不都合な真実
「なーんちゃって、職業変更すればいいだけだよねー」
そう言って、アリスはステータスウィンドウを表示した。MMOによってはプレイ中に職業を変更できる場合があるからだ。職業変更ができないMMOが存在することや、変更のために個数限定アイテムが必要な場合があることをアリスは知っていたが、考えないことにした。
────────────────
アリス 人間族 マジシャン Lv1
HP 100 MP 100 SP 100
攻撃力 3 防御力 32
[タップで詳細ステータス画面に切り替え]
武器 見習いマジシャンのトランプ 物理攻撃力 1
所有スキル
マジシャンLv1 : [パッシブ]マジックスキルの発動で1×[スキルの発動の際に自身のことを視界に入れているプレイヤー及びNPCの数]の経験値を獲得できる
パームLv1 : [マジック]手に持っているものを一時的に透明にできる
テレポートLv1 : [マジック]対象物を瞬間移動させる
────────────────
アリスは画面の『マジシャン』の文字をタップする。すると、アリスの予想通り、マジシャンについての詳細画面が出てきて、その画面の端に『職業変更』の文字が光っていた。
「よしよし、これで魔法使いになれるぞー」
アリスは職業変更の文字をタップした。すると、このようなポップアップが表示された。
『現在サーバー負荷軽減のため、職業変更ができなくなっております』
◆◇◆
ロストワールドオンラインでプレイヤーが初めに訪れる街である『始まりの街』。その広場の噴水の縁石に腰掛けてうなだれる1人の少女が居た。アリスだ。アリスは恨めしそうに周りのプレイヤーを睨む。
「すげー! 魔法使い超楽しい! スライム相手にファイアーボール撃ってるだけで無限に楽しいわ!」
「魔法使い最高! 使える魔法早く増やしてー!」
「私だって、ファイアーボール撃ちたいのに……」
だというのに、アリスに使えるスキルは『パーム』とかいう役に立たない透明化のスキルと、『テレポート』とかいう一見強そうだが、どうせテレポート可能な物の大きさも距離も大したことなくて役に立たないに決まっているスキルだけだった。
アリスは噴水を覗き込んだ。本物と見紛う程の圧倒的な画質……水の匂いも、音も、何もかもが本物すぎて逆に感動が無い。
「私だって、高画質ファイアーボール撃ちたいのに……」
噴水の中にキラリと輝くものがあった、コインだ。アリスはチュートリアルで学んだ通りに、心の中で念じてみる。
(テレポート……)
すると、握っていたアリスの手の中に突然何かが現れた。手を開くと、さっきのコインがあった。
(パーム……)
コインが透明になる。重さも感触も手のひらにあるが、コインの姿だけが消えている。コインは3秒程透明になった後、再び姿を現した。
(ふーん……結構面白────)
「そんなわけあるもんか! なんだこのくだらないスキルは!」
ぶっちゃけ結構面白かったが、アリスは意地を張ってそれを認めなかった。
「面白い!? 面白いだと!? コインを消したり出したりするだけのことが面白いだと!?」
アリスは何度も何度もコインを消したり、右手と左手を行き来させたり、ポケットの中や帽子の中にテレポートさせたりして、己のミスを戒めた。
「認めない! 子供じゃあるまいし! こんなの全然楽しくない!」
しかし、コイン遊びは止まらない。アリスは噴水の周りを歩くフリをして、噴水の中のコインを全て回収した。
(噴水の中のコインを拾うなんて、普段恥ずかしくてできないけど、テレポートを使えば堂々とできる……! めっちゃ楽しい……! くっ……結構面白いぞマジシャン……!)
アリスは両手いっぱいのコインを全てアイテムポーチの財布にしまった。
「ま、まぁ……職業変更できるようになるまでの暇つぶしくらいにはなるか……やむを得ず、やむを得ずマジシャンで遊んでやろうじゃないか!」
そう言って、アリスが手癖でコインを消した時だった。
『システム通知:アリスはレベルが2になった!』