』


 やがて、伸ばしていた腕はだらりと下を向き、血だまりの中にあおむけに倒れこんだ。水たまりを踏みしめたかのような水音を立てた。


 浮いたつま先から滴る血が、一滴一滴床を叩く。

 白い、白いテーブルに、血の池がゆるゆると広がっていく。


 その目は、既に何も映していなかった。

 その耳は、この場の静寂を静寂だとさえ捉えていなかった。


 ただ――――彼には、見えるものがあった。

 聞こえるものがあった。

 

 それは、走馬灯と呼ばれるありきたりの思い出などではなく、


『……ぁぁ……』



 ――――彼のために、死んでくれないか?



 尊敬する『彼』が、



 ――――守りたい奴らが、いるんだ。


 

 つい数時間前に出会ったばかりの少年が、



『……ご』

  

 一瞬だけ見せた、あの『強い意志ある者の目』


 廉直を求め、摯実の元に生きた彼には、そのどちらもが輝いて見えた。


『ご、ぶ……うん、を……』


 過去の名を記憶とともに捨て、レスター=バレッドとして誠実に生きた男は、託す者のためにその生涯を閉じた。



⋯⋯⋯⋯⋯



 裏切りというものは、程度の差こそあれど万国共通、生きていれば必ず目にするものだ。


 事実は小説よりも奇なり。映画みたいな劇的な裏切りも、人生にはあるだろう。天地がひっくり返る程の絶望を覚えることがあって然りだ。


 信頼とは、正直とは、容易く騙されるものだ。

 嘘にあっけなく揉まれるものだ。

 

 世界は、そうして回っている。


 レッジの生き方は理想ではあるが、難儀な生き方だと思う。それは彼自身も分かっているはずだ。あいつの場合、それを知っていて敢えて、茨道を歩んでいるようだった。まるで、自分自身を試すかのように。

 だが、信じる物が正しくなければ、その身を滅ぼすのも事実だ。


 ……昔は俺も、人と人の信頼を信じていたこともあった。無邪気というか、何も知らなかったあの時は。

 今はまあ、そうでもないがな。



『ここで何をしている、アイカワ』

『……そりゃこっちの台詞だ、ジェウロさんよ』



 とりあえず、今のこの状況が、その映画みたいな裏切りの状況そのものなのだから。


 正直、この目で見ても信じがたい。

 今更、たまたま敵の本拠地の駐車場でばったり会いました、なんて偶然を信じるほど俺もお人好しじゃないが、それでも。

 まさかあのジェウロが、と思うものの、目の前の現実がその甘い考えを切り捨てる。


 銃を突き付け、俺を射抜く視線は恐ろしいくらいに鋭い。

 それはまさしく、自分の敵と相対する時の目だった。


『どうして……どうしてなんだよ』

『…………』

『なあ……ジェウロさん? 確かに俺ら、お互い仲がいいってことは無かったけどさ。殺し合うメリットだって、無かったはずだろ? 俺達はネブリナ家を守るためってことで、そこだけの意見は合致して……』

『それが命乞いのつもりなら、もう少し人が死ぬまさにその瞬間を観察する事を勧める。あれは一見の価値はある。そこらの詐欺師よりも必死で口が上手い。思わず情を移してしまいそうなほどにな……まあ、結局は殺すが』

『…………』


 ……話し合いの余地は無いとでもいいたげだ。

 争いは避けられない、か。


 となれば、問題は今なお向けられている拳銃だろう。

 あれのせいで、情勢は俺が圧倒的に不利だ。


『俺を、殺すのか?』

『そのために、ここにいる』

『どうして、ここで? 殺そうと思えば、もっと場所があったろうに』

『…………』


 俺やレッジがここに来ることが漏れていた……?


 いや、馬鹿な。俺達のことを知っているのは、俺達だけだ。この事はレッジの部下であるフリークチームの人間にも詳しくは伝えていないはずだ。


 俺達の行動は読まれていた、ということか? 

 それも違和感しか残らないが、それどころじゃないこともまた事実。


 今はここから逃げなければ。レッジと二人でこのビルを脱出して、誰かにこのことを伝えないといけない。

 ここで俺達が死ねば、ジェウロを野放しにしてしまう。そうなれば、ネブリナ家は世界恐慌を防ぐ前に内部から瓦解してしまう。すべてが無に帰してしまうのだ。


 ここに入って来た時の出入口は分厚いシャッターで閉ざされており、地上に出ることもままならない。

 あとは階段とエレベーターくらいしかこの駐車場から出る方法も無いが、それでも外に通じているわけではない。ラウンジに逃げ込んで挟み撃ちに遭ってしまえばそれまでだ。


『……アンタ、俺を殺すって言うが、意味分かって言ってんだろうな』

『分かっているからこそ、だ。お前達はここで死ぬべき存在。お前には分かるまい……これが、ネブリナ家のためなのだよ』

『全然分かってねえよ、アンタ。いいか? 俺を殺すってことは、マクシミリアンの意に反するのと同義だ。ネブリナ家全員が敵になるってとこ、アンタが分かってないわけがない。そうだろ?』

『事態はそう簡単ではない。お前は何も分かってない』

『知らねえよ、そんな事情』


 まずは時間を稼ぐことだ。こうして会話してでもいい、レッジが来るまでこの場をしのがなければ……。


『……話は平行線を辿る一方だな。いや、この状況、少しでも時間稼ぎがしたい貴様には好都合か?』

『……俺にそんな気は無い』

『ふん、だが……時刻は既に、八時四十分弱だぞ』

「!?」


 だが、俺の思考を読んだかのように、ジェウロが口を開いた。


『〝遅いな、貴様の待ち人は〟。あるいはそう……上で何やらあったのやもしれん、が……?』

『っ! まさか、あいつに何か……!?』


 俺がそう尋ねると、ジェウロは今まで見たことの無いようなにやけた面で俺を嗤う。


『……馬鹿な男だったよ。騙されることは承知の上で、わざわざ後手に回る奴だった。マフィアに相応しくない異端だった』

『……止めろ』

『今回、たまたま死に場所が用意されていただけで、いずれにせよそう長くは……』

『止めろォ!』


 思わず、柄にもなく声を張り上げてしまう。


『てめえ……あいつを、あいつを過去形で言うんじゃねえ!!』


 しかし、言葉とは裏腹に内心では悟ってしまっていた。レッジが死んでしまっている可能性の高さを。

 逃げ難いビルの中だ。あいつの性格上、分かっていても敢えて真っ正面から奇襲を受けそうな気がする。それだけの潔さがある。

 今この状況で変な話だが、ジェウロのその言葉だけは嘘じゃないように思えた。


「ふーっ……ふー……」

『……ふん』


 気づけば、肩で息をし、足は一歩踏み込んでいた。我も忘れて激昂していた。よくまあこの時点で撃たれなかったものだ。


『あんなくだらん男のために何をそう感情的になるのか理解できんが――――』


 不思議な心地だった。俺は、レッジの事をよく知らない。ついさっき、この世界で会ったばかりの人間だ。


 ネブリナ家のことだって、別になんとも思っていないし、どうでもいい。

 ……はずだったのに。


 なんでだろうな。

 こいつが裏切り生きているのに、レッジは篤実に生き、そして騙された形で死んでいく事に、言い知れない憤りが立ち昇ってくる。


 あいつの生き様を、馬鹿にされたかのように感じて。


 そう思うと俺は、案外レッジの事が気に入っていたのかもしれない。


『……別に』

『うん?』


 言葉が、衝いて出てくる。

 自分が自分じゃなくなったかのようだった。


『別に敵討ちとか……裏切ったお前をどうこうする権利は、ただの客人の俺には無い。ネブリナ家の問題は、所詮俺には関係ない事だ。俺は、俺のやるべきことがある。〝だから俺は、この場からさっさと逃げることにするよ〟』

『ふむ……まあそうだろうな。それは当然の――――』

『ただ、その前に』


 見ていると背筋が凍りそうになるその眼差しを、まっすぐに睨み返してやる。

 その時初めて、俺達の視線がぶつかり合ったように感じた。



『その前に、てめえは一発ぶん殴っていく。ネブリナ家も権利がどうこうなんざ、それこそ関係ねえ。――――来いよ、そのハゲ面に重いの一発ぶち込んでやる!』



『……良い目だ。少し、貴様という人間が分かった気がする』


 ジェウロは、再び笑みを浮かべる。

 それは先程の人を煽るような、生理的に嫌気が差すような笑みではなく、血を求める獣の如き、獰猛な好戦的感情を宿した笑みだった。

 

『だが悲しいかな――――貴様は、ここで死んでゆけ』


 そのコンマ数秒の後、一発の銃声が轟いた。






初作品です。誤字脱字報告、または感想・批評等あればぜひお願いします。最低週一投稿を目指していますが、都合で出来ない際は逐一報告いたします。

【追記:十一月二十七日】加筆修正しました。

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