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放浪

 師に送られた馬は名馬であった。

 いや、アルハンデロに帰った時から知ってはいたが、実際に他者の馬と比較してみれば、その優秀ぶりがよくわかろうというものだ。

「待ってください、エルフィール様!」

「遅い!何をやっている、お前たち!」

常歩で馬を進めながら、速歩で駆けてくる四人を見ていた。遅い。遅すぎる。

 彼らの速度に合わせてやるのは辛かった。とはいえ、己が公爵令嬢であるという身分を忘れることも、エルフィールには出来ない。


 己の不在を隠すことはいくらでも出来るかもしれない。しかし、己の生死を隠すことは出来ない。

 エルフィールが屋敷に不在で旅をしているということは、公爵家の権力を使えば隠し通せるが、エルフィールが死んだということは隠し通せないし、死ねば理由もまた知られることになる。

 旅に、道連れはいなければならなかった。エルフィールが死にそうなとき盾になれるように。万が一エルフィールが死んだとき、死因を隠すためアルハンデロに死体を運び込むために。

 だから、四人の付き人が見失わないようにエルフィールは動かなければならず……鬱陶しいこと、この上なかった。




 猪の肉を適当に焼く。麦と稗を煮たものを口に放り込む。

 エルフィールが捕らえた獣を付き人たちが食べるという状態に、彼らは釈然としない表情を浮かべながらも食べていた。

「そんな表情をされても困る。お前たちに任せておいたら、俺はいつ食事にありつけるかわからないじゃないか。」

「……申し訳ございません。」

お前たちは役立たずだ、と言われている気分でゴーヴェンが頭を下げた。否定は出来ない。だが、彼女もそれ以上続ける気はなかった。

 彼らはただエルフィールの我儘に付き合っているだけである。文句を言う筋合いはない。

 エドラ=ケンタウロス公爵領を出、ルウ=エトラス騎士爵領を通過し、方向を変えてアファール=ユニク子爵領へと向かい……。


 四ヵ月ほど、フラフラと旅して回った。街で買い物をしたり、農民たちの収穫祭に参加したり、した。


 そして、再びエルフィールの価値観を押し上げる出来事が訪れる。

 それは、ヒトカク山の近くの村に滞在していた頃に起きた事だった。



 

 宿を借りよう、と思った。

 付き人たちに疲れが見え始め、そろそろ休まなければならないということが明白になってきていたからだ。

 近隣に大きな街はなかったが、休める場所は一応あった。

 3日ほど馬で駆けた先に打ち棄てられたというフィシオ砦が、さらに3日ほど駆けた先にアファール=ユニク子爵家の領都ユニクが。しかし、そこまで行けるほど付き人たちの体力がないのは、見てわかった。


 仕方がない。村で三日ほど休みをもらおう。鹿を二頭ほど射止め、それを担いで傍にあった村まで運ぶ。

 手土産は必要だった。三日、寝床を借りるためにも、自分がどういう者かを問い詰められないためにも。

 しかし、付き人たちは疲労困憊、鹿の死骸を運ぶ体力もないと言わんばかりの姿である。

「まあ、いい。あの村に滞在させていただくことにする。ついてこい!」

馬の背に死体を乗せ、己はその手綱を引いて歩く。力尽きた目でそれを追い、ゴーヴェンたちは己の無力さに打ちひしがれた。……元来、公爵令嬢があんな下働きのようなことするべきではないのである。せめても、獲物運びくらいは付き人たちがやるべきであったが……彼らにはそれをする体力もなかった。

「頼もう!」

まるで男のように、エルフィールはつき進む。女らしく、公爵令嬢なのですから、などと家の者に言われる日々に嫌気が差して自分のことを俺と呼び始めた。


 振舞にしても、男らしく豪胆な動きが増えてきた。いわゆる、楚々としておしとやかな令嬢、とはほど遠い大胆な行動、言動が増えている。

 皮肉なものである。そういった振る舞い、言動になっていくにしたがって、顔つきの方は女性として完成系に近い整いを見せる。肉体には、ところどころ女性らしい丸みを帯び、いくら言動で周囲を威嚇しようと、その顔身体を一目見れば、遠くからでも女性だと判別できる。

 しかしそんなもの、エルフィールには関係がなかった。己の女性としての武器が世界を救うのに役立つならばさておき、それは家を盛り立てる役に立っても農民たちの生活が楽になるわけではないことはわかりきっていた。

「三日ほど、泊めてくれないか?」

村の入り口で叫ぶ女傑の言葉に応じた村長が、じっと後ろでばてている付き人たちを流し見る。


 馬が五頭。見るからに立派な武装。華美ではなくとも、剛健を思わせる馬具。

 何より、前に立つ女傑の美貌が凄まじかった。齢10とは思えない、意思と育ちを感じさせる美しさだった。

 これほどの美人、そこらで転がる傭兵ではありえない。間違いなく、高貴な生まれだと村長でさえわかる。

 そして、その美貌が頭を下げるのだ。三日泊めてくれと。彼らを休ませてやってくれ、手土産はここにあるからと。


 圧倒されるのもやむなしだった。エルフィールを相手にすれば、ほとんどの者が首を垂れる。それくらいの魅力が、彼女には具わっていた。

「はは。もちろんでございますです。ささ、こちらへ……。」

ほとんど反射で、考えることなく彼らはエルフィールを案内した。

「こちらとあちらの家をお使いくだされ、はい。」

「……いいのか?家主は?」

アルハンデロにあるエドラ=ケンタウロス公爵家の屋敷と比べれば、天と地ほどの差があるあばら屋だった。しかし、周囲を見ればそんな家ばかり。これがその村の標準的な家なのだろう、と公女は家の脆さについては目を瞑る。

 しかし、不思議だった。唐突に訪れたにもかかわらず、すぐさま泊まれる家に案内されるとは。ここは旅人が多く訪れる地であったりするのか、と。


 疑問に対して、エルフィールは自身で首を振った。旅人、商人……彼らがよく訪れるような土地であれば、人を案内する家はもう少し豪勢であるはずだ。なにより、村の生活水準が、見る限りかなり低い。

 家に荷物を放り込むと気絶するかのように気絶するかのように眠りについた付き人たちを視界の端で流し見た村長は、村の端の方に立つ石塚の方へと指を向けた。

「あの中で眠りについていますよ。」

苦しそうな瞳に、苦い声。聞かない方が良かったらしいと判断した公女は、素直に謝罪する。

「すまなかった。俺はエル。この村のことについて、聞いてもいいか?」

「エル、ですか……?」

見るからに女なのに、男の名を名乗ることに覚える違和感。……しかし、黙って村長はそれを飲み込んだ。偉い人の考えることはわかりません、とでも言うかのように。


 そんな反応にエルフィールは苦笑した。言葉にならない反応を示されるのは慣れっこだ。

「あぁ、エルだ。釈然としないかもしれないが、よろしく頼む。」

「はいはい、わかりました。この村のことと言いましても、何が聞きたいのかわかりませんが……。」

「なぜこの村は、こんなに人が少ない?」

疑問に感じていた。この村に入っても、人の気配が感じられない。明らかに、少ない。


 しかし、それはおかしな話だとエルフィールは思う。

 アファール=ユニク子爵領は、数多くの山を持つ領土である。それも、千をわずかに超える程度から二千に至らない程度の、中低山が多い。

 ……山々を通り過ぎる中で、梅やアワビの樹をいくつも見た。アファール=ユニク子爵領は、その果樹園と山で穫れる食肉・山菜により、比較的安定した食糧が得られる土地である。

 食料に不足のない土地の農村で人口が少ないのは、確かに変な話である。


 餓死者が出ず、口減らしの必要もまたないならば、次代に子を繋いでいくだけだからだ。

「……仰られることはわかります。しかし、この村に人がいないのは、子を繋がぬ故ではございません。もちろん、飢えゆえでもございません。ただ、殺されているがゆえにございます。」

何、と公女の眉がよる。聞き捨てならないセリフだった。村長の言を一言で訳すならば、盗賊が跋扈しているという宣言に等しい。

 

 信じがたい話だった。アファール=ユニク子爵家は、この国でも十指に入るほどの豊富な財を成す貴族だ。盗賊を放置するとは考え難い。

「子爵は王家に出兵依頼を出していないのか?」

「何の話でしょう?」

村長が首を傾げ、その反応にハッとした。農村や街の平民に、貴族の……国の政治の話などしたところでわかるはずがない。

「その盗賊はいつからいる?」

「そうですね……短く見積もっても7年。長ければ10年ほど前からでしょうか?ヒトカク山・ソウカク山という二つの山に根城を築いている盗賊がいるのです。」

その答えに、公女はわずかな吐き気を感じた。10年。10年も、放置されている、盗賊団。貴族がそれだけ平民を顧みていないということだろうか?

「奴らを討伐するために軍が出たことはないのか?」

村長の側は、随分と酔狂なお嬢様だな、と感じていた。こんな農夫の生活に思うところがあるのか、わざわざ生活を突っ込んで訊ねてくるのだ。それも、盗賊の被害や討伐の有無を、である。


 貴族がそこまで農民の生活に心を砕くと、彼は思っていない。アファール=ユニク子爵家は善政を敷くし税金額も控えめであるが、持っていくことには変わらない。それがどう使われているのか村長は詳しく知らないが……それでも、いいご身分だと思っているのには違いなかった。

 それが、どうだ。なんとなく貴族とわかる風貌美貌、さらには女。そんな者が、村の生活について訊ねるのである。奇特と思わぬはずも無し。

「……過去、4度。大規模な軍隊が出て、盗賊を討ちに出たという話を聞きました。その全てで、首領を名乗る男は逃亡し、再びこの地に舞い戻っているようです。」

「なるほど。子爵は仕事をしているのか。」

どういうことか、と喉元まで出かかった言葉を、村長は飲み込んだ。偉そうにしている気に食わない者、というのが貴族に対する村長の考えである。が、目の前のあまりに女とも、貴族とも思えぬ振舞の存在に、村長は貴族という存在の認識に疑問を覚えた。

「……貴族は国王、宰相、元帥いずれかの許可なしに軍勢を動かすことが出来ない。討伐軍が出たということは、国王の許可を得たか、国王自らが国内武の名家に出兵依頼を出したということだ。」

疑問が表情に出ていた村長に対し、エルフィールは何の躊躇いもなく国の秘密を教えた。いや、秘密ではない。村長がわざわざ知っている必要がないだけで、国としては当たり前のことである。


 エルフィールとして驚きなのは、アファール=ユニク子爵が、都合4度も、国王に出兵依頼を提出したこと。そして、その承認を得たことである。

 どれだけの政治手腕を有しているのか。……いや、食糧難になる事だけはない土地柄ということは、その食糧による財もまた尽きないということ。むしろ、『神定遊戯』による強制30年豊作がない分、食糧の価値は上がっている。財もまた、増え続けているのだろう。

 賄賂だ。アファール=ユニク子爵は、相当額の賄賂を渡すことによって、出兵依頼を承認させている。


「子爵はよくやっているぞ、村長。逃げおおせ続けているブディスとやらが、相当出来るんだ。」

盗賊の首領を讃えるのは気に食わないが、しかし四度も逃げおおせているその実力だけは認めてもいい。……いや、本当に実力か?

 ふと、疑問が思考の端をよぎった。最初の1度、2度目は本当に逃げおおせたのだろうと思う。盗賊相手だ、手を抜いていてもおかしくはない。あるいは、準備不足だったか、ブディスとやらの方が用意周到だったのか。

 だが、3度目、4度目ともなれば話は変わる。そこまで行けば偶然ではない。まず間違いなく故意である。


 狩猟採取と果樹園を基礎とした財は、『神定遊戯』による強制豊作を介さない収入源である。120年もの間『神定遊戯』が起きていない世にあって、国内きっての食糧庫となりうる。

 それによる財源から贈られる、出兵依頼を兼ねた王家への賄賂。間違いない、これが目的。

「賄賂狙いで、首領を逃がしているのか、国は。」

決して認めたくはない。納得したくはない。しかし、そうでなければ国が出した兵が盗賊の首領だけを何度も何度も取り逃がすなど、あり得ない。


 吐き気がする、と公女は思う。

 どれほど醜い話だ。国民を見ていない、などという可愛らしい話ではなかった。家畜とすら見ていない。家畜とするならせめて身が肥えるように世話をする。

 徹底的に視界にいれていないかのような態度である。要求される賄賂も増えているのではないだろうか。


 しかし、アファール=ユニク子爵としてはたしかに、賄賂を渡して軍を派遣してもらうしかない。派遣してもらわねば民の被害は尋常でなく、王の許可なく自分で軍を編成して動かせばそれは叛逆である。

 アファール=ユニク子爵が自分で軍勢を組織した時が、次の国の揺れ時である。エルフィールはそう確信し……。


 彼女の予想はそう間違いではなかった。時期が時期だっただけに時代の変遷が『神定遊戯』の開始だと思われているだけで、実際時系列にしてみれば『神定遊戯』の開始よりもアファール=ユニク子爵の義勇軍募集の方が先であった。

 彼女の予想と大きく外れたのは、アファール=ユニク子爵がその後ほとんど10年近く、盗賊討伐依頼を出し、その要求を呑ませ続けてきたことである。

 10年の間に、アファール=ユニク子爵家の若き当主……ゲイブは都合5度の出兵を国に飲ませた。おそらく、その分の賄賂を払い続けたのだと思われ……しかし、義勇軍を出した時でさえ、その財力は国中に鳴り響いていた。

 アファール=ユニク子爵の政治手腕、経済方面の影響力の大きさが伺い知れそうなものである。


「ありがとう、村長。ためになった。」

心の底から。なぜ盗賊が蔓延っているのか、その欠片を掴んだ気がした。この気づきを活かすためにどうするべきなのか。


 それを、この旅で掴み取れたら。救うためには何が必要なのか考えなくてはならない。師が教えてくれなかった何かを、ようやく見つけた。

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