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帰還

 気付いた時、俺は全身から溢れ出している疲労感に敗北した。


「も、ダメ…」


 両足から力が抜けて、体を支える事が出来ない。

 うーむ、万有引力恐るべし…顔から地面に突っ込んだ俺は、その痛みで帰ってきた事を実感した。


 にしてもだ、仲間がこうしてぶっ倒れてるのに、誰も助けてくれないとは、マジ酷くね…お前等、もっと人としての優しさを育めよ。


「いでっ!!」


 せめて、地面との濃厚な付き合い(ディープキス)はもう堪能したので…と、体を動かそうとしたのだが、想像以上にガタが来ているらしい。ちょこっと力を入れただけて、全身に痛みが走る。


 あ~、コレ死んじゃうかも…マジ、死んじゃうよ俺…嫌じゃ~誰でもいいから、助けてプリーズ。

 余裕有りまくりの様かもしれないが、実のトコ全くない。そんな状況の中、カスミが声を掛けてきた。


「生きてるの?」

「生きてるよ~めっさシンドイがなんとか…」

 だから、助けて…と、伝えたかったのだが、

「あほ~っ!!」

 カスミの名言が飛び出して、俺の背中に蹴りを落とす、落とす、落とす…


「どれだけ心配したと思ってんの、こんっ、あほー!」


 まだ落とす、落とす、落とす。


 も、あかん…そこで、俺の意識は完全に飛んだのだった。


 ◆


「んっ…」

 何か心地好いな、相変わらず全身には激痛が走っているが、頭の下には柔らかい枕が敷かれている。

 柔らかい枕?外で、んなもんあるはずが…何事かと目を開けると、瑞穂の顔が間近にあった。


「気付いた?」

「ん、にゃにゃにゃ…に」


 動揺し過ぎて言葉にならない。

 瑞穂は俺を膝枕して、治療をしていた。


「んがっ!」


 慌てて体を動かそうとすると、半端ない激痛がまた襲う…だがこの激痛、カスミにやられたものじゃないのか?気を失う前の記憶が鮮明に甦ってきた。


「ほら、動かないで」


 強引に頭を抑えられ、退路を塞がれる。まあ、どちらにしても、逃げられる体ではないのだが…


「外傷はともかく、骨折は私じゃ治せないんだから、しばらくは絶対安静よ」

「俺、骨折しているのか?」

 もはや傷がどの位、酷いのかすら不明なのだ。

「左肩がポッキリね♪」


 は?「ポッキリね♪」じゃねぇ、何明るく言ってんだ…とは、言えない。ここで瑞穂を怒らせたら、何をされるか分かったもんじゃない。


 しかし、俺の回りの女性は、何故恐ろしいヤツばかりなのだ。

 骨折している俺の背中に、気絶する蹴りくれる女とか、怪物相手に近接戦闘で圧倒する女とか…その内、殺されるんじゃないか…俺。


 その怖い女性二人は、半分になったキマイラを確認している。死骸なんぞ見てと思ったが、キマイラは死んでいなかった。

 まったく、とんでもない生命力を持っているものだ。しかし、既に事切れる寸前のようで、心配する必要はなさそうだが、俺が動ける様になるまでの一応の監視と云う事らしい。


 更にどうでもいい事だが、赤屋は隅に陣取り腰を卸している。やたら不機嫌そうにこちらを見ているが、気にしないようにしよう。


「ねぇ、あなた本物の真人よね?」


 治療の中、瑞穂は俺から視線を外して聞いてくる。


「何を言ってる?」

「キマイラを倒した時は、本物じゃなかったでしょ」


 ああ、それか…ジン曰く、両方とも本物なのだが、さて何処まで話したものか?


「お前の定義は分からんが、少なくても十年以上、一緒にいたのは間違いなく俺だな」


 ある程度までは話しても構わない。しかし、ここではあの男の目がある。アイツは、俺から1の情報を引き出したら、5か6を理解するような奴だ。安全を期するなら、今は僅かな情報も洩らさない方がいい。


「いや~、お見事だよ。真人君」


 ホラ見ろ、コイツはこう云う男だ。

 入り口方面から、御社がてくてく歩いてちらへ来る。


「お陰様で死にかけてますよ」

「いやいや、正直、現段階で君達がキマイラを倒せるとは思わなかったよ。死にかけるではなく、死んでしまっても、おかしくはないと思ってたんだがね。

 これは完全に見誤っていたよ」


 云ってくれる。多分、俺だけだろう。コイツの真意を分かっているのは…


「理事長、あまり私達を侮らないで下さいませ」


 違うよ里美。コイツが見誤ったのは…


「山辺君、君はもう少し賢いと思っていたのだがね。どうやら、買い被っていたようだ」

「どういう意味でしょうか?」

「私が見誤ったのはキマイラの力だよ。君達の力は、真人君を除いて想定内さ」


 ま、そうだろうな。多分、御社は俺が死なない程度に負ける事を想定していたはずだ。

 負ける事は、その時点での自分の力を認識するのに一番てっとり早い。


「とは云え、まあ目的は果たせのでな。君達もよくやってくれたよ」

「なっ!」


 里美の顔に怒りが色濃く出ている。珍しい事だが、学年二位のプライドを、蔑ろにされたのだから当然だった。


 一方、カスミは黙って成り行きを見ている。流石に御社の事は、里美より理解しているようだ。


「さあ、そんな事より後片付けをせねばいかんのでな。君達はもう帰りたまえ。これにて本作戦を終了とする」

「どこまで愚弄すれば…」

「里美っ!」


 臨界点間近の里美を俺は止めた。その老獪さと智力以外、普通の人である御社が何もなく、こんなところまで来るはずがない。


「もういいから、それより肩を貸してくれ」


 何とか立ち上がり里美を呼ぶ。多少の無理は致し方ない。精神衛生上、この場に居続けるより幾分ましだ。


「あ、そうそう真人君。怪我が治ったら改めて、話そうじゃないか。君には聞きたい事があるのでな」

「遠慮願いたいですね」

「嫌われたものだな。では、こうしよう。今から私が拙い(つたない)芸を見せる。気にいってくれたのなら、その芸について語り合おうじゃないか」


 御社はゆっくりと、もうすぐ死骸に変わるであろう、キマイラへ近付いていく。そして、入れ替わるように、カスミと里美は俺の近くに移動した。


 芸だと?御社は一体何をする気なのだ。


「そんなに注目されても、大した事はせんよ。ただ真人君は、気に入ってもらえると思うぞ」


 御社がキマイラの頭に手を当てる。


「駄作也に良くやったな。もう逝くがよい」


 ドゴっ!と音が鳴り、地面に小さなクレーターが出来る。そして、キマイラの頭は綺麗に霧散した。

 死にかけていたとは云え、里美の攻撃を全て弾き、カスミの最大魔術でも動きを止められなかった。怪物を素手で傷つけたのだ。


「有り得ない…」


 呆然とカスミが呟く。

 否、カスミだけではない。俺達全員が同じ感想をもった。


「アンタ、一体何者なんだ?」

「この学園の理事長でただの人間だよ。どうだい興味が出てきただろ」


 馬鹿か、普通の人間にそんな真似出来る訳ない。だが、御社は能力者ではない。それは家のジジイから聞いている。

 だとすると、まさか…


「真人君、早く怪我を治してくれ」


 御社は口元を歪めてそう言った。


 血の気が引く音が聞こえたような気がする。それは初めての経験だった。そして、怪我が治らないで欲しいと思ったのも、また初めての経験だった。


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