2話.初めての敵、啄まれる靴
晴れた視界に映るのは、少し薄暗い、でも明るくなりつつある空……空?それでいて下は地上だ。
「待てよ、地上?下に?」
そういえばなんだが風を感じる。いやこれ重力か。下から吹き付ける風が俺の髪を揺らす。こんな時でも落ちないサングラスというのはやはりゲームだなと思う。それからサングラスかけてても視界が黒くないのもゲームだなと以下略。
「待て待てそんなこと言ってる場合じゃないぞこれええええええええ‼︎‼︎」
どう考えてもどう見ても落ちてる! 始まって早々落下ダメージにて死亡とかない? 大丈夫かこの神ゲー!?
「うおおおぁああああああああああ」
大変情けない悲鳴を上げ風に抵抗しようとするもそんなことは出来るわけもなく。流されるままに、吹かれるままに、重力に引き付けられて自由落下を遂行する。
「待て待て待て死ぬってのわあああああ!!」
しかし、やはりこれは神ゲー。スタートが死亡なわけもなく、途中で大きな鳥に俺は服の首元を啄まれた。
「今度はなんだ!」
バッサバッサと翼を広げて決して俺を落とさないようにと嘴に力を入れた鳥はそのまま地上へと静かに降り立ち……巣に入れた。俺を入れた。枝や歯で丁寧に作られた、巣に。
「うん、待てよ、これは……」
言われてみれば説明書にあった気がするが、このゲームでは選んだ職業によってスタート地点が変わるらしい。これは後から知ったことだがある意味放浪する存在である傭兵は、空から落ちて鳥に捕まり巣に入れられて戦闘開始、がお決まりなんだとか。中には空で暴れて鳥の口から離れて死亡、地上でリスポーンする奴もいるそうだが、まあ、落下死は好きじゃないので暴れなくて良かった。
子供鳥を呼ぶべく俺から目を逸らす大型の鳥。青色の胴体と黄色の嘴を持つ奴の頭にはエネミー名が赤で記されている。爆速で適当にページ捲った説明書に書いてあったから覚えているが、確か赤色エネミーは自分よりレベルが上、黄色が同じくらいで緑が下、青がプレイヤーだったはずだ。
「クラッシャー・バード、か」
とはいってもこれはチュートリアル的な要素だ。自分より上であっても単純な攻撃をかましてくるに違いない。ナイフしか武器のない俺でも楽勝なはず!!
「よっしゃ行くぜオラ!」
手にナイフを呼び出し、よそ見をしたままのクラッシャー・バードに飛び掛かる。
すぐに反応した鳥野郎だったが、もう遅い。俺はとりあえず翼を切りつけてみる。空に逃げられたら終わりだからな。
昔、そう、ゲームを始めてすぐの頃。半年前だ。俺は高校入学と同時に東京から神奈川に引っ越したから今でこそ近いが当時は美里さんの店はまだ遠くて、休日に電車乗りついで神奈川まで行って、そうしてオススメされたゲームを買ってたんだが……。ナイトメア・バードとかいう率直な名前のゲームを勧められてだな。あれは確実に美里さんのイタズラだった。まあ、あの人のああいう明るさのおかげでゲーム買いに行くの楽しいし、いいんだけど。でもやっぱりクソゲーばっかり勧めてくるのはなんなんだか。
「ナイバドは一時間に一回くらいしか鳥野郎が降りて来てくれねぇからなぁ。耐久戦にも程がある……それに比べりゃ、テメェなんざ楽勝よッと!」
初戦の鳥野郎相手に昼から六時間粘ったら夜になっていたというのは最悪の思い出だ。
「おっとっと」
懐かしい記憶に浸っていたら、左翼を傷つけられたクラッシャー・バードが暴れ出した。吹き荒れる風によって危うく吹き飛ばされるところだった。油断できない。
「そーいやステータスってどうなってんだ……? まあいっか、コイツはスキル無しでも倒せそうだし」
フルダイブ型のバトルゲームは正直俺との相性が抜群に良い。レベルやスキル、ステータスの強さだけでなくプレイヤーのセンスそのものが重要だからだ。不良をしていた過去が上手く影響してくれる。特に対人戦や人間型のエネミーは得意だ。
「お、なんか技でも出すのか?」
不審な動きを始めたクラッシャー・バードが深い青色の毛を逆立たせる。威嚇だろうか。
キェええええええ、と鳥が叫ぶ。しかし俺に害はない。何だろうか。
「ま、そろそろ倒すか」
所詮はチュートリアル要素を含んだバトル。これ以上のんびりと相手する必要もないだろう。ナイフを構え直し、鳥野郎の目を狙う。翼はすでに赤いポリゴンを散らしているから飛べはしないはず。
「よっしゃあ!」
力なく地に付けられた翼を足場に登り、ドス、と目にナイフを突き立てる。年齢制限のかからぬようグロさは控えめになっているのか、嫌な感触は手にはない。ポリゴンが出るばかりで血は出ない。誰でも楽しめるこの感じがさすが神ゲーだろうか。
HPがゼロになったクラッシャー・バードはキィイイ、と甲高く泣いたあと、完全なポリゴンとなって散布した。これで終わりだろうか。ちょっとだけ呆気ないけど、いいんだろうか。俺が強かっただけ?
「お、アイテム落としてるな」
クラッシャー・バードの消えた場所に何やら光る物がある。手に取ってみれば、アイテム名が浮かび上がった。
「破壊鳥の目玉片、か。あー、これ倒し方によってドロップアイテム変わる感じだな」
今度また挑戦して、別のアイテムも取ってみようと考える。ひとまずアイテムをインベントリへとしまい、次に念じてステータス画面を開く。
☆☆☆
《ステータス》
Lv.2
所持金.50ルアン
HP(体力).15
MP(魔力).15
STR(筋力).1
ATK(攻撃力).1
DEF(防御力).11(+10)
DEX(器用).1
AGI (スピード).1
LUK(幸運).4(+3)
所持EXP(経験値).3
《装備》
頭.漆黒のサングラス(DEF+10)
胴体.漆黒の傭兵ベスト
下半身.漆黒の傭兵ジーンズ
足.茶色の紐ブーツ
アクセサリー.白銀の左耳ピアス(LUK+3)
武器.双翼の鉄ナイフ
☆☆☆
「レベルが1上がると3ポイントか。カッコない装備の影響ポイントだな。このサングラスのおかげで防御力は高いんだよなぁ」
なんだか辺りで小さな足音がたくさん鳴っている気がするが、なんだろうか。とりあえずポイントを付与しておこう。
「喧嘩が得意だから、やっぱ筋力は強くしたいよな。武器が壊れた時も素手でいけるし」
それは俺がゲームにハマった理由の一つでもある。現実では喧嘩で負けたことがない。もちろん、プロの格闘家とやったことはないから相手が弱いだけかも知れないけど。でもそれでも、俺の生きる世界では物理的強さは俺が最強だったから、良いライバルなんていなかった。でもゲーム世界では、もっと上を知れるのだ。
「あとは……スピードだな」
3ポイントを筋力に2、スピードに1付与しておこう。
「これでよし」
ところでさっきから段々と強くなっているこの無数の足音はなんなんだ。他の人がバトルしているのかと、ステータス画面を閉じて振り返る。
「おいおい、さっき鳥野郎が吠えたのって……」
脳裏に、毛を逆立てながら鳴いていたクラッシャー・バードがよぎる。なんの効果もない遠吠えかと思っていたがそうではなかったのか。まさか、まさか……。
「子供呼んでたのかよ」
小さい足でトテトテと歩いてくる二十羽ほどの青い小鳥たち。集団恐怖症の人には悪夢だろう。なるほど、一歩が小さいから随分とタイムラグが出たのか。
「倒すのはいいが、数がなぁ」
ぴいぴいと鳴きながら寄ってくる小鳥の頭上にはクラッシャー・リトルバードの文字。色は青色、つまり俺より弱いわけだ。
「ナイフの耐久もあるしな」
踏み潰すのは可哀想だ。罪悪感もあるし。現状、刺すことしか出来ないか。
親の仇である俺を見つけた小鳥たちは勢いを増し、小さな嘴を開く。
ピイいいいいいい! と親鳥とは比べ物にならないくらい高すぎる声がいくつも鳴らされて、思わず耳を塞いだ。うっるせえええ、と呟く自分の声もかき消されていく。そうしている間に足元までやってきた小鳥は攻撃力や技を持たないのか、俺の新品のブーツを嘴で突いて傷つけていく。なんてリアルに嫌な攻撃だ。
「ブーツの耐久終わったら裸足で森走らなくちゃいけないじゃねぇかああああ!」
漆黒に身を包みサングラスを付け裸足で走る傭兵なんて一生の恥だ。それだけは御免だとブーツにくっ付く鳥を離すべく足を振り回す。すると無我夢中で突いていた小鳥たちは辺りへと吹っ飛ばされ、アイテムを落としてポリゴンとなっていった。
「一撃って、HP少な……まーいいか、他のも倒そう」
せっかくだからナイフでも倒してみようと腰を屈めて足元の小鳥を狙う。
五分後、辺りに散らばったドロップアイテムを地道に拾い上げていく。戦闘そのものは簡単だったが、ずっと屈んだ状態だったから腰が疲れた。老人の気分だ。
しかも最悪だったのは途中で、遅れてやってきた小鳥が参加したせいで数が増えたこと。ナイフの耐久が厳しい。
「小鳥の碧翼十個と、小鳥の柔肉十個、小鳥の嘴五個、か……街に行ってアイテム売って、ナイフ補充しよう」