第7話 空中庭園で目覚めるグランド
「なぁに、ラタ」
ラタトスクは些細な情報もキャッチする能力があり、リーンの身の回りの変化に気付いたようだ。
「……」
ランは少し考え込む仕草をして、
「さっきまで何かしてたかい?」
と、訊ねる。リーンは、
「うん!新しい魔導書を作ってたよー♪」
この世界では日常であり、それならラタトスクが、こんな反応をしないはずだ、とランが続けて、
「どんな魔導書を作ったのかな?」
その質問に、
「うんとね~」
先程までの出来事を端的に説明する。
「え!大魔法!?」
ランが驚くなか、続いて、
「でも知らない言葉があって、☆☆☆とか★★★とか、ランちゃん聞いたことある?」
特定のワードが抜け落ちたようになり、
「え?聞き取れないな、もう一回言ってくれないかい?」
「だからぁ、☆☆☆に★★★だよ」
ランが困った顔をして、
「……音声がミュートになってるけど、何かのバグかな」
リーンが発した【バアル】と【ガイア】の二つのワードが、自動ミュートされていることに気付いていない本人は、ランの言ってることが解っていない様子だ。
「ま、いっか♪」
リーンは気に留めず、話題を変える。
「今日のランチ、どこで食べよっか?」
バビロンでの食事は、現実世界と同じ満足感を擬似的にフィードバックすることが出来る。
ただし現実世界で食事を行わないと、生命の危機を生じてしまうので、そのケアとして、バビロンへの連続ログインは最長【12時間】と厳格に設定されている。
一秒でも過ぎるとセーフティ機能が実行され、強制ログアウト。再度のログインまで【8時間】のインターバルを課せられる。
リーンは市街地にある食事処を口コミサイトで眺めていると、
「ここはどうかな?」
ランがお店のホームページと料理を立体映像で表示する。
「わぁ♪」
リーンの好きな料理が映し出され、
「ここ行きたい!」
その一言にランが微笑み、カーソルをタップする。
「?」
リーンがランの指先を目で追うと、
【一週間前に予約済です。ご来店、心よりお待ちしております】
と、リザーブのアイコンが表示される。
「気に入ってくれてよかった」
ランがリーンを見て、ニカッっとする。可愛い八重歯が少し見えて、笑顔をより魅力的にしていた。
「!」
大人の男性のようなスマートな対応に、リーンが、
「ありがとう、ランちゃん♪」
思わず抱きつく。リーンには【世間体】といった概念が乏しく、感情に実に正直。自分の為にランがしてくれた心遣いに、全身で感謝の気持ちを表現する。
リーンの無邪気さと、その感触を慈しむように、
「いえいえ」
頭をポンポンと撫でて、
「行こっか」
リーンの顔を見てランが促すと、
「うん♪」
そう言って二人は市街地へと歩いて行く。
‡バビロン時間∞∞:∞∞‡
銀髪の男性が目を開ける。
白を基調とした広すぎる空間に、彼だけが一人、その場所に存在していた。
バビロンの空中に浮かぶ、グランドの称号を持つ者のみが立ち入ることを許された庭園、その名は【アミュティス】。太い木の幹に覆われた庭園は、下界から視認できないよう厳重な結界が張られていた。