風邪を引いて休んだ日
「まったく、どうせお風呂入った後髪乾かさないでそのまま寝たんでしょ」
「違ぇよ」
「いーや絶対そうだね。私にはわかる」
子供部屋からいつもの楽しげな声。
我が家の一人息子、浩介が珍しく風邪をひいたのが昨日のこと。
普段風邪なんて全然引かない、健康だけが取り柄のこの子が『なんか熱があるっぽい』と言って来た時には、本当に何を言ってるのかわからない、と感じてしまうくらい驚いた。
「ごめんね千代ちゃん、わざわざお見舞いに来てもらっちゃって」
「いいえぇ。珍しいから見にこようかなって」
「でしょ? どうぞ見てって?」
「俺は見せ物かよ」
「だって珍しいじゃん」
今年高校に入ったばかりの浩介と、幼稚園からずっと一緒にいるご近所の千代ちゃんは、いわゆる幼馴染。
この子達は、もう『一緒にいない』状態の方がかえって心配になってしまう。それこそ双子のように育った子達だ。
「ま、ゆっくりしていって。あとでお茶持ってくるわね」
「はぁい」
ガサツでズボラ、大雑把で無愛想な息子と違い、千代ちゃんは愛嬌もあるしお喋りも出来る。
私には娘はいないけれど、もし娘がいたらあんな感じの子が良いなとすら思ってしまう。
そもそも、千代ちゃんのお母さんとは、産婦人科で隣のベッドだった仲だし、何なら出産の日も一緒。隣の分娩室で、ほんの少し先に千代ちゃんの方が生まれた。
それ以来、あの子達はいつ何をするにも一緒だ。
「あ、おばさんこれ、うちのお母さんから浩介にお見舞いって」
「あらあらぁ、良いのに」
「いつも娘がお世話になってますって」
「やだそんな、浩介もしょっちゅうお世話になってるじゃない」
「ですよねぇ」
あっははは、と実に軽く明るい笑い声。
あぁ、娘がいたらこんな感じなんだろうな。
「じゃ、ごゆっくり」
「はぁい」
千代ちゃんから手渡されたシュークリームのセットを持って、私はひとり1階へと向かう。
男の子というのは、小さい頃は良い。小学校低学年くらいまでは、何をするにも『おかーさん、これやって』と頼みに来ていた。
おねだりをしてくるのも可愛くて仕方なかったし、甘やかすのを我慢するだけでも一苦労だった。
それが思春期になり、小学校高学年になるくらいからはガラりとかわる。
『いいよ』
『自分でやるよ』
『一人で出来るから』
『あんま人の部屋入んなよ』
『勝手に掃除するなよって言ったじゃん』
と、実に可愛くないことばっかり言うようになった。
まぁ息子の部屋には時々は入るし掃除もするんだけれど、そのたびにベッドの下を家探ししたい衝動を我慢している。
夫からは『頼むからそっとしておいてやってくれ、男はそう言うものなんだよ』と言われているけれど、気になってしょうがない。
ただ、最近私の興味は息子そのものよりも、息子と千代ちゃんの関係にシフトしつつある。
千代ちゃんのお母さんとはよく一緒にお茶をする仲だけれど、その時に彼女から『どうもうちの千代、浩介くんの事好きなんじゃないかと思うのよね』と話を持ちかけられたのがきっかけだ。
ちょっと前、浩介に『あんた千代ちゃんの事好き?』と聞いてみたら、あからさまにキョドっていた。
『は? 違ぇし』
『別に興味無ぇし』
『や、キライってワケじゃないけど』
『なんだよ急にさ、何言ってんの』
と、やたら慌てていたから、まぁ間違いないだろう。夫も『あれはまぁ間違いないな』と語っていたし、千代ちゃんについての話が本当なら、今のところは両片思い、というやつだろう。
さぁてどうなりますやら。休みの日も毎日顔を合わせているし、家族同然というか、もはや家族だ。あの子達が付き合うとなれば、なかなか面白いことになるかもしれない。
コーヒー豆を挽いて、丁寧に温かいコーヒーを淹れる。
あの子達も、ちょっとくらいは二人っきりにしてあげるべきだろう。それくらい空気を読むのは、母の務めというやつだ。
喫茶店のママのように丁寧に丁寧に、じっくり時間をかけてコーヒーを淹れてから、頂き物のシュークリームもセットにして2階へと持っていく。
階段を上がってすぐのドアの前、ノックをしようと片手を挙げたところ、私は動きを止めた。
話し声が聞こえない。
あの賑やかな千代ちゃんがこんなに大人しくするなんて珍しい。
「浩介? 開けるよ?」
「え!? あ、ちょ、あ、待っ、まだ!」
「まだ? 何言ってんの」
「おおおばおばさんちょっと待って! すぐ開けます!」
千代ちゃんもやたら慌てたような声。
何してんのかしらあの子達。
と思って、空気を読める女、私はピンときた。
15歳の思春期真っ盛りの男の子と女の子。
邪魔をするものがいない部屋で二人きり。しかも2人は両方想い。
ははぁん、これはアレだな?
君たち、オトナの階段を登るにはまだちょっと早いぞ?
そういうことは、もうちょっとオトナになってからにしなさいな。
「開けるわよ?」
「はい、はいっ!」
ドアを開けたのは千代ちゃんだ。
少し髪が乱れて、学校の制服を着てはいるけれど、ちょっと『慌てて整えました』というのがなんとなく分かる。
わざとらしくベッドに横になってる浩介は、さっきまでぐだぐだになってた掛け布団がわざとらしく整えられてる。
ふぅん、そうかそうか君たち、イケないことしようとしてたな?
「はい、コーヒーとシュークリーム。これ千代ちゃんが持ってきてくれたのね」
「あ、ありがとうございます」
「浩介? あんた起きられるなら起きときなさい。昨日からずっと横になってんだから」
「う、うるせぇよ」
「それから、2人とも?」
千代ちゃんにお盆を渡してから、わざとらしく両手を腰に当てて少しだけふんぞり返る。
「浩介、千代ちゃん? あんた達部屋で二人でいるときは、ドア開けときなさい。それから千代ちゃん、浩介に何かされて『ヤだ』って思ったら大声だしなさいね」
「え? えっ? いえ、あの、おばさん、私は別にそんな、浩介のこととか何とも」
「そ、そっ、そ、そうだよ、おおおお俺だってそんな、千代のことなんて何とも思って無ぇし!」
「は? 浩介あんた何言ってんのよ! 浩介の方から告ってきたじゃん!」
「俺じゃねえよ! 千代の方だろ!? バレンタインの時にさ!?」
「ああああアレは! あれはほら、義理? っていうか友チョコ? 的な?」
あぁなんて微笑ましい。
なるほど、君達ついにくっついたか。まったく、随分待たせてくれたわね。
これはじっくりと楽しませて貰おうじゃないの。
「はいはい、仲が良いのはよく分かったからケンカしないの。ほら、シュークリーム食べて仲直りしなさい」
「いや、ケンカじゃねぇし!」
「それから2人とも、まだ15歳のコドモなんだから、ちゃんとその辺はわきまえなさいよ? 密室で2人きりになるのは禁止。分かった?」
またしても2人してモゴモゴと呟いて、真っ赤になって俯いた。
あぁもうなんてわかりやすい子達。
これはもう、千代ちゃんのお母さんとも情報共有しなければ。
さぁて、この子達が無事くっつけるように、オトナとして導いてあげないとね。
今回のショート・ショートは、ブルーライト風の甘酸っぱいラブコメにしてみました。
親目線で見た初恋っぽい感じの短いストーリーです。




