第2話金なし、職なし、かろうじて家あり
あの時、覚悟した。
俺の人生は、これで終わるらしい――と。
「ん……?」
目が覚めた場所は、現実の、どこかの部屋だった。
俺のアパートと似たフローリングなのに、壁も天井も真っ白で、カーテンは黄色い。
……多分、ここ、俺の部屋じゃないな。
「うわ……」
白い壁にかかった鏡の中に、右腕と左足を包帯で巻かれ、見知らぬパジャマを着た俺が映っている。
185センチの大柄な体も、この部屋では小さく見える。
しかも、クセ毛で多い髪が、いつも以上にボサボサしていて――顔だけやたら目立ってる気がする。
「おはよう。篝」
聞き覚えのある声がして、周りを見渡した。
黒髪さらさら、色白の細身イケメンが立っている。
……兄貴だ。
「どうして、ここに……!」
俺、いつ呼んだっけ?
全然、記憶にないんだけど。
「お前が交通事故に遭ったって連絡が、病院からあったんだよ」
「ここ……病院だったのか……」
どうやら、事故ったのは事実らしい。
兄貴は、半ば呆れたような目をしていた。
「そうだよ。ここは俺が働いてる、花菱中央病院の整形外科の入院棟だ」
「整形外科? ICUじゃなくて?」
テレビだと、交通事故=ICUってイメージがあるんだけど……違うらしい。
「トラックは大破してたけど、怪我は右腕と左足の骨折だけだって」
「え……」
大破しても、生きてる……?
――俺、強えな。
「だから、整形外科に直行したってわけ」
「……俺、助かったんだな」
でも、生きていたら、別の問題がある。
「やばい……」
兄貴が怪訝そうな顔をした。
俺の顔に“大ピンチ”って書いてあったんだろう。
「そんな顔するなよ。命はあるんだから……」
「だって、休職したら、家賃が払えなくなるし……」
このバイトは、働いた分だけ給料が出る。
つまり、働けない=収入ゼロ。即アウトだ。
「休職中でも保障くらいあるでしょ?」
「それが……なくてな……」
兄貴の動きが止まった。
やばい、気づかれた。
「待て……お前、まだバイトでふらふらしてんのか?」
「だって、こうなるとは思わねえじゃん!」
地雷を踏んだ。
兄貴は、海より深いため息をついた。
でも、兄36歳、弟30歳。
この歳になると、殴り合いの兄弟喧嘩にはならない。
……それだけは、救いだ。
「とりあえず、引き払って実家に住んだら?」
「……仕方ないなあ」
両親が亡くなってから空き家になっている、築50年の木造平屋。
隙間風がびゅーびゅーで、段差も多い。
でも、背に腹は代えられない。
「治療費は俺が立て替えとく。仕事は元気になってから考えろ」
「兄貴……」
「いつでもいいから、ちゃんと返せよ」
「わ、わかった……」
借金だけは避けてきたのに。
兄貴に迷惑をかける形になって、情けなかった。
「……それと、篝の担当医は俺だから」
「マジかよ……」
田舎は狭い。
どうせなら、もっと都会で事故りたかったな。ほんと、間が悪い。
「リハビリをちゃんとやれば、1ヶ月で退院できるよ」
「1ヶ月しか、ここにいられないのか……」
隙間風の実家より、3食昼寝つきの病院の方が、明らかに居心地いいのに。
「俺に言われても困る……」
「兄貴……」
「俺は、篝が生きててくれただけで、嬉しいんだから」
兄貴が、悲しそうな顔をした。
その顔を見た瞬間、胸がきゅっとなった。
「……悪い。兄貴にグチっても仕方ねえよな。こんなに、よくしてくれてるのに……」
「篝……」
――そうだ。
せっかくだから、この命を、ちゃんと使っていこう。
でも、俺はこれまで、前向きに生きたことなんてなかった。
……だから、どうすればいいのか、わかんないんだよ。




