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第二話

説明回だと思った? 残念、伏線回でした!

次回こそは、話が見え始めたり、進んだりすると思います。


 あれからさらに、新しい世界が始まって既に一ヶ月が経った。


 偉く壮大な言い回しだが、事実なのだから仕方ない。確かに一ヶ月前に、この世界は始まり直したのだ。


 だが、俺は年を取らない。また高校一年生をやり直している。

 それは俺だけが知っているこの世界の理だ。いつまでも始まらない未来を知覚する人間は、世界中どこを探してもいない。


 この一年の間で起こったことはまた繰り返されるし、俺の預かり知らぬ所で今年中に死ぬ人間は、もう一度死に直すことになる。


 どういうことかと言うと例えば世界では、一日のうちに二十万人が生まれ、十五万人が死ぬのだという。

 つまり単純計算では、年間出生者数は七三〇〇万、死亡者数は五四七五万人となる。これは今の日本総人口の約二分の一の数が生まれて、約三分の一以上が死んでいることになるわけだ。


 それだけ膨大な人数の人間が、何度も何度も生まれ、そして死ぬ。

 生まれては死ぬ、生まれては死ぬの繰り返し。

 かのウロボロスのような円環体の世界で、人は終わらない今を生きている。


 ……いかん、臭いなあ。中二病臭い。

 精神年齢六十過ぎのシニアが何言ってんだか。


「相川ぁー」

「うん?」


 さて今は、中間テストの答案が返される授業だ。授業中でも、今だけはあちこちで盛り上がりを見せ、喧騒を見せている。


 そんな折に、隣から愛嬌のある声が掛けられた。

 桧作夕平ひつくりゆうへい

 この一ヶ月の内に話しかけて仲良くなっておいた友人だ。ムゲンループを知らなかったあの頃とは違って、この世界には友達がちゃんといるのだ。

 

「なあなあなあ、返って来たテスト何点だった? もちろん出来なかったよな、親友よ?」


 そう言って、俺に無垢な子供のように笑顔を向ける。

 こいつは高一にもなりながら、少年のような無邪気さを持っている。実際、母性がくすぐられるのか、女にはよくモテる。

 しかし女難体質なのか、それがたたって、この数か月後に事件が起きるのだが……今は割愛させてもらう。嫌でもいずれ見ることになるんだし、あまり話したい内容じゃない。

 ループの中で見つけた、こいつとは仲良くなった方が後々使える男友達で三本の指に入る。まあこいつと仲良くなったのはそれだけじゃないが。


「……悪いな親友」


 ふっとニヒルな笑みで応え、先程返された答案をこいつに見せた。


「時代は――――インテリなんだよ」

「はあ!? 九十五点? マジかよ……!?」

「言っとくがカンニングはしてないぞ」

「カンニ――――うおっ、どうして俺の言うことが分かった!?」

「次にお前は……ってやつだな」

「なんだそりゃ。ちくしょう、いいなあ。俺とダブルスコアかよ……」

 

 どうやら元ネタを知らなかったらしく、軽く流された。


「おいおい、今から赤点だけはやめとけよ?」

「わあってるよ、母ちゃんみたいなこと言うなよう。ああ、またどやされる……」

「まあお前がどうなろうと、俺はテストも明けたし気に病むことは何もないがな」

「お前……くっそ、俺と遊んでばっかいたくせにさ」


 夕平が羨ましさ半分、妬ましさ半分の色合いの目で俺を睨んでくる。


「だったら覚えとけ。勉強してないテストヤバい言ってるやつの半分くらいは嘘だからな」

「な、なんだってー!」

「ねー、何の話ー?」


 そんな馬鹿話が盛り上ってる中、テストを抱えた少女、立花暁たちばなあかつきも会話に加わった。

 夕平とは幼稚園の頃から顔なじみらしく、夕平と仲良くなるともれなくセットでついてくる。

 その小さな身体を屈ませ、間に割って入るように机に寄りかかる。


「いんや、別に? 夕平は馬鹿だなあってことをお互いの共通認識として確認し合ってただけだ。なあ夕平くんよ」

「うおい、俺は確認してないぞ! 俺は夕平くんはやれば出来る子だって信じてる!」

「うわー、夕平……これはちょっと」


 夕平の答案を見た暁が、実に気の毒そうな視線を向けた。


「なんだよ? なにそんな目で見てくんの? 暁は何点だったんだよ」

「え、八十点だよ」


 打ちひしがれたように、夕平は泣いた。さめざめと泣いた。

 対する暁は、渾身のどや顔だ。今にも両腕でガッツポーズでも作りそうだ。


「まあ、勉強は出来て損は無いってこったな」

「ちくしょう、上から物言いやがって……」


 すまんな。これが強者達の余裕というものだ。


「相川くんって、頭いいんだね?」


 俺の答案も見た暁が、尋ねかける。


「おいおい、何か棘があるぞその言い方。そんな意外か?」

「あーううん、そんなつもりじゃなかったんだけど。特別勉強してるようには見えなかったから、ついね」

「まあ、否定はしないな」


 相変わらず鋭いやつだ。

 正直、暁の言う通り、宿題を程よくこなしているだけで勉強はあまりしていなかったりする。この世界では。

 もはや宿題も、目をつむっても出来る単純作業と化してしまっている以上、あまり労力は掛けていない。

  

「こつこつと少しずつやってってるんだよ。その方が楽だからな。復習反復が座右の銘だ」

「へえ、偉いね。私もそうしようかな」

 

 感心したような顔で暁が言う。


「何だよー、お前真面目くんだなーつまんねえよー」


 対して面白く無いようにふてくされる夕平に、小さく皮肉っぽい笑みを浮かべてやった。


「お生憎様、俺は努力家なんだよ」


 それはもう、世界を跨ぐほどにはな。

 

 そのままテストの解説が始まるまで、俺たちはだらだらと駄弁り続けた。



◆◆◆

 

 

『何十回も同じテストを受けてるのなら、点が良いのは当たり前だろ』

『むしろカンニング紛いなことしても満点取れない方が馬鹿じゃないか』


 二人との会話を見て、こう思うのも無理はないかもしれない。

 まず一つ誤解のないように言っておくと、テストは満点にならないようにわざと間違えている。

 

 何でそんなことを、ただの負け惜しみじゃん――――と言われようが、これは本当だ。やったことのあるテストで満点如き、何時でも取れる。

 なら何故、と問われれば、一度やった経験則に基づいた妥協だった。


 過去に一度、イタズラ半分で実際にやったことがある。一度は誰もが夢想したことはあることだろう、まさに全教科百点を。


 結果からいうと、夕平も言っていたが、カンニングだと疑われた。

 確かに全ての教科で満点なんて、現実味がないのは当然だ。実際、現実味もクソも無い方法で取った点数だが。

 それにしたって、すぐにカンニングと結びつける教師も教師だ。

 カンニングしたとして、こんな分かりやすい点数を取るやつがどこにいるのか。そもそも、カンニングだけで百点を取り続けられるなんて、その方が無理がある。

 

 その時はそう言って教師の言葉を捻じ伏せたが、あの後味の悪さは忘れないだろう。

 

 それから、俺はテストでは適当に手を抜いてやっている。

 世の中、生徒も教師も老若男女、皆考えなしの馬鹿しかいない。カシコク生きるというのは、そんな馬鹿達と上手く合わせてやらないといけないというわけだ。世知辛いことにな。


 

 さて、それにしても。

 これで分かっていただけただろうか。ムゲンループという現象の、その都合のよさに。

 ゲームのようにリセットが利くこの世界の便利さに。


 単なる惰性の繰り返しに見えて、その中には実は無限の可能性がある。

 色々試して、いくつかの法則も見つけた。


 まず一つに。ムゲンループは、一年間に起こったことをすべてそっくりそのまま繰り返す現象の事だが、必ずしも同じ事が起こるというわけではない。

 どういうことかわざわざ説明するような事でもないが、例えば俺が今夕平と友達なのは、現実では起こらなかった事だ。夕平繋がりで、交友関係はボッチだった時があたかも幻だったかのように広がっていくだろう。

 俺次第で、あったかもしれない出来事が現実となるのだ。思っていた以上に、ムゲンループの許容は広い。


 逆に、ムゲンループを知る由もない人間は、俺が何もしなければ寸分たがわず前の世界と同じ動きをして、同じ時間で同じ事を繰り返す。

 まるで機械のような精密さで。自由なようでいて、実はムゲンループに行動を縛られているなんて夢にも思わずに。


 だが、使い方次第では、自分の身を滅ぼしかねない。


『バタフライエフェクト』という一つの問題が浮上するからだ。

 現象そのものの意味は、文字通り、蝶の羽ばたきが世界の裏側の天気に影響するというカオス理論に基づかれた例え話だ。

 これがムゲンループでも適用されているらしいのだ。


 例えば、俺は今の世界で夕平、そしてまだぎこちなさはあるが暁とも会話する仲だ。

 たったそれだけ。

 俺が二人と仲良くなっただけで――――〝最悪の場合暁が自殺することになりうるんだから、馬鹿に出来ない〟。


 聞き捨てならないだろうが、まあムゲンループはそれだけ途方もない莫大な現象ってことだ。ますますこのムゲンループに抗って打破するなんて考えが失せるというものだ。


 誰かが言った。『現実なんてクソゲーだ』と。

 

 俺はそうは思わない。現実は、世界は広い。それと比べると、俺なんてあまりにもちっぽけだ。自分がちっぽけすぎて、年甲斐もなくわくわくしているのだから。

 だからこそ、ウン十年のループにも飽きることなくこうして俺は生きている。この世の知識は膨大で、これでもまだまだ足りないくらいだ。


 ……話が長くなったな。年寄り特有の戯言だと思ってくれ。


 まだまだムゲンループについて発見は多いが、今はこれくらいにしておこう。

 なあに、また機会はあるさ。



◆◆◆



 ……暗い室内で、パソコンの光だけが眩い。

 その画面内では、盤上を緩慢な動きで駒が闊歩している。


「あー、これはこれは。そう来ますかー……」


 時刻は今、午前二時。ということは、イギリスは大体午後五時くらいになるか。

 相手の『Celioセリオ』は、オンラインでのチェスセッションはまだ日が浅いらしい。実戦経験が長いのだろう。生来の趣味としてチェスを嗜んでいたに違いない。

 俺も長いことやってきたから分かる。中々の打ち筋だ。


 通信チェスはそもそも、ワンゲームだけでも一日で終わることが少ない。このセッションだって、これで五日も跨いでいる長丁場だ。

 その間、セリオと色々な身の上話をした。

 歳は28歳。出身国はスペインだが、幼い頃にイギリスへと移住したらしい。結局そこで腰を据え、結婚し子供もいるようだ。

 

 このセッションも、とある筋からセリオの事を紹介されて出来たものだ。だが正直、チェスの勝敗よりも、セリオとの会話の方が大事だったりする。チェスはその建前だ。


「んじゃあ、こうこうこうだから……ここか」


 白いピジョップが突っ切るようにまっすぐ斜めへ滑る。勢いよく敵の多い黒駒陣に突っ込んだ。

 もちろん、敵のどの駒の攻撃も当たらない死角に。

 これにはセリオも驚いたのか、それ以降の動きがぴたりと固まる。これはログアウトかもしれない。


「長考するねえ。そろそろ寝たいからキリいいけどな」


 簡易チャットを開き直し、固い英語で『単なる世間話』を切り出した。


『アンタの子供……アルって言ったっけ? 調子はどうです?』

『……ああ、アルね』


 盤上の膠着状態とは打って変わって、その数分後に軽快な音と共にメッセージが送られてきた。


『アルはね、見てる分には微笑ましいもんさ。でもまだ幼いからか、危なっかしいのにふらふらと大人しくしてくれないのが頭痛の種だがね』


 すぐさま、途中のチェス盤のこともほっぽって会話を繋げた。


『でもそれが可愛いんでしょう?』

『だから頭痛の種なんだ。多分不治の病だよ……ああそうだ、一つ相談に乗ってくれないか? 身内の恥を語るようで気恥ずかしいが、君の事は信用してるからね』

『俺、少し日本の子供を相手にしたことあるんで、役に立つかもしれませんよ。日本もイギリスも、幼子の厄介さだけなら変わらないでしょう?』

『それは心強いね。実は……アルの周りに僕が買い与えてない、知らない玩具が増えてるんだ。多分……』

『……やっちゃったってこと?』

『ああうん、ありがとう。一応僕らにも面目というものがあるし、どこから嗅ぎ付けられるか分からないから、そのまま伏せておいてくれ。僕らが甘やかし過ぎちゃったんだよ。ご近所さんが勘付くのも時間の問題だ』

『でもあまり大事にしたくない?』

『そうだね』

『んで、早急に上手い落としどころを探してる、と』

『このまま放っておくと僕らの責任問題に繋がる。面倒事はごめんだよ』

『なるほど……』


 さて、どう答えたもんか。

 しばらく逡巡した後、再度キーボードに指を滑らせた。


『とりあえず、また次に詳しく話を聞いてもいいですか』

『かなり時間は迫ってるんだけど、次というと……』

『二日後、同じこの時間でセッション再開しましょう。それまでに返事を考えておきます』

『……オーケイ。ただしちゃんと考えをまとめておくように。時間に厳しいのは日本もイギリスもそこは一緒だからね。良い返事を期待しているよ、お互い嫌な思いはしたくないだろうし、ね?』

『……了解です。肝に銘じておきますよ』


 それだけ言って、セリオは自分の手番を残してこの場から離脱した。

 画面越しに、素っ気ないセリオの退出メッセージが知らされる。


「……ったく。食えない奴だな」


 流石に少し疲れた。椅子の背もたれがぎいと軋む。

 まあいい。今はこれくらいにしておこう。

 一ヶ月しか経ってないこの世界では、まだまだ色々と準備が足りなさ過ぎる。

 


 バタフライエフェクトの効果で起きてしまう最悪の出来事。

 そのための準備が。

 

 

 ――――立花暁を、この世界で救う準備が。





初作品です。誤字脱字報告、または感想・批評等あればぜひお願いします。最低週一投稿を目指していますが、都合で出来ない際は逐一報告いたします。

【追記:六月二十二日】加筆修正しました。


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