失われた番号6(過去)
「瑞穂~、もう帰ろうぜ~」
瑞穂は、今居る場所から下を見る。
すると幼馴染みの真人が、上を見上げ自分を見ているのが分かった。
「真人も来なよ~、もうすっごいんだから…」
云った後、正面を見ると夕日が山あいに沈んでいく様が見える。
「ったく、しょーがねーな。飛翔」
この幼馴染みは、何だかんだ云っても結局は瑞穂の意志をいつでも尊重してくれる。
自分は帰りたいはずなのに、瑞穂がまだと云えば、帰らないのだ。
今だって、木の上から夕日を眺める自分に付き合う為、覚えたての飛翔を使ってフラフラ飛んできた。
「ホラ、すっごいよね」
「そうか~、もう見飽きた」
興味無さげにしているが、誰より真人がこの景色が好きな事を瑞穂は知っている。
それなのに帰ろうと云うのは、このまま完全に日が沈んでしまえば、暗くなり山道が危険になるからだ。
だが、勝手知ったる山道。
例え暗くなったりしても、瑞穂には危険だとは全く思えないのだった。
「ったく、中1にもなって、木に登ってガキだなお前」
「うっさい、下からそのガキのパンツ見ているヤツに云われたくない」
「なっ!誰がお前のガキパンなんぞ見るか!!」
必死に隠しているが、見ていたのは明らかにだった。健康な中学生なら、当然の欲望なのだから、仕方ない事だろう。
「んじゃ、何でガキパンなんて知ってんのよ」
「うっ!、じーちゃんが、瑞穂の幼女パンツ、キターってこの間云ってたからな。どうせ、変わってないんだろ」
さらりと危険な事を云ったのだが、気付かない二人。
「うぬぬ…だったら、今の場でもう一回確認してみなさいよ。ホントにガキパンなのか!!」
「え、いいの?」
突然の提案に、逆らえるはずのない思春期。
真人は恐る恐る、瑞穂のスカートに手を伸ばした。
「んな、訳あるか~!!えいっ」
結構、近くまで真人を引き付けて、ぴょんと自分が乗ってた枝から、真人に飛び乗った。
「うわっ、馬鹿まだ二人は無理…」
バランスを崩し、高さ5Mから落下する。
「ワァオ♪」
瑞穂のは落ちながらも楽しそうにしている。
そして、
「水球」
落ちる手前で水の固まりを出現させる。
この術は、術者の意志か許容量以上の衝撃がなければ弾けない。
つまり、瑞穂と真人が落ちても、破裂する事なくポヨンと二人を受け止めた。
瑞穂はスタッと立ち上がると、指をパチンと鳴らす。
「冷たっ!!」
後ろで真人が軽く悲鳴をあげる。
瑞穂が着地したと同時に、弾けさせた水球の飛沫を諸に被ったのだ。
「頭冷えたでしょ」
そう云って手を伸ばす瑞穂。
濡れ鼠化している真人は、渋い顔をしてその手を取った。
ひぐらしの鳴き声が、夏の終わりを告げる8月末の出来事だった。
「うう~、少し寒いな」
季節は夏とは云え、山奥に住んでいるので、夜になると少し風が冷たくなる。
「風邪引いたらどうすんだよ」
「大丈夫、馬鹿は引かないから」
「くそ、覚えてろよ」
「ざんね~ん、忘れた」
二人はそんな会話をしながら、帰路を歩く、既に日は落ちて夜となっていたが、帰るだけなら特に問題ないはずだった。
だが、その日はいつもと違った。
さっきまで、五月蝿いぐらい鳴いていた虫の声が、気づくとなくなっていた。
雰囲気も通りなれたいつもの道ではなく、重苦しいものになっている。
「真人…」
「何だよ…コレ…」
真人と瑞穂も幼いとは云え、精霊使いだ。この雰囲気が尋常でない事に気づいたのだった。
「なんか、ヤバい…じーちゃんを呼んで来よう」
「う、うん…」
真人が瑞穂の手を握り、山道を走り出した。
それは判断ミスだったのかもしれない。
その場に生まれた魔なるものは、慌てて走り去る真人と瑞穂を捉えたのだった。
Gyuruuvu~
魔なるものが鳴く、姿形は中型犬のような感じだ。
魔物は首を2、3回回すと、先程捉えた獲物を狩る為に、四肢を使い大地を蹴った。
「ハア、ハア、ハア…」
真人と瑞穂は、全速で山道を走る。
後ろから迫って来ているモノが、異形なモノであり、今の自分達では勝てないと分かっていた。
「ダメだ、追い付かれる」
真人は直感する。
もし、自分が囮になったとしても、モノの数秒で殺られ瑞穂も助からない。
(ここで助かるとしたら、あれしかない…)
真人は瑞穂の手を強く握った後、肩を抱く。
「行くぞ、瑞穂。飛翔」
本来なら大空を高速で、自由に飛び回れるこの術は、風使いにとって至宝だ。だが、真人は高く高速で飛ぶ事は出来ない。
そこで高度をとらずに、低空飛行を選択科したのだ。
木と木の間を縫うように、しかも人を1人抱えて飛ぶ真人。精神力はあっと云う間に底を尽きそうだった。
(ヤバい、朦朧とする…)
真人の意識が一瞬飛んだ、次に意識が戻った時には、目の前に大木が迫っていた。
ドゴッ!!
鈍い音がして、真人は背中から大木に激突した。
「あぐっ!!」
真人が嗚咽を洩らす。
「真人…真人…起きてよ…真人」
真人に激突から守られた瑞穂は、動かない真人に寄り添い、身体を揺らした。
「にげ…ろ」
何とか意識が戻った真人が云う。
自分は出来るだけやった。少しは引き離せたはずだ。と、真人は考えた。
「真人も一緒に行こう」
「ダメだ、もうちょい動けない」
「だったら、私もい…る…」
瑞穂は後ろに感じた。気配に氷ついた。
「Guuru~」
魔物は着かれ離れずにいた。
狩りの仕方を熟知している肉食獣と同じように、チャンスが来るまで待っていた。
「う、そ…何でいるの…」
茫然と瑞穂は呟く。
真人はその様子から、既に追い付かれていた事を知った。
状況は絶望的だった。それでも、瑞穂だけは守るつもりだった。
小さなナイトは一撃に掛ける為、牙を磨いでいた。
「きゃあああ~!」
瑞穂の悲鳴が聞こえた瞬間に、真人は瑞穂の身体をはね除けた。
視界を遮っていた瑞穂の身体がなくなると、目の前には魔物が迫っていた。そして、真人の右肩を魔物の牙が貫いた。
「うああああああ~」
真人は絶叫した。
この傷みはさっき木に激突した時の何倍も痛かった。
否、痛いだけじゃない。咬まれたところから負の感情が流れて込んでくるようだった。
(ヤバい、死ぬかも…)
折れそうになる心を支え、自分が使える最高の風術を使用する。
「共鳴風殺!」
祖父から教わったゼロ距離から放つこの術は、自分に向けて無数の真空波を放つ、近付いた真空波の間に真空波が生まれ、自分の目の前にいる敵を貫く。
自分の生命が危ない時のみ使用を許された術だった。
だから、真人はこの術なら必殺だと甘く考えていた。自分の切り札が決まれば、倒せないはずがない…だが、この希望は無情にも打ち砕かれる。
魔物の牙が更に深く真人の身体に食い込んだ後、右腕を一本持っていかれたのだった。
「あ、ああ…ギャアアアア~!」
真人の絶叫が再び響く、だが今度の絶叫は断末魔の叫びによく似ていた。
「うそ、いや、いや、いや…イヤァあ~」
真人の絶叫に続き、瑞穂が悲鳴をあげた。
魔物は悲鳴を聞き、次の獲物を見据えた。
既に獲物は動かない、そう本能で分かっているのか、ゆっくりと瑞穂に近付いていった。
「真人…ゴメン…」
魔物が目の前に来た時、瑞穂は真人に謝る。
もし、自分がもっと早く帰っていれば、こんなのに出合わなかった。
もし、自分が居なかったら真人は逃げられた。
自分を助ける為に真人は殺されたのに、自分もここで死ぬ。
だからの謝罪。心からの謝罪。
謝った後、瑞穂は目を閉じた。
だが待っても、魔物は瑞穂に襲いかかってはこなかった。
気配はある。しかし、何もしない。
先に焦れたのは瑞穂だ。
ゆっくりと目を開ける。すると、そこから見えた映像は奇跡だった。
右肩の無い真人が、残った左腕一本で魔物を持ち上げていた。そして、地面に叩き付けると足で魔物の下顎を踏みつける。
「か、え、せ」
そう云った真人の目には、光がなかった。
どす黒い闇が瞳の奥に渦巻いていた。
その後、瑞穂が見たのは悪夢に変わった。
真人は上顎を掴むと、そのまま素手で魔物を引き裂いた。
「か、え、せ」
再び呟くと、引き裂いた魔物の身体の中から、自分の右腕を取り出す。
「何…する…の…」
瑞穂の問いに真人は答えなかったが、その代わり取り出した右腕を、自分の傷口に押し付けた。
そして、一瞬で右腕は再生する。
瑞穂は、信じられないその光景を見続けていた。
「何、今の?」
やはり、真人は質問には答えなかったが、代わりに
こう呟いた。
「足りない…」
「えっ…」
ゆっくりと瑞穂に近付づく、真人。
繋がった右腕が、瑞穂の顔に触れようとした時、
後ろから、声が一斉に響く。
『風弾』
風の弾丸が真人の身体にヒットし、後退させた。
「大丈夫か?」
瑞穂に近付いて来たのは、神城信司の側近の風術士3人だった。
助かったと瑞穂は息をつく、この3人の実力は確かだったからだ。
しかし、瑞穂を支えていた男以外は真人に瞬殺される。
真人は足りないと云うと、倒した風術士の首筋に噛みついた。
(足りないのは血…)
瑞穂はそう直感した。
真人の口元から流れる血が生々しく、瑞穂は吐き気をもよおした。
(もう、ヤダ…真人、戻って来てよ)
「ふむ、闇に呑まれたか…この愚か者が」
真人が3人目の風術士を倒す、直前に現れたら神城信司。
その後、どうなったのか瑞穂には分からない。
信司の登場で完全に気が抜けたのだ。
だが、何の心配もなくなっていた。
神城信司は、精霊使いにとって絶対の存外だった。
その日から1週間、瑞穂は真人に逢えなかった。
次にあった時、真人はあの時の事を忘れていた。
一部、記憶の混同が見られた為、瑞穂は記憶の改竄がされたのではないかと思っている。
だが、親からあの夜の事は誰にも話さないようきつく云われ、その上で真人は大丈夫と保障してもらった。
瑞穂は今日まで、その約束を守ってきた。
約束を破れば、また真人がああなるのではないかと云う、不安が約束を守らせてきたとも云える。
だか、真人に兆候が見えた今、話さない訳に行かなかった。
そして、真人達は真剣に瑞穂の話しを聞いていた。
今回は3人称でやってみました。
物語の途中で変えるのは気がひけましたが、如何だったでしょうか。是非、感想を聞かせてください。




