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プロローグ


──嫌な、嫌な夢を見ていた。


遠い日の記憶。

それでいて、近い日の記憶。


昨年の冬のことだから、まだ、一年も経っていない。それでも四月の今、三か月以上が過ぎた。だというのに未だに忘れられず、背筋にナイフを当てられるような感覚を覚える。


あの日そっくりそのままの、アイツの顔が夢の中に映る。今にも俺を殺そうとせんばかりの殺気を放ちながらも、何処か救いを求めるような、捨てられた子犬のような顔から目を背けたくて──。


「…………はッ!」


勢いよく目を覚ませば、真っ暗な部屋が映る。一人暮らしだから夜中にこんな風に飛び起きてもうるさいという人はいない。静かな空間だ。


「変な時間に、起きちまったなあ」


時計を見れば、朝方の五時。起きるには早いが、二度寝を決め込むには微妙過ぎる時間だ。しかし、土曜日の今日、今から二度寝をしても困ることはないが……。


「けどやっぱ、あんな夢見たあとじゃあなあ~」


眠気を完全に削がれている俺は寝ぐせでボサボサの頭をかきながらスマホを開いた。画面が眩しいから、光の強さのバーを下げる。通知欄には友達からのメッセージなんてなく、ただゲームのお知らせが溜まっていた。


「なんか面白いゲーム、ねえかなあ」


五時ならば、夜中中ログインしているような夜型の人もいるだろうし、今からログインするという朝方の人もいる。オンラインゲームをやるには持って来いの時間だ。


とはいえ、先日までやっていたゲーム、エブリー・フォー・プリンセス、通称エビプリはクリアしてしまった。お姫様を救出すべく魔王の城へ向かうというよくあるゲーム。席替えで前の席になったクラスメイトに勧められてやってみたのだが、まあ、面白かった。ただ、何というかオチが新鮮過ぎた。


 最終的に主人公である騎士とお姫様は結婚するのだが、その後にとあるシーンがあるのだ。反省した魔王、国王、王妃がのどかにお茶をしながら会話をしているという平和な場面なのだが、問題は会話内容。


「あの子が幸せそうでよかったわあ」という王妃。

「魔王殿には助けられたのう」と国王。

「いやあ、若い頃暴れ過ぎたせいで反省してからもイカれ野郎扱いだったからこうして更生しましたアピールできてよかったわ、助かったぞ」と魔王。


そう、全ては仕組まれたことだったのだ。ああ、何と恐ろしい。


娘の騎士に対する思いを叶えたい両親と、ちょうど人間界に行きたいのに若い頃のヤンチャのせいで怖がられて行けない魔王が結託したという、見事な強力プレイ。幸福なのは娘であるお姫様がこのことを知らず、ただ「あんま乱暴しない魔王だなあ」と思っていることだ。これでお姫様まで協力者だったら騎士が騙されまくってて可哀そうだからな。


「みんないい人で良かった」と思えるある意味の神ゲーで、「魔王に対する殺意を返せえええ! これまでの戦い何だったあ! 御者が通りすがりの竜に喰われて死んだぞお!」と叫びたくなるある意味のクソゲーだ。


ま、ゲーム初めて半年の俺には新鮮で笑えるゲームだったので良しとしよう。しかし、あのクラスメイトには何か仕返しにクソゲーをお教えしてやらないとな。何しろエビプリはそのくだらないオチの割に普通に敵が強いからなあ!クリアのために夜な夜な頑張って合計プレイ時間がわずか四日で五十五時間超えたぞ!


というわけでスマホに入っているアプリストアを眺め始めた俺だったが、当然だがオススメ欄には神ゲーしかないためクソゲーが見つからない。そもそも、この半年で怒涛の勢いで数多のゲームをクリアしたとはいえ元がオタクというわけでもない俺は古いゲームには疎い。


「ちょうどいいクソゲー、クソゲー、クソゲー……」


呪文のように「クソゲー」と呟きつつ画面をスクロールしていると、とある神ゲーが幾度となく表示されていることに気が付いた。ゲーム好きなら誰だって知っている、俺だって知っている話題のフルダイブ型オンラインゲーム。一年半ほど前に発売され、今ではプレイヤー数が四千万だとかなんとか。


さらに驚くべきことにこれを開発、発売した企業はこれが一作品目なのだ。発売当時、謎に包まれた会社が神ゲーを制作したとテレビや雑誌が盛り上がっていたことを、その頃はまだゲームに興味のなかった俺でさえ覚えている。


「そろそろ、手を、出して見るか……?」


俺がゲームをするようになった半年前にも同じように購入を考えたのだが、その時はまだ「ある程度他のゲームで慣れてからの方がフルダイブ型の神ゲーは楽しめるかな」とやめたのだ。フルダイブ型は自分で動く必要があるうえ、システムが難しいこともある。運動神経には自信のある俺もゲーム酔いや目の疲れ、設定やシステムの理解に問題があるかと思っていたからだが……。


「今なら十分いける、か」


エビプリといい他のゲームといい、クソゲーで精神を鍛え、神ゲーでストーリーなどの作り込みを理解する知能を培った今の俺なら、いけるのではと感じる。というか、普通に今やるゲームないしこのゲームやりたいし気になるし。


「うっし、このゲーム買いに行くか」


フルダイブ型はいくつかやったことがあるから、頭というか目元につけるフルダイブ型ゲーム専用の機械──正式名称は忘れた──は持っている。しかしゲームそのものを買ってこなければ。この時間ならば、あのお店はもう開いているか……。


適当なシャツとズボン、朝はまだ寒いのでお気に入りのジャケットを羽織った俺は、財布とスマホだけを持って玄関を出た。外はまだ寒く、春のため若干の花粉が飛んでいる。気を抜けばくしゃみが出そうだ。


「夜桜、って、いいなあ……あ、どっちかというと朝桜か」


そんなどうでもいいことをぼやきながら進むと、一つだけ灯りのついた店が見えてくる。カラン、と一度だけ小さくなるベルの音を聞きながら入店すれば、一人の女性がレジに立って暇を持て余していた。


「おはよ」


気軽に声をかけてくるその人の名は今井美里さん。ゲーム好きでこうしてゲーム屋をやっている。営業時間は朝五時から夜十一時。休みは火曜日だけ。その理由曰く、「土日にゲームを買った人が、火曜日くらいには最終ステージなんかで沼にはまるからねえ。火曜日は暇なんだよ」だそうだ。


「何のゲーム買うの?」


「アムネシア・クラウンをやろうかと」


「お!ついにあの獅子王様がシアクラを!」


「様付けはやめてくれよ、美里さん」


「へへ、ごめんて。じゃ、在庫取って来るわ」


アムネシア・クラウン目当てにゲーム屋に来て大量購入し、その十倍などの高値で売るというクソな転売ヤーが多いため、この店では店内には見本だけを置いて、購入は店長である美里さんに言うという形になっている。


ちなみに客の中には「三十個ください」とか言いやがる堂々としたあからさまな転売ヤーもいる。そのたびに美里さんが「一個までね」と普通の客にはしない個数制限を言ってやると相手は「金払うんだからいいだろうが!」と負けじと騒ぎ立てるんだとか。俺も数回居合わせたことがある。


そうしてそういったどこの輩かも知れない連中は言い負けない美里さんを脅すべく「オレの知り合いには怖い奴がいるんだぞ!この店潰すぞ!」とこれまたあからさまな負け犬のハッタリをかますのだが、それこそ美里さんの思うつぼでして。


ここぞとばかりに美里さんが「じゃあこっちは獅子王様呼ぼうか?」と言うとみんな黙って帰っていく。正直、毎度俺の名前を使うのは止めて欲しいし恥ずかしいし、もう俺は不良やってないし、喧嘩なんてしたら高校一年生春にして退学なんだが。


どうも美里さんは俺を神格化している節がある。まあ、不良時代に犯罪者予備軍みたいなクソ連中に絡まれているところを助けたからっていう出会い方だから仕方ないのかもしれないけれど。様付けをやめてくれないのもそのせいだろう。もちろん、単純にからかわれているという理由もあると思う。


「お待たせ~」


美里さんがパッケージ片手に戻って来ると、俺はそのことについて話を切り出した。


「面倒な客に俺の名前出すのやめません?もう不良じゃないし……」


「でも強いでしょ?まだ身体鍛えているっぽいし」


「そりゃ、いつ昔の因縁で襲われるか分からないし……それに、フルダイブ型のゲームは体力が重要で」


中学時代、一年半ほど不良だったせいで当時の名前が伝説となり今でも独り歩きして噂に尾ひれがついてしまっている。そのため街を歩くと変な奴とかかつての喧嘩相手に絡まれることも多い。「仲間になってくれ」ならともかく、「不良やめたんなら弱っているだろ、復讐だあ!」とやって来る奴はマジで面倒くさい。そのため不良をやめた今も、鍛えざるを得ないでいる。


「うーむ、まあ、嫌ならやめるけど……そうしたらどうやってクレーマーを帰らせようかな」


「う、それは、その」


「店の前に『獅子王様御用達』ってポスター張りたかったんだけど」


「それは駄目だ!絶対駄目だ!」


レジに前のめりになって訴えれば冗談だったらしく、美里さんはクスクスと笑った。


「……はあ、ま、実際美里さんになんかあったら困るからいいですけど……あんま大ごとにしないでくださいよ」


「獅子王様は優しいねえ」


「この店潰れたら行く場所ないんで」


「確かに、かつての伝説がゲームオタクになってたらみんなびっくりだもんねえ。あ、四千五百六十円です」


「はいどーぞ」


「ぴったりだね。毎度あり」


流れるような手つきで会計を終わらせる美里さんから品を貰い、俺は店を出た。ちょっとばかしテンションが上がっている。


「感想、きかせてねえ!」


「わあってますよ!」


入り口の自動ドアが閉まる寸前に投げられた言葉に返事をして、高揚する胸と早まる足で家へと向かった。


◇◇◇


三十分後。説明書と注意事項を読み終えた俺は、ベッドの上に仰向けに寝転がって装着した機械を起動。


『ようこそ、開拓者様。この世界に生きる獣たちを、どうか深き眠りに導いてあげてください』


優しい語り手の声と共に、真っ暗の視界が徐々に開けていく。


──アムネシア・クラウンの世界が、目を覚ました。


作者はちょっと、同時に複数の作品を書きすぎています。よって毎日投稿とかできないし、現時点でこの作品は12話くらいしかストックがございませんのですぐ投稿が行き詰まるかもしれませんが、ちゃんと書く気はありますのでご安心を。

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