第21話 勝利の美酒プラス兄
採用面接という戦いを終えた俺は、今、地元の大衆居酒屋のカウンターに、兄貴と並んで座っている。
机や椅子がぎゅうぎゅうに詰め込まれた店内は、金曜日の夜だからか、満員御礼だ。
スーツ姿のサラリーマンやかっちりした格好の女性がビールを片手に枝豆や唐揚げをつまみながら、騒いでいた。
「……ということで!」
「就職おめでとう! 篝!」
俺と兄貴も負けず劣らず、派手にビールを掲げて、思い切りグラスをぶつける。勝利の美酒は最高だ。
「よかった~……なんか、ニートがカッコいいこと言っても、全然説得力なくてさ……」
「気づくの、遅っ……」
兄貴がドン引きしている。確かに。長くかかってしまった。
「別にいいだろ……気づいたんだから」
ここが、今までの俺とは違う大事なところだ。テストがあるなら、テストに出したい。
「……春川さんに感謝しないとね」
「そうだな……」
春川さんがいなければ、俺は、ただのニートになっていた可能性もある。彼女こそが、真の勝利の女神だ。
「報告したの?」
「いや……今日、夜勤らしいから、明日、電話する約束してる……」
「ふ~ん……」
「なんだよ……」
あのネモフィラデートの後から、春川さんと、毎日、メッセージでやり取りをするようになった。日常の些細なことをやり取りできる相手がいるって、幸せだ。
「女性経験皆無の篝にしては、よく頑張ってるな……って」
「まあ……うん……」
自分でも、なんで、こんなに続いてるのかよくわからない。強いて言うなら、どきどきするのに、居心地がいいからかもしれない。
「デートで手とか繋いでみた?」
「いや……まだ……」
俺も、兄貴も、酒は強いので、酒を飲んでも、顔色が変わらない。でも、真顔でそう言われると、恥ずかしい。悶々としていると、枝豆を手にした兄貴が、ニヤニヤしながら、聞いてきた。
「なんて、呼びあってるの?」
「名字……」
「それ、俺が出てきた時、ややこしくない?」
「いや……だから、不知火先生と不知火くん……」
「……だろ?」
「だって、春川さん、色々あったみたいだからさ……傷つけるの……嫌だし……」
春川さんの地雷が、どこにあるのか、まだ掴めていない。だから、もう少し、このまま、そっとしておきたい。でも、そう言われてみると、確かに、ややこしいな。
「毎日、やり取りしてるんなら、そんなに嫌でもないんじゃない?」
「そうかな……」
「いっそのこと、告白すれば?」
兄貴が、急に爆弾を突っ込んできた。危うく、ビールを吹くところだったぞ。
「む、無理……!」
まだ、色々と準備ができてない……というか、俺の心の準備ができてない。
「じれったいなあ……」
「悪かったな」
「ま、篝らしいけど~」
兄貴がケタケタと笑う。
くっそ~……じれったいのが、『篝らしい』って、何なんだよ。
俺だって、やる時はやるんだ。もう、今までとは違うんだからな。




