第11話癒し系生き物のランチタイム
穏やかな海が見えるレンガ造り風のレストラン。そんなシャレオツな場所に、俺は、今、憧れの春川さんと一緒に来ている。
「オシャレなお店ですね」
向かい合って座ると、春川さんの優しくてかわいい笑顔がよく見えて、すごくいい。
「よかったです。1度、来てみたかったんですけど、男1人で入る勇気は、さすがになくて……」
5年前、パスタがおいしい店だとともねえから聞いたことはあった。今も、マダムたちで繁盛しているから、期待できそうだ。
「確かに、女子率の高いお店ですね」
こうしてみると、俺が、浮いてるような気がする。そして、その理由はもう1つある。
「あの……俺の方が年下なので、タメ口でいいですよ?」
「き、気にしないでください……私、仕事の時も後輩の子に敬語使っちゃうようなタイプなので……」
なんか、壁を感じる。それも、特別に厚いやつ。
「お待たせしました。カルボナーラです」
店員さんが、巨大なお皿に大量のカルボナーラを載せて、現れた。この物価高の時代に、サービス精神大盛りすぎるだろ。
「取り分けますよ」
春川さんがテーブル脇にあった小皿とトングを手に取る。
「え……あ……じゃあ、お願いします……」
そして、パスタをトングで取る。
おお。これは、なかなか豪快だ。でも、残念。小皿にはパスタしか入ってない。
「あ……具が入ってない取り方しちゃった」
春川さんがしゅんとした表情を見せる。いや。悪いのは、雲隠れしたベーコンの方だ。
「いいですよ。自分でやりますから」
「すみません……」
「気にしないでください」
俺は、春川さんから小皿とトングを引き継ぐと、手際よく、小皿でプチカルボナーラを再現した。
「慣れていらっしゃるのですね」
「まあ、不知火家では、俺が家事をやっていたので……」
「え? じゃあ、お料理とか掃除とか洗濯とかも……?」
「なんでもできますよ」
「すごいですね~」
「いや……別に……」
両親が共働きで、兄が勉強していたから、必然的に、俺に家事が回ってきていただけだ。でも、春川さんにきらきらした目で褒められると、なんだか照れくさい。
「じゃ、食べましょうか」
これ以上、褒められると、食べるどころじゃなくなりそうなので、咄嗟に話題をそらす。
「はい! いただきます!」
春川さんは、にこにこしながら、パスタを頬張った。
「ん~……おいし~……」
春川さんが、笑顔でモグモグしている。ハムスターみたいなかわいい小動物的魅力がさらに増す。
「幸せそうに食べますね」
ハムスターか、カピバラか、それともクアッカワラビーか……春川さんの前世は、そんな癒し系の生き物に違いない。
「私の夢は、世界中の美味しいものを食べることですから」
笑顔でモグモグしながら、春川さんが答える。
「……素敵な夢ですね」
きっと、何を食べても、こんな風に笑うんだろうな。
想像するだけで、こっちまで笑顔になる。
「命は限りあるものだから、有効に使いたいんです」
「俺もそう思います」
一緒にいて、どきどきするのに、なぜか安心感があって、心地いい。
「あのモニターに映ってる滝、ダイナミックでいいですね」
食べるのを忘れていたら、春川さんがふと俺の後ろについていたモニターを指差した。
「へえ~……すごく大きな滝ですね」
テロップによると、ちょうどこの近くだ。散歩するのに最適な気がする。
「あとで、行ってみますか? この近くみたいなんで」
我ながら、スマートな誘い方だ。自分でもびっくりする。誰だ、お前は。
「ぜひ、お願いします」
春川さんも緊張が解けたのか、喜んでいるようだ。
かわいい女性と滝壺を散歩か……。
俺は、人生2回目にして、ついに、青春のスタートラインに立った。




