10話.戦の前のこしらえ
さて、リルの鼻息が落ち着いたところでこれからについて話し合おうか。
「俺は武器は手に入ったからあとはアイテム買うだけなんだが……リルは武器あるのか?」
というか、NPCと共闘って出来るんだろうか。意思疎通とか難しくないか?
「ああ、あるぞ。これだ」
そういったリルが人の姿になってから取り出したのは、短剣だった。とても高価なものに見える。少なくとも、今の俺がちょおっと頑張ったくらいでは到底買えやしないだろう。
そういやこのゲームって、武器の装備に必要なレベルとかあるのかね。
短剣には、上部に名が表示されている。持ち手部分に竜のような、蔦のような、絡みつくように見える装飾が施された銀色の短剣。持ち手部分の上部には一つだけ宝石が付いていた。赤色の宝石だ。残念ながら、俺にはそれが何の石かは分からない。ただ、綺麗に見える。
「鳳凰の短剣、か」
鳳凰って……いきなり世界観が中華風だな。もしかしたらエネミーの中にドラゴンがいるのか? だとしたら楽しみだぞ。竜ってカッコいいからなぁ。男なら憧れると思う。
「じゃあ、武器屋に用はないな。それじゃアイテムを買いに行くぞ」
「うむ!」
リルもワクワクしているのだろうか。心なしか顔が柔らかいというか、「早く行くぞブレイド殿!!」と言われている気がする。全く、冷静なんだかヤンチャなんだが。
あとを追いかけるようにして宿を出る。そのまま第二の街に進みたいから、もう支払いを済ませることにした。案外安くて助かる。
セーブポイントにいちいち金をかけていたらとんでもない額必要になるしな。申し訳程度の金額でちょうどいい。三日以内ならば250ルアンという格安料金。とはいえ、街を進むにつれて金額は上がるのかもしれない。ドロップアイテムの売却金額も高くなるのだし。
「こっちだ!」
人の姿ではあるものの衰えることのないその嗅覚を存分に用いてより良い店へと俺を誘うリルの後ろ姿は頼もしい。なんだか、可愛い後輩が出来た気分だ。キョロキョロと物珍しそうに街を見渡しては背後にちゃんと俺がいるかを確認している。
そんなリルの様子は、容姿のレア装備に注目するプレイヤーはいるものの微笑ましいなぁ、といった風に受け入れられていた。
対して俺はと言えば。
「サングラスって……全身黒だし怪しくない?」
「PKじゃなさそうだけど……離れよ」
「不審者みたいだぞ……」
「体格いいし、こわ」
完全なる不審者として見られてしまっていた。いや、分かるよ? 全身黒で怪しいよね? でもさ、このサングラス超有能なんだぜ? 一回付けてみ?
「ブレイド殿は不審者なのか?」
立ち止まって俺を待つリルまでもそんなことを言ってくる。傷口に塩を塗るな、塩を。
「まさか。ただちっとばかし服装に色彩が無いだけだぜ」
「ちょっとばかしではないと思うが……まあいいや。着いたぞ、ここがいい店だ」
えっへん、と小さな胸を大きく張って誇らし気にリルが仁王立ちしてみせる。場所は扉の前、アイテムショップ《ジェイクのアイテム屋》と看板にある。まだ新しい店なのだろうか。比較的綺麗な外装である。
ここで俺はふと気になったことを口にした。
「さっきのオヤジの店……《ジャクソン・ジャック》ではアイテムの購入はできないのか?」
「出来るぞ。でも、あそこは武具店で、武具に特化した店だから。回復薬とかを買うなら、こうしたアイテムショップに来たほうが種類も多い」
「なるほど……」
やはり、リルがいて良かったな。俺一人では知識不足だけでなく迷子になるという最悪パターンの可能性があった。
リルが先行して扉を開ければ、チリンチリン、と鐘が鳴る音がした。それから、店内に何人かのプレイヤーと店主が見える。予想通り、店主の名前はジェイクだ。オヤジと比べると、まだ若い少年のよう。新しく店を作った青年というのがキャラ設定だろうか。
つか、俺の感想ずっとメタだな。
もっとこの世界に浸ろう。成り切ろう。
よっしゃあああああああああああ!! シアクラ楽しむぞおおおおおお!!
「戦いにどのくらいかかるか分からないのだ。早く購入して先に進もう」
リルの冷静な発言で、俺の思考は元の位置を取り戻す。
「おう! そうだな!」
棚を色々と見回してみる。システム的には、棚にある物は在庫があるから店員、ずばり金髪少年ジェイクに声をかけてくれということらしい。これだと店員が在庫確認に行く必要がなくていいなぁ。
「ええっと……金はあるから、まずは回復薬だな」
さすがにリルが持っていたような全回復のアイテムは高級品らしく、俺のような貧民には買えそうにもない。しかし、小瓶ならば買える。青い液体を詰めた透明な硝子の小瓶。値段は……半回復で500ルアンか。ならこれを10買おう。あとはドロップアイテムとかで何とかなるだろ。リルもいるしな。
「リルも必要なのあったら言ってくれよな」
戦闘だとレベル差的にリルに頼ることもあるだろう。NPCが回復薬を必要とするかは知らないが、欲しいなら与えるべきだ。
「ならば、これをお勧めしよう。あたしは使わないが、あのエリアの海月は毒を持っているからな。時が流れて若干の変化はあるだろうが、魔法を習得していないならば持っておくべきだと思う」
目を大きく見開いてアイテムを見て回っていたリルがそう言って緑色の液体の入った透明な硝子の小瓶を指し示す。値段は600ルアン。
「なるほど、解毒をしてくれるのか」
海月相手ならば必須だろう。これもまたお買い上げだ。
他にも気になるアイテムはたくさんあって、例えば小瓶シリーズだと紫色の液体を入れた解呪の小瓶。ただ、神代由来の呪いは解けないらしい。こちらは700ルアンだそうだ。
あとはピンク色の液体が入った愛情の小瓶とやらもあった。NPCと仲良くなりやすいんだとか。道ゆく人を見た感じ、犬や猫、鳥なんかはテイムできるっぽいからそういうのに使うんだろう。しかしそちらは2,000ルアンとややお高いようだ。
他にも衣類の類も少しだけ売っていた。が、今の俺には高すぎる。また今度来ようか。
「ジャック! アイテムを買いたいんだが」
店内を忙しそうに回っている少年に向けて呼ぶ。すぐに荷物をカウンターに置いてきた彼は最近ようやく仕事に慣れましたといった風に接客を始めてくれる。
「はい! 何を買いますか?」
「癒しの小瓶を10個、それから解呪の小瓶を五つくれ」
「分かりました! お会計は8,000ルアンです!」
空中に『8,000ルアンを支払いますか?』という文が浮かび上がる。はいを押すと、俺の所持金が表示されたパラメータが下がっていった。チャリンチャリンと音がする気がした。
「ありがとうございました〜!」
ジャックの屈託のない笑顔と共に、アイテムを入手した旨が表示される。
「さて、行くか」
「うむ」
そうして俺たちは店を出た。
ゲームの中とは思えないほど眩しくて明るい、気持ちのいい太陽が大通りに立つ俺たちを照らす。そのまま、この街を出る門の前へと立ちはだかる。
「行くぞ、嚥下の断層」
「打倒毒吐き海月、だな」
俺の言葉にリルが不敵に続く。
最早、リルをNPCとは思えなくなってきた。中の人とかモデルになった人とかいるのかなとさえ思えてしまう。むしろ、そうでなくては納得がいかないほど。
命なきNPCだけが、今の俺の唯一の仲間。
「…………昔とは、大違いだな」
ぽつりと溢した言葉を、自分で首を振って否定する。今は早く、もっとこの神ゲーに浸ってしまいたい。リルという、現実ではあり得ない狼人間との冒険が待ちきれない。
未知を前に胸が高鳴るこの興奮を、戦いを前に身体が躍動感を覚えるこの感情を。
「海月野郎にぶつけてやらぁ」
一歩、数多いる開拓者諸君に紛れるようにして俺たちは門を出た。