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第十六話

第十六話、大変長らくお待たせしました。今回は第十七話と連続投稿になっております。じっくりお楽しみください。

 第二次世界恐慌。別名、伝染恐慌。


 俺がそれを観測したのは、たったの一回っきり。三十周目くらいの世界でのことだ。

 俺がそろそろ日本で培ってきた経験を活かし、外国に行こうと考えていた矢先だった。


 あの事件は、俺が今までムゲンループを過ごしてきた中でも、幻のような事件だった。


 俺も、その始まりから全てを直接見たわけではない。

 

 ヨーロッパ諸国を中心とした相対的貧困率の急上昇と、その死者数を残酷で無機質な統計で淡々と伝えるキャスターを見た。

 現地の映像に映った、職にあぶれ何をするでなくたむろしているホームレスを見た。

 親子連れで求職のためのプラカードを掲げる姿を見た。

 通る車に押し寄せ、必死の形相で救いを求める群衆の姿を撮った映像を見た。

 多くの店が強盗に押し入られ、扉や壁がぶち破られ、その中も滅茶苦茶に荒らされている光景を見た。


 俺が知るのは、そういう――――恐慌の過程と影響、そこから生まれる人々の苦しみ惑う姿だけだ。

 あの時のことはよく覚えていながらも、よく分かってはいなかった。


 信じられない出来事だった。あり得ないとも思った。

 だが、実際にそれは起きた。


 まるで忍び寄るかのように、気付けばその恐慌は世界に影を落とした。

 ヨーロッパの数多くの国々は、急スピードでその国としての機能を停止した。失業者は国境を越えて後を絶たず、欧州の人口全体の四分の一以上が路頭に彷徨い、専門家の一部では打つ手なしという結論さえあった。

 その様は、まさに国から国へ病が伝染しているかのようで――――だから、『伝染恐慌』。

 全世界は、その五か月後――――次の『四月一日』が訪れるまで、混沌の極みだった。


 二十一世紀は、超が付くほどの国際化社会だ。

 国と国の往き来が、恐ろしく速い時代になった。それが人であれ、物であれ、


 ――――そして、暴落の『波』であったとしても。


 一度発生してしまうと、千九百年代のそれとは比較にならない速さで恐慌は広がっていった。ついそこの空港からここまでの道も、スラム街のそれと何も変わらないものになってしまった。

 結果、何がなんだか分からないまま、あらゆる人々は、かつてない『生きる事のひもじさ』に襲われた。


 だが。

 何事にも、原因はある。


 バタフライエフェクト。


 その時の世界と次の週の世界との差異からその影響の出所を探る、以前いのりが取ったものと同じ方法。〝それをかつて、俺もやったことがある〟。

 違うのは、その対象が人か出来事であるかだけだ。だが、一人の人間と一つの大事件、やることが同じでもその難易度が桁違いなのは言うまでもないが。


 俺は次の週の世界で欧州で起きた、『伝染』前の出来事を可能な限り洗い出し、前の週との記憶と一つ一つ符合させた。


 そして、突き止めた。

 第二次世界恐慌が起きる条件になりうる数個の条件イベントを。


 それは――――



⋯⋯⋯⋯⋯



『……もういい。貴様は今すぐ、泳いででも日本に帰るがいい。「処理」する気にもならん。お役御免だ、今すぐ失せろ』


 しばらくの無言の後、最初にそう吐き捨てたのは、ジェウロだった。

 

 犬を追い払うような仕草をしたのち、こっちを見ようともしない。

 最後に俺を見たその目には、もはや怒りの色さえ浮かんでいなかった。

 失望、呆れ、軽蔑……もはや、今まで俺に見せていた敵意さえない。〝それすらしてこない〟。


 ボルドマンが、ジェウロが引いた椅子に腰かける。俺に何も言ってこない。エレンは既に興味が失せたような様子で、注文したスコーンにありついていた。


 まあ、そりゃそうだ。

 第二次世界恐慌なんて、普通誰が信じる? 

 それもイギリスが発端だなんて、もうすぐ宇宙人がやってくると言ってるのと変わらない、荒唐無稽な(わらえない)ジョークだ。仮に騙そうとして言うにしても、子供さえ騙せないだろう。

 

 が、まだ話は終わっていない。こっちには、伝えなければいけないことがある。

 俺もただエレンの話相手になりにイギリスくんだりまで来たのではない


『……聞いてください。その結末のための『下ごしらえ』として、これから色々なことが起こります。それは――――』

『失せろと言ったはずだ。Fucking bustard(このキチガイが)』


 じろり、と俺を一瞥する。

 が、もう引かない。たじろかない。そうする理由があるのだから。


『アンタには聞いてない。俺はミスタ・ニコラスに聞いている。黙ってろよ、Figlio di puttana(この糞野郎)』


 瞬間、むち打ちになるかと思うくらいに勢いよく襟を引っ掴まれた。

 視界が大きくぶれる。喉を思い切り押され、圧迫感で苦しい。

 首が絞まるのもお構い無しに、ジェウロはその手を緩ませない。


『――――二度も言わせるな。泳げないというのなら簡単に身体が浮くようにしてやろうか、クソガキ』


 その目は、言葉と動作の激しさとは裏腹に冷めきっていた。


 それまで事の経緯を見て見ぬふりしてきた周囲の客は、息を潜め静まり返っている。

 誰もが、我関せずと動こうとしない。露骨に目を合わせないようにそっぽを向いている。

 おそらく、俺達の会話を聞いてはいないだろう。いや、聞けば危ないということを理解しているからこそだ。

 この場の剣呑な雰囲気に、わざわざ割って入っていける者は誰もいなかった。


『止めないか、二人とも』


 この人を除けば。


『手を離しなさい、ジェウロ。アイカワくんも、ウチの者をからかわないでもらえるかな?』


 その上司ボルドマンの言葉に、目の前の部下ジェウロは素直に手を離し、彼に向けて浅く一礼した。

 やはりこいつは、簡単な挑発一つでは怒らない。あくまでも冷静に振る舞っている。


『……さて、話と言ったね。アイカワくん』

『あ、はい……』


 ボルドマンが、重々しい口調で俺に矛先を変えた。


 静かに、そしてゆっくりと俺を見据え、


『……すまないが、はっきり言って君の言うことには賛同出来ない』


 柔らかい言い回しで、俺の言葉をを否定した。


『…………』

『私はこれでも、職業柄経済界の事情にも明るい方だし、古い友人(ツテ)も数多い。君は我々を勘違いしとるのか知らないけども、我々ほどそっちの面に縁の深い職業はないという自負がある。そんなプロが断言する――――イギリスは確かに金融不安に迫られている。だけど世界恐慌レベルの金融危機の勃発はまずあり得ない』

『で、でも……!』

『まずあり得ない。他に私から言うことはない』


 結論を言い切った彼の傍らで、ジェウロがため息をこぼした。


 ……これでも、これ以上無い優しい言い方だろう。

 それだけ、俺の話が与太話に過ぎるのだ。


『……エレン、私の可愛い孫娘や。アイカワくんはここまでの話の中で嘘をついていたかね?』

『……ううん、お祖父様。お兄様は嘘はついてないと思う』

『そうかい……それは困ったねえ』


 それまで黙ってケーキを口に含んでいたエレンが、数秒俺の顔を見たかと思うと、そう答える。俺のどこを見てそう思ったのかは不明だ。

 その返事は、ボルドマンを困らせるに至らせるに十分だったらしい。


 ポツリ、と思慮を巡らせるように呟く。


『嘘ではない……とすると、息子には君の言うことにある程度の「心当たり」があるということになるねえ。さてさて、これは一体……』


 そのまま、どこか遠くに目を向けてしまった。

 その言葉を機に、俺達は全員押し黙る。それを見た他の客が、鬱陶しげにしながらもどこか安堵したかのように口々に再び会話をし始めた。ひそひそ話ではない喧騒が戻り始める。


 俺は、経済の専門家ではない。ムゲンループで多くを勉強してきたが、あくまでの常識的・学問的な範囲内の話であり、自信になるような深い引き出しは持っていない。

 かといって当然、そういう未来を見たというだけで納得させられるわけがない。余計話がややこしくなる。


 相手はプロを自負するマフィア。そんな人間に無理だと言われれば、俺にはどうしようも出来ないのだ。


「……ん」


 そんな時、ポケットがバイブで震えた。

 俺のスマホだ。取り出してみると、電話を着信している。しかもライン電話。


『出ても構わない。けれど……この場で出なさい。いいね?』

『…………』


 スマホを手にした俺と目が合うと、ボルドマンは浅く頷いた。

 その言葉に従い、のろのろとその電話口に出た。


 今はそれどころじゃないというのに。

 せめて話を続けられるくらいの信用を得なければ。でも、どうやって?

 だが、それでも、とにかく急いで彼らに話を聞いてもらわないと――――


「……Hello?」


 そう、別の事に必死に頭を回していたせいか、

 ――――その着信先の番号を、俺は見逃していた。



『あ、もしもし……拓二さんですか?』



 日本語。日本人。

 いや、というかこの声は――――



「――――いっ、いのりか!?」



 思いがけない、その電話は。

 日本にいる恋人(いのり)からの、国際電話(ラブコール)だった。






初作品です。誤字脱字報告、または感想・批評等あればぜひお願いします。最低週一投稿を目指していますが、都合で出来ない際は逐一報告いたします。

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