2.王女の結婚
ロエンダ王国。
三つの国と国境を接している。
国内では、貴族たちの派閥争いが絶えない。
国王マヌエス二世は、まだ若い。気が弱く優柔不断で、力のある貴族の言いなりになっていた。
宰相アルエストは、彼らと駆け引きをしながら国王を支え信頼を得ていた。
アルエストの妻ヴェルエラは、嫌みも込めて政略結婚を成立させる影の宰相、或いは婚約請負人などと呼ばれていた。
彼女がそう呼ばれるようになったのには、あるきっかけがあった。
四年前。
ロエンダ王国のシルヴィラ王女が隣国のカイレン王国の王子と結婚することになった。
政略結婚は、大抵、話が固まった後で、初めて当事者に知らされる。
貴族や王族の女は、立場上、それを分かっていて生きている。
誰に嫁ぐかは、その時にならないと分からないが、自分が政治の駒であることは、心得ている。
ただし、だからと言って、何の憤りも感じていない訳では無い。
王女シルヴィラもそうだった。
王女は、隣国に嫁ぐ事を聞くと、黙って自室に閉じ籠り、そのまま食を断ってしまった。無言の抗議であった。
納得出来なかろうが、嫁いで貰う事は決まっている。ただ、断食で体を壊してしまっては、結婚が流れる。
困り果てた宰相は、妻を呼んだ。
ヴェルエラは、迎えの馬車に乗り込むと、急いで王女の居城へと向かった。
城の庭園には、赤い薔薇が咲き誇っていた。
焔の様に、熱い赤。
血の様に、艶めかしい赤。
ヴェルエラは、王女の情念の様なものを感じながら、中へ入って行く。
二階の王女の部屋の前には、女中と警備の者が、一人ずつ、困り顔で立っていた。
ヴェルエラは、二人に挨拶をすると、扉の前に立つ。
「シルヴィラ様、ごきげんよう。私はヴェルエラと申します。宰相アルエストの妻です」
「ヴェルエラ?!」
部屋の中から、素早い反応があった。ヴェルエラは、おや?と思う。
扉が開いた。
王女は、小さく顔を覗かせ、ヴェルエラを見る。若く、曇りの無い青い目が、真っ直ぐにヴェルエラを捉えていた。
「どうぞ」
不思議そうな顔をしている女中と警備を尻目に、ヴェルエラは中へ入る。
王女は、ヴェルエラが入ったのを見ると、すぐに扉を閉め、鍵をかけた。
王女は、窓際へと歩み寄る。振り返ってヴェルエラを見た。
王女はまだ、十四歳だった。あどけなさの残る顔には、何故か喜色が浮かんでいる。
王女は部屋の中央にあるソファを手で示し、ヴェルエラに勧めた。
ヴェルエラは、大人しく座る。
「お加減は、如何ですか?」
ヴェルエラが、訊いた。
シルヴィラは、一瞬、何のことやら?という顔をしたが、ああ、と気が付いて、
「大丈夫。仲の良い女中にこっそり食べ物を差し入れて貰ってるの」
「左様で」
ヴェルエラは、王女の強かさに微笑んだ。
「私、宰相様が好きなの」
唐突に、王女が言った。
「え?」
思わず、声を上げるヴェルエラ。それっきり、黙り込む。
王女は、目を輝かせる。
「貴方に、会いたいと思ってたわ」
「何故、私に?」
「宰相様の奥方がどんな方か、会ってみたかったの」
「左様で・・」何故?と思いつつ、ヴェルエラは微笑む。
「それで、私は、王女様のお眼鏡に敵いましたでしょうか」
「ふふ。素敵な人。お似合いだわ」
「ありがとうございます」
「ねえ、政略結婚て、実際どんな感じなの?」
「といいますと」
「その・・上手くやれるものなの?」
「結婚生活をですか?」
「そう」
「それは・・相手の方の人間性に依ります」
「そう・・」王女は、暗い顔をした。
王女が暗くなるのも無理が無かった。相手の王子はまだ十歳。王女よりも年下だ。
宰相が好きだと言う年上好きの王女である。不安になるのも当然であった。