第5話 大魔法の価値とリーンの可能性
大魔法と認証されるということは、バビロンの世界で、自分の名を広く知らしめる偉業であり、現実世界でも影響力をもたらす重要なファクター。
ある術者は大魔法を作ったことで、現実世界の大手企業からスカウト、多額の援助金と手厚いサポートを受け、生活が一変した者もいた。
警告文をタップすると、三十九箇条に及ぶ利用規約が表示された。
「うげー」
小難しい文章の羅列を見て、頭がクラクラするリーン。
「めんどい!」
画面をスクロールして、ポチポチと高速で三十九個の承認ボタンを押していく。
それでいいのか、と逡巡する気持ちは微塵もない。あるのは我が子をバビロンの世界に生み出すこと、ただそれだけ!
実に原始的な意志決定をリーンは平気で実行してしまう。
最後に一際大きな【承諾】画面が出て、
「よろしくお願いしまーす!」
夏に見たい名作アニメ映画の主人公のように、勢いよく人差し指でタップ。
数秒の沈黙が流れ、
【術者、リーンの魔法を受理致します。本件はアスタルテを経由し、マザーシステム【バアル】にて、最終的な魔法の生成を完了、配布となりますが、通常と事なり時間が掛かりますことをご了承下さい】
アナウンスを聞いていたリーンは、
「はーい♪」
暢気に答える。その音声を返答と受け取ったナビゲーターは、
【当面の活動資金として、一億シュケルを給付致します。これからもバビロン、そして【ガイア】の発展の為、貴女の豊かな創造力を期待します】
音声が消え、台座から空間を揺るがすような風が吹き上がると、リーンの魔導書は光の粒子となって消えた。
「い、一億シュケル!!」
見たこともない大金に震えが止まらない。
すぐに定期貯金の口座に慎重に移すと、バクバクした心臓を落ち着かせるように深呼吸。しばらく放心していたが、ふと、
「あれ?バアル、ガイアって……何のこと?」
聞き慣れないワードに、少し遅れて反応するが、
「あとでランちゃんに聞いてみよ♪」
そう言うと、リーンは片付けを済ませ、二階の私室に向かう。
階段を駆け上がり、部屋の前に立つと、月とネコのドア飾りが出迎える。
これはランがリーンの誕生日に贈った手作りのリース。
持ち主を守り、幸福を授ける効果を秘めたマジックアイテムで、誰もがクラフト出来るモノではない、技術とセンスが光る匠の逸品。
ネコちゃんをチョンと小突いて部屋に入る。
整理整頓されたシンプルな空間だが、所々にリーンのオタク趣味を感じるインテリアが、専門店顔負けの熱量で飾り付けられていた。
「ホウ?」
ドア横に置かれた鳥籠から、一羽の鳥が眠たそうな目でリーンを見つめる。
「ホウくん、いま起きたの?」
ホウは『キミのドアの音で起きたんだ!』、と言わんばかりに、足をダンダンとステップ。大きな欠伸をして、自分で鳥籠にある脱走防止の鍵を開ける。
ホウは空中を旋回して、リーンの右肩に留まり、孔雀の飾り羽のような二枚の羽をペタペタと擦りつける。
「ごめん、ごめん」
いつものクセで、ドアを最後まで閉めなかったことを反省し、ホウに謝る。