5.本気でお金を借りますの?
「あ、ありえない……」
エスメラルダは、王宮の地下にある大金庫の中で、崩れ落ちた。
「エスメラルダ、大丈夫かい?」
ソルドラークが心配してくれるが、エスメラルダが受けた衝撃は並大抵のものではなかった。
「ひ、ひどい……。私が置いて行った宝石がもうこれっぽっちしか……」
エスメラルダの手の中には、やや小ぶりな、しかしとても透明度の高い良質な宝石が……たったの四粒……。
「それならば、この間の祝宴と、母上の誕生日の祝いと夜会、お客人の歓待のために売ったのだ」
なぜか腰に手を当てて偉そうに踏ん反り返る王太子殿下が教えてくださった。
でも、それで使い切るなんて、一体どれほどの規模で……と思ったら、またもや王太子が爆弾発言をした。
「お前がそれらを仕入れた宝石商がな、なんと一割り増しで買い取ってくれたのだ。けして、損はしていない。もともとそれを買った金は王家のものだからな!!」
……は? 一割り増し……?
「な、なんてことを! 馬鹿なの!? 馬鹿なのね!? この宝石たち、どれも二倍以上、価値が上がっていますのよ!?」
「だめだよ、エスメラルダ。王太子殿下に掴みかかっては」
エスメラルダの気迫にたじろいでいた王太子も、聞いた内容を噛み砕いてその小さな脳みそに入れたのか、愕然と目を見開いた。
「そ、そんな……。だ、騙されたのか……」
「相場を知らない馬鹿が来たから、いいカモにされただけですわ!」
さて、そんなやりとりは序の口だった。
金庫の中にあったのは、王家に代々受け継がれる王冠、王妃のティアラ、王冠と同じく王権の象徴である王笏、勲章の数々、わずかな金に銀、そして、わずかな宝石のみ。
「これでは話になりませんわ! 王妃様の衣装部屋へ案内してください!」
「な、なぜ、母上の衣装部屋に!?」
「気になるのならば、一緒にご覧になっていたらよろしいわ」
エスメラルダは強引に、王妃様の衣装部屋及び装飾品の保管部屋に足を踏み入れた。
さすがに王妃は衣装待ちだが、形が古いものが多すぎる。そして、近頃買い集めたのであろう、刺繍がふんだんにあしらわれたドレスはどれもやりすぎだ。
「これは外国で売れるかどうか。サイズもほとんど同一のものですし」
つぶやいたエスメラルダに会計主任のソルドラークが慰めるように言った。彼は繊細な手つきでドレスの枚数とその品質を確かめながら、紙に書き入れている。
「でも、さすがに布の品質はいい。古着として直し前提で、なんならパーツごとになら、売れないことはないんじゃないかな」
「なるほど。それはアリだわ。さすがね。ソル」
「だから、なんで私の衣装を売る話をなさっているの!?」
「担保となるものが少なすぎるからですよ、王妃様」
ソルドラークが会頭譲りのそつのない笑顔で言った。
「ドレスと言えば! 偽聖女のくせに、あなたもたくさん買い漁っていたじゃないの!?」
ああ。また面倒な説明をしなくてはいけないわ。
「私が買ったドレスの詳細は、確認されましたか?」
「は? なぜ私がそんなこと」
「サイズは、細身の方から大柄な方までお召しになれるように幅広く、品質も色も様々。共通するのは我が国の刺繍があしらわれているという点のみ。
そして何より、それらは私の手元には一着も届いてはおりません」
「な、なんで……。自分で着たんじゃ……」
「私、ずっと神殿におりましたので、着る機会はございませんでした。
神殿にやって来た商人から購入したドレスたちは、海の近くの倉庫に届けさせ、そのまま船に積み込まれました。諸外国で売るために」
眉根を寄せて考え込んでいる様子の王妃様に、ため息をつきながら、エスメラルダは続けた。
「これは、私に聖女の印が現れる前に、ようやく通った企画書を元に進めていた事業でしたの。外国へ行くと、私が着ていたドレスの刺繍に皆様大変興味を持ってくださっておりましたので」
「そ、それはダドリー商会が!? それは横領と言うのではなくて!? 何てこと。そんな事にまで手を染めて」
「話は最後まで聞いてくださいませ。王妃様。そのドレスを買ったお金は、確かに王家から出たものでしょう。
しかし、その刺繍が評判を呼び、外国からの買い付けが増え、我が国の刺繍職人や縫製工房が潤いました。失業者は雇用され、その者たちが今までよりも沢山パンを買い、沢山パンが売れるようになったパン屋はまた人を雇い……。つまり、あのドレスは景気を良くするための呼び水として使ったのです」
だって、あんまりだったのですもの。
何日もまともに食事をしていなそうな方々を、とても見て見ぬ振りは出来ませんでしたから。
「ちなみに、神殿できちんと確認致しました。私が支給される金銭は報酬であり、私個人の私財であると。ですから、王家から出たお金とはいえ、ドレスを買ったのは私自身のお金ですから、横領にはあたりません。お分かりいただけましたか?」
王妃様はポカンと口を開けて黙っていらしたので、そのまま放っておくことにした。
「では、次。宝石類ね」
「うん。これも二束三文だね」
「ちょっと! 失礼よ!?」
「そうだぞ! 母上に不敬を詫びろ!」
「国家予算に比べればの話です。このイヤリング一つで、六人家族が数年は暮らせるでしょう。でもその程度の額では、国王陛下がご所望の額の融資は出来ません。それでよろしいのでしたら、すぐにでも帰らせていただきますわ」
ようやく二人が静かになってくれた。良かった。こちらは細かい計算をしながら相手をして差し上げていますのよ。
そうして王宮に通うこと五日。
エスメラルダたちは、途中で応援も呼びつつ、ようやく王宮にある換金性の高い絵画などの査定まで終えた。
「これで、ようやくお父様にご報告出来ますわね」
「そ、それでは、融資はしてもらえるのだな? 今度国賓として遠方からお客様がいらっしゃるのでな、急いでいるのだ」
その日は国王陛下もその場にいらっしゃった。うるさいのが三人も集まっていて鬱陶しい事この上なかったが、エスメラルダは商売人の微笑みを浮かべていた。
「それは会頭に確認いたしませんと。ですが、お望みの金額の融資は可能かと」
国王陛下は大変分かりやすくお喜びだった。
「契約書は後日会頭が持参いたします。どうかしばしお時間をいただけますよう」
「そ、そうか。会頭には早めに頼むと伝えてくれ」
「かしこまりました。では、失礼いたします」
そうしてようやくエスメラルダは、父から押し付けられた面倒な仕事を終えたのだった。
「ふぅん。なるほどね。腐っても王家だ。掘り返せばあるものだねぇ」
感心したように言う会頭に、ソルドラークが苦笑を返し、契約書の草案を目の前に置いた。
「こちらは途中から合流した法務の担当者に作成させたものです。おそらく会頭はいくつかの点に手をお入れになると思いますが」
会頭はそれを眺めやると、「いや、今回はこれで行こう」と、にやりと笑って言った。
「……今回は……?」
「お前もエスメラルダも頭はいいが、まだまだ若いね。優しすぎるよ」
その翌日、王家とダドリー商会の間で、金銭の融資に関する契約が結ばれた。
返済期限は半年後。
国王は、その頃には税が入るから、と笑顔で言ったのだった。
つづく……
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