第8話 誰もが夢見る、願望という名の魔法
ゆっくりと身体を起こし、欠伸を一つ。
「……」
寝ぼけ眼で辺りを見回し、
「リリィ、おはよう」
そう言うと、男性の寝ている下半身に翼が生えた美しい精霊が現れ、やっと起きた、とクスクス笑いながら、
「相変わらず、寝起きが悪いのね」
リリィが男性の目を見て、
「いい加減、シャンとしてマーリン」
鼻をギュッと摘まんでイタズラをする。
「!」
本当に痛くない、絶妙な刺激に、
「君は子供かい、まったく」
マーリンが鼻を擦りながら、
「どうせ起きても、やることなんかないよ」
グランドらしからぬ、やる気のない発言を聞いて、リリィが、
「困ったものよね。でも、貴方が究極魔法を作らなければ、私がこうやって、イタズラすることもできなかったのよ」
リリィが胸に手を置き、自分の鼓動を確かめる仕草をする。
「うん、これ以上求めるのはバチが当たるよね」
その一言に、
「そんなことないわよ、バビロンはイメージの世界なんでしょ、抜け道の一つや二つ、貴方なら生み出すことが出来るわ♪」
この二人の会話が示すもの、それはグランドであるマーリンが、アミュティスから一歩も外に出られないことを意味していた。
グランドの称号を得て、バビロンの世界で幽閉されているのには、マーリンが創造した魔法に起因する。
仮想世界バビロンで生み出された魔法が、現実世界でも実現できるシステム【ソロモンゲート】によって、現実世界の技術革新は目覚ましいモノになった。
しかし、倫理的、宗教的に問題がある魔法を実現することの危うさは紙一重だ。
そのような魔法は、バビロンの術者であっても簡単に生み出すことは不可能に近く、開発者であるサムスも、いずれ可能であるが、現時点に於いて、人々のイマジネーションが育ってから、段階を踏んで対処すればいいと思っていた。
しかし、その考えを越える者が現れてしまった。
マーリンが生み出した魔法。それは生きている人間であれば、一度は夢見るモノであり、愛しい人間を失った者ならば、どうしても叶えたい切なる願望。それは、
【死者蘇生】
仮想世界バビロンで実現出来ることは、バビロンゲートを経て、現実世界で実現することが可能。夢のような技術が生み出されたことにより、その恩恵は、今までの価値観を打ち破るブレイクスルーとなっていた。
ただし、マーリンの魔法を現実世界に転用することは、余りに影響力が大きい。
既存のオープンAIで擬似的に生前の人間を再現する技術は2023年以降、名だたる大企業の援助を経て発展してきたが、バビロンで生み出された魔法は、その比ではない。
端的に言えば【完全な魂の再現】
生前の【記憶】と【精神】を忠実に生成、その上で現実世界の知識を付与された状態で目の前に現れる。
【生まれ変わり】というより【黄泉がえり】と表現するのが的確かもしれない。
マーリンのイメージは、この世界に於いて、誰よりも強く、そして純粋なモノであった。
そうでなければ、マーリンが生み出した魔法が、ソロモンのキャパシティを越える領域パーセントを叩き出すことなど不可能、本来はあり得ない事象を、彼は生み出してしまったのだ。