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第九十七話

第九十七話、遅ればせながら投稿します。大変お待たせしました。もしかしたらまたこういうことがあるかもしれませんが、その時は同様に前書き及び活動報告にて連絡いたしますので、よろしくお願いします。

次話である第九十八話は早い投稿になると思います。

 拍手。

 一面の拍手が一つの大きな手となって、ゆっくりと舞台を隔てる暗幕が持ち上げられた。


 照明の光の中に現れた四人の奏者は、それぞれのポジションで立ち尽くしていた。その輪郭には影が落ち、彼らがどのような表情をしているかは観客席から判別がつかない。


 どこかから、まるで歌舞伎の大向こうのように夕平を呼ぶ声が飛んできた。その後、暁の名前を合唱する黄色い声援が次ぐ。

 それは、駆けつけたクラスメイトの応援だった。その呼び掛けに、夕平は芸能人ばりに気取って手を振り、暁は微妙に持ち上げようかどうか迷った感じに手を上げ、照れたように顔を俯かせて応えた。


 拍手が鳴り止む頃、ダンとドラムが地を踏み鳴らしたような音を響かせた。

 続いて、センターのマイク前に位置取った夕平が、ベースに添えた指を軽く遊ばせる。ジャン、ジャン、ジャランと、手の中に収まる楽器(ぶんしん)の調子を確かめるために。有り余る感情の噴出を今か今かと内に堪えたそれは、ただそれだけで空気が重く小刻みな振幅を描いた。


 その準備の間、舞台の上以外僅かな物音も光も無い空間が生まれていた。

 あの光源の灯火が、いつ燃え始めるのか。外の雨足もそれを座して待つかのように何時しか弱まっているらしかった。


 やがて────体育館中の全意識が収束するその中心で、最後の合図の如きキーボードの単音が鳴った。 意識の研ぎ澄まされた空間を、暁が緩やかに貫く。

 長い長い一本の音は、すううと徐々に宙に溶け入っていき、そして静かに掻き消える。


 そして次の瞬間、四人の音の重なり、その奔流が満を持して紡ぎ出された。


 音を跳ねさせるドラムと流れを形取るエレクトリックギター。そしてこの曲には本来存在しないオリジナルのキーボードパートが、トリッキーながらも主張し過ぎず控えめに丁寧に、他の楽器と協調し自身を絡ませている。


 普段は体育のダンスの授業か学校の式典にしか使われない壇上(スタンド)に、メロディーに合わせてバックダンサーのようにくるくる動く、チープな赤青黄のライト。


 その中央に陣取るベース兼ボーカルの夕平が、マイクにキスするような距離に口を寄せた。


『軋んだ想いを 吐き出したいのは 存在の証明が他にないから……』


 曲は、題名などいちいち説明する必要の無い程、日本を代表して有名なロックシングルであった。

 有名アニメのオープニングにもタイアップされ、オリコンランキングでは十を超える回数登場している、まさに名曲。

 初めの弱起(アウフタクト)から徐々に力強く駆け上がっていくそのアップテンポと、曲そのものを象徴する気持ちの良いシャウト。


『掴んだはずのー僕の未来は 尊厳と自由で矛盾してるよ……』


 文化祭のバンド曲、その一曲目としてこれ以上なく相応しい、夕平が選んだ演者観客共々『ノレる』楽曲である。


 事実、夕平のその声音と聞き覚えのある音調に、聴衆の空気感が彼らの演奏への興味に惹かれているようだった。


 歌っていく夕平の歌唱は、とても巧拙で語るような代物ではなかった。

 そもそもこの体育館の広さを、本物のプロでさえない素人である夕平に、技術一つで賄えるはずもない。


『────消してェーッ!! リライトしてェーッ!

 くだらない超幻そォウ、忘られぬ存在感を!』


 しかし、こと声量に関して言えば、そんな巧拙の後れを無視してゴリ押し出来るだけの自信が彼にはあった。

 バックの三人の音楽を背に、汗を流し顔をくしゃくしゃにしながら力一杯叫ぶ彼は、心から楽しそうで、子供のように生き生きとしていた。


『起死回せェーッ!! リライトしてェー!

 意味のない想像も 君をなす原動力、全身全霊をォー くれよォー……wow……』


 がむしゃらに、ひたむきに。彼は彼自身を主張する。

 俺はこんな人間だと。誰でもない自分はここにいると。


 いつの間にか、曲に合わせた手拍子が観客の方から起こっていた。

 彼の熱気、前を向く活力にあてられ、参加したくなったのだ。今は苦悩も憂愁も忘れて、もっと近くでその歌う姿を見てみたい。


 お互いの距離を縮めようとする皆のその動きを、夕平は肌で感じ取っていた。


 最初のサビが終わってからの三十秒程の間奏に差し掛かると、夕平も同じように手を掲げ、さらに手拍子を促す。


 掴みは上々。始まりにインパクトを寄せる夕平の方針は、間違ってなかった。確かな手応えに、彼ら『ジャカラン団』のメンバーは互いに一度頷き合う。


 二番目の歌詞に入る前に、マイクを奪い合うかのように、ドラムのエイジと夕平の二人が合わせての雄叫びを轟かせた。



◆◆◆



「……始まったか」


 その音は、体育館の外まで離れた拓二の耳にも届いていた。

 拓二は一人、誰とも知れぬ呟きを静かに漏らした。目を閉じ、遠くて途切れ途切れに掠れた音をしっかりと聞き遂げていく。

 目下の拓二の敵である『ジャカラン団』の出し物は、彼の出番よりも数団体分早かった。


 夕平達の取った答えは、極めて王道。捻りもないシンプルに、その思いの丈をぶつけに来た。

 彼なりに工夫もしただろう。どうすればと苦心したことだろう。そうした試行錯誤の中で、自分のやりたいことを誰かに共感してもらおうというのは、正しく表現者の姿勢であった。


 そう、それは確かに正しい。他人に評価してもらう表現に、それもこの文化祭との合同開催という行事において、奇をてらおうとするのは逆効果だ。

 また選曲も悪くない。今聞く限りでは、想像以上に練度も高い。前々からやっていた趣味道楽としての技術があるというだけでなく、夕平本人の真剣味も窺えた。


「……まだ、足りない。まだ、青い」


 そんな夕平に────拓二は、そう結論付けた。

 夕平や暁の努力を、そうした結果である今を聞いてもなお、余裕げに。


「夕平、暁……いのり」


 彼は知っている。負けられない勝負での勝ち方を。

 策を準備し、その上で最適な自分の使い方を知っている。

 勝つための必要な代償。衝動。執着。全て知っている。勝つための道を、いつだって見据えている。


 イギリスでのグレイシーとの衝突も、桜季との死闘も。

 あの時から、してきたことは変わらない。変わらないことをやり続けてきた。

 だから勝てた。ここまで来れた。


 そして今は、それと限りなく近い精神状態であった。


「きっと、驚くことだろうな……お前らは」


 力は、自信に。

 自信は、力に。


 人生の集大成とも言える彼の心は、さざ波一つ無い湖底に沈み込んでいるかのように、不安も無い静謐で確固たるものだった。


「────俺が、本当の『勝負』の仕方というものを教えてやるよ」


 勝つなら、『これ』しか無い。


 疑い無い絶対的勝利を。培われた矜持と覚悟を。

 ────今ここで、魅せてやろう。



◆◆◆



『────Rescue me! Take this hand, by myself, alone I stand』


 音楽祭の進行は、『ジャカラン団』の二曲目の歌に移行していた。


『Rescue me! From this world, from myself  before I grow old,Someone rescue me!! 』


 一日の活力を濃縮したかのような持ち時間の中盤十分を務めるのは、こちらも腹の底からの叫びが特徴的なポッブパンクの名曲。


 駆け抜けるテンポと力の入ったメロデイ。派手にチカチカと踊る間接照明。

 その全てが、今やちょっとしたステージのようなムードをこの場に醸し出していた。


『Save me now, you got to save me now!?』

『『『save me!』』』

『Save me now, someone rescue me!』


 その叫び声は、線が切れたように裏返っていた。

 メンバーの面々が奏でる伴奏は疲れのせいか、細かく、しかし素人目でも分かる程度のミスを幾つか出していた。


 そう、出来そのものを言えば、それは必ずしも完璧ではない。

 しかしそれを冷やかしたり笑ったりするものは、この場に誰一人としていなかった。技術の巧拙は、もはや問題ではないのだ。


『Save me now, you got to save me now!?』

『『『save me!』』』


 夕平だけじゃない。暁やエイジ、光輝三人のメンバーの合いの手や曲そのものの持つ力と同調した場の熱気とムードが、一つの生き物と為していた。

 もはやライブは『ジャカラン団』の手から離れ、演奏している彼らもまた、楽器を触る観客に過ぎないのだ。

 それはひとえに、彼らが未熟だからこそ────そう、商業のプロには出来ない馬鹿騒ぎだ。


 盛り上がる館内のテンションは、何もかもしっちゃかめっちゃかで、夕平達と同年代の若気がごちゃ混ぜになって一つの高みに行き届こうとしているのだった。


『Save me now────someone rescue me!!!!』


 最後に夕平が、指を叩きつけるようにコードを掻き鳴らし、皆で作り上げた躍動を最高潮そのままにピタリと抑えた。

 グワングワンと耳鳴りに近い空気の震えが、残った余韻として広がる。


 全てが静かになり────そして次に、耳を劈く拍手喝采が、この体育館に収まりきらない程に押し寄せた。


 それは、ステージに立つ四人の高校一年生達への賛辞でもあるし、この場で共に盛り上がれた自分達の喜びを体現するためのものでもあった。

 若い同世代を筆頭に、四人に感化された聴衆はその多くが立ち上がり、既にアンコールの掛け声が上がり始めていた。


「ハイハイみなさんちゅうも……ゲッホゲホ! ああアカン、喉死んでるわこれ。オイ、アンコールとか鬼かお前ら!?」


 どっと笑い声が沸く。

 しかし実際、彼の歌った二曲は、盛り上がる分どちらもとてつもなく消耗の激しいはずであるのだが、MCトークを繰り広げる夕平は、びっしょりと汗を流し喉が死ぬと言いながらもそんな疲れを感じさせない。


「さーてさて! 早いもんで、次で『ジャカラン団』最後の曲になっちゃいました。寂しいかお前らー! 俺は寂しいぞー!」


 盛り上げ上手の夕平のトークは、心から楽しんでいるのが誰の目からもよく分かり、素人ながらもサマになっていた。


「そこのきれーなおねーさんも、あっちのムサッ苦しい野郎共も! そろそろ俺の名前、覚えてくれたっすかー!?」


 そう言って持っていたマイクを突き出すパフォーマンスをすると、夕平の名前が一斉に返ってくる。

 サンキューベイベー、と気取った風で夕平が受け答えると、


「え~桧作夕平、桧作夕平でございます。桧作夕平を、どうぞ皆様よろしくお願い致しします」

「選挙始まっちゃった!?」


 と、MCというよりもはや一人漫談を始めようとしている夕平を止めるかのように、夕平のそばにやって来た暁にツッコまれた。


「ほら、時間押してるから! 早く紹介して紹介!」

「ああ、そうだったそうだった!」


 その言葉に脱線しかけていた夕平も気を取り直し、舞台下の客席に振り返った。


「えーっと皆さん! 最後の曲は、何を隠そうメンバー紅一点、そして『ジャカラン団』結成の発起人の、立花暁オリジナルソングになっておりまーっす! そんじゃ、選手交代! ほれっ」

「わ、わ! ま、マイク投げるなバカっ……」


 それまで必死にしがみ付くようにして熱唱を共にしてきたマイクを、あっさり手離す。そして暁のポジションに入れ替わる際、バックに控える光輝、エイジの二人にハイタッチを交わした。


 出来る全てをやりきったからこそ、そして────最後のセンターを託す暁を信じているからこその仕草だった。


「あ、えと……ひ、桧作くんのご紹介にあずかひっ、預かりましたっ! 立花暁です……!!」


 ……当の暁本人は、緊張で噛む程であったが。

 がんばれーとクスクス笑いをこらえる応援に、その肩を縮こめさせる。

 後方に下がった夕平は、やれやれと肩をすくめつつも自分の準備を整え始めた。


「え、ええと……次の曲は、私のオリジナルの曲です。さっきの二つの曲で、桧作くんには頑張ってもらったので……最後は私が……ボーカルを務めさせていただきます……」


 よろしくお願いします、と消え入るような声で言い加える。

 その様子は元気だった夕平とはあまりに真反対で、こちらが心配になってしまう────そんな印象さえ感じられた。


「……私には、ある人に伝えたいことがあります」


 しかし、次にはもう気を取り直した暁は、マイクに向けて口を近付け、静かに話し始めた。

 まっすぐに背を伸ばし、ぐっと持ち上げたその顔は────緊張と不安で押し潰されそうな女の子ではなかった。


「私は口下手で……その時にパッと言いたいことが言えなかったり、もっと別の言い方が出来たら、もっと早く気付いてたらって後になって後悔したり……そのせいで、誰かを傷つけたりしました」


 本当は、最後の曲も夕平に任せるつもりだった。

 本当は、この曲が完成した時まで、自らボーカルとして舞台に立つつもりは無かった。


「伝え直したいことがあっても、もうとっくにその時期は過ぎてて。言いたいのにもう言えないことや、今更怖くて、今っていう最後になってまで出来なかったこと……皆さんは、ありますか?」


 ────貴女は、そういう子だったわね。自己欺瞞と陶酔に浸っては、他者の同情を引いて、哀れな自分を可愛がる。

 ────だから私、貴女が嫌いよ。


『あの日』の桜季の言葉が何のことか、これまで分からなかった。いや、分かろうともしなかった。

『あの日』あの時、確かに自分は言う通りの存在だったから。

 自分では何もしなかった。そんな自分が可哀想だと嘆くことしかしなかった。


 それを、今になってやっと分かったそのことを、言葉にして返事にしたくても、きっともう叶わない。


『あの日』が、桜季との最後になってしまった。もう、桜季とは会えない。それだけは、紛れもない事実。


 でも────


「でも……きっと大丈夫です。間に合わないことなんて、ないんじゃないかって、私は思うんです。何を分かった風にって言われるかもしれないけど……でもやっぱり、『今』は最後じゃなくて始まりなんだって、そう思うんです」


 過去に今の声は届けられない。

 今から過去はやり直せない。


 でも、『今』なら。『今』という時間から、何かを変えることは出来る。

 過去を忘れずに、『今』変えることは出来る。


「今から何かをやり直そうと思ってたり、始めようとする皆さんの勇気の、ほんの些細なきっかけになれたら。そんな思いを込めて、この曲を作りました」


 今はもう、『あの日』のように何も出来ないままじゃない。

 立ち向かわないといけない、現実と。


 ────そう、思ったのだ。



「……挨拶が長くなってごめんなさい。もう準備も出来てるみたいなので、始めさせていただきます。……それでは最後に聴いてください。『ジャカラン団』で、『あの日あの時間とき』」





感想・批評等あればぜひお願いします。最低週一投稿を目指していますが、都合で出来ない際は報告いたします。

【追記:十月三十日】加筆修正しました。

【引用元】(敬称略)

歌詞タイム:http://www.kasi-time.com/item-11846.html(2015年10月25日)

プチリリ:http://petitlyrics.com/lyrics/261456(2015年10月25日)


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