入学初日の出来事2 (過去)
一年の校舎を素通りし、歩き続ける事20分―― まだ目的地の半分にも達していない。
「しかし、分かっちゃいたが非常識だよな。この学園の広さは……」
普通なら「無駄に」と云うところだが、この広さが必要なのは皆が知っている。だから非常識と表現した訳だが、何気に最も適切な表現なのだから痛み入る。
「仕方ないわよ。非常識に対抗する為の広さなんだから……」
俺の真意を汲み取って瑞穂は答えた。
実はこの学園、生活しているのは生徒だけではない。
学園の中心部には街があり、あらゆる商業施設が入っている。つまり、学園を出る事なく一生ここで暮らして行く事も可能なのだ。
ここは学校であり、独立した一つの都市でもある。
何故、こんな学園が出来たのか…… それは約50年前に遡る。
それまで世界は国家間で争い、小競り合いを繰り返していた。愚かではあるが、人が自我を持ち、それぞれの文化や思想がある以上当たり前の歴史であった。
故に戦争が無くなるとしたら、外敵の存在が必要不可欠だった。人種の垣根を越え、人間と云う括りに収まる必要があると云う事だ。
そして、現在では国家間の争いはない。
戦争が無くなった理由、それがこれから語る事の顛末…だが、分かってほしい。
俺が語れる事は、公式に発表されている事と人づてに聞いた事。本当にあった歴史ではないかもしれないと云う事を…
それは突然現れた。
形容すればバランスボールのような物だったという。
世界の3箇所〈ロンドン、ケンタッキー、東京〉で、現れた球体は各地域の人間を驚かせたが、街自体に被害はなく無害であった為、1ヶ月もしない内に封鎖地域は縮小されていった。
そうなれば、喉元を過ぎる。
パニックもなく、不自然な球体のすぐ横を人が通り、何事もなかったかのように異物を異物と思わなくなる。
そんな人間の順応性を見透かしたかのようにして、ソレは突然牙を剥いた。
卵から雛が出てくる時と同じだった。
球体は振動し殻が破られると、中から2匹の獣が生まれた。
一つの卵から生まれた生物であるなら、同種族が生まれるはずだが、生まれた獣は猿と犬に酷似していた。だが、その2匹は明らかに動物とは違う。
一言で云えば「悪意の塊」だった。
犬は殺気を持って、猿は嘲笑を持って、周りにいた人間を見渡していた。
人は誰も動けない…明らかに異質であり、危険な存在と本能では分かっていた。それでも圧倒的な恐怖の前では萎縮せざるを負えない。
「PigaaaaaaaaahFn~」
固まった時を動かしたのは猿だった。
形容しがたい鳴き声を発すると同時に犬が走る。刹那、一番近くにいた調査団20名がこと切れる。
ある者は爪で裂かれ、ある者は牙で砕かれ、ある者は無傷にも関わらず膝を折る。
その時に起こった事を詳しく語れる者はいない。
何故なら、目撃者になったであろう人間は全て殺されたからだ。
調査団の惨殺劇を観せらた人達は、呪縛から解かれたのように逃げた。しかし、既に手遅れだったのだ。
時間にすれば10秒、たったそれだけで100人以上の命が刈り取られた。
この時の惨殺劇は、調査団の映像記録と監視カメラに残され映像により確認された。内容が内容だけに流失するような事は無かったが、公式に映像が残っている事だけは発表されている。
その後、2匹の獣は三ヵ月の間、日本の至るところで被害をもたらした。
被害総数約一千万人…それまでの災害での最大被害は、バングラデシュで起こったハリケーンが五十万人と云われいるので、約20倍の被害が出た。また、同時期に現れた他の球体も、やはり獣を産み、日本以上の被害を出した。
6体の獣がもたらした被害は六千万人を越え、今後これを越え災害が起こった場合、人類は滅びるのではないかとさえ云われている。
この未曾有の災害を人は「魔招来」と名付けた。
6匹の存在が余りにも常軌を逸していた為「魔物」とされたのだ。
魔物はその圧倒的な殺傷能力とは別に、信じられない程の防御力を兼ね備えていた。
人間なら1000回殺せる火力を持ってしても、傷一つ付かない。正に人知を超えた魔物だった。
更に魔招来と命名されたのに伴い、初期に現れた球体にも「召喚球」と名が付く。
この召喚球から端を発した魔招来は、大きな被害を出したにも関わらず、何も分からないに等しかったが、唯一分かっていた事がある。
それは、対抗策が無いと云う事だ。
まず魔物が何処に現れるか分からない。出現地点から、次に現れる可能性が高いものを複数予測し、防衛ラインを敷く、無駄になるのは覚悟の上。しかし、無駄になった方が幸せだろう。
運良く?魔物に遭遇しても人の兵器は通用しないのだから、結局は魔物の餌になる。
そんな事を数回繰り返せば、人の心が折れる。
折れた心からは絶望が産まれる。
産まれた絶望は、人に伝染する。
たった3ヵ月で負のスパイラルに落ちていった。
(これは災害、天災なんだ。人の力でどうにかなる問題じゃない)
長い時間を掛けて様々な知恵を出し、災害緩和をしてきた事を忘れ、人は恐怖に怯えながら沈静化を待つようになっていった。
だが何もせずに、ただ待つだけの選択は、最高の愚策だ。「果報は寝て待て」とは然るべき事をした者のみ、待つ事が許される。
そんな分かりきった事が分からなくなってきている世界で、心折れなかった人間は切り札を切る決断をする。