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第百十九話

第百十九話、投稿しました。改めて詳しくお話しすることですが、近々、最低週一投稿のノルマは一時撤回することになりそうです。

『uuu……おお、お、オマエ、見たことある。見たことある、ぞ。そうだ、そうだ。あの教会だ。あの時だ、そうだろ?』


 ────片やその両腕には、腐肉と化しつつある人間の頭部が滴り落ちている。


『……そういやお前とは、エレン誘拐事件の時以来だったかな? 一年も経ってないのに、懐かしささえ感じるよ』


 ────片やその左の隻腕には、汚れた白布と引き千切れた手の鎖がぶら下がっている。



『つまり私にとっては、カマタリとジャッカルの敵討ちになるわけだ。────なるほど、愉しいね』

『がアア!!』



 獣に言葉などいらない。


 まるで吸い込まれるように。

 そうなるのが自然であるかのように。


 握手代わりに、

 挨拶代わりに、



 ビリーと拓二は、お互いを敵とみなし、脅威と見做し、

 ────互いにとって殺さねばならぬ相手だと認めた。



 先手とばかりに、咆哮と共に鉛の小粒が拓二に向けて撒き散らされた。

 

『────っ!』


 現実の散弾銃は、ゲームでしばしば考えられる程の銃弾の拡散はしない。動く標的には効果的であることはもちろんのことだが、有効射程はそう長くはなく、一発ごとの銃弾は密集している。

 であるので、もし常人であれば『小粒の弾丸が数発』ではなく、あたかもイワシの集団のように『一発の大きな影が一瞬視界に飛び込んだ』ようにしか見えないはず────なのだが。


 ────いち、に、さんしごろくしち────

 ────……〝十一、いや十二粒か〟。


 飛来する散弾の数を目で数え、止まった体感時間の最中で、拓二は大きく身を振って銃撃を脇に通した。一発一発、掠らせることもなく。

 今の彼であれば、そのような超人的な芸当すら可能である。


 拓二は五十回以上、高校一年生であり続けた。

 それはつまり、〝心身ともに人間の最も成長する時期を、五十回以上繰り返してきたことでもある〟。


 筋力や身体能力はループ毎にリセットされてしまう。

 だが、記憶並びに付随する運動神経・反射神経は、成長をし続けていた。人間の最も成長する時間によって、研ぎ澄まされていった。

 結果として育まれていったその脳の感覚神経は、それと見合う筋肉を拓二が失うごとに彼の中で宝の持ち腐れとなり果ててしまっていた。


 しかし────このループで、拓二はかつてない死線を潜り抜けた。

 グレイシー=オルコット。千夜川桜季。そして現在も。

 それらが拓二を心身ともに追い詰め、鍛え抜いた。たった一人で、立ち向かい続けた。


 兆候はあった。

 つい先程も、ニーナを庇い車をとっさに避けることが出来たのがそれである。


 拓二の積み重ねてきた過去の記憶・経験に、たった今、身体が追いついた。

 言ってしまえば、たったそれだけのことである。


 だが────『それだけのこと』と一言で片付けられるような経験は、伊達にしてきてはいない。

 たった一人で生きるために、勝つために。その存在は研磨されてきた。


 相川拓二とは────ムゲンループが生み出した『最高傑作』であり、ムゲンループの『成れの果て』でもあると、そう言えるのかもしれない。


『オオオオオオッ!』


 そうしている間にも、ビリーは距離を詰めていた。

 ショットガンの銃身を両手に持ち、凄まじい勢いで振り下ろす。


 しかしその挙動一つ一つが、拓二にはコマ送りのようにその視界に映した。

 後ろに身体を仰け反らせ、またしてもこれをひらりと回避する拓二。空振り、力任せに地面にぶつかった銃は細かな部品ごと粉々に砕けてしまう。


 拓二は仰け反った身体を、器用にも左腕一本で支え、逆さに倒立させる。


「今度は────私の番だ。くらっとけ」


 そしてそのままの姿勢で開脚を回転させ、延髄に叩き込む。ビリーの隙を縫うその打撃は、今現在の拓二が出来る最大限の攻撃であった。

 鈍い音が響いた。ミシ、という嫌な手応えは確かにある。


 さらに次に片足を肩に引っ掛け逆立ちを支えている姿勢のまま、さらに上体をぐんと捻り、重心をうねらせる。

 そして空いていたもう片足を蹴り出し、その顎先を思い切りぶち抜いた。


『ゴガッ……!!』


 並みの大人なら意識を刈り取り、最悪半身麻痺を患うであろう顎と脊髄への破壊的な二連撃。


 ────どうだ?


 だが、これで終わる程、ムゲンループによって作り出された『生物兵器』は甘くは無いらしい。

 叩き込んだはずの脚打は筋肉の壁に受け止められ、そのまま足首をがっしり握りしめられていた。ぬちょりと液体が触れて気色が悪い。


 踏ん張るために踏み鳴らし、ビリーはコンクリートの地面をいとも容易く砕いた。


「くそっ……!」

『……っン、ぐググアアアああぁぁぁあああ!!』


 グン、と拓二の身体を振り回し、宙に踊らせた。

 そして強い遠心力を伴った拓二の身体は、ぶん投げられ、一転、また一転ともんどりうって地を転がった。


「────火力不足、か……!」


 咄嗟に受身を取って、身体を打つ衝撃をやり過ごした。

 しかし、六十キロはある身体を持ち上げ、投げ捨てた。その腕力の凄まじさは、拓二では────いや、そもそも人間には到底届かないものであることがハッキリと分かる。


 拓二はグーバから、ちらと聞いたことがあった。

 ビリーは、人格障害という体裁(カバーストーリー)に隠れた、殺した人間の人格模倣が本質であると。

 人格だけでなく、人間の能力をもコピーするという。

 つまりカマタリの剛腕とジャッカルの痛み知らずを、今のビリーは吸収している。


 よってここに、まるでゾンビのように痛みを知らず、加えて人を軽々持ち上げる怪力を有する怪物が誕生する。

〝そしてその他にも、まだ未知数の力をビリーは備えているらしい〟。そう、グーバは仄めかしていた。

 なるほど、これがグーバの生物兵器きりふだというのも頷ける。


「……さて、どうしようかな……」


 そんな規格外に対して、拓二は────予言の目があるから何とか立ち回れるが、正直手詰まりであった。

 先程の攻撃も、まるで効いていそうにない。本来顎をも砕く破壊力は、バランスを保って踏ん張れる右腕を失った今となっては、そのダメージを半減させてしまっているのだ。


 もっとも、普段通りの力が出せたからと言って、好況を得るとはとても思えなかったが。

 こちらは一度でもまともに食らえば、骨ごと持って行かれかねないというのに。


 このままでは、こちらの不利は覆らない。

 そう判断した拓二は、フッと笑うと、



「鬼さんこちら、手の鳴る方へ────……ってね」



 ────〝あっかんべえと仕草をしながら、吹き飛ばされた方の出入り口から外へ、あっさりとその姿を翻した〟。


『あー待て待てー、ウフフ逃げんなヨォあはは』


 ビリーは、フラフラと誘われるままに、拓二の後を追いかけていった。



◆◆◆



『いっ……ちゃった』


 争乱から一転、静かになったこの場でベローナは、呆然とした様子で呟いた。

 無理もない。眼前で繰り広げられた情人離れの戦闘。割って入るどころか口出し一つ許されない、次元の違う領域にいる者同士の、血飛沫の跳ね回る中での激戦に頭が痺れていた。

 素人目にも、あれらは別格だと分かる。

 怪獣同士が暴れているのと変わりない。


 しかし真に恐るるべきは、もはや生物兵器と化したビリーに対抗出来る拓二である。千夜川と対峙した時とは比べるべくもない成長を遂げていた。


 隣のグーバは肩を竦めて、


『……まるで獣だな。まったく、品の無い』

『……お兄ちゃんは逃げちゃった、のかな?』

『フウム……確かに、このままでは勝ち目が無いと思ったのに違いないが……後は、先程の話が効いたのだろうよ』


 間近での世紀的な攻防に怯えたような戸惑いを未だ隠せないベローナに対し、グーバはと言うと────先程の数十秒間に心打たれた好奇に目を光らせ、堪え切れないとばかりに口元をニヤニヤと笑わせながら何度も頷いた。

 精魂込めて作り上げた己の『娘』の性能のお披露目を、目の前で観察することの出来た満足感。

 ビリーの力は、ネブリナの武闘派であるジェウロと互角であった拓二をあっさり追い払うに至らしめたのだ。彼にとっては、それだけで充分だった。

 もしビリーが期待外れにも拓二に打ち負かされていれば、とっくに全てが終わらされていただろうことなどどうでも良いことのように。


『リュウゲツ・イノリ────奴の執心は依然、そちらに向いているようだ。ムゲンループの住人とは言え、素人の女児に何故にそうまで固執するか知らんが……はてさて、どんな算段だかなァ。クク』


 グーバはそう言うと笑みを引っ込め、しばし考え込んでから、


『……フム。〝ではリュウゲツ・イノリは、ここで「処理」することにしよう〟』


 あっさりと、そう言い放った。


『その方がアイカワ・タクジにとって不都合で、私にとって好都合そうだ』


 ビリーの性能が実戦で有効だったことは喜ぶべきことである。

 しかし拓二とビリーがこうも早くに引き合うことになったこの現状は、グーバにとってイレギュラーである。拓二の策謀がビリーを早々に引っ張り下ろしたとも言えるが。


 状況が変わった今、もう一度、手綱を己の術中に引き結ぶ必要がある。

 この狂宴の主導権を握り続けるためにも。


 懐から無線を取り出し、祈の拉致を遂行している部隊に通信を繋げた。


『……何?』


 だが、しかし────時既に遅し。

 拓二の来訪は、ここまで事態を見通してきたグーバの唯一予期せぬ出来事であった。


 一つの綻びは、その後新たな綻びを生み出す。


 僅かに目を離した、たったその一瞬の間でも────狂宴は続いているのだ。

 いつまでも個人の手に収まる程、この街に渦巻く因果は一枚岩ではない。



 グーバという元凶の手元になくとも、誰の指図も受けずとも、各々の運命は交差し動いていく。



◆◆◆



 警察本部内は、混乱を極めていた。

 一ヶ月……いや一年を凝縮したかのように、矢継ぎ早に訪れる事故と事件。一般人だけでなく、警戒し武装もしていた同胞にまで見舞う脅威。


 負傷者・死亡者はこの時点で一つの凶悪犯罪を凌ぐ数に登り、さらにその被害の多くが警察関係者である。

 国の威信を背負った警察組織が被害の主となっているのは特異な点であるが、より奇怪なのが、これらの犯人が無差別的────〝つまり警察そのものを狙った犯行でないことにある〟。

 何か別の狙いがあり、その上で邪魔になった警察がただ単に巻き込まれただけであり────このことにはすなわち、いつ一般人に危害が及んでも不思議では無いという恐ろしい事態が予測された。


 ────何か、とんでもないことが起きている。

 至る所で噴き出し、街全体を覆う果て無き巨大な力に、後手に回った彼らは奔走し、翻弄されてしまっている。


 日本は生来、重火器の流通が乏しく、それ故凶悪犯罪を想定した対策は他国よりも劣っているとされている。

 それは一つの国としては誉れであり、しかし同時に脆弱である。


 この混乱は、そうした国柄を表した象徴と言えた。


「怖かったよね、辛かったわね。もう大丈夫だから……ここの人達はみんな優しいから、ね?」


 署内オフィスの隅をガラスで四方区切られたスペース。それは簡易的な休憩室であり、事件関係者の一般人を部屋に入れることもしばしばある。

 靴の踵を踏み踏み、慌ただしく駆け回る警官(どうりょう)達を尻目に一人の婦警が話し掛けた。その声音は柔らかく、彼女の気遣いが前面に現れている。

 手にはオレンジジュースの入った紙コップを持っており、笑ってそれを差し出した。


「お名前は……って分からないか。ええと……ワットイズユアネーム?」

『…………』


 婦警が応対する『彼女』は、とある現場にて血まみれのところを保護したのだ。

 幸い、怪我は無く、唯一の生存者であり、現場の惨劇を知るであろう重要な目撃者であった。


 ただ厄介なことに、『彼女』は────日本語が話せなかった。

 婦警の片言の英語に対して初めて反応し、『彼女』は一言、



「────Nina」



 とだけ告げた。



◆◆◆



 イギリス。ランスロット家にて。


『ああ……神様。エレンは、悪い子です』


 エレンは胸の前に手を組み、目を瞑り、祈る。

 その握り締められた両の手は小さく揺れ、不安げに車椅子の背もたれから背筋を離して腰掛けている。

 皮肉にもその姿は、聖女と見紛う程にこの上なく美しい。


『本当は分かってたのに……「あんなこと」があって、お姉様が何も言わずに平然としてるわけないって、知ってたのに』


 誰ともなく、宙に向けて独り言を紡ぐ。


『でも、エレンは……分かってて、でも止められなかったんです。……だって、止められるわけないよ、エレンには……エレンは……』


 つい昨日のことだ。

 メリーは夕食を口にし、自室に戻って行ってから一向に外に出てこない。

 確認してみると、部屋の中からは私物や金銭と共に、忽然とその姿を眩ませていたのだ。

 彼女の自室のテーブルには、たった一枚の紙片が取り残されており、そしてそこには。



 ────お姉ちゃん、ちょっと出掛けてくるからね。良い子にお留守番してるのよ?



『お姉様……お兄様』


 遠く離れたかのイギリスの地から、エレンは祈る。

 新たに交差する姉の運命の行き先に、加護があることを願って。






初作品です。誤字脱字報告、または感想・批評等あればぜひお願いします。最低週一投稿を目指していますが、都合で出来ない際は逐一報告いたします。

【追記:三月八日】加筆修正しました。

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