第19話頑張ろ
車の中でも、春川さんは無言だった。音楽をかけようかと思ったけど、陽気な曲もしっとりした曲も合わない気がして、かけられない。
「大丈夫ですか? 体調、悪いとか……」
「う、ううん……そうじゃないよ……」
「俺が何か無神経なこと言ったとか……」
「大丈夫。不知火くんは、悪くないから……」
春川さんは、俺から目を視線をそらせて、頑なに話そうとはしない。でも、ぎゅっと拳を握り締めているところを見ると、何か言いたいことがあるような気がする。
「無理に話してほしい……とは、もちろん言いませんけど……」
窓の外の田んぼを見ていた春川さんが、ふと向きを変えて、俺の方を見る。
どんな表情をしているのか、じっくり見たい……けど、俺は、今、運転中だ。でも、今なら、話ができるかもしれない。
「話してもらえるなら、悪いようにはしません。力になれるよう、努力します」
「不知火くん……」
春川さんが涙をぬぐう仕草が、フロントガラスに映る。やっぱり、何か思うところがあるんだな。
「まあ、無職の俺が言っても、説得力ないですけど……」
こんなことなら、もっと、早く就活しとけばよかった。カッコいいこと言ったのに、決まらない。
俺が頭を抱えていると、春川さんが、
「……さっきの話の続き、してもいい?」
と呟いた。
「はい……」
何が始まるんだろう。
自分で言っておきながら、どきどきする。
「私、子どもができにくい体質らしくて、元夫との間に子どもができなかったの」
「そう……でしたか……」
「元夫は、それでもいいって言ってくれた。でも、年数が経つにつれて、やっぱり欲しくなったらしくて、若い女の子との間に子どもを作って、出ていっちゃったんだ……」
胸がきゅっと締め付けられる。
当事者じゃない俺が、こんなに苦しいのだから、春川さんは、さぞかし辛かっただろう。俺は、何も言えなかった。
「今も、家族連れとか見てると、思い出して、複雑な気持ちになっちゃうんだ。ごめんね」
ああ。そういうことだったんだな。
今さらながら、腑に落ちた。
「いえ。話してくださって、ありがとうございます」
そんな気持ちを話してくれたことが、なんだか嬉しかった。また一歩、前へ進めた気がして。
「こちらこそ、聞いてくれて、ありがとう」
「俺でよければ、また聞きますよ」
「……いいの?」
「はい……あ……それまでに仕事はちゃんと見つけますんで」
「ふふふ。転職活動、頑張ってね」
「……はい」
ようやく、春川さんに笑顔が戻ってきた。
これからも、ずっと、こんな他愛ない会話をしていけるように、頑張ろ。




