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第百十七話

第百十七話、投稿しました。私の都合で大変お待たせしてしまいました、申し訳ありませんでした。

次回は大丈夫だと思います。koutoriウソツカナイ。

 ────強烈な記憶とは、真に迫る『経験』である。

 己のキャパシティを揺らがせる程の、極度の恐怖・昂奮・冷静の狭間である。


 記憶とは、動物が生きる上での確固たる力だ。

 その点において、被験体『ビリー』の、その卓越した記憶能力が最大限に発揮されうる瞬間は、殺人を犯した時にこそと考えられる。


 元の人格として基盤となるステファニー=ベイカー、(別称エトー)は、事件当時(事件概略は別資料にて記載)に、既に母親とその使用人及び同居者を一人一人殺害して回り、惨殺死体をまるで外から内から眺めるようにして並べていた。(資料画像A添付[屋敷と思しき邸内が夥しい血溜まりに沈んでいる写真が貼附されている])


『ビリー』の現在の多重人格を構成しているのは、ベイカー家の屋敷に居住していた全員との記憶であり、彼らに与えられた死という『経験』である。

 盆に水を注ぐが如く、一度溜まりきったら捨てるのでなく、〝そのまま次の盆を用意するのだ〟。『ビリー』の優秀で、人間という種としては突然変異的に発達した生物能力が、それを許容する。

 己が身に沁みついた殺人の感覚と同時、血肉、筋肉、血管、繊維の一本一本をじっくりと観察をすることで、それを成しえる条件とする。

 卓越したこの本能的学習能力は、こちらからの介助及びアプローチによって、より短期間で精確な働きを得ると思われる。

 

 すなわち要約すると────『ビリー』には、自身が殺した人間の生前の姿を限りなく模倣し、新たな人格として発現する『習性』がある。さながら殺された人間の業が『ビリー』に乗り移るかのように。

 己の身に彼らの血肉を承継し、コピーすることが出来るのだ。


 なんと素晴らしい。こんな人類は、未だかつて存在してこなかっただろう。


 ……生物とは、かつての生存競争とは、弱きものは漏れなく廃れ、滅び、強者だけが凌駕する力の蔓延る世界であった。

 適者生存という言葉がある通り、環境とヒエラルキーに対抗し、各々の種が飛躍的進化を遂げた。

 ある者は陸に目を付け足を生やし、ある者は木々から木々へ渡る術を得て、ある者は翼を持ち空に飛び立った。

 その偉大にして崇高たる進化の根幹を、僅かながら『ビリー』は現人類以上に有している。生物が生き延び、そして他者と勝つための闘争本能の権化とも言える、新たな人類の可能性を秘めているのだ。


『ビリー』のこの習性は、そんな生存競争の時代から先祖返りした、生きる遺物────『生物競争の原点』であると言えよう。


 人類史上最高の被験体と、現医学界最高の権威を誇る求道者(わたし)

 この素晴らしき潜在的能力が、ただの多重人格者(キチガイ)如きとして埋もれ、葬られてしまう前にこの私に引き合えたことは、人類史においてこの上なく幸運なことであろう。

 私であれば、その奇跡のような能力を実践段階にまで引き上げることが出来る。

 完璧な生物兵器として稼働実験を推し進めることも、このムゲンループという実験場は好都合だ。更にそのための素材提供も、ネブリナが用意してくれるだろう。

 この世の全てが、私の行いを祝福してくれているかのようだ。


 我が悲願のため、絶対に成し得てみせよう。



 そして最後に。我ら親娘の、この奇跡的な邂逅に乾杯を。



 ────グーバ=ウェルシュの手記より抜粋。



◆◆◆



 ニーナは三十と言ったが、当たらずも遠からず、正確には三十六名の編成でその小隊は組まれていた。

 彼らは一年程前の、グレイシー=オルコットによる謀反の際にも活躍した、鎮圧に特化したネブリナ秘蔵の部隊であり、ネブリナの戦闘能力を象徴する一部隊であった。

 

 そしてその時、『彼女』とは一度会った。

 と言っても、あの時はフリークチームの死体を前に、何をするでもなく、まるで電池が切れたかのように呆然と立ち尽くしていたところを押さえ込んだにすぎない。


 だからこそ、彼らは知らない。

『彼女』が、正真正銘の化け物であるということを。


『ば、馬鹿な! なんだあの動きは!!』

『クソッ────撃て撃て! この化け物を撃ち殺せェ!!』


 縦横無尽、自由自在に赤い影がこの地下駐車場を飛び交う。

 柱の陰から、車の陰、そしてまた柱へと。滑り込み、飛び込み、壁や天井を跳ね返るようにして激しい弾幕の応酬を意にも介さずに避け続けている。障害物を上手く盾にする形で交錯する射線を浴びないよう身を捩り、見事に振り切っていく。


 ニーナを追い詰めるために中央近くを陣取っていたのが、仇となった。そんな失態をあざ笑うかのように彼らを中心に円を描いているが、決して間合いを取って避けているだけではない。

 ゆっくりと、しかし確実に、その円の軌跡は狭くなっていく。渦を巻くようにぐるりぐるり、じわりじわりと這い寄ってくる。


 その中心しゅうちゃくてんは────自分達だ。


『催涙弾は!?』

『し、しかしターゲットが……!』

『馬鹿か! 鴨撃ちがしたいんなら尻穴にでも詰めちまえ!! 〝先のことより今だ〟! 弾切らしてでもこいつを仕留めろォ!!』


 ヒョオオオと吹きすさぶ風のような、身の毛がよだつ笑い声が銃声とともに反響し合う。

〝そう、笑っているのだ〟。散弾飛び交うこの戦場を、嬉しそうに駆け回っている。

 あたかも死神が、己の獲物を品定めしているかのように。


『いいか、いいか! 「次」だ! 奴の動きには数秒の休憩インターバルある、次で仕留めるぞ! 弾丸を避けてもこれは避けられまい!』


 いくら人外めいた動きに翻弄されても、その鋭気はまだ死んではいない。

 目標の始末マンハントが一転、化け物退治クエストになった。たったそれだけの事。

 熊や虎でも、撃たれればそれまで。生物であることを忘れなければ、少し素早いというだけに過ぎない。


 そしてそのタイミングは訪れた。


 動き通しであったためか、ついに旋回を止め、近くの車の陰に潜んだのだ。


 この機を逃すわけにはいかない。


『今っ────!』


 だが、それは一足遅い。『彼女』の動きが、僅かに勝った。


 彼らは、受け付け難いその光景を目の当たりにする。


「────ゴウッッッッッッッ!!!」



 襲い来る────〝いや、こちらにボーリングのボールよろしく突っ込み転がり込んでくる、一台の乗用車を〟



『う、お、あああァあぁあッ!!』


 直後────けたたましい轟音が迸った。

 ボーリングの例を続けるなら、車がボールで部隊員達がそのピンか。

 練熟を遂げたプロの、何とあっけないことか。


 もはやその光景は、筆舌に尽くしがたい。現実離れも甚だしい。


 自分の目がおかしくなったと思うことだろう。

 頭がイカレてしまったと思うことだろう。



〝一人の女らしき人間かいぶつが、五百キロはゆうにあろう乗用車を蹴り飛ばし────挙句の果てに、二百キロはある大型バイクのタイヤの部分を引っ掴み、ブウンブウンと片手で振り回しながら近付いてきているのだから〟。



『あ、あ……ば、「ばけ、もの」……』


 車の衝撃に吹き飛ばされ、地に伏した一人が、恐怖に声を震わせた。

 彼の目の前で、その一匹の化け物は手に持っているバイクを振り回すのをやめ、ぴたりと足を止めた。そして、じいと無機質な目が見下ろす。


 叩き潰されるか、吹き飛ばされるか。

 そう分かっていても、動けない。杖でもないのに、火器がなければ足さえ竦んで立てやしない。


 彼の中には、死が込み上げていた。

 強者が弱者を蹂躙する際の、生物の生き死にとして真っ当で、根源的な死の恐怖がこの時はっきりと浮かんだ。


 しかし────彼が想像した死と実際は異なり、そして想像以上に残酷であった。


「…………」


『彼女』はバイクを両肩に担いだかと思うと────〝跳んだ〟。

 五、六倍ほどの重量となった自分の身体を、軽々と宙に舞わせた。


〝そして約三百キロはあろう重量で放たれたキックは、彼の鳩尾に文字通り『めり込んだ』〟。

 骨の粉砕音と、血肉をかき分ける水音。

 いっそ振り下ろしたバイクに潰されればまだ救いがあっただろう。薙ぎ払われ、吹き飛ばされて壁に叩きつけられれば死にまではしなかったかもしれない。

 しかしバイクを振り下ろすのとはわけが違い────このキックは謂わば、約三百キロの重量のある針である。


 胸骨が砕け、筋肉が突き破られた。

 破壊的な足蹴は体の中心を真っすぐに貫き、風船のように心臓をも容易く踏み潰してしまった。悲鳴すら上げる間もなく、彼は絶命した。


「……ごめんね……」


 後には、盛大に血みどろが飛散しているだけであった。

 勢い良い返り血は頬をかすめ、その臭いにすんと鼻をすする。


 こびりつく。まとわりつく。

 自分で殺した人間の、今まさに死にゆく感覚が────


「でも、私を殺そうって言うんだから────ま、しょうがないよね?」


 三十余名に対する、たった一匹の怪物による虐殺は続く。



◆◆◆



『────……今日朝方起きた、ショッピングモール近くの住宅街路上のパトカー襲撃事件についてですが、消防庁によりますと、乗車していた警官三名が死亡、三名が病院に搬送されており、重傷です。これを受けて警察は、近隣住民に外出に特別警戒を呼び掛けており────」


 ニュースは、淡々と今日の日を報告する。

 今日も変わらない、日々の繰り返しの余興を謳う。


 しかし、聡い者は感じ取る。

 街に、そして日常(みぢか)に忍び寄ろうとする昏い影を。


「一体、何が起こってるの……」


 近隣一の豪邸と言ってもいい家のリビング。

 大宮紫子は、年の功からの虫の知らせか戸締りをキチンと確認した家の中で、不安げにそのニュースを眺めていた。

 彼女の胸騒ぎを裏付けるのは、とある別の交通事故のニュースだ。


 紫子は、蔵石健馬という名前を知っていた。

 あまり派手な物事を好まないタチであった紫子は、かつて一度、息子である清道に頼まれてパーティに参加したことがあった。

 出席した数々の財界人と、政界の官僚、紫子も知る芸能人を清道から紹介され、様々な人と挨拶を交わした。

 清道の仕事に関して、紫子は詳しくは知らない。しかしこうして立派に成長し、一流企業の社長にまで昇り詰めた我が子を誇らしく思っていた。パーティに参加したのも、そうした思いがあったからである。


 そしてその時、清道の秘書である蔵石健馬の名前もあったのだ。

 若いながらも丁寧な物腰で、名刺まで貰ったため覚えている。


 その彼が、事故を起こし重傷。


「清道……」


 健馬のことももちろん、息子の安否が彼女にとって気掛かりであった。


 そんな彼女に、一匹の犬がじゃれた。

 モモタロと名付けられた、ポメラニアンの犬。どことなくその鳴き声は、心細げに聞こえた。


「あなたも心配? モモちゃん」

「くぅん」

「そう……でも大丈夫よ。清道は、きっと……」


 紫子は、その柔らかな耳と頭を毛の流れに沿って撫でる。



 そして────突如として、ゆっくりとした鐘の音の呼び鈴が鳴った。



◆◆◆



「……んなのはどうでもいいんだよ、バカマスコミが」


 所変わって、某ネットカフェの一部屋。

 机とソファ以外の設備の無い部屋で、デスクには備え付けの他に持ち込んだ多様なパソコンの液晶が所狭しと並んでいる。

 某検索エンジンのトップニュース、今日のニュース番組の動画、掲示板やチャット、パソコン以外には新聞や雑誌など、あらゆる今日一日の情報に手を伸ばした状態だ。


 そんな部屋の中で、『彼』は実につまらなそうな声色で、独り言を吐き捨てる。ちょうどスマホで流していたニュース番組に目を向けた時だった。

 様々な方面にアンテナを張っても、めぼしい情報は無い。


「少年Aとか未成年保護とかって奴か? はっ、くっだらねえ。犯罪やってる奴はみんな晒しちまえばいいんだよ。清々するわ」


 当然、その声に応える者はいない。

 部屋に陣取る『彼』は、ソファにもたれそんなことをうだつく。寝不足を示す、眠気の籠る深々としたため息。


「ってか警察も使えねーなぁ……『あいつ』はぜってぇーその辺りにいるぜ。すぐそばを素通りすんのを楽しんでるに決まってんだから、ゲームみたいにな」


 そう言って目をぐしぐしと擦っていると、そんな時、机上のスマホがバイブで微動した。

 そのおかげで少し目を覚ました『彼』は、手に取る。


「もしもし────ああお前か。うん、ああ」


 それは『彼』の知り合いの番号であった。


「おう、そうだよ……あ? 名前忘れただぁ? バーカ、何回言や覚えんだお前は」


 何度かの応答を交わしてから、『彼』は呆れの息を吐き、


「いいか? ────〝『柳月祈』と『相川拓二』だ。名前でもいいからその二人を見つけたら俺に教えろよ、分かったな〟?」


 その手の中で弄ぶ銀のロザリオが、チャリと音を立てた。



◆◆◆



「おう、待たせたな」


 清道が、祈に対し声を掛ける。その片手には大きめのアタッシュケースを持ち、ホクホク顏で歩み寄る。

 彼らが今いるのは────


「この銀行に、何かご用が?」

「ん、まあもしものための対策をな……ほれ、ぶつけりゃ痛そうだろ?」

「はあ……」


 すぐ最寄りで開いている銀行にふらりと立ち寄ったかと思うと、その待合場に祈を置いて、清道はその支店の責任者らしい銀行員とともに受付奥の裏手へ行ってしまっていたのだ。 

 そのまま数十分待って、ようやく清道は姿を見せた。一体何のやり取りがあったのか、彼に礼をする銀行員は丁寧さと伴って緊張で肩筋が強張っているように見えた。


 銀行を後にする清道。その背中を祈が着いて行く。


「……あの、これからどうするのですか? いつまでもこのままでいるわけには────」


 そう言いながら、銀行から外に出た。

 その時。



『オオミヤ・セイドウ。そしてリュウゲツ・イノリ、ですね』



 それは、突然のことだった。

 事故現場から離れるようにして逃げ惑っていた清道と祈。

 依然危機的状況の彼らは、極端に人通りの少ない道を避けて動いていた。見つかるリスクはあるが、誰の目も無いところではもし何かあったらその時こそ洒落にならない。


 そして────その予想は悪い意味で当たってしまったようだ。


「あ、貴女は……」

『どうぞ、お乗りください』


 突然に、彼ら二人の目の前の道端に停まった黒塗り窓ガラスのハイエース。

 祈には、その助手席から降りた女性に見覚えがあった。


 そう、拓二と桜季が激突したあの日────祈にベッキーと名乗った少女の傍らに、部下として控えていた女性だった。


『────出来るだけ手荒な真似はするな、と厳命されていますので。ご協力くださると助かります』


 開いた後部のドアには、やはり一度見たら頭から離れない、口を糸で縫い合わせた屈強な男達が数人、その爛々と血走った目を覗かせた。



◆◆◆



 そして────


『……えっと、タクジ、お兄ちゃん……?』


 ベッキー……もといベローナは、困惑の声を上げた。

 突然現れた、一人の少女────いや、少女となった拓二に対し、驚いたのだ。

 何故なら、


『……フム、妙だな。貴様は……マルヤマビル駐車場にいるはずでは?』


 グーバの言う通り、拓二はニーナと共にマクシミリアンの後を追い、地下駐車場にいると彼らは考えていた。

 と言うより、本来最初からそういう計画だったため、ベローナ同様、グーバにとっても拓二の出現は予期せぬことだった。


 異様な感覚が、その場を過ぎる。

 何か……何かが食い違ってしまったかのような違和感が。


 眉根を寄せながら、元凶(グーバ)は尋ねた。


『それにその格好は……』

『俺には、前から決めてたことがある』


 しかし拓二は、グーバの言葉を首を振って遮り、


『だからこれは別に裏切りじゃない。〝言うならこれは、ただの予定調和だ〟』


 そして、ごく自然と────〝一丁の銃を取り出し、突きつけた〟。



『〝俺の目的は俺以外のムゲンループの住人。俺を邪魔するムゲンループの住人は、全員殺す〟。俺の目の前を阻む奴も、そして俺の横に並ぶ者も────みんな、みィんな俺の敵だ……!』



 それぞれの群像劇は、渦を巻く。

 この先訪れる、一つの中心点しゅうちゃくてんへと。






初作品です。誤字脱字報告、または感想・批評等あればぜひお願いします。最低週一投稿を目指していますが、都合で出来ない際は逐一報告いたします。

【追記:三月十八日】加筆修正しました。

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