曇天
「今……なんと?」
「ですから、友軍が来るまでの間は耐えねばなりません。少年といえど兵力が必要なのです。ご理解ください」
攻めてくるはずもないと高を括っていた隣国が、どこからか兵をかき集めて進軍している——そう兵士は告げた。
物心つく前から“輝く存在”だと思っていた兵隊さんが、泥臭く、切羽詰まった顔で僕の腕を掴んだ瞬間、
僕は生まれて初めて兵士に恐怖心を覚えた。
そして、母が兵士に泣きながら懇願する姿は、まるで僕の未来に光などないと言っているようで、言いようのない絶望が胸を満たした。
だが、強制召集された人々の中に親友のルイの姿を見つけたとき、先ほどまでの不安は霧のように消え、どこからか湧き上がる安堵が僕を支配した。
——あの時までは。
「ルイ! 君も兵士になれって言われたの?」
「ああ、君か。本当は家族で逃げる予定だったんだけどね……」
ルイは右の頬をぽりぽり掻きながら苦笑した。
「でも父さんが言ってたよ。少年兵は戦力にならないから後方に回されるらしい。だから俺たちは大丈夫だって!」
「そうなんだ……。僕はよくわからないままここに連れてこられちゃったから、何が何だか……」
するとルイは不意に、震えていた僕の手を握った。
「大丈夫だよ。大丈夫」
降りそうで降らない曇天に、一筋の光が差し込んで、僕の目を焼いた。
「おう、坊主。さっきはすまなかったな。俺が見逃してりゃ、お前ら家族は逃げられたのによ」
後ろから声がして振り向くと、さっき僕を引っ張ってきた兵士とは比べものにならないほど立派な鎧と筋肉をまとった兵士が、馬上から僕らを見下ろしていた。
「構わないですよ。友達が逃げないのに、僕だけ逃げるなんて……そんなの男じゃありません」
「ハッハッハ、勇ましいこった。この戦いが終わったら俺の部下になれ。優遇してやるぞ」
兵士が冗談半分にニヤリと笑うと、ルイはきっぱり否を突きつけて、家業を継ぐ意思を告げた。
兵士は豪快にガハハと笑い、僕とルイの背中を叩いて前方へ馬を進めた。
「ルイ……ありがとう」
「ばっ、何がありがとうだよ……友達だろ、俺ら」
家族と逃げることより僕の安否を優先してくれた事実が、とにかく嬉しくて、頼もしかった。
「では、召集された人は一旦、壁上まで上がってください」
僕らは城塔を登り、歩廊へ出た。
壁上には、腰の高さの矢狭間と、大人なら頭まですっぽり隠れる小壁体が交互に並び、凸凹とした形で外縁を固めている。
初めて見る高さからの街並みに少し感動していると、ルイがくい、と僕の裾を引いた。
「これから壮絶な戦いが始まるんだ。俺らは初陣だし、大人と比べても背が低い。真っ先に狙われるかもしれない。だから、二人で固まろうぜ」
僕は頷き、頭の中で勝手に模擬戦を始めた。
直後、金属が擦れるガラガラという音が響き、思考はそこで途切れた。
「民兵の皆さんには、この防具をつけてもらう。武器もすぐ届くはずだ。好きな物を選んでくれ!」
結局、僕もルイも大人用の甲冑はサイズが合わなかったので、ぶかぶかの籠手と脚当てだけをつけ、少し錆びた剣を手にした。
兵士たちが大雑把に位置を決めている最中、偵察の早馬が戻ってきて、敵軍のおおよその位置を伝える。
——五分ほどで、こちらに到着する。
その事実が壁上の全員に浸透した瞬間、誰かが街に向かって叫び、下で様子を見ていた年寄りや女性たちが呼応するように叫び返した。
互いの言葉など聞き取れないほどの声量だったが、
それでも気持ちは確かに繋がり、今まで感じたことのない一体感が街に満ちた——と僕は思った。
「来たぞォォォ!」
誰かが叫び、僕らは一斉に壁の向こうを見た。
曇天の光が完全に雲に隠れ、雨が降り出す。
眼前に迫る敵軍を目にした瞬間、
——僕の戦意は、戦う前から消えかけていた。




