第3話三食昼寝、天使つき
その時、扉をノックする音が聞こえた。
「不知火さん。こんにちは~」
かわいらしい声だけど、どこか凛とした感じだ。どんな人だろうと、ちょっとそわそわしてしまう。
でも、兄貴は違った。
「どうぞ~」
至って冷静、ナチュラルな返事だった。
「ちょっと……! 兄貴……!」
ここは俺の病室だぞ、と言おうとして、言葉を飲み込む。
目の前に、紺色の医療用スクラブと白いスニーカーをはいた女性が立っていたからだ。
「担当看護師の春川優乃です。よろしくお願いします」
長い黒髪をシンプルな髪飾りでまとめた彼女は、にこにこと微笑んでいる。
「よろしくお願いします……」
その笑顔があまりにもかわいくて、つい見惚れてしまう。『白衣の天使』……だな。
「こちらこそ。弟がお世話になります」
でも、隣にいる兄貴は、やっぱり冷静だ。
医者として、看護師に慣れているのだろう。
「し、不知火先生! 白衣じゃないから気づかなかった……」
「今日は患者の家族だからね」
春川さんは、患者の家族として馴染んでいる兄貴に、明らかに戸惑っていた。
「珍しいお名前だから、もしかして……と思いましたけど、弟さんだったんですね」
「そうそう。こう見えて、俺より6つ年下なの」
「こう見えてって、何だよ……っ!」
いつものように、兄貴に突っ込もうとしたその瞬間、体に激痛が走った。
そうだ……俺は、怪我人だった。
「あんまり大きな声出すと、体によくないぞ」
「先に言ってくれ……」
「ふふふ。仲がいいんですね」
そんな俺たちを見て、春川さんは朗らかに、にこにこと笑う。
体は痛いけど、この笑顔が見られるなら、それでいい。
「ま、いいや。春川さんが担当なら安心だ。あと、頼むね」
「……はい」
「またな、篝」
「おう。またな」
兄貴も同じことを思ったのか、颯爽と去っていった。
ようやく静かになった……と思いきや、今度は春川さんがパソコンを置いた四角形の台を転がしてきた。
「じゃあ、血圧計りますね」
「はい……」
春川さんのほっそりした指が、俺の腕に血圧計の布を巻く。
スイッチを入れると、次は台の中から体温計を取り出した。
「えっと……あと検温を……ん?」
「どうかされましたか?」
「大変! 体温計の電池が切れてる……!」
春川さんが、おろおろしながら、俺に体温計を差し出す。
患者にとっては大事ではないけど、看護師にとっては一大事らしい。
しかも、差し出された体温計が近すぎて、優乃の甘い香りまで伝わってくる。
俺にとっては、こっちの方が大変だ。血圧計の心拍数がバグる……!
「……ということで、すぐ電池を入れてきます!」
春川さんは、勢いよく扉を開け、慌てて部屋を出ていった。
残された俺は胸に手を当てて深呼吸する。ちらりと血圧計を見れば、数値は正常。
それを確認して、俺はほっと胸を撫で下ろした。




