2.あなた達、聖女の顔をお忘れに?
エスメラルダは馬車に揺られていた。機嫌は良くない。
「で、お父様。なんで私が一緒に行かなければならないのでしょうか」
「いや、やっぱり一人は寂しいし、おまえはしばらく王宮にいたのだし。ね!」
「ね! ではございませんわ。一人ではないではありませんか」
馬車にはもう一人同乗者がおり、二人の言い合いに苦笑していた。
ダドリー商会の会計主任である、ソルドラーク・リュドガーだ。エスメラルダよりも四歳年上の彼は、商会に入ってすぐに父にその才能を見出された。今では商会の会頭である父の、いわゆる右腕と言われる存在だった。
「私、王宮で暮らしたのは、最初の一晩だけで、その後はずっと神殿におりましたからね。何か期待されても困りますし。王族の方々と会うのも気が進みませんのよ。
それなのに、デートだなんて嘘をついて、おめかしまでさせて。騙し討ちですわ」
そう、この日父が王宮へ行くのは分かっていた。そこで、「ソルドラークが暇になるから二人でデートでもしたらどうだい?」と言い出したお父様に、まんまとはめられたのだ。
せっかく、愛しのソルと、デートが出来ると思ったのに!
ああ、デート用に用意された馬車が我が家で一番良い馬車だった時に気がついていれば、すぐに逃げ出したのに……。
「ごめんよ。でも、元聖女がやってきたら、しかも私の娘としてね、そうしたらどんな反応をするのか、楽しみじゃないか」
ああ、また出てしまったわ。お父様の面白がりが。
エスメラルダは、憮然とした表情で、王宮の門をくぐったのだった。
そこは、小さめの謁見の間だった。贅を尽くした調度は素晴らしい。だが男爵家ならばこれくらいで良いだろうという、ちょっとした侮りが見てとれる。
やがて、国王陛下、王太子殿下、王妃様が静々と入室していらした。
頭を上げるように言われ、少々気まずい思いをしながら顔を上げたエスメラルダは、特に何を言うでもなくニコニコしておられるお三方に驚いた。
やはりエスメラルダは後をつけられていたのか。元聖女の実家だから、ダドリー男爵を呼びつけたのか。
ところが。
「おお、そなたがかの有名なダドリー商会の会頭か。思ったよりも若いな。そちらは娘と、会計主任とな。いや、よく来てくれた」
……気がついていないわ、この方達。この私に。散々聖女と持ち上げていたくせに。顔も覚えていないなんて……。
お父様、笑顔がほんの少し引きつってらしてよ。
お腹押さえてるじゃない。吹き出すの我慢してるじゃない。
「発言をお許しいただけますでしょうか、国王陛下」
エスメラルダは、今は話など出来そうもない父に代わり、そう言った。
「もうすでにご存知かと思いますが、私はダドリー男爵家のエスメラルダと申します」
「おう。なかなか利発そうな娘御じゃな。ん? エスメラルダ?」
エスメラルダが名乗ると、ようやく三人とも、「あれ?」といった顔で上に視線を向ける。「どこで聞いたかな?」と顔に書いてある。
完全に忘れているわ、この方達。元聖女の名前さえ。海外かぶれのお父様がつけた、この国では割と珍しい名前なのに。
さては……あの、光るおでこしか見ていなかったわね……!
許せませんわ! そこで笑いを堪えているお父様もね!
つづく……
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