表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/25

第2話金なし、職なし、かろうじて家あり

あの時、覚悟した。

俺の人生は、これで終わるらしい――と。


「ん……?」


目が覚めた場所は、現実の、どこかの部屋だった。

俺のアパートと似たフローリングなのに、壁も天井も真っ白で、カーテンは黄色い。


……多分、ここ、俺の部屋じゃないな。


「うわ……」


白い壁にかかった鏡の中に、右腕と左足を包帯で巻かれ、見知らぬパジャマを着た俺が映っている。

185センチの大柄な体も、この部屋では小さく見える。

しかも、クセ毛で多い髪が、いつも以上にボサボサしていて――顔だけやたら目立ってる気がする。


「おはよう。篝」


聞き覚えのある声がして、周りを見渡した。

黒髪さらさら、色白の細身イケメンが立っている。


……兄貴だ。


「どうして、ここに……!」


俺、いつ呼んだっけ?

全然、記憶にないんだけど。


「お前が交通事故に遭ったって連絡が、病院からあったんだよ」


「ここ……病院だったのか……」


どうやら、事故ったのは事実らしい。

兄貴は、半ば呆れたような目をしていた。


「そうだよ。ここは俺が働いてる、花菱中央病院の整形外科の入院棟だ」


「整形外科? ICUじゃなくて?」


テレビだと、交通事故=ICUってイメージがあるんだけど……違うらしい。


「トラックは大破してたけど、怪我は右腕と左足の骨折だけだって」


「え……」


大破しても、生きてる……?

――俺、強えな。


「だから、整形外科に直行したってわけ」


「……俺、助かったんだな」


でも、生きていたら、別の問題がある。


「やばい……」


兄貴が怪訝そうな顔をした。

俺の顔に“大ピンチ”って書いてあったんだろう。


「そんな顔するなよ。命はあるんだから……」


「だって、休職したら、家賃が払えなくなるし……」


このバイトは、働いた分だけ給料が出る。

つまり、働けない=収入ゼロ。即アウトだ。


「休職中でも保障くらいあるでしょ?」


「それが……なくてな……」


兄貴の動きが止まった。

やばい、気づかれた。


「待て……お前、まだバイトでふらふらしてんのか?」


「だって、こうなるとは思わねえじゃん!」


地雷を踏んだ。

兄貴は、海より深いため息をついた。

でも、兄36歳、弟30歳。

この歳になると、殴り合いの兄弟喧嘩にはならない。

……それだけは、救いだ。


「とりあえず、引き払って実家に住んだら?」


「……仕方ないなあ」


両親が亡くなってから空き家になっている、築50年の木造平屋。

隙間風がびゅーびゅーで、段差も多い。

でも、背に腹は代えられない。


「治療費は俺が立て替えとく。仕事は元気になってから考えろ」


「兄貴……」


「いつでもいいから、ちゃんと返せよ」


「わ、わかった……」


借金だけは避けてきたのに。

兄貴に迷惑をかける形になって、情けなかった。


「……それと、篝の担当医は俺だから」


「マジかよ……」


田舎は狭い。

どうせなら、もっと都会で事故りたかったな。ほんと、間が悪い。


「リハビリをちゃんとやれば、1ヶ月で退院できるよ」


「1ヶ月しか、ここにいられないのか……」


隙間風の実家より、3食昼寝つきの病院の方が、明らかに居心地いいのに。


「俺に言われても困る……」


「兄貴……」


「俺は、篝が生きててくれただけで、嬉しいんだから」


兄貴が、悲しそうな顔をした。

その顔を見た瞬間、胸がきゅっとなった。


「……悪い。兄貴にグチっても仕方ねえよな。こんなに、よくしてくれてるのに……」


「篝……」


――そうだ。

せっかくだから、この命を、ちゃんと使っていこう。

でも、俺はこれまで、前向きに生きたことなんてなかった。

……だから、どうすればいいのか、わかんないんだよ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ