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7話.神代より、これは吸血武器

オヤジがいなくなった店内には、客が誰もいない。プレイヤーもこの時間は一度ログアウトして朝飯だろうから、仕方ないだろう。おかげでリルが狼であることを気にせずにいられる。


「ん? リル、気になるのか、それ」

「ああ……」


青い目で、じいっと魅入るようにして棚に飾られた武器を見ているリル。背後から覗き込んでみれば、それは一本の刀。長くはない。どちらかといえば、ドス、みたいな。ギラリと銀の身が灯りを反射して輝く。


「待たせたなぁ、兄ちゃん」


リルがどうしてか刀から目を逸らさないのを不思議に思っていると、オヤジが奥から戻ってきた。その手には重そうな武器が布に包まれた状態でしっかりと持たれている。


ゆっくりとテーブルにそれを置いたオヤジは、試すように俺を見て告げる。


「コイツが武器だ」


開かれた布。中には、禍々しい灰色の刀身。見つめると、グルグルと視界が回るみたいだ。


それはあまりにも、綺麗で美しい。

武器に通じているわけではない俺でもそう思うのだから、よほどの職人が作ったのだろうと分かる。


ふいに、頭を鈍器で殴られたみたいに、衝撃が走る。


ゲーム、なんだよな、これ。

おかしいって。

すげぇ、背中に、悪寒が走る、みてぇな。

何なんだ、この剣。

吸い込まれるみたいだ。

トリックアートの絵を見ているみたいな。

空間が曲がっていく。

貧血になったように血が引いていく。

ぐるぐると。

ぐるぐる、と。


「兄ちゃん」

「……ッ!」


オヤジの声で我に帰れば、知らぬ間に俺の指が刀に触れようとしていた。その寸前で、止まっている。今はもうオヤジによって再び布がかけられ、刀は見えない。

リルは俺の腕の布を掴み、オヤジ同様、刀に触れないように止めてくれている。


「リル…………」


彼女の顔が、過去の後輩の顔と結びついて。

自分の腕を掴むリル、その先にある己の手。

それが、血に染まっているように見えて。


「ブレイブ殿」

「兄ちゃん」


心配げな表情の二人にまたしても声をかけられ、やっと意識が現在に引き戻される。


そうだ、もう、全ては過去だ。

ゲーム内で思い出すようなことじゃないだろう。今は楽しく、目の前の新たな武器について聞かなくちゃ。


「すみません、ちょっと空腹で意識が……」

「……いや、この武器はやっぱ駄目だな」


そう言ってオヤジは布でよく包み直して、再び持ち上げようとする。それを俺が止めた。


「待ってくれ。その武器、一眼見ただけだが良い武器だろ」

「……ああ。ちゃんと手入れして強化すれば、世界一と言ってもいいだろうな」

「じゃあそれをくれ。いくらだ」


すると商売人としては毎度ありと言うべきところだと言うのに、オヤジは何処か悲しげな、はたまた困惑した顔を浮かべている。リルは俺から手を離し、眉を八の字にしている。


「……コイツは、呪われた剣だ」


神妙な面持ちで、オヤジがポツリとそう言った。その大柄な体躯からは考えられない繊細で小さな声。黒髭を撫でるのは、悩んでいることの表れだろうか。


「呪われた剣ってのは、どういう……?」

「そのまんまさ。コイツは人を狂わせる。だからずっと買い手がいなくてな。兄ちゃんならと、思ったんだが……その様子だと剣に魅せられたな」


呪われた、というのはある種の特殊状態に陥るってことだろうか。でも、さっきの俺は本当に過去に囚われて……いいや違う、あれはただ、偶然にもリルの姿が過去と重なっただけ。剣は関係ない。それに、こんな謎の武器を手放すゲーマーがいるものか。


「あれは偶然だ。それで、もっと詳しく聞かせてくれ。その剣、相当、上等な武器だろう?」

「それはそうだが……おお、それじゃあこうしよう。今から話は聞かせるがな、それでも欲しいってんなら、ワシが要求するアイテムを取ってきて貰おうかね。それが出来るってんなら、この武器をくれてやってもいいかもしれん」


ほほう、なるほど。お使いクエストを受ければいいわけか。

しかし、生憎今の俺には一旦別の武器を買うような余裕はないのだが。


「どの道ナイフは補充しなきゃならんだろう。試練を越えられるなら剣はタダでくれてやるから、ナイフを買ってけ」

「いいのか? 俺としては出費がだいぶ抑えられるから有り難いが……」

「構わん。どの道二人と使い手がいない武器だ。だがな、取らぬ狸の皮算用。もしギブアップするようなら、無駄な時間になるぞ」


あくまでもお勧めはしないというようにオヤジは繰り返す。軽く脅すような調子だが、数多の修羅場を現実でも仮想世界でも潜ってきた俺には微塵も怖くない。


俺はオヤジに早く剣について教えてくれと急かした。

背後で、リルがくいくい、と服の裾を引く。今度は心配ではない。小声で「そろそろ狼になりそう……」と言っている。いくら相手がNPCとはいえ、街の人としてのプログラムを入れられているはずだ。居るはずのない、街に入れるはずのないモンスターが店内に現れたら二度と俺を入れてくれなくなるかも。なるべく早く話を済ませないとな。

五分、と指で示すとリルは努力するというように頷いた。


「まあなんだ、御伽話みたいなもんだが。兄ちゃんは世界史をどの程度知っている?」

「世界史? あー、ええっと、遥か昔に王が死んで崩壊したんだっけか」

「そうだ。全ての生命は死に絶え、代わりに化け物だけが残った。だがな、いくら文明が耐えようと当時の物は残る。その一つがこの剣だ」


オヤジがチラリと布を捲って剣を指す。ギラリとランプの灯りを跳ね返す刀身。日本で言うなら妖刀のようなものだろうか。村正とか、血を欲しがるんだっけか。


「この剣の名はアルカード。察しているかもしれんが、分かりやすく言えば妖刀のようなもんだな。ワシらがこの星に降りるより昔、神代の世の書物に名を記されておったが、当時から曰く付きだったようだの」


アルカード、アルカード、アルカード。どんな意味だろうか。てっきり、深淵のなんちゃらかんちゃらみたいな厨二病臭い奴が来るかと思っていたから拍子抜けだ。アルカード。英語圏だと意味があるのか? アルカード、アルカード、アルカード。英語表記はalucardだろうか。alucard……。


「あ、ドラキュラのアナグラムか」


気が付いたと同時に手をポンと打つ。頭の中がスッキリしたと同時に、十分厨二病だなと苦笑いが漏れた。さすが日本企業だな。


「ドラキュラ……ああ、吸血鬼のことか」


オヤジが俺の独り言に首を傾げた後、納得したように言った。シアクラの世界では吸血鬼呼びの方が定着しているのか。さすが日本企(以下略。


「そうだな、似ているな。その名の通り、この剣は戦さを求む。血を求むのだ。切れ味が良く、赤の滴る様が異様に映える。それで神代、持ち主が気がおかしくなって自殺、その後も転々としていって……」

「そうしているうちに世界が終わったと」

「ああ。さらにおかしな事は他にもある。神代の世から随分時が流れた今も、傷一つ入っていないんだ」


言われて見ると、確かにその刀身には微かなヒビも、欠けた痕跡も、果てには修復された痕も見られない。少なくとも世界が終わってから俺たち人類が降り立つまでの間に古錆びていていいと思うんだがな。他の武器が残りの耐久値に合わせて見事なまでにリアルに傷が表現されている神ゲーなもんだから余計にこのアルカードの美しさは目を惹く。


「耐久値はさぞ高い事だろうな。よし、オヤジ。アイテムは何を取ってくればいいんだ?」

「焦るな。しかし、本当にいいんだな? 剣を手に入れた時、後悔しても知らんぞ」

「大丈夫だ」


彼ら命なきNPCからすれば持ち主の自殺は一大事かもしれないが、俺たち別世界から来たプレイヤーとしてはゲーム世界でゲームアバターで自殺なんてあり得ないし、そんなにも気に入らない武器は捨てればいいし、ゲームに嫌気が差したならログインをやめて仕舞えばいいだけ。なんら問題ない。


ふんす、と鼻息を立てて黒髭を撫でつけたオヤジは、ようやく条件を話し出す。側ではリルがそろそろ限界だとやや強めに裾を引いていた。


「この街を出て第二の街へ向かうには、嚥下の断層を通る必要がある。そこのエリアボスがいる場所の隣に洞穴があってな。毒吐き海月っつー野郎がいる。それを倒すと取れるアイテムを取ってきて欲しい。期限は明日の正午ちょうどだ」


新エリアか! 楽しみだな。どうしてエリアボスじゃない奴なのかは気になるところだが、それはアレか? 俺のプレイ時間とレベルを考慮してNPCが出した最適解か?


ぐいぐい、とリルがこれまでで一番強く裾を引いた。体を縮こませ、若干プルプルと震えている。本格的に限界のようだ。銀の髪が揺れる様子が、ちょっと可愛らしい。


「やるか、兄ちゃん?」


挑発するようにオヤジが言うと、目の前にウィンドウが開く。

『ウェポンクエスト吸血と海月(期限明日12:00)を開始しますか? YES or NO』


「イェスしかねえだろうが」


半笑いで、迷う事なくイェスを押す。

するとオヤジは古びた地図を一枚と、ナイフを二つ取り出した。


「地図は負けてやる。ナイフも、ま、本来は15,000ルアンだが7,000でいいだろう」

「まじか! ありがとな、オヤジ!」

「おう。くれぐれも、海月野郎に気ぃつけろよ」


受け取って早々、俺たちは足早に店を出た。

路地裏には幸いにも誰もおらず、ぽん、と音を立ててリルが狼に戻る。


「っあー! 疲れたぁあ」


よほどキツかったようで、今日初めて、彼女は堅苦しい表情と態度を崩して、まるで学校から帰ってガンガンに効かせた冷房の中アイスを貪る俺そっくりにそう吠えたのだった。

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