3.結婚の相手
「あちらの王子は良き方と聞いておりますよ」
ヴェルエラが、言った。
王女は、肩を竦める。
「子供だわ。あちらの王子に限らないけど。男はみんな子供」
十四歳の王女に男を語られて、ヴェルエラは、苦笑を浮かべる。
宰相を好きだと言う程には、早熟な方の様だ。
ヴェルエラは、王女に興味を持つ。
「因みに、夫の何処がよいのですか?」
王女は、頬を赤らめて、微笑む。
「優しくて、頭も良くて、頼りになる方だわ」
ヴェルエラは、微笑んだ。同感だった。
「周りからは、蛇蝎のように嫌われていますけど」
「それは・・仕方がないわね」
王女は、そう言って、窓から庭を見た。
「でも、頼りになる方よ。あの方のお蔭で、どれだけ争いを避ける事が出来ているか・・」
優柔不断な兄に任せていたら、どうなっていたか。
宰相が、方々で利害を合わせているから、国内外は落ち着いていられるのだ。
ヴェルエラは、思った。
この方は、政と言うものが良くお分かりの様だ。物事の本質も、ご自身の立場も充分、理解していらっしゃる。
「これから、どうされるのですか?このまま、断食――の振りを続ける訳には行きませんよね」
ヴェルエラの言葉に、王女は、力無く微笑む。ぼんやりと庭の薔薇を眺めながら、
「そうよね。なんだか、急に、色んな事が嫌になっちゃって。こんな馬鹿な事してしまったけれど」
「私は、王女殿下を愚かとは思いません」
王女は、ヴェルエラを振り返った。
ヴェルエラの、落ち着いた理知的な顔を見ていて、王女は思った。
まるであの方の様。あの方は、私の価値を見出して下さった。
あの方への想いを断ち切る事は、とても、難しい。この想いを抱いたまま、あちらで上手くやれるかしら。
王子はまだ、子供だから、体が大人になるまでは、子供は作れない筈だけど。それまでに、忘れる事が出来るかしら。
想いを持ったまま、他の人と出来るかしら。
「殿下」
ヴェルエラは、立ち上がった。
悠然と、声を張り上げる。
「妻の席は埋まっております。王女殿下は、心置き無く、カイレン王国へ嫁がれて下さい」
王女は、顔を歪めた。無理やり未練を絶たれて、直ぐに声が出なかった。
ややあって、
「生意気」
王女は、低い声で言った。
ヴェルエラは、余裕の微笑みを浮かべる。
王女は、溜息をついた。もう、考えても仕様が無い。嫁ぐことは決まっている。そして、自分は、それを覆す気も無い。
ギシッ。
ふいに、壁際から軋む音がして、床板の一部が跳ね上がった。
驚いて目を剝くヴェルエラの目の前で、床下から若い女中の顔が出て来た。
女中は、窓際の王女を見つけ、笑顔をつくる。
「王女様」
「ミーリャ」
ミーリャと呼ばれた若い女中は、パンとチーズとワインの入った籠を床に置き、自分の身体を穴から出した。
床板を閉めて、籠を持って振り返った時に、やっと王女以外の人間がいる事に気が付く。
「えっ?!ど、どちら様ですか・・?」
「えーっと」
「ミーリャ、その方は、私の恋敵だわ」
王女が、憎々しく言った。
えっ?!っとミーリャは、声を上げた。
「ミーリャは、幼馴染なの」
王女が、ヴェルエラに言った。
「私の事は何でも知ってるの。私はミーリャには何でも話してるから」
「はい」
ミーリャが、嬉しそうに微笑む。
自室に立てこもった王女に、こっそり差し入れていたのがこのミーリャという訳だ。
「そうでしたか」
ヴェルエラは、微笑んで、思った。この城には、隠し通路がある。
「あれを使えば、逃げ出すことが出来ますね」
「ほんと、ヤな人」
王女は、苦々しく微笑む。
「なんだかんだ、私は、今まで何不自由無く生きて来た。そこを出て、外の世界で生きて行くなんて、きっと出来ないわ」
ヴェルエラは、何も言わなかった。
王女は、溜息をついた。
「受け入れましょう」
王女は、言った。
「王子とは、関係が良好になるよう努めましょう。事あれば、ロエンダに利する様に働きかけます。それまでは、目を付けられない様、せいぜい良妻を演じますよ」
ヴェルエラは、満足気に微笑んだ。
ミーリャは、王女の代わりに、一筋の涙を流した。