Skill of Magic 8
その夜は月が輝いていた。
月明かりだけで、充分な視界を得る事が出来る。それだけに月は俺達を見守る為ではなく、立ち塞がる敵としているようにも思えた。
「夜襲には向かない明るさですわね」
「ああ、俺達の姿は丸見えだろうな」
だが、陰からこそこそ御社の屋敷に行くつもりなど毛頭ない。どうせ近付けば、察知されるのは分かりきっている。だったら、こっちも敵の動きが察知しやすい、正面から真っ向勝負に出るだけだ。
しかし、そうするとやっぱり月は、俺達を見守ってくれていると考えるべきなのだろうが…
「真人、向こうの戦力は分かってるの? 」
「まあ、何となくな」
御社の戦力は、当人を除いて三人だと思われた。
まず三年の二人。
ただ魔物を相手にするよりは、この二人を相手にする方が組みやすいと云える。三年の一位と二位との事だが、圭さんほどの大物感は感じなかった。
ぶっちゃけカスミと里美のコンビで、二対一の状況を作れば、充分倒せる程度の強さだろう。
それよりも厄介なのは、
「あの執事さんも敵になるのよね」
流石、執事スト… よく覚えているな。初めて屋敷を訪れて以来、ついぞその姿を見ていないが、後ろを確認せずに俺の〈探索〉を見破り、立ち振舞いが大物感に溢れていた。
「あの人が一番の壁だ」
「その方は、魔物以上なのでしょうか? 」
里美が気にするのはもっともだった。魔物以上となれば、倒す術を持たない者には勝ち目がなくなるからだ。
「単純な強さで云えば、執事が上だと思う。けど、厄介なのは魔物の方が上だよ」
どんなに強くても、人間なら攻撃を当てればダメージを受ける。また、魔物のようなHPがある訳がない。
「そうなると、一番の壁は魔物じゃないの? 」
「瑞穂、その判断は間違いよ。たぶん、しばらく魔物は出てこない」
あれだけの存在を三体も召喚したのだから、恐らくカスミの予想は当たっている。
御社はアレを疑似と呼称していた。つまり、魔術の一つなのだ。ならば、召喚する為には準備に時間が必要なはずだ。
俺達も力を削られていたが、同時に御社も力を削っている。あの偽物の魔法使いには、これ以上の力は出せない。
「だから、三年の二人は私と里美でやるわ」
力強くカスミは宣言し、里美は併せて頷く。
「そんな事認めると思うか? 」
幾ら大物感がなかろうが、相手は三年の一位と二位なのだ。同数で戦って勝てる相手ではない。
「らしくありませんよ、真人さん。私達が勝つ必要があるのですか?
勝つのは真人さんだけでいいはずですよ」
「そ、私達は、あんた達が御社を止めるまで足止めするだけよ。
でもね… 私はあんな偽物に負けるつもりはないわ」
三年の二人が偽物?
「真人は聞いてないのね。私達はあの後、カスミから聞いたんだ。本物の三年一位の名前をね」
「本物… 」
「本多アヤネ… 私の姉よ」
御社に潰されたと云っていたが…
「どう云う事だ? 」
「魔術の深淵に行くつく為の実験。それに立ち合った三人の生徒。その内の一人が私の姉だったと云うだけの事よ」
魔術の深淵… 行き着く先は魔法か。
カスミが御社に持つ憎悪の理由と、何を探っていたのか分かった。
「お前の姉さんは今どうしてる? 」
「病院で寝ているわよ。実験に立ち合った二人と一緒にね。たぶん、二度と目覚めない。心が完全に壊されているもの」
そうか、だから俺が入院した時に毎日来ていたんだ。
「カスミ。お前が集めた情報を分析した結果、里美となら三年に負けないと判断したんだな」
「いいえ、勝てると判断しているわ」
「なら、任せていいな」
前から近付いてくる二つの気配に、気を向けてカスミに聞く。
「当たり前でしょ。真人、PSIの本当の力を見せてあげるから、少しだけ見ていきなさい」
カスミの目には自信しかなかった。
上位能力の中でPSIは一番自由度がないと云われている。だが、その能力がそこまでと云う事ではない。PSIにも次の階層はあるのだ。
「勝利を約束する領域」
カスミを中心に、その支配領域が広がっていくのが分かる。そして、その効果は程無くして自ら体感できた。
(注意するのは、神城真人だけだ。だから、まずあの男を叩く)
三年の思考が直接脳に響く。
「……これ、何? 」
突然聞こえる声に、瑞穂と里美は動揺していた。
これがカスミの本当の力か… あまりにも大きな力に、俺も驚きを隠せないでいた。
その能力は、自分で創り出した領域にいる味方に、条件付きの精神感応を与えると云ったものだった。
これならば、里美の戦闘力をフルに活かせる事が出来る。
(行くぞっ! )
あちらの考えは駄々漏れなのだが、俺達は皆気付かないフリをする。そして、次の瞬間に三年の術が俺に向かって放たれた。
「水飛沫」
その術は五つの水球が、一定の距離で弾けて行く、広範囲水術だ。攻撃力はそれほど高くはないが、不意討ちであれば人は防ぐ事より、避ける事を選択しやすい。その特性を考えれば初手としては間違った判断ではない。
だが、今の俺は避ける事も防ぐ事も不要だった。
「通す訳ないでしょ。〈死神の鎌〉」
カスミの創り出した鎌の一狩りが、水飛沫を全て消滅させる。しかし、武器具現系の魔術も使いこなせるのか… 今更ながらカスミの魔術士としての才能は、群を抜いていると云わざるを負えない。
「風舞」
そして、里美もまたカスミが水飛沫を打ち消すと、同時に新しい剣技を放つ。見たところ剣圧を飛ばす牽制技のようだが、こいつらはどれだけ隠し技を持ってるのだ。
「ちっ! 」
里美の攻撃に慌てて姿をみせる三年、それを視認した俺と瑞穂は、御社の屋敷に向かって走り出した。
「先に行くぞ」
「待ってるからね」
この戦闘の結果は見るまでもない。多少の時間は掛かっても、あの二人が負ける事はないだろう。
俺達は振り向かず、順路を走り続けた。そして、屋敷が視界に入ったときに、その気配を感じる。
「俺達を屋敷の中に入れる気はないみたいだな」
「うん」
思えば何度かここへ来たが、一度も拒否された事はなかった。門前払いは初めての経験だ。だが、無理にでもまかり通ってやる。
喜べよ、初めてお前と逢いたいと思っているのだからな。
スピードを落とす事なく、突き進む俺と瑞穂。気付けば、既に門を越えていた。
「そこまでで、お引き取り頂けませんか? 」
玄関の前に立つ初老の男。静かな口調の中に重みを感じる。
「それで退くとお思いですか? 」
「ここで退けば今後、貴方方には干渉しないと主は申しておりますが」
「アイツはすでに狂ってますよ。それが分からない貴方ではないでしょう」
執事は少し考えるような仕草をしたが、そんな事かと云わんばかりに両手を上げた。
「どうやら、アンタも狂ってるみたいだな」
「そうかもしれませんね。20年以上あの方に仕えてますが、もはや何がおかしいのか分かりません。
しかし、こうなると話し合いは無駄のようですね」
最初から、そのつもりだったようにしか思えないのだがな。そう云うなら、垂れ流している殺気を消すべきだよ。
「そろそろ、いいでしょ? また、魔物呼ばれても困るんでね」
「お見通しですか… 」
「まあ、それなりに予測してますよ」
執事だけでなく、俺と瑞穂の殺気を出していた。切っ掛けがあれば、いつでも弾ける… 今はその状況だ。
そして、後方で炎が上がる。カスミ達の戦闘で生まれた炎だ。開戦の合図として相応しい、俺と瑞穂は一斉に弾けたのだった。




