3.燃え尽きる意地
紫のワイバーンがミノタウロスを吹き飛ばしたことで、ひとまず僕は九死に一生を得た。
どうやら、ワイバーンは勢いをつけて飛び掛かることで、ミノタウロスを吹き飛ばしたようだ。
一息つく間もないまま、ミノタウロスが起き上がる。
僕への蹂躙を邪魔されたせいか、ミノタウロスはワイバーンの方を睨むようになっていた。
ワイバーンはその翼を広げ、2本の足で水平に立ちながらミノタウロスと対峙している。
お互いが川に足を突っ込んでおり、その距離は数メートルしかない。
まさに一触即発の間合いである。
いくらワイバーンといえど、相手は異常な大きさをしているミノタウロス。
体格だけで言えば、ワイバーンの方が劣っているように感じられるほどだ。
だが、ワイバーンには大きな翼がある。
これでミノタウロスの手が届かない場所まで飛び上がり、そこから炎のブレスを吐けば一方的に倒せそうだが、ワイバーンはまだ飛び上がる素振りを見せない。
先に負っていた傷はほとんど治っているように見えるが、実はそうではないのだろうか。
「ウオオオオオオ!!」
ミノタウロスが咆哮を上げ、前傾姿勢になる。今にもワイバーンに向かって飛び掛かりそうで、心が震え始めた。
だが突然、パァン!という破裂音が鳴り響くと同時に、ミノタウロスが悲鳴を上げる。
よく見ると、ワイバーンの尻尾がしなりながら、慣性に従うようにミノタウロスの体から遠ざかっていた。
おそらく、尻尾を鞭のように使い攻撃したのだろう。
尻尾の細さからは信じられない威力が出ている様子だった。
間髪入れず、ワイバーンが飛び上がる。
地上から数メートル程度で一瞬滞空したと思いきや、足を前に突き出しすさまじい速度でミノタウロスへと飛び掛かった。
ミノタウロスは先程の苦痛からまだ復帰できていなかったようで、無抵抗のままワイバーンの足によって引きずられていった。
上がった水しぶきによって一瞬視界が遮られる。
次に2体が見えるようになった時には、ミノタウロスはワイバーンから距離が離れている状態で横倒しにされていた。
ワイバーンは僕に後ろ姿を見せており、その奥では紫色の何かが光っている。
めらめらと天に昇っていくのを見て、それが炎だと分かった。
次の瞬間、ワイバーンが首を右に半回転させる。
燃え上がる紫炎の熱が一瞬近づいてきたが、濡れた僕の体にとっては温もりに感じられた。
ワイバーンがミノタウロスの方を向き直した瞬間、弾丸のように紫の火球が放たれる。
間もなく爆発音が鳴り響き、巻き起こった粉塵によってまた視界が遮られた。
視界が戻った時には、ミノタウロスは黒焦げになって息絶えていた。
ワイバーンは、傷ひとつない両翼を広げてこちらを向いている。
「これでもう大丈夫だ」
落ち着いた声、僕に対する敵意は一切感じられない。
僕は先ほどの凄まじさのせいか、しばらく呆然としていた。
「君には助けられたよ、礼を言う」
「あ、ああ……」
立ち上がり、少しずつ冷静さを取り戻していく。
すると、体の奥からひどい痛みが湧いてきて、思わず胸のあたりを抑える。
たまらずせき込むと、口からは血が出てきた。
激闘の中ですっかり忘れていたが、ミノタウロスとの戦闘のダメージはやはり大きかったらしい。
「治癒!」
僕の治癒魔法は自分にも使える、傷はひどいがなんとかなるだろう。
だが、魔法が発動しない。
……そうだ、ワイバーンの治癒と、さっきのミノタウロスとの戦闘で魔力を使いきってしまったんだ。
「大丈夫ではなさそうだな、私の翼で里まで運んでやろう」
「なっ!! 僕は大丈夫……」
ワイバーンの助けを最後の意地で振りほどこうとしたが、言いかけのところでふらつく。
そのまま足から力が抜けてしまい、地面にへたりこんでしまう。
「なるほど、ワイバーンの助けは受けないと……それが君なりの意地というわけか。それは立派だが、ここで死んでしまってはワイバーンどころか魚の餌だ。元気になるまで、それはお預けだ」
ぐうの音も出ない僕を、ワイバーンはその瞳で憐れむように見下ろしている。
気が付けば足どころか全身から力が抜けてしまっていて、その場に仰向けに倒れこむ。
最後に感じたのは、濡れた体に残っていた、小さな雫が耳を流れる感覚だった。




