5話.遥か神代からの願い事
落ち着け俺。冷静になれ俺。
だって目の前にいるのはハティ・マーニだぞ? どう見たって今しがた倒した犬コロと同じ種族だぞ? それが話していて、俺の名前を聞いてきているなんて有り得んだろ。
「え、と」
毛の色は青系の灰色。戦闘モードじゃないからか、逆立っておらず、目の色は青。そういやさっきの三体は紫だったな。同じ狼でもタイプが違うのか?
裸ではなく何やら服……戦闘服のような茶色系の物を着た謎のハティ・マーニは俺が答えるのを待っている。じとり、とこちらを見つめる威圧感は半端じゃない。俺がそう思うのだから、他のプレイヤーでは失神ものだろう。
「ブレイド、だ」
並の狼じゃないことが分かる。会話が出来ることから高度なAIを積んでいるようだ。これがどんなイベントか知らないがこの狼はそこにいながらも集団相手に戦う俺を助けなかった。となると今はモンスターと俺の中立なんだろう。発言を間違えればモンスター側に付き戦闘開始、回復アイテムを持たない俺は即死のはず。
「ブレイド殿、誉高き戦士の貴殿に一つ、頼みがある」
一メートル半ほどの体格のいい狼は、こちらに敵意がないことを示すためか、はたまたその行動が狼界隈では丁寧の部類に入るのか。居住まいを正してお座りをすると語り出した。
「あたしは神代より、この洞窟で王を救いし英雄を待ち侘びていた。そして敵との力や数の差を物ともせず、心折れることなく戦い抜くその姿を見て、ブレイド殿こそあたしが望んでいた英雄像そのものだと確信したのだ」
「そう、っすか」
なんだかよく分からんが謎のイベントが入ったな……ああ、街が遠のいていくのを感じるぞ。
「あたしはこの洞窟に長い間眠りについていたのだが、開拓者がこの星にやってきた時に目覚めたのだ。そのせいか、あたしはこの洞窟でなら獣を呼ぶ魔法を使える。それを用いて開拓者に獣をけしかけては、英雄ではなかったと嘆いていたのだ……先ほどの獣もあたしが呼んだもの。これはお詫びだ。飲めば癒される」
そう言った狼……リルが前足を上げてインベントリから取り出したのだろう小瓶を器用にこちらに差し出す。澄んだ青色の液体は怪しげだったが、霊脈の聖水とあるため回復アイテムだと察し有り難く飲み干す。ごくり。
「って、うわ、全回復じゃねえか」
絶対レアアイテムじゃん、聖水て、霊脈て。これ飲んだからいうこと聞けよみたいな感じじゃねえよなぁ、今の賄賂だったりする?
「気にしないでいい、まだあるからな」
マジすか。金持ちならぬ薬持ちじゃないすか。
「それで、お願いというのは……?」
恐る恐る尋ねてみる。だってこのゲーム始まって一年半だぞ。そのリルはずっと英雄を待ってあらゆるプレイヤーに死亡を与えたのだ。そして俺が初めてリルの眼鏡に叶ったわけで。ゲームにハマりつつある者として、気にならないわけがない。
「ああ。長い間眠っていたせいか、あたしの記憶は曖昧だ。だから詳しいことは言えない。ただ、あたしは王を救わなければならない。そのためには、近衛獣を倒さねばならぬのだ」
「近衛獣……とは?」
ちゃんと真面目に読んでいれば説明書かパンフか何かに載っていたのだろうか。
「かつて、神代の世では王は近衛兵を有していた。その中でも実力のある五人衆がいた。それが時を経て、何故か今は近衛獣となって化物と化している。今では皆、我を失ってただ王を守るという使命のみを持っているだけ……神代より、あまりにも強大な彼らを倒した者はいない」
うん、なんとなく分かったぞ。さすがの俺にも分かったぞ。それアレだろ。街から街へとエリアボスを倒して進むメインストーリーとはややズレる、世界観に関わる特別なストーリーだろ。でもってその五人は最強なわけだ。新規プレイヤーの俺には手に余る。
「お願いだ、どうか、力を貸して欲しい。無論あたしも戦いには参加するし、事情も……思い出したならばいずれ全て話そう。だからどうか、あたしと手を組んでくれないか」
手に余る、のだが。
「いいぜ、でも、俺はまだ弱いからな。戦うならもっと強くならねぇと。時間はかかるが、それでもいいか?」
どうせ俺たちプレイヤーは、死んでもセーブポイントでリスポーンするだけだ。そして不良も部活もやってない俺には時間が余るほどある。
ゲーム好きになってきている以上こんな面白クエスト、逃すわけないしな。つーか、その近衛獣とやら倒して美里さん驚かせてやる。いっつも俺が揶揄われるんだからな!
「もちろん、それで構わない! ありがとう、英雄よ」
「大袈裟だなぁ」
堅苦しい喋りだが案外テンションが上がりやすいリルに早速親しみが湧いてきた。
「しかし、俺はこれから街へ行こうと思うんだが……」
どう見てもモンスター、ハティ・マーニのリルを連れて街を歩くのはまずいよなぁ。変なギルドに絡まれたくないし。
「ならばついて行こう」
「いや、街で狼を連れて歩くのは不味いかと」
犬や猫ならテイムできる動物として存在しているのかもしれないが、リルはどう見ても獣。エネミー。モンスター。
「なんだそんな事か。問題ない」
いや問題大有りでして、と反論しようと口を開く前に、ぼふん、という謎の効果音と共に淡い青の光が視界を遮った。そして次に何事かと目を見開くと、そこに狼はおらず、代わりに茶色の戦闘服を装備した女性がいた。
「え」
青銀髪の髪、神秘的な深い青い瞳、耳から銀の十字型のピアスが下げられており、下半身は茶の短パンと黒タイツ。細身であることからも女性だと分かるし、そう、リルなんだろうと分かる。分かるし、察せられるの、だが。
「擬人、化、なのか」
いくら日本がありとあらゆる物を擬人化させケモ耳生やしたりするのが好きとは言え、このゲームもか。神ゲーもなのか。
「どちらかと言えば擬人化ではなく、普段が擬獣化なんだがな」
「そうなのか!?」
「訳あって、呪いのせいで狼になってしまってな。まあその辺もおいおい話すが……MPの消費があるから、街の付近までは狼でいるよ」
ぼふん、という音と光と共にリルは狼へと戻った。
何というか、年上の強気なお姉さん、というようだった。不良時代にたまに見かけた、中身は案外いい人のタイプだ。それにしても、そうか、元は人なのか。だから普通のハティ・マーニとは目の色が違ったり服を着ていたりするのか。人間時代の名残があるんだ。なぁるほど。
「何ボケっとしているんだ、街へ急ぐぞ」
「ああ、そうだったな。あ、待って、さっきの戦いで得たポイントを付与してから」
「早くしてくれ。ようやくこの洞窟から離れる日が来たと思うと興奮がすごいんだ」
「分かったよ、すぐ終わらせるから」
ステータス画面を開けば、驚いたことにレベルが15になっていた。これはすごい。
☆☆☆
《ステータス》
Lv.15
所持金.150ルアン
HP(体力).20
MP(魔力).20
STR(筋力).15
ATK(攻撃力).15
DEF(防御力).11(+10)
DEX(器用).5
AGI.9
LUK(幸運).6(+3)
所持EXP(経験値).0
《スキル》
流星兎飛翔
鉄刃の乱れ咲Lv.2
双翼の舞踏会Lv.2
破壊拳Lv.1
《装備》
頭.漆黒のサングラス(DEF+10)
胴体.漆黒の傭兵ベスト
下半身.漆黒の傭兵ジーンズ
足.茶色の紐ブーツ
アクセサリー.白銀の左耳ピアス(LUK+3)
武器.双翼の鉄ナイフ
☆☆☆
HPとMPはレベルが10上がるごとに比例して高くなるのかな。そろそろステータスにも特徴がつき始めて、筋力と攻撃力が一つ頭抜け始めたな。
「終わったか?」
「ああ。待たせたな。行こうか」
「よし!」
スキップするかのような軽い足取りで銀色狼が走り出す。
「ようやく、街か」
ステータス画面の端の時刻は九時。ゲームを初めて三時間半だ。楽しいものはやはりあっという間だ。
「さて、行くか」
全回復したおかげかリルと同じくらい軽くなった足取りで、狼の背中を追いかけた。