Skill of Magic 9
昔、じいちゃんに云われた事がある。戦いは常に一つ先を見ろ、と。
今回その言葉に当てはめれば、コイツの後に御社が控えているから、後三戦を見据えていなければいけない事になる。
全く、むちゃくちゃな話だ。只ですらぎりぎりのラインでやっているのに、余力を残せと云うのだから、やってられん。だが、それが出来なければ勝ち続けられない。
「飛翔」
この執事が、どんな能力を持ってるのか分からない。普通なら様子を見るのが、最も賢明な選択なのだが、俺と瑞穂はガス欠寸前ときている。一定の速度を保ちつつ、最短の道を進むしか道はない。
執事の目の前でフェイントを入れ、左側から水面蹴りを放つ。
蹴りが当たるにしても、跳んで避けるにしても、この次は浴びせ蹴りを放てば当たる。飛翔を使っている以上、この程度の切り替えはお手の物だし、初撃としては充分だ。
「なっ !」
執事は一歩だけ下がり、水面蹴りを交わす。
蹴りは当たらないのは想定済み。だが、当たらない事を想定していた俺を動揺させたのは、執事の動きだった。
俺は、浴びせ蹴りを放つ事なく、執事との距離をとり、瑞穂の動きを制した。
「真人っ! 」
「動くなっ! 」
あの避け方は記憶に新しい。
「…… 予知か」
「ご明察です」
ったく、ここでこの能力かよ……
力の出し惜しみしながら、勝てる相手とは思ってなかったが、想定の中で一番そうであってほしくない能力だ。
「しかし、伝えてなかったとは云え、あの攻撃はいただけませんね。まるで私が孫より、弱い存在だと云われた気分ですよ」
「孫って… まさか」
瑞穂は誰の事を指しているのか分かったようだ。ただ瑞穂でなくても、その名前に行き着くのは簡単な事だったが……
「星野未起也… 」
「はい、星野一成と申します。先ほどは未起也が大変お世話になりました」
「当日に身内が出てくるか… まるでガキの喧嘩の結末みたいだな」
実際のところ、そんな小さな事じゃない。
最悪のタイミングで最悪の相手だ。なるべく力を使いたくなかったが、そうは云ってられない。
「君は先々までものを考えるタイプだね。その思考は素晴らしいが、それは絶対的強者の思考だよ。
まだ君には早いと云う事を教えてあげよう」
「悪いが、俺の思考は絶対強者に叩き込まれたもんなんだ。これ以上の指導なんて要らないな」
その他の事なら兎も角、思考について俺に教えると云うのであれば、じいちゃん以上の何かを見せてもらわねば、絶対に心は動かない。
「ジっ! 」
「待って」
星野に対抗する為に、ジンを召喚するつもりだった俺を、瑞穂が止めた。
「ジンをなるべく使いたくないのよね」
「そうだな」
「なら、私が行くわ」
二ヶ月前、瑞穂は星野未起也に相手にもされなかった。だが、それは対抗する手段を持たなかったからだ。
「声を聞いたのか? 」
瑞穂は、俺の問いには答えない。しかし、その無言の答えが俺に確信をもたらした。
「フォローは俺がする。思い切り行け」
どうせ、御社との戦いに瑞穂を連れていくつもりはなかったのだ。ここで完全燃焼してくれた方が都合がいい。そして、全力を出した瑞穂の資質は、星野に一泡吹かせるには充分なはずだ。
「水精霊譲渡」
大地から湧き出した水が、瑞穂を護るように包み込む。初めて見るAランクの水術だから、どのような効果があるのか、全く分からないが、今の瑞穂は絵画に描かれている水精霊そのもののようだった。
「幻想水霧」
続いて周囲に霧が発生し、瑞穂の分身が5体出現した。
今、この場に居る瑞穂は6体、もはやどの瑞穂が本物なのか、俺にも分からない。
「幻術の類いですか… だけど、私には通用しませんよ」
確かに単なる幻術であるなら、星野には通用しないだろう。どの瑞穂の攻撃が当たるのか、それだけを予知するだけで、星野は本物の瑞穂を見つける事が出来る。
「では、試してみましょうか」
瑞穂はチラリと俺を見ると5体の分身が動く。
なるほど…… 指示をした瑞穂が本物とは限らないが、アイツが俺に何をしてほしいか分かった。
面白い、使いふるされた感があるが、試してみる価値はある。
俺は、5体の瑞穂の動きを見逃さないように目を凝らした。
タイミングを外せば、意味がなくなる。
「行きますよ。おじ様」
態々宣言をすると、瑞穂の一体が星野に攻撃を仕掛けた。
「ふむ」
星野はフッと笑みを浮かべると、その攻撃をヒラリと交わす。
「初撃が本物とは使い古された手ですね。それでは裏はとれませんよ」
スレ違い様に星野は、掌底を瑞穂の顔面に入れようとしたのだが……
「なっ! 」
攻撃が瑞穂にヒットした瞬間に、その存在が霧散し、星野は驚愕の表情を浮かべた。
ふ~、どうやら上手くいったらしい。本物だと思った瑞穂が偽物だった事で、星野の思考にはノイズが走っている。
何故、星野がそんな勘違いをしたのか… ネタをばらせば簡単だ。分身の攻撃に併せて、俺が〈空弾〉を放ったのだ。
俺の攻撃は当たらなくても何の問題もない。星野に避けなければ、攻撃が当たると予知させれば良かったのだ。
もし、瑞穂が創りだした分身が一体だったとすれば、星野はこんな手に引っ掛かりはしなかっただろう。だが、分身は5体いる。一つの予知を行った後、すぐに次の攻撃に備えなければならない。そして、瑞穂が自ら行くと宣言をした事によって、俺への意識が薄くなっていた。
瑞穂は二重のトラップを仕掛けていたのだ。更にもう一つ、俺の勘が正しければ仕掛けているはずだ。
「なるほど… 幻術ではなく、実体をもった分身ですか。それを5体同時に操る力量。侮っていたようですね」
否、瑞穂には5体の分身を同時に操る力量はない。おそらく1体が分身、残りは幻術だ。
だが、星野が勘違いしている今、そんなのは些細な事だ。例え、次の攻撃でその実態がバレたとしても、確実に一度のチャンスが出来る。
「先ほど真人に思考について、ご教示していましたね。
私なりの考えで恐縮ですが、間違っているのは貴方だと思いますよ。
現在しか見えない人が、未来を創れるはずがありませんもの。だから、貴方は私達に勝てません」
「その発言に責任を持ってくださいね」
「ええ、次で終わらせますわ」
糸を手繰る様に両手を動かすと分身が動き出した。勝利宣言をして、どのような戦術を考えているのか、瑞穂の一挙手一投足をしっかり見て判断をする。
瑞穂の残った分身がほぼ同時に星野へ向かう。すると、指示を出した本体が、水の飛沫を飛ばす。
飛沫は相当に圧縮されていて、その一粒がコンクリの壁も撃ち抜きそうだった。
先に攻撃を仕掛けるのは、唯一の分身体だ。少しでも、星野の勘違いを正すのは遅れた方が良いので、この選択は正しい。そして、これならば星野の予知を上回る。
ここに来て〈水精霊譲渡〉が、どう云った術なのか分かった。
瑞穂の体を包む水が全ての源になり、霧や分身を創り出す。そして、包み込んだ水が本体を護り、時として飛沫を放ち攻撃をする。正に攻防一体になった術だ。だが、星野を倒すにはまだ足りない。
「魔導振動」
星野は右手を空間を削るかのように、大きく振り回した。すると、瑞穂が出した全ての水が分解して消えた。
「私が使う魔法の前では全てが無力です」
得意気に云い放つ星野は、自分の勝利を疑わない。
「そうかよ… でも、そんなデカい力を使ったら、得意の予知は出来ないだろ? 」
死角から伸ばされた俺の右手が、背中に触れた時、星野から余裕が消えた。
「爆裂風砲」
「ばか……なぁっ! 」
信じられないと云う表情を浮かべた後、星野は前へ吹き飛び、木に正面から叩きつけられた。
「勝ってもいないのに、得意気になるなよな。だから、一つの戦闘しか見てないヤツはダメなんだ」
衝突した木からズルズルと崩れ落ちる星野は、完全に気絶していた。俺の言葉は届いてないだろう。
俺は星野を一瞥すると、すぐに瑞穂の元へ駆け寄る。
「へへっ、終わった? 」
「ああ、もう大丈夫だ。ったく、無理しやがって」
「うん、ちょっぴり疲れた… 体痛い… もう立って… 」
言葉途中で瑞穂は、俺に倒れかかってきた。
「おっと」
抱き抱えると、すでに瑞穂の意識もない。残り少ない力の全てを、水精霊譲渡に注いだのだから当然だ。
だが、瑞穂が全精力を囮として使ってくれたからこそ、俺は余力を残せた。
「後は俺だけの仕事だな」
瑞穂を木の側に寝かせて後、俺は御社の屋敷に向かって呟いたのだった。




