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第百二十四話

第百二十四話、投稿しました。もしお時間ありましたら、番外第五話を先に読んでおくと理解がスムーズになるかもしれません(ダイマ)。

『────×××県大通りで突如起きたこの「3・31テロ事件」ですが、現在も沈静化の目処は立っておらず、警察は該当区域の緊急避難命令又は外出禁止を発令しています。お住いの方は外を決して出歩かないこと、そしてお近くの避難所などはどうしてもという場合を除いて使わないようにしてください。とにかく落ち着いて屋内に隠れて、テレビやラジオで確かな情報を────』



 情報は拡散する。

 飛来し、飛び交い、そして舞い踊る。



『件の警察本部、現在も犯人は人質を取って立て籠もっており、中で争っているのかまだ銃声が鳴り響いています! 犯人は投降の意思は無いようです! 日本を代表する治安組織内で、一体何が────』



 根も葉もなくついた尾ひれは、一度翻ることで民衆を薙ぎ倒し、取り込み、喰らう。



『こちら現場、現場です! 事件発生地から数百メートル離れた場所に我々はいます! 今ですね、赤髪の女性と……あれは少年です! 高校生くらいの少年! 少年の方はなにやら血塗れで右腕が無く……ああっ、発砲! 遠くからですが撃ち合ってます撃ち合ってます!!』



 そうして固定観念という、揺らぎやすい感情を根っこにした皮肉的な字面の響きの中に民衆を叩き込むのだ。



『馬鹿げている! 前代未聞だ! こんな、B級映画のような光景────』

『彼らには何か、目的が────』

『現場には極右団体関係者と思しき車両、これは現代日本に不満を持つ、過激派政治犯の仕業と見て────』

『しかしこんな若い子供が、この日本で、どうやって銃を────』

『警察はまだ来てないのですか! こんな事態に一体何を────』



 民衆はそれぞれ個人の思想があり、頭脳がある。

 舞台の下から、この一件を見た彼らの主張が混線し合う。

 この国は、特にそうだ。事件にも、事故にも────何事に対して もまずはあてなき議論から始める。答えを客観的であろうとする。

 度が過ぎるのではないかと思う程に常に、それは美徳として捉えられてしまう。だから客観と傍観を、時に歪に取り違える。


 直視すべき現実味を、忘れる。


「ねぇこれ、こないだ流れてきた写真の……じゃない?」

「え、ほんと? わ、わ、ほんとだ〜! うわ、てかライン炎上すごっ!」

「今マジヤバいねーこわーい」


 彼女らもそうだ。

 現状への危機意識など無い。口だけだ。まさか本気で自分が死ぬなどということは一切考えていない。

 彼女らにとって、対岸の事件など格好のバラエティーなのだ。SNSで有る事無い事触れ回り、所謂『www』を生やして、情報に享楽的に踊らされるのだ。そうすることしか出来ない、とも言える。


「どーうしたの二人して。LINE?」

「アプリのじゃないよ、ライン。ツイッターのTL。リユちゃんには内緒~」

「ええー、教えて欲しいなぁー。歌、聞かせてあげたじゃん」


 ────すぐ目の前に、この騒動に一枚噛んでいる男がいると言われても信じないだろう。

 ある種一番に、この町で起きていることを知っているリユルドは、呑気に女の胸を抱き寄せ揉みながら、ねだる。


『裏』の情報を一頻り操ったリユルドは、『表』の情報を女から得ていた。


 女はカッコウだ。騒ぎに耳聡く、面白おかしくtweet(さえずり)をする。

 空の色をより知るなら、空を飛ぶ鳥を捕まえることだ。


「も~しつこいなあ、じゃあ秘密だよお? あんね〜ぇ、最近TLに流れてきた写真があんの。探し人? お尋ね者? みたいな。てか高校生かなあこれ」


 彼女にとって『どうでもいい』話を噤む口など、彼女は持ち合わせていない。


「ほらこれ! この写メさぁ、動画のと似てない?」


 そういって見せてきたものは、四人の高校生らしい男女が自撮りしたと思われる写真だった。時刻は夜のようで、背景には光の漏れる遊園地があり、終園間際、帰り時の思い出に一枚、といった絵面であった。

 彼らは思い思いの笑顔を浮かべており、その一日がいかに楽しかったかがありありと伝わってくる一枚だった。


「それでそれでね、あたしの友達が歳下好きなんだけど……その子とこの拡散希望のタグ付いた子と一緒に写ってる男の子ぉ、ちょっと付き合ってるらしくてー……あれってヒモ?」

「しらな~い」

「それが写メ拡散した張本人らしくてー……あー、名前確か……なんだっけ?」

「ええ~あたし知らないってばー。マキちゃん言ってたじゃん、ほらなんか珍しかったっしょ、名前」

「いやあたし漢字よく分かんなくて……ええっと……」


 女はカッコウだ。

 空の色を知るのなら、鳥に聞くのが手っ取り早い。


「なんとかゆーへーくん、って言ってたっけ?」


 しかしどうやら、似たような事を考える者は他にもいるようだ。



◆◆◆



「オオおおおおおおおおおッッッッッ!!」

「がああああアアアア!!」


 ────この混乱の『震源地』は、苛烈を極めていた。


 今の拓二とビリーは、満ち足りていた。


 殴るための拳があり、競るための脚があり、目の前の敵を屠るための武器があり、そして好ましい相手(いんねん)がいる。


 命を剥き出す勝負に、それ以上の物はいらない。だから、満ち足りている。肉欲、性欲に勝る悦楽────獣のような渇望の、この上無い答えを互いに持ち合わせ、相手のために披露している。

『相川拓二』という一本と『ビリー』という一本に、その存在は研ぎ澄まされていく。

 今や奮い立たない筋肉は繊維一本も無く、しかしその身体は脊梁、腕骨、脚骨に纏わる皮肉を脱ぎ捨てたかのようなくらいに軽い。


 次の一秒を。次の一秒を。

 コンマの刹那を生き残る活路を見出し、活路が無ければその活路を裂く。


「────(ドウ)ッッッッッ!!」


 特徴的な力を込めた発声音。

 と同時に拓二の眼前に襲い来る、車の群れ。

 人間離れした筋力に任せ、二台、三台と────既に持ち主の居ない車をビリーが放り投げたのだ。


 拓二の目が、滑り転がり来るその車のモーション全てを、須臾の刻みで捉える。


 ────時が止まった。


 宙に浮くそれに、拓二は躱すことなく突っ込む。

 臆する様子なく、牙剥く車体の前に身体を躍らせた。踏み込んだ脚で大きく飛び込み、低空飛行のように地面を跳ねる車体の、そのボンネット上に勢いそのままで転がったかと思うと、衝撃をいなすようにして掠めさせる。

 ────前へ、前へ! とにかく前へ!

 一台目を後方に置き去った。続いて放物線を描き落下しようとしている二台目を、低く身体を前転させた身のこなしで潜り抜けた。

 連続の三台目は、躱すまでもなく劈く破壊音を立てながら横を通り抜ける。


 そして────ビリーが迫る。


 咄嗟に逸らした頭の位置に、軌道が抜ける。大斧の如く振り下ろされた足が、コンクリートで舗装された道路を派手に破砕した。

 直撃すれば、頭蓋の内部から破裂し脳漿を撒き散らしたことだろう。


 互いの視線がぶつかり合う。

 そして同時に懐から抜き取った銃を、一寸の時間差なく突きつけた。


「…………」

「ふふふ……やるねえ相川くん」


 無表情の拓二に、笑うビリー。

 いやさ、グーバに言わせればこれは、『千夜川桜季』か。


 ……嗚呼、思考がもどかしい。

 今のこの素晴らしい、生ある一秒一秒(じっかん)を味わうのではなく、終わった先を見越してしまう頭が邪魔臭い。


「……お前……」


 拓二は、この闘いの中で気付いたことがあった。

 気付いてしまった、というべきか。

 一度もたげた疑念を抱いてしまったことが、歯痒くて堪らない。

 無粋なのだ。これだけの愉しい勝負を前に、別の余計な事に意識が向いてしまうことが。


 無意味なことは言わなくていい、殺せ。

 口にしたところで、詮無きことだ。いいから殺せ。

 今ある貴重な、この一年で最後の死闘だけに身を埋めろ。身に迫る卑近な死に対して脳筋になれ、勿体無い。


 ────しかし、それでも。

 それでもだ。

 看過出来ない、見過ごせない。

 この闘いが何物にも変えがたい素晴らしいものであるからこそ、しこりのように残るこの微細な違和感を吐き出さずにはいられない。


 口は正直だ。



「〝お前────本当に『千夜川桜季』か〟?」



 あーあ、言っちゃった。



◆◆◆



「ゲホッ、ゴホッゴホッ……! う、クソッ……」


 一体何が起きたのか分からず、清道は動転していた。

 充満する煙を肺に入れまいと鼻口を手で抑え、それでも取り巻く濃煙に苦しげに呻く。

 しかしこれは、横転してしまった車からの排煙によるものだけではない。


「あの(アマ)ぁ……逃げやがったな……!!」


 これはモニカとかいう女が、咄嗟に焚きつけた発煙手榴弾のせいだ。

 あの状況で逃げおおせるために、前もって準備していたのだろう。煙幕に紛れ、騒ぎに乗じたために、既にその姿はない。口を縫い合わされた男達も同様に、だ。

 腐っても元マフィアの一員、流石の手際といったところか。


「う……う」

「柳月! おい目ぇ覚ませ!!」


 しかし今はそんな場合ではなかった。

 祈だ。

 車ごと吹っ飛ばされたせいで、清道ももちろん腕を痛めていたが、祈にもそのダメージが大きかったようだ。

 頭を切ったか、ゆるゆると血が流れており、失神してしまっている。僅かながら苦しげに息を漏らしていて、そう深くはない意識の手放しが見て取れた。


「クソッ、世話の焼ける……!!」


 悪態を吐きつつどこかホッとした面持ちの清道が、車内から祈の身体を引っ張り上げた。


 そう、忘れてしまいそうだが、祈はそもそも身体がか弱い方だ。いざという時その頭脳は力になるが、使い道に制限されている。

 無能と責めるのは容易い、が。人間に毎度そう上手い都合を求めるのも酷というものだ。


 そもそも祈はマクシミリアン同様、ムゲンループの住人という拓二を倒すための数少ない希望にはなり得るが、マクシミリアンのように切った張ったの世界を知るわけではなく、清道のようにコネクションを持つわけでもない。

 その頭脳のみを買われて、彼女はここにいるただの一般人なのだ。畑違いとなれば、彼女はこうも儚い。


 つまり現状は、このリスクを前もって考えを巡らせなかった、こちらの失態だ。

 とにかく、今はあまり揺らさない方が────動かず、ここに留まって助けを待った方がいいだろうか。



 本当に一体、何が起こったのかも分からないが────



◆◆◆



 ────まずい、今の状況は非常にまずい。


 車の陰に隠れていたマクシミリアンは、今までになく焦っていた。

 大宮清道、柳月祈はまだ何が起こったか理解しきっていない。どうやら先程の破壊に巻き込まれ、怪我をしたらしい祈を、清道が必死に起こそうとしているようだ。立ち昇る白煙に絡まれ、手間取っている。


『どうする……!? 僕に、出来るのは……!』


 彼らは気付いていないのだ、自分達に迫る危機の程度を。

 拓二がすぐそこに接近していることを。


 今はお互いに別のことに気を取られているせいか、その存在を捉えてはいない。

 しかし、時間の問題だろう。

 

 ────そう、自分だけだ。

 幸いにもいの一番に両者の存在を知った、ここにいる自分に彼らの命運は委ねられた。


 早い鼓動が肺を圧迫する。鳴り止まない心臓の音が呼吸を乱す。


 撃て、相川拓二を撃つのだ。

 その銃で、相川拓二を殺せ。隠れられている今なら、狙い撃てる。

 今は最悪のピンチであり、千載一遇のチャンスであるのだ。


 問題は拓二を殺しても、勝者として残ったビリーが次にこちらに向かってくるに違いないことだ。

 そうなってしまえば、マクシミリアンだけでビリーには敵わない。一人間に太刀打ちできない怪物に、容赦なく虐殺されるだろう。


 しかしそれで、祈達の囮になることくらいは出来る。

 イレギュラーを打開するのは、いつだって布石ではなく、覚悟だった。


 この場合、自分が死ぬか────祈達が死ぬか、だ。


『…………』


 思えば長く、濃い一年だった。色んなことがあった。

 しかしムゲンループというこの世界では、この一年であったこと全てが、あと半日経たずに今まであった無かったことになるだろう。


 メリーとエレンは、次に生き返らない祖父と過ごしたことすら忘れるのだろうか?

 ここでもし自分が死ねば────残った彼女達は血を分けた父親さえ、最初から死んでいたものと見做すのだろうか?


 マクシミリアンは今自分の目の前にあるものが、決定的な分岐であることに気付いていた。

 選べというのか。我が身を投げ打って全てを終わらせるか、否か。


『……そんなの、決まってる』


 家族(ファミリー)の顔が、マクシミリアンの脳裏に浮かんだ。

 ネブリナの部下達……レスター……ジェウロ……グレイシー……愛すべき妻と娘達、そして────かつて自分を拾ってくれた義父ボルドマンの姿が。


 ────お前はお前の義を徹しなさい、ヨハン=ドゥ。


 彼らのために、ここにいる。

 マクシミリアンとして、為すべきことを。


『一発。この一発で────もう、終わらせよう』


 拓二とビリーは銃を向け合ったままの構図で動かない。

 何かを話しているようだ。それも、一言二言だけではなく会話を交わしている。もっとも、この状況では好都合だが。


 お守りとばかりに握りしめていた銃口を持ち上げていく。

 その照準は、しっかりと拓二に定まった。

 拓二は、気付かない。


『……最後まで娘不孝者だな、僕は』


 密やかに笑うその顔に、滅多にない本心を滲ませて。

 指を引っ掛けた引き金を、絞り────



「────待って!!」



 ────運命の悪戯は、その切なる覚悟さえも容易く弄ぶ。



◆◆◆



「────待って!!」


 突然の女の声、そして続く銃声がそれをかき消した。

 これには拓二も、何が起こったのかと音のした方を見やった。


 視界の先には、狙撃手らしき人物は見当たらなかった。死角から自分を暗殺しようとし、とっさに身を隠したのだろうと、その点においては深く考えずともよかった。


 問題は────〝その銃撃が、失敗していることだ〟。

 銃弾は、拓二に届かなかった。


 拓二を庇った者がいたのだ。

 完全に不意を突かれ、当たるはずの攻撃から身を挺して守った『彼女』が、そのままどさりと倒れ伏した。


「……なんで……そこに……」


〝その人物のことを、拓二は知っている〟。

 そのあまりにもあまりな光景は、彼でさえ信じがたいものだった。



「……〝紫子さん〟……?」



 ────大宮紫子。

 拓二がムゲンループを知る前から────それこそ子供の頃から────親しくしていた『友人』の、凶弾に力尽きる姿があった。

 




初作品です。誤字脱字報告、または感想・批評等あればぜひお願いします。

【追記:七月六日】加筆修正しました。

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