第8話菜の花と桜と笑顔
最初は「行きたくないオーラ」全開だった。
でも、やかましい従姉妹の影響もあって、リハビリは順調に進み、気づけば、菜の花だけでなく、桜も咲く季節となっていた。
「すっげえ……きれい……」
この病院の庭を作った人は、神だ。
こんな壮大な景色を見られるなら、いくらでもリハビリ頑張る。
「何してんのよ」
うっとりしていると、ともねえの頭に響く声が聞こえる。多分、この人は、花より団子派だ。でも、今の俺は違う。
「こうして、菜の花と桜が一緒に咲いているところを見られるなんて、幸せだな……と……」
「篝って、そういう人だったっけ?」
ともねえがドン引きしている。
確かに、言われてみれば、事故に遭うまでは、花を見ながら、しみじみするような男じゃなかった気がする。
「いや……最近、景色が違って見えるというか……」
「じゃあ、もっと色々な景色を見に行けるようにしてあげよう!」
「よし……手加減無用だ……!」
「……っしゃあ! 任せなさい!」
「いて~っ!」
手加減無用と言ったが、ともねえのやることはマジで荒い。
「くっそ……」
リハビリが終わる頃には、心身ともにぼろぼろだ。これ、本当にリハビリになってんのかな。
そんなことを考えながら、松葉杖でとぼとぼとエレベーターへ向かう。
「こんにちは。不知火さん」
愛らしい声で名前を呼ばれて、顔を上げる。
目の前に、春川さんが立っていた。
「お疲れ様です……」
心臓がバクバクと音を立てる。
やっぱり、煩悩は否定できないな。
「ついに、松葉杖で歩けるようになったんですね」
「はい。今日は、リハビリ室で、菜の花と桜の花を見てきました」
「わあ。素敵ですね」
人懐こい笑顔で、拍手をされると、幸せな気持ちになる。今日も心のリハビリは完璧だ。
「あと1週間、頑張ってくださいね」
「はい……!」
春川さんが軽やかに、にこにこと去っていく。
退院しても、あの笑顔を見ていたいな。
……なんて、本当は思っちゃいけないんだよなあ。




