第4話 細部へのこだわり
「サラマンダーの革、あったかな?」
引き出しを開けて、ゴソゴソと雑多に押し込まれた素材を掻き分ける。
幻想種と呼ばれる、ソロモンのフィールドでも、上級者しか足を踏み入ることが出来ない場所に出現するレアモンスター。
強いだけでなく、出現率も極めて低く、倒しても素材がドロップし辛い、リスクとリターンが釣り合わない種族ではあるが、入手した時のアドレナリンは、ギャンブルで大当たりするよりも刺激的だ。
「あったあった」
リーンが手に取ったサラマンダーの革は、ルビーのような深紅な色に、素材となっても竜の鼓動が聞こえるほど、活発な波動を帯びていた。
「表紙の型押しは天秤を中心にして……」
革を手早く加工して成形すると、表紙のデザインを考える。
「天国と地獄、それを別ける一筋の光」
リーンが直感でイメージした情景は、アスタルテのサポート機能によって、瞬時にイラスト化されて刻まれる。
出来上がったのは、天秤を中心に、天使と悪魔が住む世界が天地で別れ、醜い人間達が天に腕を上げ、悔恨の表情を浮かべるなか、光の矢によって眼球を穿たれるという、かなりグロテスクなモノになった。
それを見たリーンは、
「うわぁ……」
自分で作っておきながら、その表紙にドン引きしていた。
しかし、
「ま、いっか♪」
あっけらかんとスルーして、決定ボタンを押す。
「次は小口に焼き印っと」
小口とは本を開く側の部分を指し、その部分に自身の意匠である【鳳凰】を入れる。
小口に装飾を施すのは、現実世界では16世紀から行われており、近代に於いては廃れた文化となっていたが、バビロンのなかには、ノスタルジーに思いを馳せる一部の住人が好んで採用していた。
「留め金はオリハルコンだと締まるよね♪」
本をキチンと閉じる素材にも、一切の妥協をしない。
リーンが作業を始めて数時間、ようやく完成した一冊の魔導書を見て、
「でーきたー♪」
本を我が子のように抱きしめ、生まれたばかりの魔導書を見つめる。
ルンルン気分で魔導書を、工房奥にある台座に置く。
【契約の箱】と呼ばれる、バビロンで魔導書を登録する装置は、工房に設置を義務付けられている重要なシステム。
契約の箱は、バビロンのマザーシステムに直結しており、ここで正式な手続きを踏んで、公式の魔導書として受理される。
バビロンの根幹を揺るがす魔法、正確には術者のイメージでなければ、殆どの場合は受け入れられるのだが、
【この魔法はグリフのゲームシステムに多大な影響を及ぼしますが、術者はその責任を負うことを了承しますか?】
赤い警告文が出て、ナビゲーターによる人工音声が流れると、リーンは、
「へ?」
経験のないことに目が点になる。
「何これ、初めてみた」
リーンが困惑するのも無理はない。この警告文が出るということは、高難易度の魔法であることを意味し、バビロンのシステムに介入するだけの影響力を持っている証。
大魔法クラスの魔法をリーンは作ってしまったのだ。
それも狙ったモノでなく、純粋に願望をイメージした結果で、だ。
大魔法を生み出す為に、術者の多くは己が研鑽を重ねる。
それだけの価値があるからだ。