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第百十一話

第百十一話、投稿しました。ここからどんどん登場人物が増える予定です。

「…………」


 鳴り響いた銃声は────祈の命を奪うものでは無かった。


 春の空を震わす程に轟き、火を噴いたのは拓二の持つ拳銃ではなく、それは手を離れ、あっけない軽い音を立てながら地を滑った。

 代わりと言うように、手首が包帯ごと赤黒く染まり、擦れ飛んだ肉から血が滴っている。


「────何だ……?」


 自分は撃ったのではない、〝撃たれたのだ〟。

 それも、祈の仕業ではない。横から流れてきたかのように掠めた銃創だ。まるで、手持ちの凶器を急いで弾き飛ばした時のような。


 拓二は、相応の痛みがあるであろうにも関わらず、眉根一つ動かすことなく、静かに自分が撃たれた方向へと視線を滑らせた。


「これは……」


〝そして、気付く〟。


「────相川拓二君! 今すぐ、両手を挙げなさい! こちらを向き、抵抗せずこちらに来なさい!!」


 ……私服警官を含め、ざっと二十程だろうか。

〝自分を中心とした輪となって、四方をあっという間に囲んでいる〟。


 確かにここは、広い公園だ。ここから見渡してみて、見えない死角は少なくない。


 姿を眩まし、言い逃れのしようが無い捕縛の機会を得るために都合の良いこの場所を選んだ……にしても今まで、これだけの人数が気取られないよう息を潜めて、自分を泳がせていたのか。


「繰り返す! 相川君、両手を挙げなさい!」


 なるほど、以前見た手だが……前とは違い、逃げ道は塞がれている。

 動物園の檻から逃げ出した虎よろしく、かなり厳戒な態勢で身構えている。包囲の間を通り抜けようとするのは難しいだろう。


 取り押さえに来るだけならともかく、つい今しがた、牽制の一手間さえ省いて真っ直ぐに狙撃されたのだ。突破するにしても、少しでももたつけば次は足を撃たれてもおかしくはない。

 そう感じさせる程の、緊迫し、張り詰めた空気感がこちらにも伝わってくる。

 優位が一転、追い詰められていたのはこちらだ。


 しかしここまでの人数を、如何に前もって集めたのか。対応が不自然に早過ぎる。

 少なくとも前回のような、『一人の未成年による未遂の犯罪行為に対しての通報』などでは、到底間に合わない数だ。


 ……いや、これだけの警察の人間を動かせたのは、単に祈によるものか、それとも────。


「……フン。どうやら闘う準備はしてきた、といったところか」


 思考を巡らせた拓二が、ポツリと声を落とし、呟く。

 祈は唇をぎゅっと引き結び、じっと押し黙ったままこちらを見据えていた。


 業を煮やした警官の一人が、威圧的に叫んだ。

 全員が全員では無いが、彼を含めた数人が銃を拓二に構えている。彼ら大勢の眉間に刻んだ皺の間には、細い汗がじわりと張り付いていた。


「おい、聞こえているのか! 両手を挙げろと言ってるんだ!!」

「……フム」


 まさに、一触即発。

 何かの弾みで事態が揺らぐ、無風真空の息苦しさが漂うこの鉄火場。

 一秒、一秒と鈍い時間が経過していく。


「……なら、こうしよう」


 そんな、一瞬の気の緩みも許されないこの場面で────



 ────〝拓二は、その両手を静かに掲げてみせた〟。



「!! 確保、確保だ!!」


 まるで堰を切った濁流のように、その瞬間、拓二の元に警官達が一斉に押し寄せた。

 大人達の怒号が群がり、一凶悪犯の押さえ込みにかかる。


「痛っ……ああクソ、少しは丁寧に扱ってくれ……」


 拓二は多数に無勢とばかりに、何の抵抗も出来ずに地面に叩き伏せられていた。人数とはそれだけでも恐ろしい力で、抵抗などという言葉など頭から吹き飛んでしまう。

 観念した未成年の高校生相手でも、そこに容赦は無く、そして肉薄した一瞬で、纏められたその両手首に、八の字形の冷たい手枷が嵌められた。


「……!」

「はい捕まえた!! お前今捕まえたからな! 動いても意味無いぞ分かってんな、分かってんなオイ!」


 興奮の熱冷めやらぬといった調子でまくし立てる警官達。「おい時間見ろ時間、時間記録しろ誰か!」と誰かが叫ぶと、「手ェ取ったぞ、現逮だ! 連絡入れろ!」「こいつヤクやっとんぞ! こいつヤクやっとんぞオイ!」と返事にもならない怒声が飛び交う。


 すると快哉の雄叫びというように、遠くで控えていたらしいパトカーのサイレンが鳴り響く。


 引っ張り上げられるようにして立たされた時には、身の丈よりも一回り大きな羽織物の服を被せられ、ガクンと頭を押さえ付けられ、その流れるような手順に声さえも出せなかった。

 目深なフードは、この姿勢の強要もあって、足元以外の視界を遮る。近くでこの一部始終を見ていたであろう祈も、外の景色も、何も見えない。


 ……そうして、拓二の身柄を乗せたパトカーは、ランプを灯らせたまま、すぐさま走り出していった。



◆◆◆



「あの……流石に男三人座るのはちょっと狭くない? 出来たらどっちか、別のところに行ってくれたらなぁと」

「黙れ」


 車は比較的ゆったりとした走行で、公園から離れていこうとする。正面に別のパトカーが、そしてフロントミラーから、後続のもう一台がちらりと覗いた。

 そして、無線はそれぞれの車同士で連絡を取り合っているようで、ひっきりなしに通話が聞こえてくる。

 この車は、前後に一台ずつ挟まれた大掛かりな厳戒態勢だ。まるで拓二を護送するかのように。


 さて、そんな拓二はというと、彼らの中でも一際ガタイの良い、彼よりも腕っ節が立ちそうな警官二人の間に挟まれるようにして、手錠はそのままに、後部座席の中央に座らされていた。


「あとこれ……手錠っていつ外してもらえるんです? 流石にずっとこのままってことは」

「黙れって言ったのが聞こえなかったか?」


 拓二がいくら話し掛けても、このように、端的な威圧で封殺する。聞く耳は一切持たないようだ。例えば今ここで尿意を伝えても、この場で漏らせと言い出しそうな次第だった。


 それを聞いた拓二は、がっかりした表情になり、大げさな息を吐いて上体をうなだれさせた。逃げられない、どうしようもないと悟ったような素振りを、両脇と前部座席の四人にアピールする。


 しかし、誰の目にも死角になる所へ隠したその顔は、絶望の表情とはまるで真逆────至って冷静に、機知を目に鋭く光らせた確固たる表情を浮かべていた。


 ────警察、か……。

 ────まったく、実に優等生らしい解答というか、芸の無い奴というか。

 ────〝それぐらい、何も対策して無いとでも思ったか〟。


「……? おい、何だ。どうした」


 その時、それまで順調に走り続けていたパトカーの列は速度を緩め、停車した。

 前方を走っていた一台が、突然立ち往生を始めたのだ。それもおかしなことに、住宅地の一車線とは言え、道のど真ん中で。

 後続に続いていたこちらも、一旦止まらざるを得ない。


 助手席に腰掛けた警官が、無線から聞こえてくる声とやり取りを交わすと、


「下水の工事看板、のようですね……」

「工事だと……? 変だな、この近辺で工事作業なんて無かったはずだが」


 そんな当惑したやり取りの時、後部座席では、片隣りの警官が拓二の背をポンと叩いた。


「……おいお前、さっきから何を屈み込んでる。腹が痛いのか?」

「んー」


 それに対し、拓二は────



「〝逃げる準備〟」



 その言葉が皮切りだった。

 次の瞬間────〝車内が爆ぜた〟。


 いや、爆発と錯覚するかのような衝撃と轟音、破砕音が響いた。この世の騒音全てをひっくるめた大音量が襲いかかったかのようだった。


「あぐぁ!?」

「ぎっ!」


 窓ガラスの砕ける音、座席の破壊音、鉄の弾くような音。ありとあらゆる音が、狭い車内に反響した。

 けたたましい音の襲撃の中で、屈強な男達の、声にもならぬ悲鳴がひっそりと折り重なる。


 地獄のような阿鼻叫喚だった。

 何秒とそれが続き────音は止んだ。


「う、く……」


 何事か非常事態の起きた中で、拓二は生きていた。

 強い耳鳴りに苦心しながら、丸めた身体を起こし、視界を上げた時────目の前の光景は、天地変動の地獄絵図と化していた。


 窓と呼べる窓は、フレーム枠ごと食い破られたかのように粉砕されていて、外気がすっかり筒抜けだ。その上バンパーは爛れてひしゃげ、ボンネットは上向きに開かれ中から煙を上げている。通話の飛び交っていた無線が、耳障りなノイズを吐き出し続けている。

 もはや、このパトカーがパトカーとしての機能を果たすことが無いことは明白だった。


 そして────もはや車内とも呼べない鉄塊の中にいた周りの警官達は、既に絶命していた。

 死んでいると一目で分かる、凍りついていくその凄絶な死相と、胸元から上にかけて、血の噴き出した無数の穴の跡。


 拓二はそれが、銃痕だとすぐさま分かった。

 座席に投げ出された自身の身体を支える力は、もう無い。

 この鉄の棺桶の中に、自分以外に生きている者はいない。


 死屍累々を確かめた拓二は、意識した途端強く臭う血の臭いと、立ち昇るエンジンの焼けた粉塵に鼻を覆い、背中に降りかかった粉々のガラス片を振り落としてから、



『────ニィイイイイイイナッッ!!』



 腹を押し潰さんばかりの勢いで、そう叫ぶ。


 すると、全身全霊を迸らせたその叫びに応えるように、鉄の板同然のドアがバキリと音を立て、もげた。


『────お呼びで、ご主人』


 そんな声とともに、開かれた外から、こちらに向けて手が差し出される。

 拓二は深々と息を吐き、手錠で束ねられた両手でその手を取った。


『……派手にやってくれる。死ぬかと思ったぞ』

『貴方はこんなところで死ぬようなタマじゃないだろう……さ、ご主人。手を』


 その手の正体は、焼けたよう茶褐色の肌色をした、十七、八くらいの齢の少女のものであった。

 ラフで動きやすそうなシャツにフードのついた黒いパーカー、スポーツパンツの姿────それに対し、拓二を掴む手とは別に、肩口から紐で通し、逆の手に固定されて収まっているその機関銃は一見してミスマッチな様相を呈していた。


 その得物の銃口は、火を噴いたばかりの硝煙のむせる臭いが立ち込めていた。

 躊躇いなく司法に剥いた、その牙の威力を物語るかのように。


『まったく……戯れが過ぎる。ここまで何度、引き金を絞りそうになったか』

『はは、それは済まなかった』


 少女は、その細腕に見合わない力で拓二を車の外にグンと引っ張り出す。

 よくよく見れば、野生のカモシカを思わせるその細長い手足は、アスリート同様鍛え上げられ、引き締まった筋肉の発達が窺えた。


 邪魔にならないよう一本で括った長めの黒髪を、こくんと揺らして彼女は問うた。


『それでご主人、さっきの怪我は……』

『かすり傷だ。こんな左手(ポンコツ)、惜しくもなければ痛くも痒くも無い』


 今も血の滴りが続く左手を見てか、心配げに発したその声に、拓二はあっさりと首を振って答えた。

 事実、彼の左手は今や────肩の傷がさらに悪化し、痛覚を含めた全ての感覚が消え失せてしまっていた。いや、最初は腕ごと壊死しかねないと言われたところを、奇跡的な運と治療で動かせるところまで持って行けたと言うべきか。


『手を伸ばして』と言われ、拓二は結ばれた両手を伸ばす。

 少女はピンと張った錠の鎖に、新たに取り出した拳銃の銃口を下向きに押し当てて発砲した。甲高い破壊音が響き、鎖は容易に引き千切れた。


『……ふぅっ、いやご苦労だった────助かったよ、ニーナ』


 すっかり自由になった両手をぶらつかせる度に、両手首にくっ付いただけとなった錠と鎖がチャリチャリと音を鳴らす。


『……でも、目標は取り逃がしたけれど。これも想定通り?』

『構わない。あいつもまた、そう簡単に死んでくれるタマじゃないのは分かってたからな。まずは顔合わせだ』


 注意深くその様子を覗き込むニーナと呼ばれた少女に、瞬き一つせずに事も無げに言う拓二は、首を鳴らして続けた。

 手を撃たれたというのに。一度警察に捕まったというのに。死にかけたというのに。


 ────まるで単なる前座だと言わんばかりに。


『それに案の定、柳月祈よりも先に潰しておくべき「番犬」があちらにいるらしい。〝言い換えれば、柳月祈を殺るならまずはそっちから、だ〟。それが確認出来ただけで十分』

『「番犬」』

『ああ。俺達の目標は柳月祈だけじゃない。ゆめゆめ忘れるな、〝ここからが本題さ〟』


 振り返った彼は、愉しげに笑っていた。

 ひたすら無邪気な子供のように。


『────付いて来い、ニーナ。俺にとっての「番犬」はお前だ。お前がいれば、俺はどこまでも行ける』

『…………』


 ────俺とともに来い、ニーナ。俺がいれば、お前はどこまでも自由だ。


 鮮明に去来するかつての言葉に、一瞬、この目の前にいる男と初めて出会った時を思い出した。

 それは、彼女の運命を永遠に変えることになった、決定的な瞬間。


 思わずパチクリと瞬きをしいしい、ほうと開いた口の中で舌を迷わせてから、


『……仰せのままに、我が主様』


 ────まるでその様は、拓二に寄り添い伸びる一本の影。

 ニーナという黒褐色の『番犬』は、恭しくこうべを垂れ、その後に付き従う。






初作品です。誤字脱字報告、または感想・批評等あればぜひお願いします。最低週一投稿を目指していますが、都合で出来ない際は逐一報告いたします。

【追記:一月十二日】加筆修正しました。

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