11話.初めての共闘は海月戦争にて
さて、クエスト内容をおさらいだ。
『ウェポンクエスト吸血と海月』という名のそれは、剣でありながら妖刀として名を馳せる武器アルカードを手に入れる目的のもと遂行されるという、世界で一人だけがクリアできるクエストだ。場所は通常の職のものならば一番最初に通ることになるエリア嚥下の断層。そこを陣取るエリアボスの隣にいるという毒吐き海月を倒してドロップアイテムを持ち帰る、という内容だ。
ところで、当初聞いた時から俺は一つ疑問に感じているところがあった。それは何か。それは、嚥下の断層という如何にも岩が多そうな土地名なのに海月が敵というところだ。
「海月、海月なぁ」
沖縄なんかに行ったらいるんだろうか。関東を出た経験が修学旅行くらいしかない俺には未知の世界だな。
そして実際、嚥下の断層に来てみれば、辺り一面が岩であった。嚥下という名は恐らく、今にも飛び出してきそうなマグマの溜まった光景が由来だろう。地面の岩と岩の間でうっすらと赤い液体が揺れている。落ちたらリスポーン確定だな。
ツンツン、と足先で地面を突いてみる。硬い岩だ。敵と戦えば、相手の攻撃に対して踏ん張って耐えることは出来ないだろう。足場が悪すぎる。となると、一撃必殺がいいか。
「誰もいないな」
「この時間はお昼時だからな」
「リルって魔法使えるのか?」
「もちろんだ。回復魔法はMPがかかるが、炎や水なら少しのMPで出せる。大きな魔法だと詠唱に時間がかかるがな」
「いいな。俺も魔法使ってみたいな」
「リルはこれからずっと俺といるのか? それとも定期的に洞窟に戻るのか?」
「一緒にいるつもりだ。無論、ブレイド殿が嫌でなければな」
「嫌じゃないさ。一緒の方が、頼もしい」
他愛もない会話をその後も二、三繰り返し、少しずつ歩いていく。明日の昼まで猶予があるとはいえ何度も死んでやり直す時間はない。迷子はリルがいるからないだろうが、あまり死ぬわけにはいかない。そもそもお金に限りがある以上、回復アイテムもそんなに使いたくない。慎重に進まなければ。
あと、普通にクオリティが高くて眺めていたいのもある。登山とかしたことないけど、きっと死地のような山に登ったらこんな風に危ない岩とマグマに囲まれた神秘の光景を見られるのだろう。ほんと、このゲームはとことん神ゲーだ。作り込みがすごい。なんというか、製作者の熱を感じる。
「おっと、敵だな」
敵の名前は半人熱魚。確かに、見た目は人魚のような感じだ。ただ、通常と違うのは頭が人間、足が魚という美人をイメージしそうなものではないことだ。
そう、恐ろしいことに頭が魚で足が人間なのだ。実に恐ろしい。本当に恐ろしい。しかし不思議なことにホラーゲームのような気持ち悪さはない。どちらかと言えば、人が魚の被り物をしたかのような滑稽さがある。このデザインをした奴は良い性格をしている。
「………」
「戦わんのか」
そうだったそうだった。うっかりモンスターのデザインに魅入ってしまっていた。いやしかし、ブサかわいいとでも言うんだろうか。不思議と一度眺めてみると段々と愛着が湧くような……いや、俺がおかしいのか。
「ま、愛着があっても敵だからなぁ」
倒すもんは倒す。じゃないとレベル上がらないし。
オヤジにもらったナイフ、傀儡の双刃を装備。腰を低く下げて構え、一気に走り出す。
「おりゃあ!!」
相手がどんな攻撃をしてくるか分からない以上、ひとまずは先手必勝。いや、いついかなるときも先手を打つのが俺の戦い方だ。流れを相手に渡さなければたとえ格上相手だろうと案外勝てるものだ。
とりあえずスキルはリキャストタイムもあることだし使わずに、普通の攻撃を仕掛けてみようか。
ナイフを逆手に持ち、相手の首を掻っ切るようにして襲いかかる。ATKに物を言わせた全力の一撃だ。いける、相手はまだ攻撃態勢に入っておらず、完全に不意を付けている。完璧だ、俺。
「よっしゃ!……え?あれれ」
カキン、と耳辺りの良い金属音をナイフが立てた。おかしい、確実にこの魚野郎の首を切る一撃だったはずなのに。なんでだ?
半人熱魚の頭部分が、ぐりん、とこちらを向く。何色をしているのかよく分からない濁った瞳が俺たちを敵として補足した。くそ、これじゃもう不意を突くのは難しいぞ。
相手の名前は赤色で表示されている。つまり、格上。武器の在庫が少ない今、逃げる方がいいのか?
「いや、海月野郎に会うより先にレベル上げしたいし、これに勝てないようじゃ海月には勝てない!」
そして何より。
「逃げるとかありえねえだろ!」
本物の命を賭けた戦いでさえ、逃げたことはない。なのに、無限の命を持つこの世界で日和る必要がどこにある?むしろ、何も考えずに突進できることを喜ぶべきだろう。
「むぐぐぐぐ」
狼の姿になっているリルが半人熱魚の首元に喰らいつくも、苦し気な声を上げて、振りほどかれた。
「ブレイブ殿おおおお!これ、食えないぞおおおお!」
数メートル吹っ飛ばされたリル。狼故に着地はきっちりと問題なく決めれたようで、HPが減る様子もない。良かった。NPCって、一度死んだらどうなるかよくわかってないし、不安なんだよな。
にしても、狼の鋭い牙で噛みついても食えない、とな。頭部分は魚で、あまりにも硬くて……。
「あ、もしかして、魚部分は鱗が強いのか」
なるほど、半人熱魚、ね。頭部分は狙えない。よっぽど強度のある武器じゃないと難しい。なら、狙うのは人間部分だ。つまり下半身の方。人魚のように生えて、不気味に立っているその両足を、切り落とせってか。残虐だが、幸い傷口はエフェクトがかかる。容赦なく行こうか。
「って、ちょっと待て!うお、なんだこれ!」
攻略方法を考えついてリルに伝えようとしたその時だった。ばしゃん、とすぐ隣に赤い液体が落ちる。つか投げられた。見れば、魚の口を開いた半人熱魚がこれを吐きまくっている。これ、ゲロじゃ……はいごめんなさい避けますね、はい。
「リル、後退だ!」
一回距離を取ろう。なんか、あのゲロ……じゃなかった、マグマ?擬きは着弾してもなお消えずにごぽごぽと音を立てているようだし、踏んだら絶対ロクなことがない。想像つくぞ、足に装備している武具が解けるとか、あり得んくらい耐久値減るとか。
「ブレイブ殿、どうするのだ?」
「うーん、見た感じ、あれは長距離に向いた攻撃だ。近接に持ち込めればいいけど、上半身が鱗だから、足元に低く攻撃したいな」
「なら、あたしが魔法を使おう。その隙に、ブレイブ殿が近寄るのだ」
魔法!!なんて甘美な響き!俺は術名を覚えられる気がしなくてやめたが、リルの魔法を見られるとなればテンションマックスになるぞ!いやあ、いいよな、アニメとかでよくある詠唱とかかっこいいよなあ。
「何やら嬉しそうだが、あたしのは独自に覚えたものだ。開拓者の使う物とはやや異なるぞ」
「何それよりいっそう興味湧いたわ」
「むむ、そうか。ならいいが……あ、あの敵動いているぞ。こっちへ来る!」
なんだありゃ、嘘だろ!マグマの中泳げますってか!?スイスイと二十五メートルプールみてえに灼熱のマグマかき分けてんじゃねえよ。エラ呼吸ありかよ。長時間潜りやがって。あれは深く潜られると厄介だな。居場所が分からなくなる。
「魚だからって、何でもありかよ……」
「魔法で陸に引き上げる」
「分かった、三つカウントしたらやろう」
「了解だ」
俺はその場から駆け出すと、リルの使う魔法が何であれマグマ爆弾だらけになった地上を行くわけにはいかないので、近くの岩によじ登った。
「三、二、一……Go!!」
すぐにカウントを決め、半人熱魚の優雅に泳ぐ姿に留めを指すべく、スキル流星兎飛翔を起動、本来は攻撃を避けるためなんかに使うそれを駆使して、跳躍力を高めた。その間に、リルが魔法名を叫ぶ。
「ファントム・トリックスター!!」
その一言で、半人熱魚が泳いでいたまさにその場所に、突如マグマから狼の姿が浮かび上がった。幻影であることは間違いないのだが、実体を持っているかのようにリアル。そして、狼は大きく咆哮を轟かせた。
んぎゃッ、と小さな悲鳴が聞こえたかと思うと、半人熱魚が真横に現れた狼に驚いてぱしゃッと海面を、じゃなかった、マグマ上を跳ね、狼から距離を取ろうと思ったのかそのまま陸へと上がった。
「打ち上げられた魚かよ……まあいい、好都合だ」
そこへ、ちょうど宙を飛んでいたところだった俺が行く。二つのナイフを逆手に構え、敵の上へと向かって……。
「双翼の舞踏会!!」
スキル発動。各ナイフが一回ずつ、的確な刺突をして見せた。一つは足へ、一つは腹部へ。うあああ、と断末魔のような叫びを周囲へ響かせた半人熱魚だったが、コイツに味方を呼ぶという技はないらしい。そのまま、ポリゴンとなって消えた。後にはアイテムが残るのみ。マグマ爆弾の形跡も消えている。
「ナイスだ、リル!」
「ふっふっふ。あの魔法には相手の注意を完全に引いて見せるという性能があるのだ」
なんと、ヘイトを百パーセント集めてくれるのか!!いいなあ、それ。ちょっと離脱したいときとか最高じゃん。
「なあ、あの幻影、まだ残っているけど……」
「あれはあたしいのHPと同じだけ体力を持っていてな。死ぬまで消えぬ。とはいえ、そろそろマグマに耐えかねて死ぬ頃合いだ」
リルの言う通り、五秒後には消えた。……待てよ、攻撃とかをしてくれないとはいえ、HPがなくなるまで気を引いてくれるわけで。リルのレベルが上がってHPが増えれば同じように成長してくれるわけで。
「パーティー一人増えてると言っても過言じゃないな、これ」
あれ、なんか、俺よりリルの方が有能じゃないか?