精神世界
それは、不思議な感覚だった。
確かに俺はここにいる。だが、あそこにもいるのだ。何を云っているのか分からないだろ?当然だ。
当の俺が何も分かっていないのだから…
ひとまず1度整理してみよう。
今、こうして考えている俺はここにいる。では、ここは何処なのだろう。
分からない…では、あそこは何処だろう。
あそこは俺が生活している社来学園だ。そして今、俺達はキマイラと戦っていた。そして、亮から貰った〈風切り〉で、俺がキマイラに止めを差した。
やべっ、ますます分からなくなってきた…
そもそも、あの出鱈目な力は何なんだ。如何に風切りが強力だったとしても、里美が傷一つ付けられなかったキマイラを一刀両断するなんて、有り得ないだろ…
「人の微力な力で精製する武器を、こっちの膨大な魔力で創ったらあれくらいは造作もないじゃろ」
突如、聞こえてくる声。けど、この声に聞き覚えがあるような…
「また迷ったのか主よ。こんなに短時間で何度もこちらに来るとは非常識じゃな」
いやいやいや、非常識はそっちだから…っていうか、コイツは…
「ジンか!」
「何を当たり前の事を云っておる」
んじゃ、これは夢なのか…ふむ、納得…って、んな訳あるか!!さっきまで死にそうになってたんだぞ。
「主よ。前にも言ったが、これは夢ではないぞ」
「んじゃ、なんだよ」
「ここは主達が云うところ、精神世界じゃよ。もっとも現実から離れている点から云えば、夢に近いのじゃがな」
あ、えーと…
「我が主ながら、理解力に乏しいの」
ほっとけ!この状況をすぐ理解する人間なんているか!
「良いか主よ。我のような精神体しかもたない存在と違って、体を持つものは2つの精神体を持つのじゃよ。つまり、体に付いている精神体と精神世界に留まっている精神体じゃな。
この二つは基本同じ存在だから、もう1つの存在が行った事は、自分で行った事と認識する。じゃが、やはり2つの存在がある以上、何処か離れたところで見ているような感覚をもってしまう。それが今の状況じゃよ」
「それって…双子の精神共鳴のようなものか?」
一卵性双生児にはよくある話だ。離れたところにいる片割れが見た光景を、見ていない方が細部に渡り詳しく云い当てる。怪我をすると、怪我をしていない方も傷みを感じるなど、ネタには事欠かない。
「うむ、その認識で良い。正直、我は2つの精神体を持たぬのでな。これ以上の説明は出来んのじゃ」
「ちょっと待て…って事は、速見の時の暴走は、精神世界側の俺がしたって事だよな」
「そうじゃの」
それは、まずいのではないだろうか…今、俺がこちらにいると云う事は、またいつ暴走してもおかしくない。
「今回は、その心配はないじゃろ」
「何でそんな事言えるんだ?」
「人の精神体は、感情に左右されるからのう。前回のように怒りに身を任せた暴走はせんよ。それに一体どうしようと云うのじゃ?」
あっ、確かに…戻り方も分からない。否、精神体で繋がっているのなら、呼び掛けるなどの方法が…
「無理じゃよ。主は向こうで、こちら側からの意思を感じた事があるか?こちらは何もない世界じゃからの、我と話せているのも、向こうでの契約があるからにすぎん」
そう言われると思い出す。この世界には音もない。
だから、今している会話は、ただ感覚で声と認識しているに過ぎない。
「だけど、ほっとく訳にはいかないだろ」
「あれが向こうに行ったのは、主の願いを叶える為じゃよ。じゃから、その願いが叶った今、あれはこちらに帰ってくる」
「そんなものなのか?」
これ結構異常事態に思えるのだか…
「そんなもんじゃよ。人は物事を複雑にしたがる。我らは今起きている事だけを正しく理解するだけじゃ。
我らの様にしろとは云えんが、考えるから進めなくなるのなら、考えない方が正解であろう」
それは、一理どころか真理だな。ただ人は考える生き物だ。考えるなと云われれば、余計に考えてしまう。
「主は馬鹿じゃの。どうせ考えるなら、今しか聞けない事は何かを考えろと云っておるのに、何故気付かん」
「あ…」
「あるじゃろ?例えば何故、主だけこっちの世界にきてしまうのか、とかな」
御社は俺の精神世界への干渉は、魔法の一端だと云っていた。そこで思考が止まっていたが、それでは駄目だ。
「ジン、お前は詳しく説明出来るんだよな」
「当然だ」
コイツは嘘をつかない。そして、物事を正しく理解している。なら、深読みせずに素直に聞くだけだ。
「頼む」
「ではまず、魔法について話そう。主は何故、人に魔法が使えないか分かるかね」
人には魔法が使えない?
「ふむ、やはり根幹を理解していないようじゃな。よいか、魔法を使うには精神世界にある魔素を収束しなければならない。だが、人の体にある精神体には収束回路がないのじゃよ」
「ちょっと待ってくれ、絶対数は少ないが魔法使いは確かにいるぞ」
「うむ、主も魔法使いじゃしな」
おいおい、矛盾しているわ、俺が魔法使いだと確定させるわ…どうなってんだ。
「何、簡単な話じゃ。魔法を使える人間は、もう一人の自分とアクセス出来る。そして、それは先天的には有り得ない…そう云う事じゃよ」
つまり、何かきっかけがあると云う事か。
「主のきっかけは、精神世界側の存在と交わった事じゃよ。じゃが勿論、魔法を使う資質がある事も重要じゃ、その点は幸運じゃったの。普通なら、あっさり喰われておる」
魔法がどう云うものか、やっと理解した。
精神世界は確かに何もない。だが、何でも創れる世界。その力を収束回路を使い、現実世界で開放する事で生み出される力なのだ。
とすると、魔術具は簡易収束回路と云ったところか…だったら、魔術士が魔物に攻撃を受ければ、魔法使いを増やせるのではないか。
「それは止めておいた方が良いぞ、主」
ジンは俺の思いつきに釘をさす。
「何でだ?」
「云ったであろう。魔法を使うには資質が必要だと、確かに魔術を使う者なら、その資質を持つ可能性は高い。じゃが、それでも一万人に一人いるか、いないかじゃろな。
主はそんな確率を求めて、同胞を危険な目に会わせる事を善しと出来るタイプではあるまい」
確かにその通りだ。例え百人に一人の確率だったとしても、九十九人の犠牲が必要になる。そんな事は許されるはずもない。
「この事は、主の胸の内にしまっておくと良い」
「そうだな…」
御社の知るところになれば、おそらく全ての魔術士が被害を受ける。話が洩れる可能性は完全に排除すべきだ。
「そろそろ、この邂逅も終わりじゃな…」
「えっ…」
ジンがそう云うと、意識が揺らぎ出す。
「主、楽しかったぞ」
「ちょっと待て!まだ聞きたい事が」
「我と話したいなら、もっと力をつけるのじゃな。精霊を具現化する事が出来るようになれば、いつでも召喚に応じよう…」
この言葉を最後に、ジンの声は聞こえなくなる。
どうやら、異世界旅行は終了のようだ。
「ったく、中途半端に情報を落として行きやがって」
だが、有益な情報だ。もっと深淵を知りたければ、俺が力をつけなければならない。別に特別な存在になりたい訳じゃないが、
「また逢おうな、ジン」
その為の努力は、特別にしてやる。
そして、俺の意識は細切れになった。




