4.いつもの光景
目を覚ますと、いつもの光景が広がっていた。
窓から差し込む光、肩までかかっている毛布。
個性的な木目が点在している天井。
ここは間違いなくギルドの宿舎、そして自分の部屋だ。
時折聞こえる鳥の鳴き声まで、昨日までのそれと変わらない。
いつものように起き上がろうと足を持ち上げようとしたところで、かすかな痛みが走る。
その痛みから、昨日のことを思い出した。
巨大なミノタウロスの猛突進を受けた衝撃、紫のワイバーンが放つ炎の熱さ。
僕は死にかけのワイバーンを助け、その後ミノタウロスに殺されそうになったところをワイバーンに助けられた。
ミノタウロスはワイバーンの火球によって一瞬で灰燼と化した。
だが、そこから先は全く思い出せない。いや、そもそも覚えていないのか。
ひとまず毛布をよけて、ベッドから出る。
時計を見ると、いつも起きる時間より2時間ほど進んでいた。
視線を動かして周りを見ると、いつも槍が置いてあるスタンドに槍が無いことに気が付く。
ミノタウロスに吹き飛ばされた後、回収せずに帰ってきてしまったようだ。
ギルドの人間にとって武器は大事なものだ、後で取りに戻らなければ。
着替えてから部屋の扉を開けて、廊下を歩く。
他のギルドメンバーはもう外へ出ているようで、誰かとすれ違うことはなかった。
僕は夜の任務ということで、次の日である今日は休みにしてもらっていたため寝坊したこと自体に大きな問題はなかったが、だれもいない事には少し寂しさを感じた。
階段を降りる前に、洗面所で顔を洗う。
鏡に映った僕の顔は、ところどころ擦り傷が残っていて、お世辞にも格好の良いものとは言えなかった。
顔が濡れる感触が、川に突き飛ばされた記憶を呼び出し、昨日自分が死にかけた実感が戻ってくる。
階段を降り、廊下から広間に出ると、デスクで作業をしている人の姿があった。
この宿舎のオーナーであり、ギルド長でもあるパトリックだ。
彼はこちらに気が付くと、すぐに椅子から立ち上がった。
「起きたか! レンチェル!」
「おはようございます、マスター」
この人は、独りで行くあての無かった僕をこの宿舎に受け入れ、それからずっと面倒を見てくれた。
その恩を含めて、僕は彼を“マスター”と呼んでいる。
拾ってもらってからもう10年以上が過ぎ、少しだけ姿は変わったが、その優しさは変わらない。
「君がここの前で倒れていた時は焦ったよ。ジャスミンが治療してくれた時に命に別状は無いと聞いたが、こうやって起きるまでは結構心配だったんだ」
「すみません、迷惑かけて」
「いいんだ。むしろ君を一人で行かせた私のミスだ」
「いえ、二人の方が危なかったかもしれません。これでよかったと思います」
「!! それほどの個体だったか……」
マスターは僕の返事に少し驚き、一瞬考えを巡らせていたようだが、すぐにいつもの表情に戻った。
「ということは、まだミノタウロスは生きているということか」
「いえ、ミノタウロスはもう討伐しました」
「なんと! 君の力はそれほどまで成長していたか、これは調査に向かったレッドサインの連中も驚いていることだろう」
「いえ、実は自分一人で倒したわけではないんです」
「一体何があったんだ……いや、それはひとまずやめておこう」
僕の微妙な表情をくみ取ってくれたのか、マスターはそれ以上話を進めなかった。
ちなみにレッドサインというのは、隣町のギルドの名前であり、各地に存在するモンスターの生態等の調査をメインの活動としているらしい。
そのため拠点にとどまらないメンバーも多いようで、その活動範囲は僕たちと比べ物にならないほど広いとのこと。
どうやらマスターは僕がボロボロで戻ってきた際、すぐレッドサインに連絡を取っていたようだ。
「ところで、まだご飯を食べてないだろう。ジャスミンが君の分をそこに置いてくれたんだ。食欲があるなら食べると良い」
「わかりました」
少し離れたテーブルに食事が用意されていたので、そこの椅子に座る。
姿勢を正して手を合わせたところで、目の前にまた一人、いつもの顔ぶれが現れた。
「おはようレンチェル。具合は大丈夫そう?」
「ジャスミン、おはよう。まあなんとか」
彼女こそ、先程マスターが話していたジャスミン。
僕よりも少し後にこのギルドに来て、それから今日までずっとこの宿舎で過ごしている。
他のメンバーの食事を用意したり、宿舎の清掃等をして働いている彼女だが、それ以外にもヒーラーとして、傷ついた人を魔法で治療している。
昨日の戦いで傷ついた僕を治療してくれたのも、彼女のようだ。
向かい側の席に座って、仕事用の帽子を取るジャスミン。
帽子に隠れている薄色の銀髪がさらっと姿を見せた。
「ご飯、ちょっと冷めちゃってると思うけど、温める?」
「いや、このままでいいよ」
「分かった。無理して全部食べなくても大丈夫だからね」
彼女も、マスターに似ていてとても優しい。
というよりこの宿舎のメンバーは、皆そろって穏やかな印象がある。
拾われた後に新たな居場所を見つけてこの町を去る者は多く、思い返せばその中には野心のある者も少なからずいた。
逆にこの町に残る選択肢を取った者は、平和主義者が多い気がする。
僕もずっとワイバーンのことを仇だのなんだのと言っているが、どちらかといえばマスターに恩を返したいという気持ちの方が強く、結局この町を守ることに専念していた。
料理を口に運びながら、思考を巡らせる。
……いくら追い込まれていたとはいえ、あれだけ恨んでいたワイバーンの手を借りてしまうとは。
僕は人間として、まだまだ半人前だ。
ミノタウロスに出会ってから、自信とか、強さの基準が狂ってしまっている自覚がある。
あの一瞬から、今までの討伐が、全てままごとのようにしか思い出せなくなってしまった。
もっと強かったら、自分ひとりで倒すことができたのだろうか。
強くなるといっても、どうすれば……
「やっぱり大丈夫じゃなさそうね、何かあったの?」
ジャスミンの声が、思考の螺旋を崩す。
どうやら、自分の気持ちが表にも出てしまっていたようだ。
「ジャスミン、僕は……」
ワイバーンのことを話そうとするが、口が止まる。
彼女も僕と同じで、ワイバーンの被害者なのだ。
ある日突然飛来してきたワイバーンの群れによって、かけがえのない家族も、帰る場所も奪われた。
彼女にとってもワイバーンは、人生を狂わせた種族ということ。
そんな彼女に「ワイバーンに助けてもらいました」なんて言ったら、なんて思われるだろうか。
「いや、なんでもないよ。ごちそうさま」
「そう……言いたくなったらいつでも言ってね」
「分かった。治療も助かったよ、ありがとう」
席を立ち、そのままマスターに声をかける。
「マスター、昨日落とした武器を回収してきます」
「分かった、だが一人で大丈夫か?」
「大丈夫です。もう元気になりましたし」
「そうか、けどなかなか見つからなかったら、その時は諦めて戻ってくるんだ。ミノタウロスがその個体限りとも言い切れないからな」
「はい」
僕は一人で、再びあの場所へと向かった。




