第二十二話
第二十二話、投稿です。地味なおさらい・説明回ですが、要チェックです。怒涛の新展開はもう間もなくですので(多分)。
この『ムゲンループ』本編とは別に、違うことも考えております。詳しくは後日、活動報告にて。ぜひ見てってください(露骨な活動報告ステマ)。
『……トマス=ミュート、モートン=ウォーターゲート、ラリー=グレック、トムソン=チャベス……以上が、株主総会に参席する四名です。いずれも、世界的に名を残す程の大富豪です。その総資産は、百億ドル(約九三〇〇億円)をゆうに超えると聞きます』
男の声が、朗々と紡がれる。
『つまりその中に、キングス・ウィリス銀行を潰し、世界恐慌を起こす人間がいて……』
『この株主総会こそが、銀行を潰すきっかけになり、同時にそれを止める最後のチャンスにもなる、と』
『その通りです』
俺の言葉に、彼は満足気に頷き返してきた。丁寧な口調のせいで勘違いしそうだが、これでもマフィアの幹部であり、俺の方が形式上は、位は下だし部下である。
それでもまるで気にしていない辺り、流石、イギリス紳士なだけはある。
イギリス紳士なだけはある。(二回目)
……話が逸れた。
車内にはクラッシックだかジャズ音楽だかのしっとりとした音調があてもなく流れ、耳に残ることなく溶けゆく。かすかに染みついたヤニ臭さが鼻腔を突いた。
時刻は、午後六時三十七分。
車に乗り込んだ俺達二人は、目的の地へと向かっていた。
『そしてそのトップファイブの最後一人が、我らがボスであるマクシミリアン……本来なら、スティーブ=ガリバーと名乗って総会に参席するはずだったのですが』
『キングス・ウィリスを潰そうとしている存在に邪魔だと判断されちまった、ってわけか』
その結果、マクシミリアンは病院送りの重症。抹殺を企んだ人間が、マクシミリアンと同じくその潰されゆく銀行の大株主である可能性が高いというわけだ。
今まで起きたことを整理するかのように、尋ねかけた。
『そういや、まだ目を覚ましたりは?』
『…………』
俺が訊くと、運転手の男――――レスターは、何も言わずに首を横に振った。
『そうか……』
……俺は、ある姉妹二人のことを考えていた。
ここに連れて来ず、店の方が安全だからと置いてきたメリーとエレンのことだ。
正直言って、ずっと気がかりだった。
エレンは少し気を取り直したとはいえ、今も心配していることだろう。
メリーも父親の事情に気付いていないようだったが、何時までもバレずに済むとは思えない。
どちらにせよ、俺のためにも彼女達のためにも、早く動けるようにはなっていて欲しいものだが。
……誰かを気にするなんて、らしくないって?
失礼な。
俺だって、まるで他人のことを考えないわけじゃないしな。自分が思っている以上に、あの姉妹には情が向いているらしい。
例えば、そう……エレンが暁、メリーが夕平に姿が被る。不思議なもんだ。
『聞いていますか』
『えっ? あ、ああ。大丈夫』
少し気が散っていたらしい。レッジに、露骨にため息を吐かれてしまった。
『……一応私が、ボスの委任者として参席するという形ですが……今宵、ボスを除く四名が、この場に直接集うことになるはずです。おそらく、全員ご本人がいらっしゃることでしょう』
『え、それって何気に珍しい事なんじゃ?』
俺がこう言うのも、普通株主総会というものには、株主が指定した委任者を代役として寄こすのがベターなやり口というイメージがあったからだ。
わざわざ本人が来るなんて、しかも全員が出席することなんて滅多にないものだと思うのだが。
『それだけ、〝後ろめたいところがある〟のですよ。マクシミリアンが暗殺未遂の憂き目に遭った今、こういう場で姿を現して身の潔白を直接示したいのでしょう』
『……つまり、マクシミリアンを邪魔者として消そうとした疑いを晴らしたいってことか?』
『…………』
返事はないが、そういうことなんだろう。
疑わしきは罰せず、なんて命が関わるとなればしょせん戯言だ。場に現れないということは、皆の前で逃げたも同然。
横着して無闇に疑われるのは御免だということか。
それに、マクシミリアンが殺されかけたとなれば、次は関わりのある自分と思ってもおかしくはない。ひょっとしたら、ここで犯人を見定めようとしているのは、俺達だけではないかもしれない。
どちらにせよ結局、キングス・ウィリス銀行の株主総会とはただの建前で、お互いに腹の探りあいの場になりそうだ。
『…………』
「…………」
レスターは基本寡黙かつ物静かな男で、必要以上の事は喋らない。より一層車内の静けさが増した気がした。
場を取り繕うように、まだ聞いてなかったことを尋ねかける。
『それでレスターさん、その株主総会での事だけど……これからどういう段取りなのか、教えて貰えるか?』
『レッジで構いませんよ』
にこりともせず、彼はそう答える。
『じゃあレッジさん。俺もタクジでいいよ』
『そうですか。……ならタクジくん、逆にお訊きしますが、貴方はどういう段取りだと思いますか?』
『それ、俺に訊くのか?』
俺の問いに、こくりと頷くレスター……及びレッジ。
『ええ。それとも、言い方を変えましょうか。……〝貴方なら、どういう方法で犯人を見つけますか〟?』
犯人……それはすなわち、第二次世界恐慌を引き起こす人間。
果たしてそいつが、故意的なのかどうかで色々と方法は変わってくると思うが。
「…………」
レッジは今、えらく断定的に『犯人』という表現を使った。それだけの根拠が、彼の中であるのだろうか。
……少し、様子見してみるか。
『……てんで想像がつかないな。なにせ、俺日本人だぜ? イギリスの社会制度なんてあんまり知らないし、株主総会と言われても』
『……面白く無い答えです』
レッジは片手をハンドルを離し、『何か』を俺に向けた。一瞬、それが何だか分からなかった。
が、一瞬遅れて気付く。あまりにも場の流れにそぐわず、唐突だったからだ。
はっと目が覚めるような心地で、その『筒状のモノ』を認識した。
それは――――銃口だった。
『え、いやちょっおま……!?』
『……冗談です。撃つ気はありませんよ、誓って』
殺される、と無意識に顔を腕で庇ったが、その凶弾が俺を襲うことは無かった。
レッジは手の中で器用に銃を弄び、素早くズボンのホルスターに隠した。
『ただ、言葉を濁して誤魔化すのは止めていただきたい。信用を薄めるという意味では、嘘と紙一重ですよ』
嘘だけじゃなく、下手な誤魔化しも駄目なのか。いや、というより露骨な嘘だったらもう殺していたという意思表示か。
信用だとか、仁義だとか、ネブリナ家の人間はそういう信頼関係を重く捉えるきらいがあるらしい。
特にこいつは、信頼を損なわれるのを極端に嫌う。まさにネブリナ家の人間といった感じだ。
……だからといって、銃を突き付ける事はないと思うが。一昨日から、こんなことばっかりだ。
『……そういうことは、もっと早く言ってくれ。チビるかと思ったぜ紳士殿』
レッジは、黙ったままなにも言わない。
舌打ちでも打ちたいような気分で、それでもなんとか気を取り直して、改めて思考を巡らせる。
もう次はない。それにこいつが本当に俺から見たいのは思考力じゃなく、誠意だ。納得できるような誠意を見せなければ、こいつはあたかも部屋の明かりをつけるかのように俺を殺すだろう。
お茶を濁すことなく、躊躇わず、正直に接する事がレッジの望む答え方なのだ。
『……銀行のトップファイブってことは、それなりに偉いんだろ?』
『それなり、どころか。我々が気安く触れてはいけない世界にいる方々なんですがね』
『でも、〝そのお付きの人間まではそんな世界にいるような人間じゃない〟。違うか?』
僅かに、レッジの眉が意外そうに持ち上がった。
根拠の乏しい推測だったが、どうやら当たりらしい。
『付け目は、守られてるトップファイブの金持ち達じゃなくて、そのボディーガードか秘書みたいな、周囲の人間だ。その動向を探れば、自ずとさっき言った四人の動きも分かる。その方が手っ取り早い』
『……そこまで分かっていれば、説明の必要はありませんね』
暗にその通りだと告げ、続ける。
『後部座席にあるバッグの中に、小型のGPS発信器が数個あります。と言っても、車両用ですが』
どうやら、話が見えてきたな。
俺の役目と、レッジの役目。おそらくは、以前にマクシミリアンに頼まれた任務。
『私が総会に参加している間、その発信器の取り付けをタクジくんにお願いしたい』
『……それを、わざわざ俺に任せる意味は?』
『私の部下では、おそらく面が割れていますから。これは部外者である貴方だからこそ出来ることなのです。例えば……ほら、後ろのフェラーリが見えますか?』
『え?』
『振り向かず、フロントミラーで確認してください』
言われるまま、視線をミラーに向ける。
ミラーの角度のせいか、たまたま車間距離が空いていたのか、映るのは後続車のライトだけだった。
『尾けられています。店を出てからずっと』
『……!』
全然気付かなかった。
が、こいつが言うのならきっとそうなのだろう。なにせ、自分で嘘を吐かないと言っているやつなのだから。またその意味もない。
『そのままでいてください。普通に、普通に。オーケイ?』
『……あれは、誰の差し金なんだ?』
『決まっています。トップファイブの四人の内の誰かの手の者でしょう。もしかしたら――――』
犯人かも。
と、レッジは囁くようにそう言った。
『……何にせよ、今は向こうにどうこうしても仕方ない。一応、向こうも何をしてるわけでもないので、気付いていない振りをして、この場はやり過ごしましょう』
『ああ……』
やり過ごしましょう、とは言うがなあ。
『とにかく、今我々の中で最も自由に動けるのは貴方だけということですよ。他のどの連中にも素性が割れてない、貴方だからこそ出来る仕事なのです。お分かりいただけましたか?』
『ああ、分かった……』
ちらちらと、ついそっちの方に視線を向けてしまう。もちろん、不自然に見えない程度に。
何度か確認すると、確かに、同じ車がずっと俺達を追っていた。何度か離れたりしたが、間違いなくこの車に目標を定め、故意的に付きまとっているのが分かる。
一度その存在を確認してしまうと、どうしても不気味だ。このまま放っておくのが無難だとは思うのだが。
「…………」
『……タクジくんは』
俺が後ろの車を内心で気にしていたその時だった。
この車の中で、初めてレッジの方から俺の名を呼んだ。
『ん?』
『タクジくんは、どうしてここに来たのですか?』
『――――え?』
そして突然、こんな事を言い出した。
意味が分からず、レッジの方を見やる。
彼の性格上、こういった他人の身の上話には興味がないと思っていたからだ。
『また言い方が悪かったでしょうか。タクジくんは、私達のような世界に入り込んで何をしようとしているのですか?』
「…………」
『わざわざボスに近付いてまで、危険を冒してまで。貴方は一体何を求めて、こんな何時死ぬかも分からない場所に――――ネブリナ家に近づいたのですか?』
そう尋ねるレッジの表情は――――
「…………」
『教えてください』
――――真剣そのものだった。
もちろん運転中ゆえ、俺を真っ向から見てはいない。
だが、何か俺を試そうとする雰囲気を、ひしひしと感じ取っていた。
一体何を考えているのだろうか。
『……もちろん嘘を吐くのは』
『無しです』
『適当な誤魔化しも』
『今度こそ殺します』
「…………」
先程言った通りだ。レッジに嘘は吐けない。
あまり、言いたくない話ではある。嫌でも、あの頃を思い出してしまうから。
……だが、今は言うしかないのか。
『……守りたい奴らが』
『?』
――――思い出されるのは、過去の結末。そして、とある約束。
忘れられない、あの夕日。
目に刺さるような赤い光に染まる、学校の屋上。
うなだれる少年。
無表情で佇む美女。
そして、一人の少女の微笑み。
『守りたい奴らが、いるんだ』
そうだ、約束、したもんな。
絶対に、忘れない。
例え世界が変わっても。
何度世界を繰り返した後だとしても。
忘れたことなんて、一度たりともない。
あんな事忘れられるわけねえだろ、くそったれ。
『そのための、力がいる。あいつらを完璧に救えるだけの力が』
『…………』
『「あの先」を、あいつらと一緒に過ごすためなら……過ごせるのなら、俺は――――』
それ以上は、言わなかった。
今はそれどころじゃない。目先の事に集中したかった。
まずはここでやることをやらなければ、意味が無いから。
『……そうですか』
レッジには、話が掴めない告白だっただろう。到底、これだけでは何か俺の事情を理解したとは思えない。
だが、そんな俺の心情を察知してかどうなのか、レッジはもう言及しなかった。
その時は、これだけで済んで助かったとしか思わなかった。
――――明かな違和感を、俺はこの時見過ごしていたのだ。
『そう、ですか……』
これが、俺達の最後の会話だった。
だが、しかし。一つだけ。
俺の言葉を聞いたレッジは――――
かすかに、ほんのかすかに、笑っているように俺には見えた。
時刻は、既に七時を回ろうとしている。
車は俺達二人を乗せて、目的の場所へと向かっていく……。
初作品です。誤字脱字報告、または感想・批評等あればぜひお願いします。最低週一投稿を目指していますが、都合で出来ない際は逐一報告いたします。
【追記:九月九日】加筆修正しました。




