第25話花火どころじゃないんだけど
優乃さんと一緒に花火大会へ行った男のことを気にしているうちに、花火大会の日が来た。
空は分厚い雲に覆われていて、どんより。ときどき雷の音まで聞こえる。妙なモヤモヤが混じってる、今の俺の心みたいだ。
花火大会は家とは反対側の港で開催される。途中にある駅で、優乃さんと待ち合わせ。
近づくにつれて、浴衣カップルが増えてきた。手を繋いだり、肩を寄せ合ったり……みんな、楽しんでるな~。
ま、俺も、今からあの中に混じるのだけど。
「あ……優乃さん……」
駅の小さな交番の前。そこに、浴衣姿の優乃さんが立っていた。
水色の浴衣に大きな朝顔柄。赤い帯が差し色になっていて、まるで夏の絵はがきの中の人みたいだ。
髪はゆるくひとつにまとめていて、いつもより、大人っぽい。こっそり連写したいくらい、綺麗だ。
こんな人を、今から独り占めできるなんて……って、思ったのも束の間。
優乃さんは、黒い浴衣を着た、長身のイケメンと話していた。
「……誰だ、あの男」
ぶっ飛ばしたいけど、交番がすぐ後ろにある。逮捕はごめんだ。
俺は壁の陰から、こそこそと様子を伺うことにした。
「元気そうだな、優乃」
「あなたもね。徹さん」
名前で呼び合ってる!? 知り合い……なのか?
心臓がバクバク鳴って、胃までキリキリしてきた。怖いもの見たさで、耳が勝手にダンボになる。
「優乃、やり直さないか?」
「浮気して出ていったのは、あなたでしょ? 奥さんと子どもを捨てる気なの?」
……え、これ、まさか。
前に聞いた、優乃さんを捨てたっていう元夫、か? こんなところで再会するなんて、田舎こわ……!
「彼女たちには、とっくの昔に捨てられた」
「なっ……!」
浮気相手に捨てられたから、優乃さんにヨリを戻そうと言ってるのか……なんて男だ。
「一緒に回らないか? 俺が嫌なら、友達の医者を紹介してやる」
「困ります。私、待ってる人がいるので……!」
……身勝手すぎて、腹が立ってきた。
そろそろ、行くか。でも、今、行ったら、本気で殴ってしまいそうだな。
「どうせ女友達とかだろう? だったら、いいじゃないか」
「いやっ……離して……!」
男が優乃さんの腕を掴んだ。
──もう我慢できない。
「やめろ」
俺は二人の間に割って入った。拳を振り上げたい気持ちを、なんとか押し殺す。
「誰だ? お前は」
男が俺を睨みつけ、舌打ち。しかも、見下した目で見られてる……腹立つなあ。
「不知火篝です」
でも、ちゃんと名乗る。俺、偉い。
男は俺のTシャツとジーパンをじろじろ見て、鼻で笑った。
「全身ノーブランドの安い男に用はない。行くぞ」
失礼にもほどがあるだろ!?
再び優乃さんの腕を引っ張る男。
「……痛っ!」
「やめてください!」
優乃さんの嫌がる声を聞いて、俺の怒りが一気に沸騰する。
「お前は、優乃の何なんだ?」
「それは……」
友達以上恋人未満。だけど、今ここで言っても仕方ない。下手なことを言って、優乃さんを傷つけるのは嫌だ。
俺は、黙るしかなかった。
「俺は、元夫の黒鉄徹だ。これは、コミュニケーションの範囲内だよ」
黒鉄……マウント取るなよ。むしろ大問題だろ、それ。
「元夫だからって、傷つけていいわけじゃないでしょう!?」
「なんだと……!」
黒鉄の怒りが頂点に達した瞬間、優乃さんが俺の後ろに隠れた。
……こういうとき、デカい体は役に立つ。
「黒鉄さん……だから……」
「ああだこうだと……うるさいんだよっ!」
拳が飛んできた。ドゴッ、と俺の頬に直撃。
周囲の人たちがざわつく。
「いって……!」
初対面で、こんな場所で、全力パンチって……どんな初登場だよ。
「警察で〜す……」
人混みをかき分けて、おっとりした警官が登場。
黒鉄は舌打ちして、そのまま人混みに消えていった。嵐のような男だった……。
「篝くん……」
優乃さんが、潤んだ瞳でこっちを見る。一番怖かったのは、きっと彼女だ。
「大丈夫ですか? 優乃さん」
「ごめんね……私のせいで……」
「俺は、別に……」
もっと早く出ていけばよかったな。ま、俺が殴られただけで済んだから、結果オーライだけど。
「じゃあ、行きま……」
「ちょっと、待って」
優乃さんが鞄からカットバンを取り出した。ちょうど、殴られた場所にぴったりサイズ。
「優乃……さん……?」
優乃さんが、そっと俺の頬に手を添える。
優しい香りと、手の温もり。……いや、カットバン貼ってもらってるだけなんだけど。
「よかった。一応、救急用のポーチ持ってきといて」
「さすが、看護師ですね」
「ふふふ。役に立ってよかった」
優乃さんが微笑む。ああ、この笑顔を守れてよかった……心の底からそう思った。
「行きましょうか……」
「うん……」
ふと、優乃さんの手が俺の手に触れる。
……これ、繋いでもいいのかな。でも、嫌がられたら……。
「手……繋ぎたいな……」
小さな声が、耳に届いた。照れて顔を赤くして、俺を見られないでいる。ずるい、それ。
「え……ああ……どうぞ……」
優乃さんの手が、そっと絡んでくる。
同じことを考えていた人が、隣にいる。
それだけで、温かい気持ちになった。




