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第5話生きてて、よかった

爆発した髪を整え、鏡の前で笑顔の練習をしていると、勢いよく扉が開く音がした。


「不知火さん。お待たせしました~」


慌てて、真顔に戻り、声の方を見る。そこには、春川さんが車椅子を持って、立っていた。


「いえ……全然……」


待って。その車椅子、誰が乗るの?


「じゃあ、まずはこの車椅子に座ってみましょう」


「え……?」


「だって、折れてない方の腕で松葉杖を持って、折れてない方の足をつけて進むのって、すごく大変ですよ?」


「わ、わかりました……」


春川さんの誘導のもと、可動式のベッドと柵を駆使して、気合いで車椅子へ移動する。

これだけでも、なかなか重労働だ。


「……行きましょうか」


「……はい」


春川さんが車椅子を押して、歩き出す。

介護をしてもらってるおじいちゃんと孫になってる気がするんだが……。


一方、春川さんは、通行人を上手によけながら、少し進んでエレベーターに乗り、降りたらまた少し進んで、次のエレベーターを目指していく。


「迷子になりそうですね……」


最後には、どこにいるのかわからなくなってきた。

この建て増しだらけの病院は、地域で1番大きな病院であるがゆえに、今や迷路のようになっている。


「大丈夫ですよ。もうすぐ着きますから」


不安げに見えたのか、春川さんが優しく声をかけてくれた。


エレベーターという密室の空間で、距離が近いせいで、どきどきする。

俺は、いったい何を考えているのだろう。

煩悩よ。消え去りたまえ……。

そう思った途端に、エレベーターが開いた。


「ここです」


優乃がゆっくりと車椅子を押しながら、半面ガラス張りの部屋を指差す。

そこには、鮮やかな黄色の絨毯が、一面に広がっていた。


「うわあ……きれいですね……」


生きてて、よかった。

俺は、全てを忘れて、心からそう思った。

しかも、ガラスには、嬉しそうに笑う春川さんが映っていた。


「きれいでしょう?私、ここから見る菜の花が好きなんです」


「わかるような気がします」


「え?」


「なんか、こう……生命力に溢れてて、元気がもらえるっつうか……そんな感じがします」


「わかってもらえて嬉しいです」


兄貴のように語彙力がないので、月並みにしか表現できないのが、我ながら残念である。 ただ、この光景は一生忘れない……そう確信した。

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