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 番外第十一話:新旧、都市伝説ジャンクション!・後編

番外第十一話、後編を投稿しました。番外では毎回、かなり好き勝手にやらせてもらっています。今回何が特に満足かって、女キャラにセッ◯ス言わせたことですね。イエモチロン、テンカイジョウシカタノナカッタコトナノデスガー。

「安定した人生って、詰まる所分岐の数々なんだと僕は思うんだよね」


 絢爛な装飾が、アンティークシャンデリアによってそれぞれが室内灯であるかのような眩さを見せている客間の一室。

 マザーグースの童話でも読み聞かせているかのような優しい声音で話すのは、指を組んで背を丸く伏せるマクシミリアンだ。


「理解のある親の元で生まれるか否か、素晴らしい友人と巡り会えるか否か、良い学校に行くことが出来るか否か、望む職業に就くことが出来るか否か……そうした、様々な確率の連続。それに、成功し続けないといけない。……マーベル=ブロウンは、そんな中でも能力があって、人並みに運のいい女性だったんだ。」


 彼の言葉はゆるゆると糸目なく続く。

 朗々と語り紡ぎながらも、何故か上滑りすることなく、聴く者を惹きつける響きがあった。


「少なくとも、最後まで順調に確率をくぐり抜けてきた。彼女は本来、何処にでもいるちょっと優秀な弁護士だったんだよ。親の願いの甲斐あっていいとこの大学を出て、夢にしてきた弁護士にもなって、あとは素晴らしい伴侶を手に入れて……ってね」

「…………」


 そんなマクシミリアンの話し相手として相対するのは、口を閉ざしたまま傍に控える拓二。

 直立不動で立ち尽くしたまま、静聴の姿勢を続けていた。


「でもそんな平凡に優秀な彼女でも、相手の男の不貞だけは、どうしようも出来なかった……」


 もやもやとした不透明な感情を外に出すかのように、重たげに息を吐く。

 そして、グググと背を伸ばしてから、ゆったりと背をもたれさせた。


「それまで平凡で順調な生き方をしてきたマーベルは、それはそれは打ちひしがれただろうねぇ。どうしても、大きな分岐での失敗を認められなかった」


 その顔は、全てを分かったような笑みを浮かべて。


「完璧主義だったというわけではないだろう。でも、平々凡々な人生は、それで完全に〝歪んでひしゃげた〟。たった一度の失敗は、それまで積み重ね……彼女自身のアイデンティティーの崩壊だった」

「……たった一回だけ、天秤は『そちら側』に傾いた……だからマーベルは悪くない、って?」

「そうは言わない」


 それまで口を閉ざし、何かを物思う拓二が初めて返した反応に対し、キッパリと告げた。


「僕が言いたいのは、これくらいよくある話だってことさ。『人間は、天使でもなければ獣でもない。だが不幸なことに、人間は天使のように振る舞おうと欲しながら、まるで獣のように行動する』……ってね。巡り合わせ一つで、人は天にも昇るし地にも堕ちる」

「…………」

「その一瞬だけ、彼女は異様に運が悪かった。そしてそんな時に、友達でも宗教でも、縋りつけるものが────助けとなれるものが、側になかった。〝たったそれだけ。それで、この話はおしまいさ〟」


 それに、と言い置いてから、マクシミリアンは静かに拓二に顔を見合わすように向き直った。

 見透かすような、探るような目が問う。


「……むしろ、そう思ってるのは君の方じゃないのかい?」



◆◆◆



『憎い、私は憎いの』


 マーベルの口上は、延々と重たい鉛を吐き出しているかのようであった。


『どうしようもなかった……私は、捨てられて。しかもあの人は周りに……私の親にさえ、私が色情狂いのクズ女だって、あることないこと言い含められてて』

『うんうん。分かる分かる』

『だって、だってだってだってっ! あの人は私を裏切って……私は料理して、洗濯物を取り入れて、化粧も頑張って、だからそれだけで、何の落ち度もなくて……』


 脈絡など、既に崩壊していた。

 相手に伝えるための理性など、人を殺す以前に失せていた。


 手枷に動きを縛られ、椅子に固定されていて、話せと言われたから言葉を発しているだけだ。別に会話であったり、やり取りを欲しているからではなかった。

 出来るものなら、とっくにエレンのことも殺しているだろう。

 子供だろうが、結局は女だ。ならば殺す。


 それが、マーベル=ブロウンの思考であった。


『うんうん、それで?』


 しかし一方エレンは、そんな倒錯した彼女の言葉に、子供らしい好奇心でもってして、耳を傾ける。

 マーベルの感情の錯綜や吹き出す衝動を受け止め、その理解に努め続けていた。

 この閉鎖された赤い部屋に持ち込まれる『お話』を、訓練されたカウンセラーのように根気強く親身に聞き続けていた。ますます、『噺好きの嬢王様』などという剣呑な都市伝説に似つかわしくない。


『それで……それで……』


 呪詛のように紡がれていた恨み言は、ポツリと途絶えた。

 そして、ふと『そのこと』に気付いたかのように、



『────〝憎い……憎いって言葉しか、出てこない〟』



 その言葉に、何の感情も露わにせず、ただ優しくエレンは頷く。


『じゃあいいよ、それでも』


 その瞬間────

 マーベルの中の一線というものが、音もなく吹き飛んだ。


『────誰にでも股を開くアバズレ共が憎い!! 幸せに結婚した女友達が憎い! 若さで男を誘惑するティーンズが憎い!! どうせどいつもこいつも! セッ◯スしたいだけで生きてる淫売のくせにいいイィいいっ!!』


 足を留めた錠が、金属音を立てて揺れる。

 苛烈に轟く怒号は、己の存在を磨り減らさんばかりのものだった。


『私の何がいけなかったの!? 私はどうすればよかったの!? 私は、私は、私は! お父さん。お母さん。ねえ。嗚呼、血が、血が血がちが血が、血が、違、う。う。う。違うの……違う違う違う違うこんなのじゃなくて私はただ幸せにああああアアアああああ!!』


 ガジャガジャと激しく身を暴れさせ、喚き叫び散らす。

 あまり長い時間は持たなかった。すぐに息を切らしたのか、シィシィと彼女特有の音を鳴らす。


『〝私は────私は一体、どこから間違ってたの……〟?』


 息急き切った彼女は、最後に肺の中の空気を絞り出すように呟いた。


『……ふう』


 その全てを聞き遂げたエレンは、息を吐いた。


 澄んだ灰の色に焦げたその瞳は────


『……エレンは知らないよ、そんなくだらないこと』


 ────手にした玩具に興味を失った、子供の褪せた感情を如実に映し出していた。


『でも、今の貴女は間違ってるのは分かるわ。〝エレンが言うんだもの、間違いなく間違ってる〟』


 エレンは、それまでの聞きの姿勢から一転、凛とした口調でそう断言する。

 ぐいと顔を寄せ、目と目が触れるのではと思う距離まで、お互いが近付いた。マーベルが飢えた獣のように唸っても、まるで恐れもしない。


 それまでの少女らしさはふとして消え、あるのはそれを代替して埋めるような────(まが)つ気配。


『あのね、エレンね……人のお話を「見る」のをお仕事にしてるの。色んな人の面白いお話やその身振りに、茶々を入れて反応を見るのが好きだったから。自分のことを語る時って、その人のことがとてもよく見えるのよ』


 囁く彼女は、近くから見るとますます美しい。

 その柔肌のキメの細かさは、宝石の粒を吹き散らしたかのようで、現実からかけ離れた存在感を目に留めさせる。


 しかし────何故か今はその美しさが、狂的な『何か』を深く湛えているように感じた。


『でも、貴女のお話は「見る」までもなくつまらないわ。世の中の、色んなものへの恨みつらみしかない。他人のことも、自分のことさえも……見るもの全てを卑下して歪ませる、貴女の言葉を聞く人なんていないわ』


 まあ、だから売女を皆殺しにしようなんて考えになっちゃったんでしょうけど、とエレンは静かに付け足す。


 顔と顔が離れる。

 エレンは、器用に車椅子を進め、振り返りざまに告げた。


『貴女は何の面白みもない、ただの自殺志願の人殺し。切り裂きジャックの再来なんて、過大評価もいいところね』


 これは、彼女なりの『死刑宣告』なのだ。


『────「救いようがない」。私が言えるのはそれだけよ』


『噺好きの嬢王様』という都市伝説は、最後にこう締めくくられる。



 話を聞き遂げた彼女が気に入らない人間は────永遠に闇に取り込まれるのだ、と。



 突然、血の臭気で籠った部屋の空気が、鈍い音とともに震えた。

 そして、音の波紋は立ち昇る硝煙に包まれ溶け込んだ。


 頰に飛び散った血を、その細指でそっと掬い取り、舌に運ぶ。


「ありがと、お兄様。私の代わりに『お世話』してあげてくれて」


 額の穴からゆるゆると血潮が流れ出る死体の背後、がくりと項垂れた頭の向こう、エレンは彼女の『お兄様』なる者へと声を掛けた。


 女が都市伝説に嫌われた者の一人であるならば、逆に彼は都市伝説に気に入られた者の一人と言えよう。

 彼、相川拓二は銃口を下ろし、目の前で動かなくなった死体にかかるほどの深い息を吐いた。


「でも、どうしてこの人だけ私がやったら駄目だったんだろ? それに最近はお父様、私に『審判』だけさせて殺さないように言ってくるし……」


 対し、目の前の死すら日常だとばかりに屈託無い調子を崩さず疑問符を頭の上に浮かべるエレン。


「お兄様、何か知ってる?」

「……さあ、な」


 拓二は、もう一度胸の内で膨らむ死臭を追い払うように、大きく息を吐いた。



◆◆◆



「君のしたことは間違ってないよ。ムゲンループの住人である君のおかげで、イギリス────ひいてはネブリナの害を一つ取り除くことが出来た。ご苦労様」


 マーベル=ブロウンの死後、つまり切り裂きジャック事件の終結から、二日が経った今。

 拓二の行いを慰めるように、その言葉は柔らかく空を撫でる。


「でも、君は少し尾を引いてるね。殺すことに慣れてないのは知ってたけど」

「なんだか、気が滅入ってるだけだ……桜季の時とは、話が違うしな」

「助けられたかもしれないなんて思ってるなら、思うだけ時間の無駄だよ」

「それは分かってる。だが……」


 そう、人を殺したのは初めてではない。

 初めてではないが……桜季とは違い、マーベルは拓二個人の敵ではなかった。

 もちろん殺されるに足る行いをして、もはや手遅れの精神状態ではあったが────それでも、彼女に恨みも何もなかった。

 理屈は通れど、感情がその域に追いつかない。殺さないとと思うまでの感情が、備わっていなかった。


「少し……考えるところはあるな」

「…………」


 殺さなければいけない、殺すのは間違ってない。


 しかしそれでも、会って間もない人間の『これから』を抹消することへの抵抗は存外深いものだった。


「この際だから、言っておくよ」


 そんな内心を知ってか知らずか、マクシミリアンは話を切り出した。


「今回の切り裂きジャック事件……〝実はね、犯人はマーベルであって、マーベルでないんだ〟」

「……? 何だそれ。一体どういう……」


 それは、意の読めない内容だった。素直に訊き返す。


 その問いを待っていたとばかりに、マクシミリアンは事件の不可解を詳細に説く。


「率直に言って、今回の件の全てをマーベルのせいにするには色々辻褄の合わないところもあってね……」


 しばし言葉を選ぶように間を置いてから、一つの事例を挙げた。


「……例えば二人目の犠牲者とされている、ニコール=スナブズ。彼女の受けた傷の深さや角度、それと動かされる際に持ち上げた時の力の具合から────〝犯人は男であるというのが自然、という検死結果が報告された〟」

「……!」


 拓二はその内容に驚き、佇立の姿勢から一歩だけ身動きし、話の続きを迫った。


「まさか……第三者の模倣犯が……!?」

「模倣……か。その答えとしては、そうであると言えるし、そうでないとも言えるね」

「……?」


 しかしマクシミリアンは、霞を掴むような要領を得ない調子で、


「また同様に、〝マーベルは切り裂きジャックだったとしても、切り裂きジャックはマーベルじゃない、とも言える……〟」

「……謎かけのつもりか? 悪いが俺は、どっかのフリークみたく遊び心は無いぞ。 おちょくりたいってんなら……」


 勿体ぶったような言葉遊びに苛立ちを覚え始めたところだったが、軽く首を横に振って、まあ聞けと言うようにその先の言葉を阻む。


「……切り裂きジャックの真の正体は、もっと深く大きなものさ。マーベルは、そのごく末端に過ぎない」


 そして紡ぎ出す言葉はどこか苦々しげだった。


「知ってるかいタクジ? ジャック・ザ・リッパーの犯行期間は、二ヶ月とも一年とも言われていることを。被害者数も本当は五名ではなく、数十名にも及ぶと考えられていることを」


 まだ拓二にはピンと来ない。


「そしてこの現代において、どうしてマーベルのような連続殺人犯がここまで野放しにされてたと思う? 二世紀前とは違う、捜査技術の比較的発達した英国警察が苦心する理由は?」


 拓二は、徐々に話を呑み込み始めていた。


 マクシミリアンの言う通り、何故切り裂きジャックは犯行から素性にかけてまで、数多い謎に包まれているのか。

 何故マーベルの犯行には、その確実性に対する疑惑が生まれているのか。


 得体の知れない力が、彼らを後押しし、背後で働いているかのように。


 そして、それはつまり。


「『マーベルが犯人じゃないなら、一体誰が』? 『切り裂きジャックとは誰か』? ……〝違うんだよ。事の本質は、そうじゃないんだ。言うなら、『誰が切り裂きジャックになるのか』なんだよ〟」


 それはまるで、選ばれた者を祭り上げるかのように。


 切り裂きジャックは、陰から協力を得て作り出されたイギリスが蓋をし続けた膿そのものなのだ。


「切り裂きジャックという都市伝説の本当の正体は、イギリスに巣食う闇そのもの。未解決であるのも当然、まともに取り合うのも馬鹿馬鹿しい。なんせ、〝誰だって切り裂きジャックになり得るんだから〟」


 マクシミリアンは、黙りこくった拓二を尻目に、独り言のように語り綴った。

 この男もまた、イギリスの薄暗いところに巣食う(むじな)なのである。


「事件そのものは、ちゃんと沈静化するはずだよ。でも、『彼』は死んでない。いつかまた他の誰かが、切り裂きジャックとなって帰ってくるだろう。人々の中に去来する都市伝説(ぐうぞう)である限り……ね」



◆◆◆



「……お兄様。お兄様ったら」


 ゆさゆさと軽く揺さぶられて、ハッと俺は我に帰る。

 ぼんやりしていた目の焦点が、近くで心配そうに見ているエレンを捉えた。


「大丈夫? ボーッとしてたけど……」


 くりっとした双眸が、俺を覗き込む。

 あの『仕事』終わりの直後でも、その瞳はいつも通り純粋で、無邪気だった。

 それこそ『仕事』中に見せた、あの冷酷な雰囲気が嘘か別人のようだ。


「……エレンは凄いんだな」

「? そ、そうかな。えへへ」


 あまりよく分かっていないようだったが、言葉一つで照れて笑うこの少女に対し、幾分か歳を食ったはずの俺はまだまだだ。


 周囲を取り巻く真っ暗闇の中で、これからも彼女は笑い続けるのだろう。


「……あ。そういえばね、エレン、お兄様のお化粧した時の姿、写真に撮っておいてあるの」

「え……あの女装姿を……?」


 自然と、眉がひくついた。

 あんな子供同士の罰ゲームみたいな作戦、出来れば早く記憶から抹消したいのだ。


「うん! だってだって、すっごく似合ってたよ! 女の子みたいで、お兄様綺麗だったもの」

「やめろやめろ、あんなナリだけそれっぽくした子供騙し、お前に言われても皮肉にしか聞こえん」


 マーベルを騙すためとはいえ、あんなもの黒歴史もいいところだ。絶対上手くいくからとまんまとエレンに乗せられてしまったのが運の尽きだ。

 塗りたくられるメイクには、特に苦労させられた。というか、いつバレるかヒヤヒヤした。

 今更ながら、数々の娼婦の裸体を隅々まで(切り刻むために)見てきた女を、よくもまあ上手く誤魔化せたものだ。


「それでねそれでね、お姉様に頼まれてその写真送って見せちゃったんだけど……まあいいよねっ?」

「ちょっ……か、勘弁しろよエレンっ!」


 ────しかも、あれをよりによってメリーに見られるとは……!!


「く、くそ……絶対メリーに出会い頭にネタにされる……今頃すげえあざ笑ってるのが眼に浮かぶ……」


 しかし、どうしようもなく。

 会いたくねえ、とただただ肩をしょげさせるしか他に無かった。



「……多分今頃、からかう余裕なんて無いくらい、身悶えしてると思うけどなぁ」



 そして────その呟きが、拓二の耳に届くことはなく。

 その後、再会したメリーからはしばらく顔を背けられ続け、何故かと困惑したのであるが────それはまた別の話。


「何か言ったか?」

「ううん、何でもないわお兄様。フフフ♪」


 ロンドン、ヒースロー空港に停められた、一便のプライベートジェット。


 その中の自室である『赤い部屋』で、イギリスの嬢王様(としでんせつ)は今日も歌うように笑う。





初作品です。誤字脱字報告、または感想・批評等あればぜひお願いします。最低週一投稿を目指していますが、都合で出来ない際は逐一報告いたします。

告知:八月中は一身上の都合で最低週一投稿のノルマを一時的に撤回させていただきます。ご了承ください。

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