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6話.始まりの街ファースアリア

果たしてリルは街への道を知っているのか。リルは一度も洞窟から離れたことがなく、故に街の場所を知らないのではないのか。そう聞くとリルは牙をのぞかせて笑い、教えてくれた。


「昔、人だった頃は普通に生活していたからな。むしろ故郷でもある。無論、あたしの時代はずっと昔だから、開拓者が移り住んだ今、すっかり変わっているんだろうが……」


哀愁漂う口調、声音。世界観への興味は絶えず湧いているが、いくらNPC相手といえどあまりにもリアルなその様子から追及はできなかった。


そのまま沈黙を過ごすこと二十分ほど…迷わずに行くと案外近い場所のようで、門はすぐに見えてきた。門番と思しきNPCが三人立っていて、中へと入ろうとするプレイヤーをチェックしている。プレイヤーのほとんどは安物の装備を付けていて俺と同じ初心者だと分かるが、たまに凄腕っぽい雰囲気を醸し出した奴がいる。考察や隅から隅までの探検を好むギルドだろうか。それともこの、始まりの街前にのみ存在する獣やアイテムがあるのか。


「よっと」


そんな小さな声と共に、木に隠れたリルが人の姿になる。こうなると、不思議な見た目の彼女より全身黒の俺の方が不審者だな。門番に止められないといいんだが。


「さあ、目の前だ」


一つ結びの長い青銀髪がゆらゆらと、リル自身の気分を表すように揺れている。それが何だか微笑ましくて、凛々しい顔つきの彼女とは良い意味で似合っていなかった。


春というのは誰しも新しい何かを始めたい時期だ。そのせいか、新人プレイヤーの数が多く、門の前には若干の列ができていた。それに並び、順番を待つ。幾人かのプレイヤーがどう見てもルーキーではないリルの装備や見た目に視線を残しているし、実際話しかけてくる人もいた。その全てを「彼女は俺より早く始めた人なんだ」と言って、リルが何かボロを出す前に俺が会話を終わらせた。俺の見た目のせいで怪しまれていたけれど、それ以上言ってくる人はいなかった。こういう他プレイヤーへの押しの弱さは新人らしい。


「次の方どうぞ」


高く聳える城壁の真下、厳かな鎧に身を包んだNPC門番の指示で十分ないくらい並んでいた俺たちは前へ出る。


「ようこそ、開拓者、様……」


門番が俺の姿を下から上へと眺めて、何ともいえない目つきをする。すごいな、このNPC。ただ門番という与えられた役割をするだけでなく、プレイヤーキラー等ではない、俺みたいに怪しいけど別に問題は起こしていない人にも反応するのか。高性能なAIを使用しているもんだ。


とはいえ俺は別にルール違反をしているわけでもないので、渋々といった顔で門番は道を開けてくれる。それに会釈で返し、俺はスタスタと大通りへ向かって進んでいった。後ろを、呆気に取られたような顔をするリルがゆっくりとついてくる。なんだありゃ、さっきまでスタコラサッサと行ってたくせに。


「おい、どうしたんだ」

「いや……随分と、変わったなと」


哀愁漂わせているが、しかし、目の前の大幅な変化を見せる街並みに嫌気はさしてないようで何より。


「ひとまず物を売りたい。商店へ行こう」

「ああ……ここは人目につくからな」


一風変わった、恐らくプレイヤーでは入手不可能のリルの装備。さらにそれに加えて俺の不審者装備。全身黒傭兵アーンドサングラス。確かにリルの言う通り、視線が集まってしまっている。早くここから離れたい。目立つのは慣れっこだが、不審者としてこのプレイヤーネームが広まるのは何とも……なぁ。


「ええっとぉ……ここらで良い店は……」

「あっちだ」

「え? お、おお」


近くに地図の貼られた看板なんかはないかと思い見回していると、くいくい、と服の裾を引っ張ったリル。なんかよく分からんが圧がすごく説得力があるのでついて行ってみる。


「なぁ、リル、お前今のこの街に来たことないんじゃ」

「ないよ。ないけど、狼は嗅覚がいいんだよ」


嗅覚? 店に匂いってあるのか? ゲーム内特有の何かだろうか。よく分からん。

まあいっか。どのみち俺に当てはないし、ついてこ。


そうして歩くこと約十分。何だか段々と大通りから外れてきている気がする。もしかしてこれ、新人プレイヤーがよく捕まる謎のイベントなんじゃないのか? 現実で言うところの、東京に出てきた田舎者が美人局に捕まる的な。


「あのぉ、リルさん? こっちであってんの? 道迷ってるなら早めに言ってくれれば……」


俺も迷子とかよくあることだしな、別に怒らんよ、NPC相手ならなおさら、本人の問題ではなくプログラムの問題だ。ま、道を間違えるようにプログラムされるのも大したもんだが。


そう思い気を利かせて今来た方向を示すのだが、リルは不満げな顔で言い返す。


「間違ってない。もうすぐ着く。狼が匂いを間違えるわけない」

「そうかぁ……?」

「あと」

「ん?」


リルの言葉をいつまでも信じない俺に、追加するようにリルが口を尖らせながら続ける。


「ブレイブ殿の示す方向は今来た道じゃない。戻るならその隣の道だ」

「え」


早速迷子になるところだった。恥ずかしい。ごめんな、リル。お前の願いを叶えるゲーマー人生の道半ばで迷子になるかも。ダンジョンで餓死とか蛇に噛まれるとかやだわぁ。ほんとやだわぁ。もう素直にリルについて行こう。というか待って、これリルはNPCじゃん? こんな不機嫌にされちゃってたら途中で愛想つかれてイベント強制終了とかある? 関係値考えないとダメ?


「すんません、俺のミスっす」

「うむ。じゃあ急ごう」


怒っているのか、あるいは慣れない街で緊張しているのか。分からんが、リアルな人間じゃないからとあんま不躾なことは言えないな。いや、言う気もないけどさ。


リルの背後について、トテトテてくてく歩くことまた五分。路地裏のような灰色の道を進む。大通りの音はもはや聞こえず、人気もない。ただ、代わりにと言っては何だがいくつか看板がぶら下がっている。怪しげな、飲み屋や薬屋の看板。ここは本当に合法なんだろうか。


「安心して、大丈夫。裏にあるのは凄腕の人だけを相手にするような専門店。見た目は怪しいけど、中身は確かだ。昔から、そうと相場が決まってる」


俺の顔を見て読み取ったのか、不安を払拭するように淡々と教えてくれる。なるほど確かに、不良時代はよく裏路地にある店の人から情報教えてもらって人助けたこととかあるもんな。ああいう人って利益と立場の弁え方が上手いっていうか、仁義や人情があるんだよな。


「ここだ」

「来たこと、ないんだよな?」


随分と迷わず進むものだなぁ。今この瞬間だって他を見ることなく、赤い看板のぶら下げられた店のドアを開けている。


「ない。だが、良い店ってのは匂いがあるんだ。購買意欲を唆るというか、はたまた店にオーラを付けると言うか。そういう効果のある薬や呪いの種の匂いが。現代は知らないけど、昔は入手が難しかったんだ」

「だから良い店、か」


リルと居ると他のプレイヤーは知れそうにないことが聞けるなぁ。助かる。


彼女の後を追うように入った武具店ジャクソン・ジャックの店内は、薄暗い路地にあるとは思えないほどオレンジ色のランプが明るく灯されていた。武具や瓶の類が棚に綺麗に整頓された状態で置かれている。奥にはNPCと思われる黒髭の男。海賊みたいな大柄な男だ。正直、店番よりも冒険者になった方が良い。


「おお……さすが神ゲー。武器の一つ一つのデザインが良いなぁ……あ、あのナイフかっけぇ。剣もいいな。弓……は遠距離攻撃しないから買わないけど、でも部屋に飾りたいな。お、あの斧なんかもいいな」


映画やアニメ、小説、ドラマ、ゲーム。本格的にハマったのは時間ができた昨年冬からだが、しかし、昔から興味があった。銃火器なんかいいよなぁ。


「その前に物を売らないとだろう?」

「あ、そうだった。ええっと……」


所持金ほとんどないんだった。


「オヤジさん、物を売りたいんだが」


カウンターに近づきながらそう言うと、黒髭、頭上にはガウルとの名が書かれた彼はこちらを見定めるように、値踏みするディーラーのように睨んだ。それに怯むことなく目を合わせ続けていると、ようやく口を開いてくれる。


「売りたい物を出すと良い」

「分かった」


インベントリを開き、アイテムを出す。

売れるのは……。


兎、鹿、鳥、小鳥、狼、カエルの肉。あとは石があるな。目をぶっ刺したら取れたやつ。綺麗な色だ。

ひと通りテーブルに出して、ガウルの反応を待ってみる。アイテムの傷などの状態を丁寧に見たガウルは、髭を撫でながら満足そうに頷いた。


「肉はよくあるやつだが、状態がいいな。最低限の攻撃で仕留められてやがる」


それは、ナイフに限界があったからでさ、オヤジ。


「そんでこの石。目玉から取れるやつだが……」


もしかして安物? だとすると今日の成果は少なすぎるな。もう一回狩りに出かけないといけなくなる。一回ここらでログアウトしたいんだが。


「……すげぇ良いぞ、兄ちゃん。特にこの破壊鳥の目玉片なんかはレアだ。まずあの鳥野郎の目を刺す奴がいねぇからなあ」


それもナイフ以外の武器がなかったからでさ、オヤジ。


とはいえ悪い方向じゃなくてよかった。どうやら破壊鳥の目玉片は中々な金額で取引できるようだし、おかしな倒し方をする奴だということで気に入ってもらえもした。


「よぉし、30,000ルアンでどうだい」

「そんなに! もちろんそれで!」

「んじゃ、交渉成立だ」


ルアンが支払われ、空中に表示されている俺の所持金額がメーターを回して増えていく。物の相場が幾らか知らないが、懐が温まった気がする。


「そうだ、オヤジ。この店で25,000ルアン以内で買える良い武器ないか?」


ナイフ、耐久限界なんだよなぁ。あと一回戦ったら割れそう。もちろん、強化するとか進化するとか道はあるんだろうが。ただ今は素材がないからなぁ。


「兄ちゃん、傭兵かい?」

「ああ。近距離攻撃がいいんだ」

「……よし、待ってろ」


店内にも物はあるのに、何故だかリルをチラリと見たガウルは奥へと入って行ってしまう。何だろうか。NPC連れてると特殊武器を売ってくれるとか?

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